学位論文要旨



No 119243
著者(漢字) 李,姈美
著者(英字)
著者(カナ) イ,ヨンミ
標題(和) 生理的骨代謝に於ける IL-1 の役割
標題(洋) The role of IL-1 in physiological bone metabolism
報告番号 119243
報告番号 甲19243
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2794号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 吉川,泰弘
内容要旨 要旨を表示する

骨は自らの形態変化や血中カルシウム濃度の維持のため、常に破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成からなる再構築を日々繰り返すことにより、骨量を一定に維持している。骨形成・骨吸収に関わる因子に異常が生じ、両者のバランスが崩れると、 骨粗鬆症などの骨疾患を引き起こす。骨粗鬆症患者は、アメリカでは約1800万人、日本では1000万人ほどと推定されるが、この数字はさらに増加する傾向にある。

破骨細胞は骨破壊・骨吸収を直接担当する細胞であり、破骨細胞分化因子によってmonocyte- macrophage系の造血系前駆細胞から分化することが知られている。 破骨細胞は骨吸収に必要な酸やプロテアーゼを分泌するだけでなく、骨吸収反応を閉鎖腔において行うための細胞接着や細胞骨格変化などのダイナミックな細胞運動を可能にする形態的な制御機構を有している。一方、in vitro培養系において、骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞との共存培養による直接接触が破骨細胞形成には必須であること、in vivoにおいて活発に再構築が行われている骨を電子顕微鏡で観察すると、 骨芽細胞と破骨細胞が隣接して存在していることなどから、 破骨細胞形成には骨芽細胞との直接接触が必要であることが考えられてきた。数年前にこのような直接接触の実体が、 骨芽細胞がその細胞膜上に発現するReceptor Activator of NF-kB Ligand (RANKL)と呼ばれるサイトカインであることが発見された。 RANKLは副甲状腺ホルモン(PTH)などの骨吸収因子によって骨芽細胞上に発現が誘導され、破骨細胞前駆細胞上に存在する受容体であるRANKと結合することによって破骨細胞を分化・活性化する。Osteoprotegerin (OPG)はRANKと競合するRANKLのおとり受容体と考えられており、破骨細胞形成を抑制することが知られている。破骨細胞分化の分子機構の解明は、RANKL、RANKおよびOPG の発見によって急速に進歩した。

免疫系は複雑なサイトカインネットワークによって制御されているが、そのサイトカインネットワークが骨代謝に関わる細胞を制御する機構については、ほとんど明らかにされていなかった。 炎症部位で主に活性化マクロファージから産生されるサイトカインであるIL-1, TNF-a、IL-6は強力な破骨細胞性骨吸収促進作用をもち、骨吸収性サイトカインとも呼ばれる。しかし、生理的状態でこれらのサイトカインが骨代謝に果す役割はわかっていない。本研究では、 IL-1遺伝子欠損 (KO) マウスを用いることにより、 生理的な条件下でのIL-1の骨代謝における作用メカニズムについて解析した。

IL-1は炎症性サイトカインであり、破骨細胞の分化・活性化において重要な役割を果たすことが主にin vitro培養系を用いた実験により報告されている。しかし、IL-1は単独での破骨細胞分化誘導能はなく、成熟破骨細胞の活性化に直接作用することが知られている。IL-1には IL-1αとIL-1βの二つのタイプが存在するが、その生物学的作用は類似している。 今回、 IL-1αノックアウト(KO), IL-1βKO,およびIL-1αβダブルKO マウスにおいて、海綿骨の骨密度および皮質骨厚が野生型に比べて有意に増加することが明らかとなった。 IL-1αKOマウスとIL-1βKOマウスの間には骨量増加において有意な差は認められなかったことから、これ以後の解析にはIL-1αβダブルKO (IL-1KO) マウスを用いた。IL-1 KOマウスの海綿骨において破骨細胞数が野生型マウスの約60%に減少していることが認められ、IL-1 KOマウスにおける骨量の増加は破骨細胞数の減少によることが示唆された。この結果はIL-1が 生理的な条件において骨代謝に重要な役割をすることを示唆している。

