学位論文要旨



No 119226
著者(漢字) 中村,洋平
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヨウヘイ
標題(和) 魚類の生息場所としてのサンゴ礁海草藻場の機能
標題(洋)
報告番号 119226
報告番号 甲19226
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2777号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐野,光彦
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 黒倉,壽
 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 教授 渡邊,良朗
内容要旨 要旨を表示する

熱帯の沿岸域に発達する海草藻場(以下,アマモ場と呼ぶ)は,サンゴ域とならび,熱帯沿岸の生態系を構成する代表的な要素のひとつである.しかし,近年の環境問題の深刻化に伴い,アマモ場は急速に消失しつつある.そのため,アマモ場を保全する努力を早急に行う必要があるが,その保全に必要な基礎的研究,たとえば,そこにはどのような魚類がどの程度の密度で生息し,熱帯域のアマモ場は魚類の生息場所としてどのような機能(餌場,捕食者からの避難場所,稚魚の成育場など)を果たしているのかという研究は,カリブ海でいくつか行われているものの,西部太平洋においてはいまだに少ないのが現状である.そこで本研究では,琉球諸島の西表島と石垣島において,アマモ場とそれに隣接するサンゴ域などの魚類を調べ,それらを比較することによって,どのような魚類がどのようにアマモ場を利用しているのかを明らかにすることを目的とした.さらに,魚類の生息場所としてのアマモ場の機能(餌場,捕食者からの避難場所,浮遊仔魚の着底場所)を解明するために,野外実験も行った.

アマモ場およびそこに隣接するサンゴ域と砂地との間にみられる魚類の生息場所としてのつながり

サンゴ礁域のアマモ場がどのような魚類にどのように利用されているのかを明らかにするため,ウミショウブが優占するアマモ場,およびそこに隣接するサンゴ域や砂地の魚類を潜水観察によって季節ごとに調べた.その結果,アマモ場に出現する魚類は,アマモ場のみに出現する専住魚と,一部のサンゴ域魚類によって大きく構成されていることがわかった.さらに,成魚や稚魚の出現パターンなどから,後者の魚類にはアマモ場を餌場の一部として利用しているものと,稚魚の成育場として利用しているものの2タイプが存在することが判明した.一方,アマモ場専住魚には,海草を専食する魚類が多かった.

本調査によって,アマモ場にはサンゴ域魚類の一部が出現することが明らかとなったが,それらはサンゴ域で観察された魚種の約15%にすぎないこともわかった.したがって,多くの魚類にとって,アマモ場とサンゴ域は連続したひとつの生息場所ではなく,それぞれが独立した別個の生息場所であると考えられた.

ウミショウブ海草藻場とリュウキュウスガモ海草藻場に出現する魚類の群集構造の比較

アマモ場を構成する海草の種類の違いが魚類群集の構造に及ぼす影響を明らかにするため,ウミショウブが優占するアマモ場とリュウキュウスガモが優占するアマモ場において,魚類を潜水観察によって季節ごとに調べ,それらを両アマモ場の間で比較した.両アマモ場の魚類群集構造はよく類似しており,優占する海草の種類が異なっても,アマモ場魚類の群集構造はあまり異ならないことが明らかとなった.

魚類の餌場としてのアマモ場の機能

アマモ場に生息する各魚種の食性を明らかにするために, 53種1,076個体の消化管内容物を精査した.9種において成長に伴う食性の変化がみられたため,各魚種において,食性が同じような体長範囲をユニットとして区分し,各ユニットにおける各餌項目の体積百分率をもとにクラスター分析を行った.その結果,本調査地のアマモ場魚類は小型甲殻類食(27ユニット),デトリタス食(9ユニット),大型甲殻類食(7ユニット),魚類食(7ユニット),植物食(6ユニット),貝類食(2ユニット),浮遊動物食(2ユニット)の7つのグループに分けることができ,小型甲殻類を摂餌する魚類が多いことが判明した.

次に,本調査地のアマモ場には,隣接するサンゴ域や砂地と比べて,小型甲殻類などの餌生物が多いかどうかを明らかにするために,表在性ベントスと埋在性ベントスの現存量を調査した.小型甲殻類はサンゴ域や砂地よりもアマモ場に多く,したがって,アマモ場は小型甲殻類食魚の餌場として有効であることが示唆された.

