学位論文要旨



No 119239
著者(漢字) 前田,貞俊
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,サダトシ
標題(和) イヌのアレルギー性疾患の病態におけるケモカインの役割に関する研究
標題(洋) Studies on pathophysiological roles of chemokine in canine allergic diseases
報告番号 119239
報告番号 甲19239
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2790号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

伴侶動物において、アトピー性皮膚炎や気管支喘息などのアレルギー性疾患の症例は、ヒトと同様、近年増加の一途をたどっている。しかしながら、臨床現場において行われている治療は、ほとんどの場合副腎皮質ステロイド剤等を用いた対症療法に限られており、その病態解析に基づいた根治的治療が望まれている。アレルギー性疾患における唯一の根治療法として、古くから減感作療法が用いられているが、その作用機序が未だ明確でないこと、治療によって誘発されるアナフィラキシーの危険があること、また治療に要する労力と時間がかかることが問題となっている。最近の研究から、炎症性ケモカインがアトピー性皮膚炎や気管支喘息等のアレルギー性疾患の病態においてきわめて重要な役割を担っていることが明らかになってきた。とくに、Th2型リンパ球に発現している CC chemokine receptor 4 (CCR4) とその特異的リガンドであるThymus and activation-regulated chemokine (TARC) を介して誘導されるケモタキシスはアレルギー反応の初期におけるTh2型リンパ球の遊走を引き起こす主要な機構であることが示唆されている。実際に、ヒトのアレルギー病変部においては、TARCの発現の増強が認められており、同時に病変部に多数のTh2型リンパ球の浸潤が示されている。さらに、ケモカインに対する中和抗体が急性肝障害や喘息などの疾患モデルマウスにおいて治療効果を有することが示されており、ケモカインによって誘導されるリンパ球や好酸球などの遊走活性を制御する治療法がアレルギー性疾患における新しい治療法として注目されている。そこで本研究においては、イヌのアレルギー性疾患においてケモカインを標的分子として用いた新規診断法および治療法を開発するための基礎的知見を得るため、アトピー性皮膚炎の病態におけるケモカインの関与に関する一連の検討を行った。

イヌの Thymus and Activation-Regulated Chemokine (TARC) 遺伝子のクローニングおよびそのアトピー性皮膚炎病変部における発現

イヌの胸腺から reverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR) 法および3' rapid amplification of cDNA ends (RACE) 法によってイヌのTARC cDNAをクローニングし、その塩基配列を決定した。クローニングしたイヌのTARC cDNAは、99残基のアミノ酸をコードしており、CC chemokine に特徴的な4つのシステイン残基を含んでいた。TARC cDNAは、ヒト、マウス、ラットのそれらとアミノ酸レベルでそれぞれ77.5%、67.4%、68.5%の相同性を示した。TARC mRNAの発現は、イヌの各種組織のうち、胸腺ばかりではなく、脾臓、リンパ節、肺および心臓にも認められた。さらに、TARC mRNAは、イヌのアトピー性皮膚炎病変部において選択的に発現しており、これらイヌの非病変部および健常なイヌの正常皮膚においては検出されなかった。また、アトピー性皮膚炎病変部における炎症性サイトカイン (IL-1β、IL-4、TNF-αおよびIFN-γ) のmRNA発現量をreal-time sequence detection system を用いて定量した。その結果、病変部におけるIL-1β、TNF-αおよびIFN-γ mRNAの発現量は、その非病変部および正常なイヌの皮膚における発現量よりも有意に高いことが示されたが、IL-4 mRNAに関してはすべての皮膚において発現は認められなかった。このことから、イヌのアトピー性皮膚炎の病変部においては、TARC mRNAが選択的に発現しており、またその発現には炎症性サイトカインが関与している可能性が示された。

