No | 119241 | |
著者(漢字) | 道下,正貴 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミチシタ,マサキ | |
標題(和) | Btcl遺伝子ファミリーの分子生物学的解析 | |
標題(洋) | Molecular biological characterization of Btcl gene family members | |
報告番号 | 119241 | |
報告番号 | 甲19241 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2792号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 目的 中枢神経系の複雑かつ正確な機能には、適切な神経回路形成が必須である。発達期から成熟期に至るまで、神経回路形成は軸索ガイダンス、シナプス形成あるいは回路修復などの諸過程で重要な役割を果たす。軸索ガイダンスは反発性と誘因性に大別される。例えば、反発性軸索ガイダンス分子の一つである分泌型セマフォリンは膜受容体と結合する。受容体はニューロピリン(Np)およびプレキシン複合体からなり、Npはリガンド結合、プレキシンは細胞内シグナル伝達として機能し、正確な軸索投射のために反発性成長円錐崩壊を生じる。それらは低分子量Gタンパク質などを介して成長円錐内のアクチンの伸張・収縮を誘導することが知られている。これらの現象を司る数多くのタンパク質が同定され、その機能解析が進められているが、その全体像は未だ明らかではない。 神経回路形成の基盤となる細胞間相互作用を仲介するのは、分泌性および膜タンパク質である。これらのタンパク質はアミノ末端領域に疎水性アミノ酸残基群からなる特徴的なシグナルシークエンスをもつ。シグナルシークエンスを持つタンパク質、すなわち分泌性および膜タンパク質を特異的に分離するシグナルシークエンストラップ(SST)法を用いて、神経回路形成に関わる新規遺伝子の同定・機能解析を遂行することは、神経回路形成の分子機構解明に必須である。本研究では、SST法を用いて、分泌性および膜タンパク質の網羅的な単離同定を行った。さらに、脳特異的に発現する新規 Btcl(brain-specific transmembrane protein containing CUB and LDLa domains) 遺伝子ファミリーメンバー、Btcl1およびBtcl2 cDNAに着目して、分子生物学的に解析をおこなった。 方法と結果 SST法を用いた分泌性および膜タンパク質をコードする遺伝子の単離 神経回路形成に重要な分泌性および膜タンパク質をコードする新規遺伝子を同定するために、マウス小脳cDNAライブラリーを用いて、酵母を利用したSST法を行った。酵母は、多糖類のみを供給した培養条件下では、多糖類を単糖類に分解する酵素インベルターゼを分泌して生育する。そこで、マウス遺伝子とシグナルシークエンスを欠く酵母由来のインベルターゼ遺伝子を組み込んだ発現ベクターを作製し、それらを酵母(インベルターゼ欠損株)にトランスフェクションし、多糖類のみが存在する条件下で培養を行った。酵母はマウス由来のタンパク質とインベルターゼタンパク質の融合タンパク質を合成する。マウス由来のタンパク質にシグナルシークエンスが含有されている場合は、酵母から融合タンパク質として分泌され、酵母の成長を可能にするが、シグナルシークエンスを含有しない場合は、融合タンパク質は分泌されず、酵母の成長は観察されない。成長した個々のコロニー(クローン)から、cDNAが組み込まれたプラスミドを回収し、全クローンのDNAシークエンシングを行い、1700クローンを単離した。これらのクローンの中には多数の既知のタンパク質(72%、GABAレセプターおよびクロモグラニンなど)や新規タンパク質(28%)をコードするcDNAが含まれていた。新規遺伝子について、断片化cDNAを用いてライブラリースクリーニングを行い、脳特異的に発現する。cDNA (Btcl1およびBtcl2)を単離した。これらはこれまでに報告のない新規の遺伝子である。 