学位論文要旨



No 119246
著者(漢字)
著者(英字) PHUNG,HANG THI THU
著者(カナ) フン,ハンチィトゥ
標題(和) ネコフォーミーウイルスの遺伝学的性状および抗原性に関する研究
標題(洋) Studies on Genetic and Antigenic Characterization of Feline Foamy Virus
報告番号 119246
報告番号 甲19246
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2797号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

フォーミーウイルス (FV) はスプーマウイルスとも呼ばれるレトロウイルスの一種で、1950年代にサルの腎臓培養への混入により発見された。FV感染培養細胞には特徴的な泡状の変化が認められ、フォーミ- (Foamy) の名の由来となっている。その後、様々な新および旧世界サル、ネコ、ウシなどからもFVは分離されている。FVはレトロウイルスのなかでも特異な性状を有するグループであることが、近年明らかとなっている。そのゲノムはレトロウイルスの中で最大で、特有の調節遺伝子も有し、ゲノム末端のLTR領域に加え env 遺伝子中にもプロモーター領域が存在している。さらに、pol遺伝子の転写制御も他のレトロウイルスと異なっていることも示されている。

ネコフォーミ-ウイルス (FeFV) も基本的な性状は他のFVと同一であり、多数の株が病気の有無にかかわらず、ネコの様々な臓器、血液、唾液から分離されている。感染は唾液由来のウイルスによる接触感染で、別のレトロウイルスであるネコ免疫不全ウイルスが咬傷などの皮下への暴露が重要なのに対し、比較的軽い接触でも感染が成立すると考えられている。FeFVに感染するとネコは持続感染状態となり、生涯ウイルスを体内に保有するが、特定の病気との関連は証明されていない。日本と台湾における血清疫学調査では13.7%から28%の陽性率で、オーストラリアの調査では70%に及ぶことが報告されており、FeFVは世界中のイエネコ並びに野生ネコに広く存在すると考えられている。

今日、FeFVは非病原性と考えられており、広い宿主域とゲノムの大きさから遺伝子治療用のベクターとして注目されているが、FeFVには未解明の性状が多く残されている。本研究では、ベクターとしての基本的性状のうちFeFVの遺伝学性状および抗原性に着目し、世界各地のイエネコおよび野生ネコから分離されたFeFVの遺伝学的性状の解析、感染性を正確に測定するための細胞の開発並びにそれを応用したウイルス中和にかかわる抗原性状の解析を行った。

第一章 異なる地域のイエネコおよび野生ネコ類から分離されたネコフォーミーウイルスの遺伝学的解析

サル類由来FVの場合は10の血清型が知られており、概ね由来サル種に一致すると考えられている。FeFVにおいては2つの血清型 (serotype) が存在し、近年のオーストラリアおよび米国のイエネコ分離株を用いた遺伝子解析の結果では、env 遺伝子により2つの異なる genotype (F17-type と FUV-type) に分けられることが示されている。一方、日本、台湾、ベトナムおよびアルゼンチンのイエネコ、さらに日本のイリオモテヤマネコとベトナムのベンガルヤマネコからもFeFVが分離されているが、その遺伝学的解析はなされていない。そこで、FeFVの遺伝学的多様性と系統発生学的関連を解明するために、これら分離株の各種遺伝子領域の塩基配列を決定してオーストラリアおよび米国分離株との比較を行った。

イエネコ由来13株、ヤマネコ由来4株のFeFVのプロウイルスDNAを抽出し、4つの遺伝子領域について、PCR法により増幅を行った。全ての株について増幅が可能でそのサイズも大きな差は認められなかった。そこで、LTR、gag、env 遺伝子の部分領域の塩基配列を決定した。LTRおよび gag 領域の系統発生学的解析では概ね由来地域でグループを形成する傾向が認められたのに対し、env 領域の比較では2つの genotypes に分かれることが確認された。geotype 間での塩基配列の相同性が約75%であるのに対し、genotype 内での相同性は95%以上であったが、地域性との関連は見出されなかった。以上のことから、イエネコの祖先は世界中に広がる前に2つの genotypes のFeFVを有していた可能性が推定された。また、ヤマネコ由来FeFVもイエネコ由来のものから独立したグループを形成する傾向は認められなかった。