上述したように破骨細胞前駆細胞が含まれる骨髄細胞と骨芽細胞とを骨吸収因子の存在下で共存培養することにより、in vitroで骨髄細胞から破骨細胞を形成させることができる。 野生型およびIL-1 KOマウスの骨芽細胞と骨髄細胞を用いた4種類の組み合わせからなるin vitro 共存培養の解析から、骨芽細胞、骨髄細胞共にKOを用いた場合だけでなく、骨芽細胞が野生型であっても骨髄細胞がKOの場合は、破骨細胞形成が著しく阻害された。 また、IL-1受容体アンタゴニスト (IL-1Ra) を加えることによって野生型マウスの骨芽細胞と骨髄細胞 の共存培養での破骨細胞形成が有意に抑制された。また、IL-1を加えることによってIL-1KOマウスの骨芽細胞と骨髄細胞 の共存培養での破骨細胞形成阻害が回復した。以上の結果は共存培養において、骨髄細胞が構成的に産生するIL-1が破骨細胞形成に重要であることを示唆する。

共存培養において骨髄細胞がIL-1 KO由来の時に 破骨細胞形成が阻害される理由を調べるために, 共存培養における IL-1α、 IL-1β、 RANKLおよび OPGの遺伝子発現をリアルタイムPCRで調べた。その結果、基本型である、破骨細胞形成が良好な野生型マウスの骨芽細胞と骨髄細胞のPTH存在下における共存培養時には、顕著なRANKL発現の亢進が認められ、IL-1α、 IL-1βの発現は高いままであった。次に、 破骨細胞形成が悪かった野生型マウスの骨芽細胞とIL-1KOマウスの骨髄細胞の共存培養時には 顕著なRANKL発現の亢進が認められたが、IL-1発現は低いことがわかった。一方、 破骨細胞形成が良好なKOマウスの骨芽細胞と野生型マウスの骨髄細胞の共存培養時には、弱いRANKL発現の亢進と高いIL-1発現が認められた。OPGの発現変動は4種類の共存培養間に大きな差はなかった。これらの結果から、骨芽細胞でのRANKLの発現が十分に亢進していても骨髄細胞においてIL-1αおよびβの高い発現がなければ破骨細胞の形成は抑制されることが明らかとなった。また、破骨細胞形成には骨芽細胞におけるRANKL発現誘導だけではなく骨髄細胞によるIL-1の構成的な発現が重要なことが示唆された。さらに、骨髄細胞におけるIL-1発現が高くても骨芽細胞におけるIL-1発現がなければRANKL発現が低いことから、PTHによるRANKL発現誘導には、骨芽細胞由来のIL-1のオートクラインメカニズムが 重要であることが示唆された。

次に、RANKLによる破骨細胞形成に対するIL-1の影響を詳細に調べるために 、骨髄細胞をM-CSFと可溶性RANKL(sRANKL)存在下で培養する破骨細胞形成系(骨髄マクロファージ培養系)を用いて解析した。その結果、 KOマウス由来の骨髄マクロファージ培養系では野生型に比べて破骨細胞形成が顕著に抑制されていた。また、KOマウスの骨髄マクロファージ培養をIL-1存在下で行った場合、濃度依存的に有意に単核および多核の破骨細胞数が増加した。IL-1を添加してもsRANKL非存在下では破骨細胞形成は認められず、IL-1単独では破骨細胞を分化させる活性がないことが明らかとなった。以上から、IL-1がsRANKLの作用を強め破骨細胞の分化を促進できることが示唆された。また、この分化促進が破骨細胞前駆細胞への直接作用である可能性が考えられた。

