学位論文要旨



No 119229
著者(漢字) 鍋田,信吾
著者(英字)
著者(カナ) ナベタ,シンゴ
標題(和) 頚動脈洞圧受容器および大動脈弓圧受容器の興奮特性に関する電気生理学的研究
標題(洋)
報告番号 119229
報告番号 甲19229
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2780号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 西村,亮平
 東京大学 助教授 桑原,正貴
内容要旨 要旨を表示する

動脈圧受容器反射は、急激な血圧変化に対して応答する循環系の神経性調節機構の中でも、最も強力な調節作用を有している。動脈圧受容器反射における求心性の情報は、動脈壁に存在する動脈圧受容器が、血流によって生じる血管壁の伸展性を感知することにより形成され、神経を介して中枢へ伝達される。動脈圧受容器には、大動脈弓に存在し大動脈神経 (ADN) を介して中枢へ情報を伝導する大動脈弓圧受容器と、頸動脈洞に存在し頸動脈洞神経 (CSN) を介して情報を伝導する頸動脈洞圧受容器の2種の受容器の存在が知られている。これらの受容器を介した反射作用に関する研究において、心拍調節作用に対する除神経の影響が2種の圧受容器で異なるという報告があり、その要因としては、両受容器における興奮特性の差異が推定されている。しかしながら、両受容器の興奮特性に関して、電気生理学的にADNおよびCSNの活動を詳細に検討した研究はほとんど行われていない。そこで、本研究では、動脈圧受容器反射機構において頸動脈洞圧受容器と大動脈弓圧受容器の2種類の受容器が存在する意義に関して、両受容器の興奮特性を様々な条件下において両受容器の存在部位とその局所における動脈圧脈波の波形との関連性に注目し、電気生理学的に明らかにすることを目的とした。

第1章では、本論文の目的である頸動脈洞圧受容器と大動脈弓圧受容器の興奮特性に関して比較検討する意義と研究の必要性を概説するとともに、動脈圧受容器反射機構におけるこれらの受容器の生理学的、病態生理学的な意義を明確にする上で、比較検討する条件として、動脈硬化症と低酸素暴露を取り上げる重要性について概説することにより、本研究の目的を鮮明にした。

第2章では、麻酔下のウサギにおける大動脈弓と頸動脈洞のそれぞれの部位において動脈圧脈波とADN活動 (ADNA)およびCSN活動 (CSNA)のwhole nerve記録を同時に行い、血圧変化に対する動脈圧脈波波形の変化と神経活動の関連性について検討した。動脈圧脈波波形は平均血圧値 (MAP)が同じでも部位により形状が異なり、MAPが 60-100 mmHgの範囲においては、頸動脈洞内圧 (CSP)の方が大動脈弓内圧 (AAP)より収縮期における内圧の変化が急激で大きかった。さらに、このような脈波の波形に差が認められたMAPにおいては、ADNAはCSNAより低く、CSNAは速い圧上昇に対して明瞭に応答する活動が認められたのに対して、ADNAはCSNAよりも圧変化に依存した活動は不明瞭であった。一方で、MAP 40 mmHgと120-140 mmHgにおいては脈波波形に部位差は観察されず、神経活動にも差は認められなかった。これらの結果から、受容器部位における動脈圧脈波の波形が異なる状態において、神経活動に大きな影響の出現することが明らかとなった。したがって、ADNAとCSNAの差異は、過去の研究から推定されていた受容器の興奮特性の違いのみならず、動脈圧脈波波形が及ぼす影響も重要であると考えられた。

第3章では、2章と同じ実験条件下において、ADNとCSNの受容器活動を単一神経活動として測定することで、whole nerve活動で観察された神経活動の差を、個々の受容器における活動の特性によって分類し検討することとした。動脈圧受容器には、両神経共にMAP 25 mmHg以上で閾値が明瞭に観察された受容器 (Type 1)と、閾値が検出されなかった受容器 (Type 2)が観察された。Type 1圧受容器は内圧の増減に感受性が高く、burst型の活動が明瞭であったが、MAP上昇に伴って活動の周期性は不明瞭となった。Type 2圧受容器は脈波における圧変化に対する感受性は乏しく、MAPの変化に対してのみ感受性が観察された。Type 1圧受容器は脈波に対する同期性が明瞭に観察された。CSNのType 1圧受容器の方がADNのType 1圧受容器より閾値が有意に低く、動脈圧脈波波形が明瞭に異なるMAPにおいては圧上昇時の放電頻度も有意に高かった。そのため、脈波内の速い圧変化に感受性の高い受容器に対して、これらのMAPにおけるCSPの波形は、放電頻度の増加や閾値の低下の要因になると考えられた。以上の結果から、局所の動脈圧脈波波形の差が受容器活動に及ぼす影響は、圧脈波のように速い圧変化に感受性の高い受容器において確認された。したがって、whole nerveの神経活動で認められた差は、特に速い圧変化に対して対応することが可能な受容器が主に関与していることが明らかとなり、この様な差異が出現する要因としては、受容器の興奮特性と局所における伸展刺激の差が重要であると考えられた。