第二章 ネコフォーミ-ウイルスの定量のためのGFPを利用したウイルス検出用細胞株の開発

FeFVは主にネコ由来細胞培養で細胞変性効果 (CPE) を示しながら増殖するので、CPEを指標とした感染価の測定が可能である。しかし、そのためには1週間以上の長い日数と多くの労力が必要であることに加え、CPEを示さずに持続感染状態になることもあるため、CPEを指標とした感染価測定には限界がある。そこで、FeFVの感染性を短期間で正確に定量するためにβ-galactosidase 遺伝子をLTRの下流に組み込んだ遺伝子を導入した細胞が開発されているが、細胞を固定して発色させることが必要なため生きた状態の細胞では定量することはできない。本章においてはFeFVの感染を迅速かつ簡便に検出するため、FeFV感染時に緑色蛍光色素(GFP)を発現するネコ由来細胞の樹立を試みた。

GFP遺伝子とネオマイシン耐性遺伝子を保持するプラスミドのGFP遺伝子の上流にFeFV感染時に活性化するLTRを組み込み、ネコ腎由来株化細胞であるCRFK細胞に導入した。選択薬剤のG418存在下でCRFK細胞を培養し、コロニーを形成した細胞をクローニングした。クローン化した細胞のうち3クローンに、FeFV感染下でGFPの発現が蛍光顕微鏡観察により認められた。さらにクローニングを繰り返して、安定なGFP導入CRFK細胞が得られたのでFFG細胞と名付け、そのFeFV感染の検出における有用性を検討した。

FFG細胞にFeFVを感染させるとCPEの有無にかかわらずGFPの強い発現が認められた。感染価の測定に応用した場合には3または4日でプラトーに達し、測定を終了することが可能であった。感染価は従来法と比較して3〜10倍高く、感度も高いことも示された。本法の応用として各種動物とヒト由来の細胞にFeFVを感染させた時の培養上清中のウイルス産生量を定量したところ、従来知られていたネコ、イヌおよびヒト由来細胞に加え、新たにニワトリ並びにコウモリ由来の細胞でも増殖が可能であることが示された。

第三章 感染ネコ血清とモノクローナル抗体を用いたネコフォーミ-ウイルスの中和抗原性の解析

FeFVには中和試験で区別される2つの血清型が知られている。一方、第一章で示された2つの genotypes の中和抗原性については不明の点が多い。そこで、前章で開発したFFG細胞を応用した中和試験により、日本、ベトナムおよびアルゼンチン分離株の中和抗原の解析を行った。

FeFVが分離されたネコの血清を用いて、両 genotype を含む分離株との交差中和試験をおこなったところ、抗VN114株血清と抗Ar20血清は用いた全てのウイルスを中和したのに対して Sammy-1 株を実験感染させたネコ血清は同一の genotype (F17-type) のウイルスのみを特異的に中和した。一方、3つの血清サンプルにおいては中和活性が認められなかった。日本およびベトナムの野外ネコ血清の調査においては、陽性例は全てどちらかの genotype のみを中和した。さらに、中和試験に補体の添加を試みたところ、genotype に特異的な中和活性の著しい上昇が認められ、陰性であった上記血清3サンプルについても分離ウイルスの genotype に一致する中和活性が確認された。従来、genotype 間では重複感染はないものと考えられていたが、両 genotype のFeFVを中和する血清が見つかったことから、重複感染の可能性が示された。また、マウスをFeFVで免疫して中和モノクローナル抗体(mAb)の作出も試みたところ、FUV-type に特異的な中和活性を有するmAbが得られた。本mAbは免疫沈降反応で Env タンパクと反応性を示し、今後のEnvタンパクの抗原解析に有用と考えられた。

本研究により、FeFVは env 遺伝子により由来ネコの種類にかかわらず、2つの genotypes に大別されることが明らかとなった。また、旧来示されていた serotype は genotype に一致することも示されるとともに、従来認められていなかった genotype 間の重複感染の可能性も示唆された。加えて、本研究により開発されたGFP細胞により、一週間以上を要するFeFV感染価の測定を数日で行うことが可能となった。以上の成果は今後、FeFVの持続感染に対するネコの免疫応答の解明並びにFeFVのウイルスベクターとしての開発研究に貢献するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

フォーミーウイルスはレトロウイルスの一種で、サル、ネコ、ウシなどから分離されている。ネコフォーミーウイルス(FeFV)が感染したネコは持続感染状態となるが、特定の病気との関連は証明されていない。今日、FeFVは遺伝子治療用のベクターとして注目されているが、未解明の性状が多く残されている。本研究では、FeFVの遺伝学性状および抗原性に着目し、研究を行った。

