学位論文要旨



No 119242
著者(漢字)
著者(英字) Andriana,Bibin Bintang
著者(カナ) アンドリアナ,ビビン ビンタン
標題(和) 反芻類精巣に関する比較形態学的研究およびその培養下における内分泌かく乱物質による変化
標題(洋) Comparative Morphological Studies on Ruminant Testes and Their Alteration Induced by Endocrine Disruptors In Vitro
報告番号 119242
報告番号 甲19242
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2793号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 久和,茂
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
内容要旨 要旨を表示する

セルトリ細胞核内に存在するMultivesicular nuclear body (MNB)は反芻類の精巣において特異的に観察され、他の哺乳類では認められない。一般的にMNBは小胞、管状構造、およびリボゾーム様構造からなる。本研究では、まずシバヤギ精巣の生後発達におけるMNBの形成過程を明らかにした。1,2,3,4および5ヶ月齢ならびに成体のシバヤギより精巣と取り出し、5%グルタールアルデヒドで精巣動脈より灌流固定後、1%オスミウム酸で後固定、エタノールで脱水後、アラルダイトに包埋した。精細管の厚切り切片および連続超薄切片を作製し、光顕および透過電顕で形態学的、形態計測学的に観察した。シバヤギにおけるMNBは種々の大きさの小胞、管状構造、およびリボゾーム様構造を含んでいた。各発育段階(1,2,3,4,5ヶ月齢および成体)におけるMNBの体積は、それぞれ269.3μm3, 327.1μm3, 361.3μm3, 431.2μm3, 525.0μm3, および760.4μm3であった。また、1セルトリ細胞当たりの小胞数の平均は、それぞれ0, 7.4, 11.1, 12.3, 15.5, および32.7であった。1ヶ月齢では、セルトリ細胞核内に、線維成分を含む1個ないし複数個の核小体が確認されたが、MNBは全く認められなかった。2ヶ月齢でMNBは初めて確認されたが、まだ未発達で希にしか観察されなかった。この段階でMNBは少数の小胞とリボゾームからなり、核の辺縁に位置していた。その後の発育段階(3,4,および5ヶ月齢)で、MNBは次第に発達し、数を増し、核の辺縁から中央部へ移動し、核小体と融合して成熟したMNBを形成した。成体では、セルトリ細胞核内において、成熟した大きなMNBが存在した。

次に最も原始的な反芻類とされるマメジカの成体におけるMNBの有無を検討した。他の反芻類と同様、マメジカのセルトリ細胞においてもMNBおよび層状滑面小胞体が存在した。MNBはセルトリ細胞内に位置し、小胞、不規則な形状の管状構造およびリボゾーム様構造からなっていたが、他の反芻類と比べ、希にしか観察されなかった。1セルトリ細胞核当たりのMNBの小胞の数は、平均4.4であり、小胞の直径は、30〜180nmの範囲にあった。マメジカのMNBは、ウシやヤギのそれに比べ、未発達であったが、最も原始的な反芻類であるマメジカに存在したことから、MNBは反芻類の精巣に共通した特有の構造だと考えられる。また、マメジカの精巣には、もう一つ特徴的な構造が認められた。それはライディッヒ細胞に存在するアクチンフィラメントおよび中間径フィラメントの特有な束である。これらの束は光顕レベルでも確認可能であった。径約5nmのアクチンフィラメントからなる束は、ライディッヒ細胞の細胞質と核の両方に存在したが、径約10nmの中間径フィラメントからなる束は、細胞質のみに認められた。こうしたフィラメント束は、他の哺乳類の精巣では確認されておらず、マメジカのライディッヒ細胞に特有の構造と考えられるが、その機能、存在意義については不明である。

次にシバヤギ精巣の培養系を用いて、内分泌かく乱物質のリスク評価試験を試みた。内分泌かく乱物質として用いたのは、プラスチック製品の可塑剤であるmono(2-ethylhexyl)phthalate (MEHP) およびポリカーボネート製品から溶出するBisphenol Aである。こうした試験は、マウスやラットなど、ネズミ類のみで実行されており、他種哺乳類を用いた例はほとんどない。2ヶ月齢のシバヤギより採材した精巣を細切後、培養液に移し、精巣器官培養系とした。この培養系にMEHPないしBisphenol Aを種々の濃度(0,100,1x10-3、および1x10-6nmol/ml)で添加し、添加後、1,3,6,および9時間後に採材、光顕、電顕による観察に供した。添加後1時間では、セルトリ細胞内における空胞の出現および核膜の崩壊が認められた。この現象は時間依存的、濃度依存的に増大する傾向を示した。添加後3時間以降においては、アポトーシスを示す精細胞(クロマチン濃縮、形質膜の崩壊を伴わない細胞質萎縮、機能している細胞小器官、および膜で境界された小体内の密集した細胞成分といった特徴をもつ。)、ネクローシスを示す精細胞(膨化し崩壊したミトコンドリア、形質膜の溶解、散在した細胞成分およびクロマチンの凝集といった特徴をもつ。)、アポトーシスを示すセルトリ細胞(核膜の溶解、核質の濃縮を特徴とする。)、およびネクローシスを示すセルトリ細胞(核周囲に沿う辺縁クロマチン、膨化崩壊した細胞小器官を特徴とする。)が観察された。MNBの小胞の崩壊も同時に認められた。結論として、MEHP,Bisphenol Aはともに、低濃度では精細胞をアポトーシスに、高濃度では精細胞およびセルトリ細胞をネクローシスに導くことが示唆された。セルトリ細胞初代培養系へのMEHP,Bisphenol Aの添加試験においても、細胞内における空胞の出現によるセルトリ細胞の変性および核膜の溶解が確認された。次に上記のシバヤギ精巣を用いた内分泌かく乱物質の培養系への添加試験の対照試験として、20日齢ラット(SD)精巣器官培養系へのMEHP添加試験を試みた。添加後1時間で、Tunel陽性精細胞が出現し、その数は時間依存的、濃度依存的に増大した。また、電顕観察においては、シバヤギでの実験と同様、アポトーシスを示す精細胞、セルトリ細胞、ネクローシスを示す精細胞、セルトリ細胞が確認された。結論として、MEHPのラット精巣器官培養系への影響は、精細胞をネクローシスに導くことが示唆された。このように、精巣器官培養系は内分泌かく乱物質等に添加試験に有用であることが示された。