Btcl1およびBtcl2cDNAの特徴付け 単離されたBtcl1およびBtcl2 cDNAは、アミノ酸533個および553個のタンパク質をコードしており、細胞外領域に2つのCUBドメイン、1つのLDLaドメイン、膜貫通領域および細胞質内ドメインを持つと推定された。それらはアミノ酸レベルで51%の相同性を示し、細胞外ドメイン間の相同性はCUB1では63%、CUB2では72%、LDLaでは83%であった。また、BTCL1/2のCUBドメインは、反発性軸索ガイダンス、クラス3セマフォリンレセプターであるNp1およびNp2のCUBドメインに高い相同性を示した。また、複数のCUBおよびLDLaドメインをもつタンパク質は、LRP3、LRP9、ST7など数多く存在するが、BTCL1/2のドメイン構造の組み合わせ(2つのCUBドメインと1つのLDLaドメイン)を持つタンパク質は初めての発見である。 Btcl1およびBtcl2転写産物の発現分布 生体組織のノーザンブロット解析では、Btcl1およびBtcl2転写産物は、脳特異的に3.7 kbおよび6 kbの単一バンドとしてそれぞれ発現していた。さらに、胎生から成体までのマウス脳神経組織を用いた in situ ハイブリダイゼーション解析では、それらの転写産物は少なくとも胎生13日齢から発現し始め、成体でも発現していた。Btcl1およびBtcl2転写産物の特徴的な発現パターンは、神経組織発達期において、橋核、大脳皮質、海馬、小脳等で観察された。橋小脳神経回路の顕著な発達時期(胎生後期から出生初期)では、両転写産物は橋核で高発現を示した。胎生期の大脳皮質では、Btcl1転写産物は辺縁層およびサブプレート層で、Btcl2転写産物はそれらに挟まれる皮質板でみられ、相補性発現を示した。また、Btcl1転写産物の海馬における発現は、生後からCA3領域に高くなり、小脳ではその神経回路形成の樹立(生後三週)後から劇的に減少する。これらの発現時期が神経回路の樹立に一致していることから、BTCL1/2は神経回路形成に重要な役割を果たす可能性が示唆された。また、胎生期の後根神経節や三叉神経節などの末梢神経系組織においてもそれらの転写産物の発現が観察され、末梢神経回路の形成にも関与する可能性も考えられる。 BTCL1/2間の相互作用 BTCL1/2分子が独特なドメイン構造をもつことに注目した。BTCL1/2は細胞外領域に2つのCUBドメインを持つ。CUBドメインは、タンパク質間またはCUBドメイン間の相互作用に関与することが知られている。そこで、BTCL1/2が同種間および異種間親和性を有するかどうかを免疫沈降法および免疫ブロット法により解析した。HAあるいはmycタグ付きBTCL1とHAタグ付きBTCL2を組み込んだ発現ベクターを作製し、COS-7細胞に発現させ、HAあるいはmycタグに対する抗体を用いて免疫沈降した。それぞれ共沈したタンパク質に対してHAタグおよびmycタグに対する抗体で免疫ブロット法を行ったところ、BTCL1は同種間および異種間相互作用を示し、BTCL2は少なくとも異種間相互作用を示した。BTCL1/2のドメイン構造からも予想できるように、BTCL1/2はCUBドメインを介して相互作用することが示唆された。 BTCL1/2とNp1間の相互作用 BTCL1/2のCUBドメインがクラス3セマフォリンのレセプターであるNp1のCUBドメインと相同性を示すことから、BTCL1/2とNp1との相互作用を解析した。mycタグ付きNp1を組み込んだ発現ベクターとHAタグ付きBTCL1あるいはBTCL2発現ベクターをCOS-7細胞に発現させ、それぞれのタグに対する抗体を用いて免疫沈降および免疫ブロット法により解析した。それらの結果から、BTCL1およびBTCL2はNp1と相互作用することが明らかとなった。 BTCL1/2とプレキシンA間の相互作用 クラス3セマフォリンと結合するNp1はプレキシンAメンバー(A1〜A4)とレセプター複合体を形成することが知られているが、Np1とプレキシンAとの結合部位は明らかではない。BTCL1/2がプレキシンA1〜A4と相互作用するかの解析を行ったところ、Np1同様に、BTCL1/2はすべてのプレキシンAメンバーと相互作用することが明らかとなった。 