学位論文要旨



No 119250
著者(漢字) 恩田,美雪
著者(英字)
著者(カナ) オンダ,ミユキ
標題(和) 遺伝子発現制御ネットワークの解析 : 転写因子のキメラ化による活性化と発現プロファイリングを用いた標的遺伝子探索
標題(洋) Analysis of gene regulatory network : an approach based on chimerization-mediated activation of transcription factors and expression profiling
報告番号 119250
報告番号 甲19250
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2224号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 服部,成介
内容要旨 要旨を表示する

近年の急速なゲノム解析の進展により、多くの生物において全ゲノム塩基配列が決定され多数の遺伝子が発見されたが、その大半は構造からは機能の推測すら出来ないものである。これらの新規遺伝子の機能解明に有効な手段のひとつと考えられるのは、遺伝子制御ネットワークを明らかにし、そこにその遺伝子を位置づけることである。機能既知の転写因子の支配下に機能未知遺伝子が存在することがわかれば、その制御関係情報は機能未知遺伝子の機能推定の重要な手がかりになる。逆に機能未知の転写因子もそれが支配する遺伝子群の中に機能の判明している遺伝子があれば、そこから転写因子の生物学的役割を推測することができる。従来転写因子の標的遺伝子群の検索には、転写因子の変異株を作製しそれにより発現が変動する遺伝子の網羅的検索が有効であるとされてきた。しかし多くの転写因子がその活性化(核移行、標的配列結合能の獲得、転写活性化能の獲得など)に上流からのシグナル伝達を必要とすることから、活性化刺激を先験的に知ることが出来ない新規転写因子では有益な変異体を作成することは困難であり、また破壊株や単純な過剰発現株を用いた標的探索には限界がある。

この問題を解決するためには、転写因子のDNA結合domainに上流からの活性化刺激なしで恒常的に転写を活性化し得るdomainを融合したキメラ転写因子を用いることが有効であると思われる。そこで本研究では、全ゲノム構造が解明されて全遺伝子の発現プロファイリングも可能な出芽酵母をモデルとし、Zn2Cy6型zinc finger転写因子を対象にキメラ転写因子を作製して、それによる標的遺伝子の発現を解析することでこの戦略の有効性を検証することにした。

そのためにDNA結合domainおよびcoiled-coil領域の後ろに二量体化を促進するdomainとVP16転写活性化domainとをノックインするためのカセットを作製した。これを用いてまず、その機能や下流標的遺伝子がよく研究されているGalactose代謝を制御する転写因子Gal4pについて、相同組換えでゲノム上にキメラ転写因子を構築した。この株とWild typeとを通常のGlucoseを糖原とする培地で培養し、RNAを抽出して代表的標的遺伝子Gal1、Gal7、Gal10の発現をRT-PCR法で検討した。その結果、本来Galactoseによって活性化されるGal4pはキメラ化する事により、Galactose非存在下で代表的標的遺伝子の発現を誘導できることが確認された。

次に標的遺伝子の解析も進んでいる酵母の多剤耐性を制御する転写因子Pdr1pについても同様に、キメラ転写因子を作製した。得られた株をGalactoseで誘導し、RNAを抽出して代表的標的遺伝子PDR5、SNQ2、YOR1の発現をRT-PCR法で検討した。その結果、単純な過剰発現では下流遺伝子を誘導できないPdr1pはキメラ化する事により、野生株と比較して代表的標的遺伝子の発現を誘導することが確認された。これは機能獲得型アリルPdr1-3による誘導と比べても同等ないしそれ以上の増加であった。

更にPdr1キメラ転写因子によって発現が誘導される遺伝子をより包括的に検討するためにDNA microarrayを用いて解析を行った。その結果、従来の研究で単離された機能獲得型アレルPDR1-3とほぼ同等に標的遺伝子群の発現を誘導できることが判明し、この戦略の有効性が実証された。38遺伝子がPdr1キメラ転写因子によって5倍以上発現が誘導されており、これらの遺伝子群には薬剤応答に関与する遺伝子が多く含まれていた。さらに、機能獲得型アリルPDR1-3によって発現が誘導されると報告のある26遺伝子中23遺伝子がPdr1キメラ転写因子によって3倍以上(20遺伝子は5倍以上)発現が誘導された。