2-month-old Shiba goat Sertoli cell

Lesser mouse deer Sertoli cell

審査要旨 要旨を表示する

セルトリ細胞核内に存在する Multivesicular nuclear body (MNB)は反芻類の精巣において特異的に観察され、他の哺乳類では認められない。MNBは小胞、管状構造、およびリボゾーム様構造からなる。本研究では、まずシバヤギ精巣の生後発達におけるMNBの形成過程を明らかにした。1,2,3,4,5ヶ月齢および成体のシバヤギより精巣を取り出し、グルタールアルデヒド/オスミウム酸二重固定後、アラルダイトに包埋。精巣の厚切り切片および連続超薄切片を作製、光顕および透過電顕で形態学的、形態計測学的に観察した。シバヤギのMNBは種々の大きさの小胞、管状構造、およびリボゾーム様構造を含んでいた。各発育段階(1,2,3,4,5ヶ月齢および成体)におけるMNBの体積は、それぞれ269.3μm3,327.1μm3,361.3μm3,431.2μm3,525.0μm3,および760.4μm3。1セルトリ細胞当たりの小胞数の平均は、それぞれ0,7.4, 11.1,12.3,15.5,および32.7であった。1ヶ月齢では、セルトリ細胞核内に線維成分を含む1〜数個の核小体が確認されたが、MNBは全く認められなかった。2ヶ月齢でMNBは初めて確認されたが、まだ未発達で希にしか観察されなかった。この段階でMNBは少数の小胞とリボゾームからなり、核の辺縁に位置していた。3ヶ月齢以降、MNBは次第に発達し、数を増し、核の辺縁から中央部へ移動し、核小体と融合して成熟したMNBを形成した。

次に原始的な反芻類とされるマメジカの成体におけるMNBの有無を検討した。他の反芻類と同様、マメジカのセルトリ細胞においてもMNBが存在した。MNBは小胞、不規則な形状の管状構造およびリボゾーム様構造からなっていたが、他の反芻類と比べ希にしか観察されなかった。1セルトリ細胞当たりのMNBの小胞の数は平均4.4であり、小胞の直径は30〜180nmの範囲にあった。マメジカのMNBは、ウシやヤギのそれに比べ未発達であったが、最も原始的な反芻類であるマメジカに存在したことから、MNBは反芻類精巣に共通した特有の構造だと考えられる。マメジカの精巣には、もう一つ特徴的な構造が認められた。それはライディッヒ細胞に存在するフィラメントの束である。アクチンフィラメントからなる束はライディッヒ細胞の細胞質と核の両方に存在したが、中間径フィラメントからなる束は細胞質のみに認められた。この構造は他の哺乳類の精巣では確認されておらず、マメジカのライディッヒ細胞に特有の構造と考えられるが、その機能、存在意義については不明である。

次にシバヤギ精巣の培養系を用いて、内分泌かく乱物質である mono(2-ethylhexyl)phthalate (MEHP) およびBisphenol A(BPA)のリスク評価試験を試みた。2ヶ月齢のシバヤギより採材した精巣を細切後、培養液に移し、精巣器官培養系とした。この培養系にMEHPないしBPAを種々の濃度(0,100,1x10-3、および1x10-6nmol/ml)で添加し、添加1,3,6,および9時間後に採材。光顕、電顕による観察に供した。添加後1時間では、セルトリ細胞内での空胞の出現および核膜の崩壊が認められた。この現象は時間依存的、濃度依存的に増大する傾向を示した。添加後3時間以降においては、アポトーシスを示す精細胞(クロマチン濃縮、形質膜の崩壊を伴わない細胞質萎縮、機能している細胞小器官、および膜で境界された小体内の密集した細胞成分を特徴とする。)、ネクローシスを示す精細胞(膨化し崩壊したミトコンドリア、形質膜の溶解、散在した細胞成分およびクロマチンの凝集を特徴とする。)、アポトーシスを示すセルトリ細胞(核膜の溶解、核質の濃縮を特徴とする。)、およびネクローシスを示すセルトリ細胞(核周囲に沿う辺縁クロマチン、膨化崩壊した細胞小器官を特徴とする。)が観察された。MNBの小胞の崩壊も同時に認められた。結論として、MEHP, BPAはともに、低濃度では精細胞をアポトーシスに、高濃度では精細胞およびセルトリ細胞をネクローシスに導くことが示唆された。セルトリ細胞初代培養系へのMEHP, BPAの添加試験においても、細胞内における空胞の出現によるセルトリ細胞の変性および核膜の溶解が確認された。次に対照試験として、幼若ラット精巣器官培養系へのMEHP添加試験を試みた。添加後1時間で Tunne1 陽性精細胞が出現し、その数は時間依存的、濃度依存的に増加した。また電顕観察により、MEHPは主に精細胞をネクローシスに導くことが示唆された。

本論文は、反芻類精巣に特異的なMNBについて多くの新知見を提供し、また精巣器官培養系が内分泌かく乱物質リスク評価試験に有用であることを示した。これらの成果は、獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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