以上の結果から、BTCL1/2はセマフォリンレセプターを形成する分子と相互作用し、セマフォリンシグナルを介した反発性の軸索ガイダンスに関与する可能性が示唆された。 Np1およびプレキシンA1に対するBTCL1の相互作用部位の決定 次に、BTCL1の各種ドメイン変異体とNp1あるいはプレキシンA1の相互作用について詳細に検討した。BTCL1ドメイン変異体(細胞質ドメイン欠失、CUB1ドメイン欠失、CUB2ドメイン欠失、CUB1とCUB2の両ドメイン欠失;すべてHAタグ付き)を組み込んだ発現ベクターを作製し、それらの変異体をそれぞれmycタグ付きNp1あるいはプレキシンA1とともにCOS-7細胞に発現させ、Np1あるいはプレキシンA1に対するBTCL1の相互作用部位を決定した。BTCL1細胞質ドメイン欠失変異体はNp1およびプレキシンAと相互作用したので、細胞外ドメインを介した結合が示唆された。さらに、BTCL1のCUB1とCUB2ドメイン欠失変異体は、Np1とプレキシンA1のいずれとも相互作用しない。しかし、CUBドメインの片方のみを欠失した変異体は、Np1あるいはプレキシンAと相互作用した。これらの結果より、BTCL1とNp1およびBTCL1とプレキシンA1との相互作用はCUBドメインを介して行われ、さらに1つのCUBドメインがその相互作用に十分な役割を担っていることが示唆された。 総括 BTCL1/2は細胞外領域に2つのCUBドメインを持つ、他のタンパクには見られない独特なドメイン構造をもつ新規ファミリーを形成する。Btcl1/2 mRNAの発現は、Np1およびNp1とセマフォリンレセプター複合体を形成する分子プレキシンAメンバーの発現パターンと類似していた。さらに、BTCL1/2はNp1およびプレキシンAと相互作用することを明らかにした。これらの結果はBTCL1/2が発達期の神経組織、とくに神経回路形成においてその役割を果たす可能性を示唆する。 神経系、とくに軸索ガイダンスにおけるBTCLの役割に対する次の仮説を提案する。第一に、BTCL1/Np1/プレキシンの三者の発現に応じて、特定の領域において、特定の時期に軸索ガイダンスに影響する、あるいは、3者の組み合わせがNp1/プレキシンだけでは不可能なシグナルを供給する。第二に、Np1に対するセマフォリンの結合は、Np1に対するBTCL1の親和性に応じて反発性軸索反応を調節する。第三に、BTCL1/2がクラス3セマフォリンの直接のレセプターである。 上記に述べた仮説を明らかにするためには、BTCL1/2の生理機能、すなわち、セマフォリンレセプターとしてのBTCL1/2の役割、軸索反応におけるBTCL1/2の細胞質領域の役割および細胞質領域が誘起する細胞内シグナル伝達系の役割を解明することが必須である。本研究はBTCL1/2介在性軸索ガイダンスの分子機構を解明する基礎となるものである。また、BTCL1/2の生理機能の研究は、軸索ガイダンス機構の解明だけでなく、中枢神経系の各種疾患や障害の理解やその治療にも重要な役割を果たす可能性がある。 | |
審査要旨 | 中枢神経系の複雑かつ正確な機能には、適切な神経回路形成が必須である。その神経回路形成の基盤となる細胞間相互作用を仲介するのは、分泌性および膜タンパク質であり、それらはアミノ末端領域にシグナルシークエンスをもつ。シグナルシークエンスを持つタンパク質を特異的に分離するシグナルシークエンストラップ(SST)法を用いて、神経回路形成に関わる新規遺伝子の同定・機能解析を遂行することは、神経回路形成の分子機構解明に重要である。本研究では、SST法を用いて、分泌性および膜タンパク質の網羅的な単離同定を行った。さらに、脳特異的に発現する新規Btcl(brain-specific transmembrane protein containing CUB and LDLa domains)遺伝子ファミリーメンバー、Btcl1およびBtcl2 cDNAに着目して、分子生物学的に解析をおこなった。 SST法を用いた分泌性および膜タンパク質遺伝子の単離 神経回路形成に重要な分泌性および膜タンパク質をコードする新規遺伝子を同定するために、マウス小脳cDNAライブラリーを用いて、酵母を利用したSST法を行った。SST法により単離された断片化cDNAを用いてライブラリースクリーニングを行い、脳特異的に発現する新規遺伝子(Btcl1およびBtcl2)を単離した。 Btcl1およびBtcl2 cDNAの特徴 単離されたBtcl1およびBtcl2 cDNAは、アミノ酸533個および553個のタンパク質をコードしており、細胞外領域に2つのCUBドメイン、1つのLDLaドメイン、膜貫通領域および細胞質内ドメインを持つと推定された。それらはアミノ酸レベルで51%の相同性を示し、細胞外ドメインのCUB1では63%、CUB2では72%、LDLaでは83%であった。また、BTCL1/2のCUBドメインは、Neuropilin(Np)のCUBドメインに高い相同性を示した。 Btcl1/2 転写産物の発現分布 生体組織のノーザンブロット解析では、Btcl1およびBtcl2 転写産物は、脳特異的に3.7 kbおよび6 kbの単一バンドとしてそれぞれ検出された。さらに、胎生から成体までのマウス脳神経組織を用いたin situハイブリダイゼーション解析では、Btcl1/2転写産物は胎生中期から発現し始め、成体でも発現していた。特に、Btcl1/2転写産物の特徴的な発現パターンは、神経組織発達期の橋核、大脳皮質、海馬、小脳、末梢神経組織等で観察された。これらの発現時期が神経回路の樹立に一致していることから、BTCL1/2の神経回路形成に重要な役割を果たす可能性が示唆された。 BTCL1/2間の相互作用 BTCL1/2はタンパク質相互作用に関与するCUBドメインをもつ。BTCL1/2が同種間および異種間親和性を有するかどうか免疫沈降法により解析した。BTCL1・HAあるいはBTCL2・mycとBTCL1・mycを、COS細胞に共発現させ、それぞれのタグに対する抗体を用いて免疫沈降した。それぞれ共沈したタンパク質に対してHAおよびmycタグに対する抗体で免疫ブロットを行ったところ、BTCL1は同種間および異種間相互作用を示し、BTCL2は少なくとも異種間相互作用を示した。 BTCLとセマフォリンレセプター間の相互作用 BTCL1/2のCUBドメインがセマフォリンレセプターであるNp1のCUBドメインと相同性を示すことから、BTCL1/2とNp1との相互作用を解析した。さらに、Np1と複合体を形成するPlexin-A(A1-A4)についても解析した。Np1・myc あるいはPlexin-A・mycとBTCL1・HAあるいはBTCL2・HAをそれぞれCOS細胞に共発現させ、それぞれのタグに対する抗体を用いて免疫沈降を行った。それらの結果から、BTCL1/2はNp1およびPlexin-Aと相互作用することが明らかとなり、セマフォリンレセプターを形成する可能性が示唆された。 Np1およびPlexin-A1に対するBTCL1の相互作用部位の決定 BTCL1の各種ドメイン変異体とNp1あるいはPlexin-A1の相互作用について詳細に検討した。BTCL1ドメイン変異体をそれぞれNp1あるいはPlexin-A1とともにCOS細胞に発現させ、Np1あるいはPlexin-A1に対するBTCL1の相互作用部位を決定した。BTCL1細胞質ドメイン欠失変異体はNp1およびPlexin-Aと相互作用し、BTCL1の 両CUBドメイン欠失変異体は、いずれとも相互作用しなかった。いずれかのCUBドメイン欠失変異体は、両者と相互作用を示した。これらの結果より、Np1およびPlexin-A1に対するBTCL1の相互作用はCUBドメインを介して行われ、少なくとも1つのCUBドメインが十分な役割を担っていることが示唆された。 本研究により新規遺伝子BTCL1/2が発達期の神経組織、とくに神経回路形成において重要な役割を果たしている可能性が示唆された。これは軸索ガイダンスの分子機構を解明する基礎となるものである。また、BTCL1/2の生理機能の研究は中枢神経系の各種疾患や障害の理解および治療にも重要な情報を提供する可能性がある。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。 | |
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