イヌのCC chemokine receptor 4 (CCR4) 遺伝子のクローニングおよびそのアトピー性皮膚炎病変部における発現

イヌの胸腺からRT-PCR法およびRACE法によってイヌのCCR4 cDNAをクローニングし、その塩基配列を決定した。クローニングしたイヌのCCR4 cDNAは、360残基のアミノ酸をコードしており、3つのN型糖鎖付加部位を有していた。イヌCCR4 cDNAは、ヒト、マウス、モルモットのそれらとアミノ酸レベルでそれぞれ91.9%、85.3%、84.5%の高い相同性を示した。CCR4 mRNAの発現は、イヌの各種組織のうち、胸腺、脾臓、心臓、小腸およびリンパ節において認められた。さらに、イヌのアトピー性皮膚炎においては、その病変部においてCCR4 mRNAがTARC mRNAとともに選択的に発現しており、これらイヌの非病変部および健常なイヌの正常皮膚においてはCCR4 mRNAの発現は認められなかった。このことから、アトピー性皮膚炎病変部においては、TARCによって誘引されたCCR4陽性細胞が浸潤していることが示唆された。

アトピー性皮膚炎症例および実験的スギ花粉抗原感作犬の末梢血CD4陽性細胞におけるCCR4陽性細胞の増加

アトピー性皮膚炎に罹患したイヌおよび実験的スギ花粉抗原感作を行ったイヌの末梢血CD4陽性細胞におけるCCR4陽性細胞数の変化について検討した。まず、イヌCCR4 mRNAを発現しているイヌリンパ系細胞株 (CL-1) および発現していないイヌリンパ系細胞株 (GL-1) を用い、イヌCCR4に対する抗ヒトCCR4モノクローナル抗体の交差反応性を検討した。フローサイトメーターを用いた検討の結果、本抗体は、イヌCCR4に対する交差反応性を有することが明らかとなった。次に本抗体を用い、アトピー性皮膚炎に罹患したイヌの末梢血CD4陽性細胞におけるCCR4陽性細胞の割合(CCR4/CD4 比)をフローサイトメーターを用いて算出し、正常なイヌにおけるCCR4/CD4比と比較した。その結果、アトピー性皮膚炎に罹患したイヌの末梢血におけるCCR4/CD4比は正常なイヌにおけるものよりも有意に高いことが明らかとなった。次に、実験用のイヌにスギ花粉抗原とアラムを皮下注射することによって作出したスギ花粉実験感作犬において、感作前および感作後のCCR4/CD4比の変動について検討した。その結果、感作後におけるCCR4/CD4比は感作前のものに比べて有意に高いことが明らかとなった。以上の結果から、イヌのアレルギー反応においては、ヒト同様に、末梢血CD4陽性細胞におけるCCR4陽性細胞数が増加していることが明らかとなり、CCR4/CD4比が全身的なアレルギー反応を反映していることが示唆された。

抗イヌTARCモノクローナル抗体の作成およびそれを用いたイヌのアトピー性皮膚炎病変部におけるTARCタンパクの発現解析

アトピー性皮膚炎におけるケモカインの関与をさらに明らかにする目的で、イヌTARCに対するモノクローナル抗体を作成し、イヌのアトピー性皮膚炎病変部におけるTARC産生細胞の同定を行った。まず、TARC成熟タンパクをコードするcDNAを大腸菌発現ベクターに挿入し、リコンビナントイヌTARCを発現させ、精製した。その結果、分子量約10 kDaのタンパクが得られた。得られたタンパクの生物活性をCCR4発現細胞株であるヒトリンパ系細胞株 (Hut 102) およびイヌリンパ系細胞株 (CL-1) を用いたケモタキシスアッセイによって評価した。その結果、今回作成したリコンビナントイヌTARCはHut 102およびCL-1細胞に対して高い遊走活性を示したが、CCR4非発現細胞株であるイヌリンパ系細胞株 (GL-1) に対しては遊走活性を示さなかった。作成したリコンビナントイヌTARCをマウスに免疫し、イヌTARCに対するモノクローナル抗体の作成を行った。得られたモノクローナル抗体は、ELISAにおいて0.12-7.5μg/mlのリコンビナントイヌTARCを検出し得ることが明らかとなった。次いで、本抗体が細胞に発現しているイヌTARCと反応することを確認するため、TARC mRNAの発現細胞株であるCL-1および非発現細胞株であるGL-1を用いて検討を行った。フローサイトメーターを用いた解析の結果、本抗体はイヌのリンパ系細胞株に発現しているTARCを特異的に認識することが明らかとなった。さらに、アトピー性皮膚炎病変部から生検によって得た皮膚凍結切片において、抗イヌTARCモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学的染色を行ったところ、表皮ケラチノサイトの細胞質内におけるTARCタンパクの発現が示された。一方、健常なイヌから採取した皮膚組織においては、TARCタンパクの発現は認められなかった。このことから、イヌのアトピー性皮膚炎においては、病変部皮膚のケラチノサイトで産生されたTARCがCCR4陽性細胞の病変局所への選択的遊走に重要な役割を担っていることが示された。