同様にPdr1pのホモログで共通の下流標的遺伝子を持つことが知られていたPdr3pについてキメラ転写因子を作成し、DNA microarray を用いて発現が誘導される遺伝子群の検出を行った。その結果Pdr3キメラ転写因子によって66遺伝子の発現が5倍以上誘導され、Pdr1キメラ転写因子によって発現が誘導された38遺伝子の内31遺伝子の発現誘導が確認された。また、Pdr3キメラ転写因子のみによって発現が誘導される遺伝子も多くあり、この結果からPdr3pはPdr1pと多くの下流標的遺伝子を共有しているが、独自の標的遺伝子も併せ持つことが明らかになった。

次に、単純な過剰発現では下流標的遺伝子の発現を誘導できなかった薬剤耐性を制御する転写因子Yrr1pについても同様にキメラ転写因子を作成し、すでに報告のあるYrr1pの標的遺伝子SNQ2、YOR1の転写を誘導することを確認した。さらにDNA microarray を用いた解析ではYrr1キメラ転写因子によって薬剤耐性関連遺伝子群を多く含む48遺伝子の発現誘導が確認された。この結果から、Yrr1pがこれまでに示された小数の標的遺伝子以外にさらに多くの薬剤耐性関連遺伝子群の発現に関わることが明らかになった。

次に、Zn2Cy6型zinc finger転写因子の系統樹上でYrr1pと同じサブファミリーに属しながら機能不明な転写因子YOR172w、YKL222c、YLR266cについてもキメラ転写因子を作成し、DNA microarrayによる発現解析を行った。その結果、これら新規転写因子も薬剤耐性に関与する遺伝子を標的とすることが示唆された。

また、これまで作成した6種の薬剤耐性関連転写因子の標的遺伝子群を比較したところ、Pdr1/Pdr3とYrr1/Ykl222c/Yor172w/Ylr266cの2つの大きなファミリーに分かれ、標的遺伝子の重複が転写因子の一次配列から作成した系統樹とよく一致することが判明した。これは、元来は共通の祖先から進化したこれらの転写因子が、標的遺伝子を共有しながらも、それぞれに独自の標的遺伝子を獲得することで機能的に分化しつつある様子をとらえたものであると考えられた。

さらに系統樹上でこれらの転写因子とは離れたところに位置するLEU3、PUT3についてもキメラ転写因子を作成し、報告されているそれぞれの標的遺伝子の転写が誘導されることを確認し、DNA microarrayによる発現解析を行った。これら2種の転写因子の標的遺伝子群は前述の6種の薬剤耐性関連転写因子の標的遺伝子群とは殆ど重複せず、系統樹を反映したものとなった。このことから、この戦略によって特定の遺伝子群が常に誘導されてはいないことが確認された。

以上より、キメラ転写因子作成による恒常活性化アプローチは上流活性化シグナルが不明の場合でも下流標的遺伝子の検索を可能にし、遺伝子ネットワークの解明に有効な一般性の高い戦略となり得ることが示された。

Pdr1pとPdr3pの機能がどのように分化しているかを調べるためにPdr3キメラ転写因子によって発現高く誘導され、Pdr1キメラ転写因子によって発現が誘導された割合が低い遺伝子群の解析を行った。その結果、これらの遺伝子群はNaClによって発現が誘導されるまたは、これらの遺伝子を破壊した株ではNaClに対する感受性が上がる事が分かり、このことからPdr3pはNaCl耐性に関与すると考えられた。そこでPdr1p破壊株とPdr3p破壊株のNaClに対する感受性を調べたところPdr3p破壊株ではNaCl感受性が上昇しており、Pdr3pはNaCl耐性に関与することが確認できた。このことから、この戦略により従来の方法ではとらえきれなかったPdr1pとPdr3pの機能分化をとらえることができたと言える。