捕食者からの避難場所としてのアマモ場の機能

稚魚にとって,アマモ場が捕食者からの避難場所としての機能をもっているかどうかを明らかにするために,アマモ場とサンゴ域において,遊泳性魚類のハラスジベラと定住性魚類のミヤコイシモチの稚魚を用い,糸つなぎ実験を行った.実験は2種類行い,実験1では,アマモ場とサンゴ域において,稚魚が海草とサンゴをそれぞれシェルターとして利用できる状態にし,実験2ではこれらのシェルターを利用できない状態にした.そして,各実験において,糸でつながれた稚魚に対する捕食の有無を観察した.実験1において,ミヤコイシモチの生残率はアマモ場とサンゴ域の両方で低く,両者の間で差が認められなかったのに対し,ハラスジベラでは前者の方で有意に高かった.また,実験2においては,両種ともに,生残率はアマモ場とサンゴ域の両方で低かった.したがって,本実験結果より,避難場所としてのアマモ場の機能は,定住性の稚魚よりも遊泳性の稚魚に対して高いことが明らかとなった.

浮遊仔魚の着底場所としてのアマモ場の有効性

4種類の野外実験を行い,浮遊仔魚の着底場所としてのアマモ場の有効性について調べた.まず,海草の草丈や密度が違うと,稚魚の加入量が変化するかどうかを人工海草魚礁を用いて検証した.実験に用いた人工礁は,(1) 草丈と密度が高いもの,(2) 草丈が高く,密度は低いもの,(3) 草丈は低く,密度が高いもの,および (4) 葉がなく,基盤だけのものの4タイプで,これらの人工礁をアマモ場に隣接する砂礫地に設置し,各礁に加入する稚魚を潜水観察によって記録した.その結果,人工礁にはヤライイシモチが最も多く加入し,その個体数は草丈と密度が高い人工礁で有意に多かった.したがって,海草の草丈や密度は,ヤライイシモチ稚魚の加入量に影響を及ぼすことが明らかとなった.

次に,サンゴ域には普通に生息するが,アマモ場ではほとんどみられないスズメダイ科魚類を対象に,それらの浮遊仔魚がアマモ場まで来遊してきているのかいないのか,もし来遊してきているのなら,海草という基質を浮遊仔魚が嫌って着底しないのかを天然パッチ実験と人工魚礁実験によって検証した.天然パッチ実験では,アマモ場内に天然のサンゴパッチや海草パッチを人為的に設置して,各パッチに加入した稚魚を記録した.スズメダイ科の稚魚がアマモ場内に設置したサンゴパッチで多く観察されたことより,それらの浮遊仔魚はアマモ場まで来遊してきていることが明らかとなった.また,浮遊仔魚が着底する際,海草とサンゴを識別し,後者を選択していることもわかった.

このような浮遊仔魚の基質選択は,海草とサンゴの物理構造や安定性の違いによるものではないかと考えられた.すなわち,サンゴは格子状に入り組んだ構造をもつのに対し,海草は直立棒状の構造をもつ.さらに,サンゴは硬くて安定した基質であるのに対し,海草にはその安定性がない.そこで,この仮説を検証するために,以下の2種類の人工魚礁実験を行った.まず,実験1では,(1) スチール製パイプを格子状に組み合わせて作製した人工サンゴ魚礁,(2) 基盤上に緑色のポリプロピレン製の帯をとりつけた人工海草魚礁,および (3) 人工海草魚礁と同じ構造をもつが,ポリプロピレン製の帯をスチール製パイプに換えて作製した魚礁の3タイプを用い,それぞれをアマモ場内に設置した.また,実験2では,実験1で用いた人工サンゴ魚礁,およびそれと構造はまったく同じだが,スチール製パイプをポリプロピレン製のロープに換えて作製した魚礁の2タイプをアマモ場内に設置した.そして,各礁に加入したスズメダイ科の稚魚の個体数を比較したところ,実験1と2ともに,ポリプロピレンで作製した不安定な人工礁よりも,スチール製パイプでできた安定した人工礁に多くの稚魚が加入したことがわかった.また,ナミスズメダイのように直立棒状の構造よりも,格子状の構造を好む種がいることも明らかとなった.したがって,サンゴと海草に対するスズメダイ科の加入量の違いには,基質の構造や安定性に対する浮遊仔魚の基質選択性が影響していることが明らかとなった.

本研究によって,アマモ場は一部の魚類の餌場や避難場所,あるいは稚魚の成育場として機能していることが明らかとなった.さらに,海草の密度や草丈の違いはアマモ場に出現する稚魚の加入量に影響を及ぼすが,その一方で,海草は浮遊仔魚の着底基質として,スズメダイ科のような定住性のサンゴ域魚類にあまり好まれないことも明らかとなった.また,カリブ海のアマモ場に出現するサンゴ域魚類は,全サンゴ域魚種の約50%に達するという報告があるが,本調査地では約15%と少ないこともわかった.そのため,西部太平洋とカリブ海のアマモ場は,魚類の生息場所として異なった機能をもっていることが示唆された.西部太平洋はカリブ海と比べて,サンゴ域が発達していたり,また,潮位差が大きく,干潮時に海草が干出してしまうなど,沿岸域の環境が大きく異なっている.これらの違いがアマモ場の機能に違いをもたらしている可能性が高いと考えられた.今後はこれらの仮説も踏まえて,二つの地域間の違いがどのような要因によって生じているのかを検証する必要があると思われる.