本研究における成果はイヌのアトピー性皮膚炎の病態におけるケモカインの関与を明らかにしたものである。これまでの報告では、イヌのアトピー性皮膚炎の病変部におけるCD4陽性細胞の浸潤およびIL-4の発現亢進が示されており、Th2型の免疫反応がその病態に関与している可能性が示唆されていた。本研究においては、Th2型ケモカインであるTARCおよびそのレセプターであるCCR4のアトピー性皮膚炎病変部における選択的発現を明らかにしたが、このことはこれまでの知見を支持するものであり、イヌのアトピー性皮膚炎の病変局所においてはヒト同様にTh2型の免疫反応が優位であることを特徴づける結果であるものと考えられる。

今回の研究結果から、アトピー性皮膚炎に罹患したイヌおよび実験的スギ花粉感作犬の末梢血CD4陽性細胞においてCCR4陽性細胞数が増加していることが示され、病変局所だけでなく全身的にもTh2型の免疫反応が優位になっていることが明らかとなった。また、今回の結果はヒトのアトピー性皮膚炎患者における結果と類似していることが示され、末梢血におけるCCR4発現パターンの解析がイヌのアトピー性皮膚炎における診断および病態解析に有用であることを示唆している。

今回の研究において、イヌのアトピー性皮膚炎病変部のケラチノサイトがTARCの主要産生細胞であることが明らかになったことから、病変局所で産生されたTARCが末梢血中で増加したCCR4陽性細胞の病変局所への遊走に関して重要な役割を担っているものと考えられた。また、TARCとCCR4の相互反応によって生じる遊走を制御することにより、アトピー性皮膚炎に対する新しい治療法を開発できる可能性が示された。

本研究はこれまで不明であったイヌのアトピー性皮膚炎におけるアレルギー反応の免疫学的背景に関する知見を提供するものである。また、本研究の成果は、イヌのアトピー性皮膚炎の発症機序の解明に向けての礎を築いたばかりではなく、アレルギー性疾患全般の病態解明を目指した研究に寄与するとともに、今後のアレルギー性疾患に対する新規診断法および治療法の開発に向けて、イヌのアトピー性皮膚炎がきわめて有用な疾患モデル系であることを示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

申請者はイヌのアレルギー性疾患に対するケモカインを標的分子として用いた新規診断法および治療法を開発するための基礎的知見を得るため、アトピー性皮膚炎の病態におけるケモカインの関与に関する一連の検討を行った。

第一章ではイヌ Thymus and activation-regulated chemokine (TARC)遺伝子のクローニングを行った。TARC mRNAの発現は、イヌの各種組織のうち、胸腺ばかりではなく、脾臓、リンパ節、肺および心臓にも認められた。さらに、TARC mRNAは、イヌのアトピー性皮膚炎病変部において選択的に発現しており、これらイヌの非病変部および健常なイヌの正常皮膚においては検出されなかった。また、アトピー性皮膚炎病変部における炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-4、TNF-αおよびIFN-γ) のmRNA発現量をrea1-time sequence detection systemを用いて定量した。その結果、病変部におけるIL-1β、TNF-αおよびIFN-γ mRNAの発現量は、その非病変部および正常なイヌの皮膚における発現量よりも有意に高いことが示されたが、IL-4 mRNAに関してはすべての皮膚において発現は認められなかった。このことから、イヌのアトピー性皮膚炎の病変部においては、TARC mRNAが選択的に発現しており、またその発現には炎症性サイトカインが関与している可能性が示された。