以上より、キメラ化による恒常活性化戦略が、上流活性化シグナルが不明の場合でも下流標的遺伝子の検索を可能にするものであると同時に、近縁の転写因子間の機能分化をとらえることができ、冗長性を内包した遺伝子ネットワークの解明に有効な一般性の高い戦略となり得ることが示された。また、この方法はZn2Cy6型zinc finger転写因子以外の転写因子にも応用が可能であり、さらに遺伝子破壊が困難なヒトなどの生物における転写制御ネットワークの解明にも応用可能な将来性の高いものであると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は近年のゲノム解析の進展によって発見された多くの機能未知遺伝子の機能を解明することを目標として、そのための有効な手段であると考えられる遺伝子制御ネットワークを明らかにする一般性の高いアプローチを確立することを試みたものである。出芽酵母をモデルに実験を行い、下記の結果を得ている。

出芽酵母に最も多いタイプの転写因子であるZn2Cy6型zinc finger転写因子についてDNA結合ドメインのC末端側に二量体化を促進するドメインとVP16転写活性化ドメインとを結合させて恒常的活性化型のキメラ転写因子を作成する戦略をたて、そのためのカセットを作成した。

Galactose代謝を制御する転写因子Gal4について、相同組替えでゲノム上にキメラ転写因子を構築した。RT-PCR法によるGal4の代表的標的遺伝子の発現の検討から、Gal4キメラ転写因子はGalactoseという転写活性化シグナル非存在下で既知標的遺伝子を活性化できることを確認した。

酵母の多剤耐性を制御する転写因子Pdr1についても同様にキメラ転写因子を作成し、RT-PCR法とマイクロアレイによる解析から既知標的遺伝子を機能獲得型変異体と同様に誘導できることを確認し、この戦略の有効性を確認した。

Pdr1のホモログで共通の下流標的遺伝子を持つことが知られていたPdr3をキメラ化により活性化し、マイクロアレイにより下流標的遺伝子候補群を網羅的に同定した。その結果、Pdr1とPdr3は多くの下流標的遺伝子を共有していることが示唆された。

薬剤耐性への関与が示唆されている新規転写因子Yrr1とそのfamilyの転写因子の4つについてキメラ転写因子を作成し、マイクロアレイを用いて標的遺伝子候補群を網羅的に同定した。下流標的遺伝子群のオーバーラップは転写因子の系統樹に相関することが示されたが、これは単一起源の転写因子からの機能分化を示すものと思われた。Yrr1とPdr1のfamilyの標的遺伝子候補の比較から、両者が多剤耐性の獲得に寄与する機構の差異が示唆された。

Pdr3キメラで発現が誘導され、Pdr1キメラで誘導されない遺伝子の多くがNaCl耐性に関与する可能性が示唆され、実際にΔpdr3がNaCl感受性であることを示した。これにより、転写因子のキメラ化というアプローチが機能未知転写因子の標的遺伝子群の同定に有効であるとともに、転写因子間での機能分化を探る有望な方法になりうることを示した。

以上、本論文は出芽酵母において転写因子のキメラ化という戦略をたて、その有効性を機能既知の転写因子をモデルに確認した。さらに、機能未知の転写因子にこの戦略を応用し、今まで知られていなかった新規の標的遺伝子候補群を網羅的に同定した。また、Pdr3の独自の標的遺伝子群の解析からPdr3がNaCl耐性に関与するというこれまで全く知られていなかった機能を明らかにした。以上よりこの戦略は機能未知転写因子の標的遺伝子群の同定に有効であるとともに、転写因子間での機能分化を探る有望な方法になり得る一般性の高いアプローチであることが示された。本研究は転写制御ネットワークの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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