審査要旨 要旨を表示する

熱帯の沿岸域に発達する海草藻場(以下,アマモ場と呼ぶ)は,サンゴ域とならび,熱帯沿岸の生態系を構成する代表的な要素のひとつである。しかし,サンゴ礁域に存在するアマモ場が魚類の生息場所としてどのように利用されているのかについては,ほとんど明らかにされていないのが現状である。そこで本研究は,沖縄県西表島と石垣島において,魚類の生息場所としてアマモ場がどのような機能を果たしているのかを潜水観察と野外実験によって明らかにしようとしたものである。本研究結果の概要は以下のとおりである。

アマモ場およびそこに隣接するサンゴ域と砂地との間に見られる魚類の生息場所としてのつながり

サンゴ礁域のアマモ場がどのような魚類にどのように利用されているのかを明らかにするため,ウミショウブが優占するアマモ場,およびそこに隣接するサンゴ域や砂地の魚類を潜水観察によって季節ごとに調べた。その結果,アマモ場に出現する魚類は,アマモ場のみに出現する専住魚と,一部のサンゴ域魚類によって大きく構成されていることがわかった。さらに,成魚や稚魚の出現パターンなどから,後者の魚類にはアマモ揚を餌揚の一部として利用しているものと,稚魚の成育場として利用しているものの2タイプが存在することが判明した。

ウミショウブ海草藻場とリュウキュウスガモ海草藻場に出現する魚類の群集構造の比較

アマモ場を構成する海草の種類が魚類群集の構造に及ぼす影響を明らかにするため,ウミショウブが優占するアマモ場とリュウキュウスガモが優占するアマモ場において,魚類を潜水観察によって季節ごとに調べ,それらを両アマモ場の間で比較した。両アマモ場の魚類群集構造はよく類似しており,優占する海草の種類が異なっても,アマモ場魚類の群集構造はあまり異ならないことが明らかとなった。

魚類の餌場としてのアマモ場の機能

アマモ場に生息する各魚種の食性を明らかにするために,53種1,076個体の消化管内容物を精査した。その結果,アマモ場魚類は各種の餌利用パターンの類似性より,7群(小型甲殻類食,大型甲殻類食,植物食,デトリタス食,貝類食,魚類食,浮遊動物食)に分類された。構成種数においては,小型甲殻類食が最も多かったが(29種),貝類食や浮遊動物食はそれぞれ2種と少なかった。

次に,アマモ場には,隣接するサンゴ域や砂地と比べて,小型甲殻類などの餌生物が多いかどうかを明らかにするために,表在性ベントスと埋在性ベントスを採集し,それらの現存量を調査した。小型甲殻類はサンゴ域や砂地よりもアマモ場に多く,したがって,アマモ場は小型甲殻類食魚の餌場として有効であることが示唆された。

捕食者からの避難場所としてのアマモ場の機能

稚魚にとって,アマモ場が捕食者からの避難場所としての機能をもっているのかどうかを明らかにするために,アマモ場とサンゴ域において,遊泳性魚類のハラスジベラと定住性魚類のミヤコイシモチの稚魚を用い,糸つなぎ実験によって両種に対する捕食圧を調べた。その結果,ハラスジベラの生残率はサンゴ域よりもアマモ場で高かったものの,ミヤコイシモチの生残率に違いは認められなかった。このように,避難場所としてのアマモ場の機能は,定住性の稚魚よりも遊泳性の稚魚に対して高いことが明らかとなった。

浮遊仔魚の着底場所としてのアマモ場の機能

海草の密度や草丈が違うと,アマモ場に出現するヤライイシモチの稚魚の加入量が変化するかどうかを人工海草魚礁を用いて検証したところ,草丈や密度が高いほど,多くの稚魚が加入することが明らかとなった。

次に,アマモ場にはほとんど出現しなく,サンゴ域で普通に見られるスズメダイ科魚類を対象に,これらの魚類がアマモ場を着底場所として好んでいないのかどうかについて調べた。人工魚礁などを用いた野外実験では,これらの浮遊仔魚はアマモ場まで来遊してきているものの,そこにはほとんど着底しないことが判明した。そして,その理由のひとつとして,スズメダイ科魚類は海草の基質構造やその不安定性を好まないことが考えられた。

以上,本研究は魚類の生息場所としてのアマモ場の機能を詳細に解明したものであり,これらの成果はアマモ場魚類の生態のみならず,サンゴ礁域のアマモ場の保全に関する今後の研究の発展に寄与するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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