学位論文要旨



No 119249
著者(漢字) 黄,穎泉
著者(英字) Wong,Wing Chung
著者(カナ) ウォン,ウィン チュン
標題(和) トランスジェニックマウス法によるKIF17機能の分子遺伝学的研究
標題(洋) Molecular genetic study of KIF17 using transgenic Approach
報告番号 119249
報告番号 甲19249
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2223号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

神経においてタンパク質の多くは細胞体において合成され、その後機能を果たす局所に運ばれなければならない。キネシン類似蛋白群分子 (KIF) は微小管をレールとしてATPを加水分解しながら神経細胞内において機能的な分子を輸送することにより基本的な役割を担っている。

これらのKIFの中で、KIF17 (homodimeric な順行性モーター蛋白質)は、足場蛋白であるミント1(mLin10)を含む複合体によって積荷分子NR2Bに結合し、NR2Bを介してニューロンの機能を支持している。機能的なN-メチルDアスパラギン酸塩(NMDA)受容体は、一つのNR1サブユニットと一つ以上のNR2A-Dサブユニットが結合しており、NR2Bサブユニットは前脳領域において優位に発現している。学習の生物学、特にその分子機構は、最近の最も活発な研究課題の一つである。

細胞体からシナプスまで運搬されているグルタミン酸塩受容体サブユニットは、学習および記憶に重要な役割を果たしていることがこれまでにわかってきている。マウスモデルを用いたNR2Bの強制発現は、学習および記憶の増強につながることが今回この研究で明らかになった。

今回私達は、NR2Bを運搬するモーター分子KIF17を過剰すれば何がマウスの中で起こるかを調べることにより、KIF17の生体内の役割を解析した。私たちは、CAMK II プロモーターの使用により、主として出生後の前脳部中でKIF17が過剰発現され、NMDAの受容体に依存するマウスの行動様式がKIF17の過剰発現によって変化するかどうかを検証するため、遺伝子組み換えのマウスを作成した。

KIF17遺伝子組み換えのマウスは一連の行動のタスクに増強された学習および記憶を示し、CREB結合蛋白の燐酸化が増加し、CREB結合蛋白に依存すると思われるNR2Bの発現量の増加が見られた。この結果により、モーター蛋白KIF17が、NMDA型グルタミン酸受容体の運搬により神経細胞内において学習および記憶の機構に寄与することが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文の内容はキネシン類似蛋白群分子KIF17過剰発見マウスの作成と、それを用いた行動学的・細胞生物学的解析である。周知のように、すべての細胞は、細胞体で蛋白を合成した後、それらを多種類の膜小器官や蛋白複合体として正しい目的地へ適正な速度で輸送する。この物質輸送は、細胞の機能、形態形成、そしてその生存のために必須である。本論文の課題であるKIF17は、キネシン類似蛋白群分子 (KIFs) に所属し、微小管をレールとしてATPを加水分解しながら神経細胞内においてNMDA型グルタミン酸受容体サブユニット2Bを輸送していることが示唆されていた。本研究は、トランスジェニックマウスを利用して、KIF17が実際に生体の中で機能分子の運搬を通じて、学習・記憶のメカニズムに関与していることを示した。

CAMK IIプロモーターの下流でGFP-KIF17融合蛋白が発現されるトランスジェニックマウスを作成した。このトランスジェニックマウスは野生型マウスと一見変わりなく生育し、脳の解剖学的構造にも異常は認められなかった。主として出生後の前脳部でトランスジーンの過剰発見が認められた。脳スライスを用いて、GFP-KIF17が樹状突起中を移動する様子が観察された。

KIF17トランスジェニックマウスの行動学的解析を行ったところ、このマウスの学習及び記憶能力が野生型マウスと比較して増強されていることが明らかになった。すなわち、水迷路を用いて Delay-matching to place test (DMP test) 及び Morris water maze test を行ったところ、前者からはワーキングメモリの増強が、後者からは空間記憶の増強が証明された。

Immunoblotting を用いて検討したところ、トランスジェニックマウス脳では、KIF17, Mint1, NR2B、燐酸化CREBの量が増加していた。

以上の結果をあわせて考えると、トランスジェニックマウスにおいて過剰発現されたKIF17が、NMDA型グルタミン酸受容体のシナプスへの運搬を通じてCREB燐酸化を介する記憶経路にポジティブに働きかけていることが示唆される。

本論文は、キネシン関連蛋白KIF17による機能分子の運搬という、学習及び記憶に関するこれまで知られていなかったメカニズムを明らかにするとともに、記憶能力の人為的な操作というきわめて重要な課題にも寄与するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク