学位論文要旨



No 119233
著者(漢字) 下島,昌幸
著者(英字)
著者(カナ) シモジマ,マサユキ
標題(和) ネコ免疫不全ウイルス感染ネコにおけるT細胞応答
標題(洋) T cell responses in feline immunodeficiency virus-infected cats
報告番号 119233
報告番号 甲19233
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2784号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

ネコ免疫不全ウイルス(以下FIV)は、ネコに免疫不全様症状を引き起こす原因体である。このウイルスに対するワクチンが現在必要とされており、ネコ免疫系への関心が高まっている。しかし、感染制御におけるT細胞の重要性やT細胞を構成するCD4+・CD8+リンパ球の動態に関する報告はいくつかあるものの、十分な解析がなされているとは言いがたい。本研究は、より良いワクチン作製やより効率的なワクチン開発に役立てるため、FIV感染におけるT細胞免疫応答を明らかにすることを目的とした。

実験を行なう上で有用なツールである抗体の種類がネコにおいては限られており、まずその充実化を試みた。第一・二・七章では、あらかじめ標的分子を設定し、そのcDNA同定・発現・抗体作製を行なった。第三章では、標的分子は不明であっても特徴ある性状(何かの反応の阻害や誘導等)を示す抗体が得られた場合を想定し、その標的分子を短時間かつ簡便に同定する方法を確立した。第四章では、第三章の方法が抗体以外の分子(ここではFIV Envタンパク)にも応用可能であることを示した。

第五・六章では、得られた抗体や既存の抗体を用い、FIV感染ネコの末梢血T細胞の表面抗原および機能解析を行なった。第七・八章は細胞株における解析であるが、得られた抗体の一つ(抗CD56)を用いてFIV感染性について調べた。

各章の要約は以下の通りである。

T細胞表面抗原CD2は、T細胞と抗原提示細胞等との接着やT細胞の活性化に重要な分子である。ネコCD2 cDNAを、末梢血単核球由来cDNAよりPCRにより新たに同定した。ネコCD2のアミノ酸配列中には、ヒトやその他の動物のCD2分子の立体構造・細胞内シグナル伝達に重要な配列が高度に保存されていた。ネコCD2分子を発現させその単クローン抗体(SKR2)を得た。SKR2抗体はネコCD2発現細胞-ヒト赤血球間で認められるロゼット形成を阻害した。これらのことは、ネコと特にヒトのCD2の構造および機能の類似性を示すものと考えられた。SKR2抗体は、T細胞に加え単球の検出にも有用であった。本抗体は第六章でも用いた。

インテグリンαL鎖CD11aは、T細胞と抗原提示細胞等との接着に重要な分子である。T細胞受容体(TCR)は、T細胞の抗原特異的な応答を規定する分子である。CD122は、IL-2受容体を構成するβ鎖で、IL-2によるシグナル伝達に必須の分子である。昆虫細胞発現ネコCD11aを用いて抗ネコCD11a単クローン抗体TMM11aを得た。ネコTCRαおよびTCRδの定常領域に、ネコCD2(第一章)のシグナルペプチド領域をN末に、ヒスタグ配列をC末に付加して発現させた。ネコCD122のcDNAをPCRにより新たに同定し、C末にヒスタグ配列を付加して発現させた。これらの発現により、TCRやCD122分子に対する抗体作製などが容易になると考えられた。TMM11a抗体は第六章でも用いた。

抗体が認識する細胞表面分子を同定する場合に発現クローニング法は極めて有効である。そのスクリーニングが短時間かつ簡便に行なえる方法を確立した。モデルとして、CD4+ MYA-1細胞のcDNAライブラリーからの、抗CD4抗体によるCD4 cDNAの同定を試みた。ライブラリー導入法としてレトロウイルスベクター、ライブラリー導入細胞としてミエローマ、選択法としてパンニングを用いた。その結果、わずか6日間の培養および3回の培養液交換のみでスクリーニングを終え、効率よくCD4 cDNAを得ることができた。

第三章で確立した方法を、FIVと反応する細胞表面分子の同定に応用した。ライブラリー導入細胞の保持には、抗体ではなくウイルス液を用いた。その結果、FIVとの結合性を有するヘルパーT細胞活性化抗原OX40 (CD134)を同定した。OX40は単にFIVとの結合性を有する分子であるだけでなくリンパ球指向性FIVの感染に必要な分子(受容体)であり、FIV抗原特異的なCD4+細胞にFIVが感染することがFIVの病態の根底にあると考えられた。