第4章では、受容器の存在部位における圧脈波や血管壁の伸展性に変化の生じている可能性が推測される、動脈硬化モデル動物である遺伝性高コレステロール血症 (KHC)ウサギのADNAおよびCSNAを、対照動物であるJWウサギと比較することにより、受容器活動の特徴を調べた。両系統の間に測定開始時においてMAPに差は認められなかったが、KHCウサギの脈波波形にはAAP、CSP共に動脈硬化性病変の発現時に一般的に認められている特徴である、重複性波の減少などが観察された。そして、KHCウサギでは上行脚における脈圧と圧変化速度が、JWウサギと比較して高かった。

Whole nerveにおけるCSNAは、JWウサギとKHCウサギの間に有意な差は観察されなかったが、ADNAにおいては活動の認められるMAPがJWウサギよりもKHCの方が低かった。そして、MAPの増減に対するADNAの増減は、KHCウサギの方が小さい傾向が認められた。ADNの単一神経活動に関して、JWウサギとKHCウサギでの比較した結果、KHCウサギの方がJWウサギより、低いMAPにおける活動が有意に高いため、KHCウサギの方がMAP変化に対する放電頻度の増減が少なかった。また、Type 1圧受容器の閾値はKHCウサギの方が有意に低かった。さらに、低いMAPにおいて、KHCウサギの放電頻度は有意に高かった。Type 2圧受容器に関しては、KHCウサギの方がすべてのMAPにおいてJWウサギよりも放電頻度の高い傾向が観察された。これらの結果から、KHCウサギの大動脈弓圧受容器活動は、JWウサギと比較してMAPの変化に対する活動の増減が少ないことが明らかとなり、動脈圧受容器反射作用にも影響を及ぼしている可能性が示唆された。KHCウサギのCSNAには動脈硬化病変の影響は認められなかったことから、病変の形成が動脈圧受容器活動の変化には深く関与しているものと考えられた。

第5章では生理的な血管運動性の変化あるいは受容器感受性の変化と受容器活動との関連性を調べる目的で、低酸素暴露下においてそれぞれの部位における動脈圧脈波およびADNA、CSNAの測定を行った。低酸素暴露によって、JWウサギ、KHCウサギともに血中酸素分圧の低下に伴ったMAPの低下が観察された。しかしながら、両系統のAAP、CSPおよびADNA、CSNAには暴露前後において明瞭な変化は認められなかった。低酸素暴露直後からMAP低下が観察されたことから低酸素暴露の血管反応に対する影響は大きかったものの、神経活動への影響は認められなかった。その要因としては、ADNおよびCSN共に片側を切断したために、化学受容器反射が減弱していたためであると考えられた。

以上の結果から、これまで頸動脈洞圧受容器と大動脈弓圧受容器の興奮特性の差異の要因として、動脈圧脈波に対する感受性の高い受容器が重要な役割を果たしていることが電気生理学的に明らかとなった。また、受容器活動には局所における動脈圧脈波波形の及ぼす影響が大きく、生体内においては局所における動脈圧の変化が受容器の刺激にとって重要な要因になっていると考えられた。このような頸動脈洞圧受容器と大動脈弓圧受容器活動の相違は正常な動物において生理学的に重要な働きをしているのみならず、動脈硬化などの病態時において受容器活動に多大な影響が及ぶため、血圧調節機構に変化を来すものと思われた。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の循環系には、血圧を監視する感覚受容器として、主に頚動脈洞圧受容器、大動脈弓圧受容器および心肺圧受容器の3種類の特別な装置が存在することが知られている。このうち、頚動脈洞圧受容器および大動脈弓圧受容器は体循環の血圧調節においてもっとも重要な働きを担っているが、これらの受容器のもつ感覚受容特性に関しては不明な点が多い。本研究では、それぞれの圧受容器の興奮性状を電気生理学的手法を用いて明らかにすることにより、これらの圧受容器の生理学的および病態生理学的意義を考察することを目的にして行われたものである。