これまで、IL-1は、骨芽細胞/ストローマ細胞に作用してPGE2産生を介してRANKL発現を誘導するため、破骨細胞の分化に関しては骨芽細胞におけるRANKLの発現上昇を介した間接作用であると考えられてきた。しかし、本研究の結果から、IL-1は 破骨細胞上にRANKLを発現させるだけではなく、骨髄マクロファージに作用して破骨細胞の分化を促進することが明らかとなった。

以上をまとめると、本研究によりIL-1は破骨細胞分化を促進することにより生理的な骨代謝に重要な役割をすることが初めて明らかとなった。さらにIL-1は新しい二つの独立なメカニズムで破骨細胞分化を促進することが明らかとなった。一つ目の効果は骨髄細胞由来のIL-1が破骨細胞前駆細胞に作用してRANKLによる破骨細胞分化を促進するstimulatorとしての作用であり、この効果が無いことがIL-1KOマウスにおいて破骨細胞数が少ない主な原因と考えられる。二つ目の効果は骨芽細胞由来の内在性IL-1がオートクライン的にPTHなどの骨吸収因子によるRANKL発現を促進することである。この効果は破骨細胞形成において弱いながらも有意に認められた。本研究によりIL-1の病態における役割は言うまでもなく、生理的な骨代謝における役割も再認識する必要性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は骨代謝に対するインターロイキンー1(IL-1)の役割を検討したもので、IL-1が炎症時だけでなく、生理状態においても骨代謝に重要な役割を果たしていることを初めて明らかにしている。この中で申請者は、 IL-1遺伝子欠損 (KO) マウスを用い、生体における骨量の変化を解析すると共に(Results I)、細胞培養系でそのメカニズムについて解析を行っており (Results II-VI)、以下にその結果を述べる。

骨は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成からなる再構築を繰り返すことにより、骨量を一定に維持している。破骨細胞は骨破壊・骨吸収を直接担当する細胞であり、破骨細胞分化因子によってmonocyte- macrophage系の造血系前駆細胞から分化することが知られている。 また、破骨細胞形成には骨芽細胞との直接接触が必要であると考えられている。 数年前にこのような直接接触の実体が、 骨芽細胞がその細胞膜上に発現するReceptor Activator of NF-κB Ligand (RANKL)と呼ばれるサイトカインにより担われていることが発見された。 RANKLは副甲状腺ホルモン(PTH)などの骨吸収因子によって骨芽細胞上に発現誘導され、破骨細胞前駆細胞上に存在する受容体であるRANKと結合することによって破骨細胞を分化・活性化する。Osteoprotegerin (OPG)はRANKと競合するRANKLのおとり受容体であり、破骨細胞形成を抑制することが知られている。破骨細胞分化の分子機構の解明は、RANKL、RANKおよびOPG の発見によって急速に進歩した。 一方、免疫系は複雑なサイトカインネットワークによって制御されているが、それらのサイトカインが骨代謝に関わる細胞を制御する機構については、ほとんど明らかにされていなかった。 炎症部位で主に活性化マクロファージから産生されるサイトカインであるIL-1は強力な破骨細胞性骨吸収促進作用をもち、骨吸収性サイトカインとも呼ばれる。しかし、生理的状態でこのサイトカインが骨代謝に果す役割はこれまで解っておらず、申請者はその役割を検討した。

その結果、申請者はIL-1KO マウスにおいて、海綿骨の骨密度および皮質骨厚が野生型に比べて有意に増加することを見いだした。この時、IL-1 KOマウスの海綿骨における破骨細胞数は野生型マウスの約60%に減少しており、IL-1 KOマウスにおける骨量の増加は破骨細胞数の減少によることが示唆された。この結果はin vivoでIL-1が 生理的な条件において骨代謝に重要な役割をすることを示している。