第一章 異なる地域のイエネコおよび野生ネコ類から分離されたネコフォーミーウイルスの遺伝学的解析

FeFVは、env遺伝子により2つのgenotype(F17-typeとFUV-type)に分けられるが、アジアおよびアルゼンチンのイエネコと日本とベトナムのヤマネコから分離されたFeFVの遺伝学的解析はなされていない。そこで、FeFVの遺伝学的多様性と系統発生学的関連を解明するために、イエネコ由来13株、ヤマネコ由来4株のFeFVのLTR、gag、env遺伝子の部分領域の塩基配列を決定した。LTRおよびgag領域の系統発生学的解析では概ね由来地域でグループを形成するのに対し、env領域の比較では2つのgenotypesに分かれることが確認された。Geotype間での塩基配列の相同性が約75%であるのに対し、genotype内での相同性は95%以上であったが、地域性との関連は見出されなかった。以上のことから、イエネコの祖先は世界中に広がる前に2つのgenotypesのFeFVを有していた可能性が推定された。また、ヤマネコ由来FeFVもイエネコ由来のものから独立したグループを形成する傾向は認められなかった。

第二章 ネコフォーミーウイルスの定量のためのGFPを利用したウイルス検出用細胞株の開発

FeFVは培養細胞で細胞変性効果(CPE)を指標とした感染価の測定が可能であるが、日数と労力が必要であることに加え、CPEを示さずに持続感染状態になることもあるため、CPEを指標とした感染価測定には限界がある。そこで、FeFVの感染を迅速かつ簡便に検出するため、感染時に緑色蛍光色素(GFP)を発現するネコ由来細胞の樹立を試みた。GFP遺伝子の上流にFeFV感染時に活性化するLTRを組み込んだプラスミド作製し、CRFK細胞に導入して樹立した細胞はFeFV感染下でGFPが発現することが認められた。この細胞をFFG細胞と名付け、そのFeFV感染の検出における有用性を検討したところ、CPEの有無にかかわらず感染細胞にGFPの強い発現が認められ、感染価の測定に応用した場合には3または4日で測定を終了することが可能となった。感染価は従来法と比較して3〜10倍高く、感度も高いことが示された。本法の応用として各種培養細胞にFeFVを感染させた時の培養上清中のウイルス産生量を定量したところ、従来知られていた細胞に加え、新たにニワトリ及びコウモリ由来の細胞でも増殖が可能であることが示された。

第三章 感染ネコ血清とモノクローナル抗体を用いたネコフォーミーウイルスの中和抗原性の解析

FeFVには中和試験で区別される2つの血清型が知られているが、2つのgenotypesの中和抗原性については不明の点が多い。そこで、FFG細胞を応用した中和試験により、FeFVの中和抗原の解析を行った。FeFVが分離されたネコの血清を用いた交差中和試験では、2種の血清は用いた全てのウイルスを中和したのに対して、実験感染ネコ血清は同一のgenotype (F17-type)のウイルスのみを特異的に中和した。一方、3つの血清サンプルにおいては中和活性が認められなかった。野外ネコ血清では、陽性例は全てどちらかのgenotypeのみを中和した。さらに、中和試験に補体の添加を試みたところ、genotypeに特異的な中和活性の著しい上昇が認められた。従来、genotype間では重複感染はないものと考えられていたが、両genotypeのFeFVを中和する血清が見つかったことから、重複感染の可能性が示された。また、中和モノクローナル抗体(mAb)の作出も試みたところ、FUV-typeに特異的な中和活性を有する抗EnvタンパクmAbが得られ、今後の抗原解析に有用と考えられた。

本研究により、FeFVは由来ネコの種類にかかわらず、env遺伝子塩基配列をもとに2つのgenotypesに大別されることが明らかとなった。また、serotypeはgenotypeに一致することが示されるとともに、genotype間の重複感染の可能性も示唆された。加えて、本研究により開発されたGFP細胞により、FeFV感染価の測定を数日以内に行うことが可能となった。以上の成果は今後、FeFVの持続感染に対するネコの免疫応答の解明並びにFeFVのウイルスベクターとしての開発研究に貢献するものと考えられる。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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