FIV感染により、感染ネコの末梢血リンパ球(PBL)にはCD8β鎖の減少したCD8+細胞が増加し、一方CD4+細胞は減少する。抗CD8α・抗CD8β・抗CD4抗体を用い、FIV TM2株感染ネコのPBLの機能解析を行なった。CD8α+β+細胞のみでなく、CD8α+β-細胞およびCD4+細胞もFIV増殖抑制作用を持つことが明らかとなった。いずれの細胞集団による抑制作用も、少なくとも一部はMHC非拘束性・抗原非特異的である可能性が示された。抗FIV活性を主に担う細胞は個体により異なり、病態進行の指標となりうるCD4:CD8比との関連も認められなかった。

白血球共通抗原CD45は、T細胞の分化段階(ナイーブやメモリー等)により発現型が変化する分子である。主要組織適合抗原複合体(MHC)は、抗原提示を行なう分子である。FIV感染ネコのPBLにおけるCD2・CD11a・CD45RA様およびMHC II分子の発現について、CD4もしくはCD8 (αおよびβ鎖)分子発現との関連性、または細胞サイズもしくは細胞内顆粒との関連性をフローサイトメトリーにより解析した。CD8α+ PBL中には、CD8β鎖の発現減少を伴うCD11a分子発現増加・細胞内顆粒増加・MHC II分子減少を示す亜群が存在した。CD8α+ PBLのCD45RA様分子の発現量は様々であった。このような表現系の多様性はCD4+ PBLでは認められず、FIV感染は主にCD8+細胞群に様々な変化を誘導するものと考えられた。

CD56は神経細胞接着分子(N-CAM)の一つの型(140 kDa型)で、NK細胞や一部のT細胞に発現する分子である。昆虫細胞発現ネコCD56を用いて抗ネコCD56単クローン抗体を得た。本抗体はフローサイトメトリーのみでなくイムノブロット解析にも用いることができた。ネコCD56分子は培養ネコT細胞(CD4+およびCD8+)およびMYA-1細胞株に発現しており、N-CAMの140 kDa型ではあるが高度にシアル化されていると考えられた。これらのことは、ネコCD56がヒトCD56と似た性状や分布を持つことを示すと考えられた。抗ネコCD56単クローン抗体は第八章でも用いた。

MYA-1細胞はFIVに高感受性・IL-2依存性のネコリンパ芽球細胞株である。MYA-1細胞のCD56発現・長期培養のFIV感染性への影響を解析した。長期培養によりMYA-1細胞のCD56陽性率は増加し、CD56+ MYA-1細胞はCD56- MYA-1細胞に比べより多くのFIV(抗原)を産生(発現)し、またCD4分子はFIV感染によってより減少した。長期培養のMYA-1細胞では、FIVによる細胞変性効果の出現は起こりやすくなったが、FIV産生量は減少した。FIV感染の解析における、本細胞株の培養期間の重要性が示唆された。

本研究により、FIV感染制御におけるCD8+ T細胞(時にCD4+ T細胞)の重要性や、CD8+ T細胞内に見られる多くの亜群の存在が示された。免疫応答機構の解明には、さらに多くのネコ分子の同定やリガンド同定・サイトカイン定量・抗原性解析等を行なう必要性が示唆された。ワクチン開発に直接役立つような結果は得られなかったが、著者の研究により明らかになった上述の多くの事実は、今後のFIV/ネコ研究の確固たる礎となるはずである。またアレルギーや自己免疫疾患等の分野にも貢献するものであると期待する。

審査要旨 要旨を表示する

ネコ免疫不全ウイルス(FIV)は、ネコに免疫不全様症状を引き起こす原因体である。FIV感染におけるCD4+・CD8+ Tリンパ球の解析は十分にはなされていない。本研究は、FIV感染におけるT細胞免疫応答を明らかにすることを目的とした。