さらに申請者は、 破骨細胞形成に対するIL-1の役割を調べるために、培養細胞レベルでの検討を行っている。 上述したように破骨細胞前駆細胞が含まれる骨髄細胞と骨芽細胞とを骨吸収因子(PTH)の存在下で共存培養(coculture)することにより、in vitroで骨髄細胞から破骨細胞を形成させることができる。 野生型およびIL-1 KOマウスの骨芽細胞と骨髄細胞を用いた4種類の組み合わせからなるin vitro 共存培養の解析から、骨芽細胞、骨髄細胞共にKOを用いた場合だけでなく、骨芽細胞が野生型であっても骨髄細胞がKOの場合は、破骨細胞形成が著しく阻害されることを示した。この結果は骨髄細胞が構成的に産生するIL-1が破骨細胞形成に重要であることを示唆する。

共存培養において骨髄細胞がIL-1 KO由来の時に 破骨細胞形成が阻害される理由を調べるために, 共存培養における IL-1α、 IL-1β、 RANKL、および OPGの遺伝子発現をリアルタイムPCRで調べた。その結果、破骨細胞形成が良好な野生型マウスの骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養時には、顕著なRANKL発現の亢進が認められ、IL-1α、 IL-1βの高い発現が認められた。次に、 破骨細胞形成が悪かった野生型マウスの骨芽細胞とIL-1 KOマウスの骨髄細胞の共存培養時には、顕著なRANKL発現の亢進が認められたが、IL-1発現は低いことがわかった。一方、 破骨細胞形成が良好なKOマウスの骨芽細胞と野生型マウスの骨髄細胞の共存培養時には、弱いRANKL発現の亢進と高いIL-1発現が認められた。OPGの発現変動は4種類の共存培養間に大きな差はなかった。これらの結果から、骨芽細胞でのRANKLの発現が高くても、骨髄細胞においてIL-1αおよびIL-1βの高い発現がなければ、破骨細胞形成の効率は悪いことが明らかとなった。このことから、破骨細胞形成には骨芽細胞におけるRANKL発現誘導だけではなく、骨髄細胞によるIL-1の構成的な発現が必須であることが示唆された。さらに、骨髄細胞におけるIL-1発現が高くても骨芽細胞におけるIL-1発現がなければRANKL発現が低いことから、PTHによるRANKL発現誘導には、骨芽細胞由来のIL-1が 重要であることが示唆された。

次に、骨髄細胞をM-CSFと可溶性RANKL(sRANKL)存在下で培養する破骨細胞形成系を用いて、RANKLによる破骨細胞形成に対するIL-1の影響を詳細に検討した。その結果、 KOマウス由来の骨髄マクロファージ培養系では野生型に比べて破骨細胞形成が顕著に抑制されることがわかった。また、KOマウスの骨髄マクロファージ培養にIL-1を添加すると、濃度依存的に有意に単核および多核の破骨細胞数が増加した。 以上から、IL-1がRANKLの作用を強め破骨細胞の分化を促進できることが示唆された。また、この分化促進は破骨細胞前駆細胞への直接作用である可能性が考えられた。

この結果、IL-1は破骨細胞分化を促進することにより生理的な骨代謝に重要な役割をすることが初めて明らかとなった。これは二つの独立なメカニズムからなり、一つ目の効果は、骨髄細胞由来のIL-1が破骨細胞前駆細胞に直接作用して、RANKLによる破骨細胞分化を促進するstimulatorとして機能することを初めて明らかにした。この作用が無いことがIL-1KOマウスにおいて破骨細胞数が少ない主な原因と考えられる。二つ目の効果は、骨芽細胞由来の内在性IL-1がPTHなどの骨吸収因子によるRANKL発現を促進することであり、この効果は破骨細胞形成に弱いながらも寄与していることが認められた。このように、本研究はIL-1の炎症時の骨破壊に於ける役割だけでなく、生理的な骨代謝における重要性を初めて明らかにしたものであり、骨代謝研究に極めて大きな貢献をなすものである。

なお、論文提出者が主体となり、研究立案と実験および検証を行ったもので、論文提出者が中心的に寄与したものと判断できる。

よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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