第二章ではイヌCC chemokine receptor 4 (CCR4)遺伝子のクローニングを行った。CCR4 mRNAの発現は、イヌの各種組織のうち、胸腺、脾臓、心臓、小腸およびリンパ節において認められた。さらに、イヌのアトピー性皮膚炎においては、その病変部においてCCR4 mRNAがTARC mRNAとともに選択的に発現しており、これらイヌの非病変部および健常なイヌの正常皮膚においてはCCR4 mRNAの発現は認められなかった。このことから、アトピー性皮膚炎病変部においては、TARCによって誘引されたCCR4陽性細胞が浸潤していることが示唆された。

第三章ではアトピー性皮膚炎に罹患したイヌおよび実験的スギ花粉抗原感作を行ったイヌの末梢血CD4陽性細胞におけるCCR4陽性細胞数の変化について検討した。その結果、アトピー性皮膚炎に罹患したイヌの末梢血におけるCCR4/CD4比は正常なイヌにおけるものよりも有意に高いことが明らかとなった。次に、実験用のイヌにスギ花粉抗原とアラムを皮下注射することによって作出したスギ花粉実験感作犬において、感作前および感作後のCCR4/CD4比の変動について検討した。その結果、感作後におけるCCR4/CD4比は感作前のものに比べて有意に高いことが明らかとなった。以上の結果から、イヌのアレルギー反応においては、ヒト同様に、末梢血CD4陽性細胞におけるCCR4陽性細胞数が増加していることが明らかとなり、CCR4/CD4比が全身的なアレルギー反応を反映していることが示唆された。

第四章ではイヌTARCに対するモノクローナル抗体を作製し、イヌのアトピー性皮膚炎病変部におけるTARC産生細胞の同定を行った。モノクローナル抗体作製に先立ち、リコンビナントのイヌTARCを大腸菌発現系で作製し、その生物活性をCCR4発現細胞株であるヒトリンパ系細胞株 (Hut 102)およびイヌリンパ系細胞株 (CL-1) を用いたケモタキシスアッセイによって評価した。その結果、今回作製したリコンビナントイヌTARCはHut 102およびCL-1細胞に対して高い遊走活性を示したが、CCR4非発現細胞株であるイヌリンパ系細胞株 (GL-1) に対しては遊走活性を示さなかった。作製したリコンビナントイヌTARCをマウスに免疫し、イヌTARCに対するモノクローナル抗体の作製を行った。得られたモノクローナル抗体は、ELISAにおいて0.12-7.5 μg/mlのリコンビナントイヌTARCを検出し得ることが明らかとなった。次いで、本抗体が細胞に発現しているイヌTARCと反応することを確認するため、TARC mRNAの発現細胞株であるCL-1および非発現細胞株であるGL-1を用いて検討を行った。フローサイトメーターを用いた解析の結果、本抗体はイヌのリンパ系細胞株に発現しているTARCを特異的に認識することが明らかとなった。さらに、アトピー性皮膚炎病変部から生検によって得た皮膚凍結切片において、抗イヌTARCモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学的染色を行ったところ、表皮ケラチノサイトの細胞質内におけるTARCタンパクの発現が示された。一方、健常なイヌから採取した皮膚組織においては、TARCタンパクの発現は認められなかった。このことから、イヌのアトピー性皮膚炎においては、病変部皮膚のケラチノサイトで産生されたTARCがCCR4陽性細胞の病変局所への選択的遊走に重要な役割を担っていることが示された。

本研究はこれまで不明であったイヌのアトピー性皮膚炎におけるアレルギー反応の免疫学的背景に関する知見を提供するものである。また、本研究の成果は、イヌのアトピー性皮膚炎の発症機序の解明に向けての礎を築いたばかりではなく、アレルギー性疾患全般の病態解明を目指した研究に寄与するとともに、今後のアレルギー性疾患に対する新規診断法および治療法の開発に向けて、イヌのアトピー性皮膚炎がきわめて有用な疾患モデル系であることを示唆するものである。以上のことを考慮し、審査委員は申請者を博士(獣医学)の学位を受けるに必要な学識を有するものと認め、合格と判定した。

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