第1章では序論として動脈圧受容器反射における上記2種の受容器の求心性情報の役割に関する概念を述べるとともに、両受容器の機能を単に正常な条件下のみならず、病態発生時においても評価することが重要なこと、そのために、本研究では動脈硬化性病変を自然発症するKHCウサギおよび実験的低酸素血症ウサギを用いて両受容器の活動を明らかにすることの意義を述べている。

第2章では大動脈神経活動 (ADNA)および頚動脈洞神経活動 (CSNA)とそれぞれの受容器が存在する部位の血圧である大動脈弓内圧 (AAP)および頚動脈洞内圧 (CSP)を記録して、求心性活動の比較を受容器部位における動脈圧脈波波形と神経活動の関連性を通して行った。AAPとCSPの波形を比較した場合、CSPの方がAAPに比べて脈圧が高く圧変化が明瞭な平均血圧領域が存在した。このような圧領域においてCSNAはADNAより高く、CSNAの方が圧の増減に対する活動の増減が明瞭であることが示された。このことから、圧受容器活動は受容器が局在する圧脈波波形の影響を強く受けることが示唆されたとしている。

第3章においては、受容器活動の特徴をより詳細に明らかにするために、頚動脈洞圧受容器と大動脈弓圧受容器のそれぞれから単一神経活動を記録した。その結果、ADNとCSNには活動様式が異なる2種類の受容器活動が存在することが示された。タイプ1圧受容器は圧脈波の変化に同期したphasic activityを示し、とくに圧脈波の立ち上がり(第1相)に対応して明瞭な活動増加を示した。また、この受容器は興奮閾値が低く80mmHg以下の血圧で興奮を開始した。タイプ2圧受容器は圧脈波の変化に対する応答性が低く、圧脈波の各相と脈波間の休止期(弛緩期の一部)を通じてほぼ一定の割合で放電するtonic activityを示した。この受容器は圧脈波波形に対してよりも、受容器部位の平均血圧レベルの高低に対してより相関性の高い応答性を示し、また興奮閾値もタイプ1圧受容器に比べて高かった。神経伝導速度の測定から、タイプ1圧受容器は細い有髄線維(Aδ線維)、タイプ2圧受容器はAδ線維もしくは無髄線維であることが示唆された。これらの受容器の分布は頚動脈洞神経および大動脈神経の間でとくに差異は認められなかった。これらの成績から、タイプ1圧受容器は血圧の瞬時的変化を監視し、タイプ2圧受容器は血圧の平均的レベルを監視する意味があるものと意義づけている。また、前者はとくに血圧の低下に対して、また後者は血圧の上昇に対してより多くの求心性情報を中枢に伝導することによって、血圧調節にかかわっていることを推測している。

第4章では遺伝性高コレステロールモデル動物を用いることで、動脈硬化病変の動脈圧受容器活動への影響について検討した。KHCウサギにおいて病変が確認されている大動脈弓部位に受容器が存在する大動脈弓圧受容器の活動は正常動物と比較して、MAP変化に対する感受性低下が認められた。また、CSNAには両系統間において差が認められなかったため、KHCウサギにおける動脈硬化性病変による局所の受容器活動の変化が動脈圧受容器反射作用減弱の要因であると考えている。大動脈弓圧受容器の活動に活動変化が起こるだけでも反射作用に影響を及ぼすと考えられたことから、個々の受容器活動の重要性が示唆された。

第5章では低酸素暴露の受容器活動への影響の有無に関して検討を行った。その結果、低酸素暴露時の、特に血管弛緩反応が明瞭な状態においては、動脈圧脈波形および動脈圧受容器活動には低酸素暴露の影響は現れなかったことから、低酸素暴露時の血管弛緩反応および受容器近傍の各種化学的変化は動脈圧受容器活動に影響を及ぼさないことを明らかにした。

以上を要するに、本論文は哺乳動物の血圧調節において、重要な役割を担っている頚動脈洞圧受容器および大動脈弓圧受容器の感覚受容特性を電気生理学的に明らかにした上で、圧反射機構の中の位置づけを明確にしたものであり、その成果は学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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