実験を行なう上で有用なツールである抗体(ネコ分子に対するもの)の充実化をまず試みた。一・二・七章では、あらかじめ標的分子を設定し、そのcDNA同定・発現・抗体作製を行なった。三章では、標的分子が不明な抗体が得られた場合を想定し、その標的分子を短時間かつ簡便に同定する方法を確立した。四章では、三章の方法が抗体以外の分子にも応用可能であることを示した。

五・六章では、得られた抗体等を用いFIV感染ネコの末梢血T細胞の表面抗原および機能解析を行なった。七・八章も得られた抗体を用いて細胞株におけるFIV感染について調べた。

各章の要約は以下の通りである。

T細胞表面抗原CD2は、T細胞の接着や活性化に重要な分子である。ネコCD2 cDNAを同定した。アミノ酸配列中には立体構造・細胞内シグナル伝達に重要な配列が高度に保存されていた。抗ネコCD2抗体SKR2はネコCD2発現細胞-ヒト赤血球間で認められるロゼット形成を阻害した。SKR2抗体は、T細胞に加え単球の検出にも有用であった。

インテグリンαL鎖CD11aはT細胞の接着に重要な分子である。T細胞受容体(TCR)はT細胞の抗原特異性を規定する分子である。CD122はIL-2受容体を構成するβ鎖である。昆虫細胞発現ネコCD11aを用いて抗ネコCD11a抗体TMM11aを得た。ネコTCRαおよびδの定常領域にヒスタグ配列を付加して発現させた。ネコCD122のcDNAを同定し、同様に発現させた。これらの発現により、各分子に対する抗体作製などが容易になると考えられた。

抗体が認識する細胞表面分子を同定する場合に発現クローニング法は極めて有効である。ライブラリー導入法としてレトロウイルスベクター、ライブラリー導入細胞としてミエローマ、選択法としてパンニングを用いることにより、スクリーニングを短時間かつ簡便に行う方法を確立した。

三章で確立した方法をFIVと反応する細胞表面分子の同定に応用し、FIVとの結合性を有するヘルパーT細胞活性化抗原OX40を同定した。OX40はリンパ球指向性FIVの感染に必要な分子であり、FIV抗原特異的なCD4+細胞にFIVが感染することがFIVの病態の根底にあると考えられた。

FIV感染により、感染ネコの末梢血リンパ球(PBL)にはCD8β鎖の減少したCD8+細胞が増加する。CD8α+β+細胞、CD8α+β-細胞およびCD4+細胞がFIV増殖抑制作用を持つことを明らかにした。抗FIV活性を主に担う細胞は個体により異なった。抑制作用の少なくとも一部はMHC非拘束性・抗原非特異的である可能性が示された。

得られた抗体等を用いてFIV感染ネコのT PBLの表面抗原解析を行なった。CD8α+ PBL中には、CD8β鎖の発現減少を伴うCD11a分子発現増加・細胞内顆粒増加・MHC II分子減少を示す亜群が存在した。CD8α+ PBLのCD45RA様分子の発現量は様々であった。このような表現系の多様性はCD4+ PBLでは認められず、FIV感染は主にCD8+細胞群に様々な変化を誘導するものと考えられた。

CD56(140 kDa型神経細胞接着分子)はNK細胞や一部のT細胞に発現する分子である。昆虫細胞発現ネコCD56を用いて抗ネコCD56抗体を得た。ネコCD56分子は培養ネコT細胞およびMYA-1細胞株(後述)に発現しており、また高度にシアル化されていると考えられた。ネコCD56がヒトCD56と似た性状や分布を持つことを示すと考えられた。

MYA-1細胞はFIVに高感受性・IL-2依存性のネコリンパ芽球細胞株である。長期培養により本細胞株のCD56陽性率は増加し、CD56+ MYA-1細胞はCD56- MYA-1細胞に比べより多くのFIVを産生し、またCD4分子はFIV感染によってより減少した。長期培養のMYA-1細胞では、FIVによる細胞変性効果の出現は起こりやすくなったが、FIV産生量は減少した。本細胞株の培養期間の重要性が示唆された。

以上、本研究によりFIV感染制御におけるCD8+ T細胞(時にCD4+ T細胞)の重要性や多くのT細胞亜群の存在が示された。今後のFIV/ネコ研究の確固たる礎となるのみでなく、アレルギーや自己免疫疾患等の分野にも貢献すると考えられる。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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