学位論文要旨



No 119251
著者(漢字) 高松,邦彦
著者(英字)
著者(カナ) タカマツ,クニヒコ
標題(和) 霊長類に特異的な遺伝子群に関する解析
標題(洋) Studies on Primate Lineage-Specific Genes
報告番号 119251
報告番号 甲19251
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2225号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 服部,成介
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨 要旨を表示する

2003年4月,全ヒトゲノムがシークエンスされ,塩基配列が決定された.シークエンスの次段階では,ゲノム上の遺伝子をすべて発見,同定することが大切である.ヒトゲノム(遺伝子)には,2つのタイプの情報が含まれている.1つは様々な生物に共通な遺伝情報,そしてもう1つはヒト固有の形質を生み出している遺伝情報である.これらの遺伝情報を,抽出するためには,ヒトゲノムを他の生物のゲノムと比較する,「比較ゲノム解析」が重要となる.ここ数年,Fugu rubripes, Drosophila melanogaster, Caenorhabdities elegans, Arabidopsis thaliana, そしてSaccharomyces cerevisia等の様々な生物のゲノムが解読されてきた.また2002年12月には,マウスのドラフトシークエンスが発表された.これらのデータを利用し,様々な種間の比較ゲノム解析を行うことが可能となってきている.ヒトゲノムと,ゲノムが決定された各種生物のゲノムを比較することで様々な情報が得られるが,比較対象によって得られる情報は異なる.例えば,ヒトゲノムとチンパンジーゲノムを比較することでヒト特有な遺伝情報が,またヒトゲノムとマウスゲノムを比較することでは霊長類特異的な遺伝情報を得ることが出来る.

本研究では,ヒトゲノムのダウン症必須領域を対象として遺伝子の探索を行い2つの新規遺伝子を見いだし,比較ゲノム解析を行った.その結果,これらの新規遺伝子が霊長類に固有の遺伝子であることを発見した.また,この発見が一般化できるか否かを調べるためコンピュータを利用し,ヒトゲノムの21番染色体および11番染色体と,マウスドラフトシークエンス間で比較ゲノム解析を行った.その結果,今回発見したような霊長類特異的な遺伝子が,ヒト21番染色体及び11番染色体上にも存在し,この発見が一般化できることを明らかにした.

ヒト21番染色体上の新規遺伝DSCR9とDSCR10の発見と,遺伝子発現解析

比較ゲノム解析を行うためには,まずヒトゲノムの中から遺伝情報を抽出するために,新規遺伝子を出来る限り見つけることが大切である.私の所属する研究室ではヒト21番染色体のシークエンスを行っていた.

そこで私は21番染色体上にある新規遺伝子発見を出来る限り多く発見するため,コンピュータを用いて新規遺伝子探索を行った.GENSCAN等の遺伝子予測プログラム,及びESTデータベースを利用した結果,ヒト21番染色体上のDown Syndrome Critical Region(DSCR) と呼ばれている領域に,12のESTにマッチした遺伝子(後にDSCR9と命名),また3つのESTにマッチした遺伝子(後にDSCR10と命名)の3'領域を予測した.

この予測された遺伝子について遺伝子発現解析を行った.RT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction)解析と Northern-Blot 解析により,DSCR9がtestis特異的に発現していることを明らかにした.DSCR10については,RT-PCR解析によりtestisとplacentaに発現していることを明らかにした.これらの結果は,DSCR9遺伝子がteistis特異的に,またDSCR10遺伝子は testis と placenta 特異的に機能している可能性を示唆している.

次にDSCR9とDSCR10遺伝子の同定を行った.DSCR9の3'側は,3'RACEを行った後,クローニングとシークエンスを行い,配列を決定した.5'側についてはOligo-capping法を用いて5'側のcDNAを作成後クローニングとシークエンスを行い,配列を決定した.決定された配列の中に,cap-siteシークエスが含まれていたことは,DSCR9の転写開始点(5'末端)が含まれていることを示しており,このことから,DSCR9の転写開始点を明らかにした.また,ヒト21番染色体のゲノム配列と比較することで,DSCR9が全長約1.4Kbのシングルエキソン遺伝子であることを明らかにした.

DSCR10については,3'側はESTデータデータベースの情報を用い,また5'側は5'Raceを行った後クローニングとシークエンスを行い,塩基配列を決定した.ヒト21番染色体のゲノム配列を比較し,DSCR10が全長約850塩基,3エキソンの遺伝子であることを明らかにした.

両遺伝子DSCR9とDSCR10は霊長類特異的な遺伝子である

新規遺伝子,DSCR9とDSCR10の機能を解析するために,既知の生物種のデータベースを利用して比較ゲノム解析を行った.その結果,既存の遺伝子やゲノム配列にはDSCR9とDSCR10に類似した配列が見つからなかった.このことは,DSCR9とDSCR10遺伝子が,進化上いつ出現してきたのかという疑問を提唱している.

そこで,様々な家畜動物(dog, cat, chicken, pig, bovine, mouse)のゲノムDNAを用いてsouthern-blot解析(zoo-blot解析)を行い,DSCR9とDSCR10の類似配列がこれらの家畜動物には見いだせないことを明らかにした.塩基配列レベルの詳細な解析については,マウスゲノムを用いて解析を行った.最近,ヒトのDSCRに相当する1.5Mbのマウスゲノムがシークエンスされた.そこでこのデータとヒトDSCRを比較した結果,DSCR9とDSCR10を除く10個の遺伝子はゲノム上の順番と向きが保存されているが,DSCR9とDSCR10遺伝子の類似塩基配列はマウスシンテニックリージョンに見いだせないことを明らかにした.この結果は,DSCR9とDSCR10が進化上,ヒトとマウスが分岐した後に出現したことを示している.

そこで次に,様々な霊長類(chimpanzee, gorilla, orangutan, crab-eating monkey, African green monkey, spider monkey)についてsouthern-blot解析(zoo-blot解析)を行い,DSCR9とDSCR10の類似配列が,これらの霊長類ゲノムに存在することを明らかにした.この結果はまた,進化進化上ヒトに近いければ近いほど(chimpanzee やgorilla)類似配列が多いことも同時に明らかにした.この結果より,DSCR9とDSCR10遺伝子が,霊長類に特異的に出現してきたことを明らかにした.

コンピュータを用いた霊長類特異的な遺伝子群の解析

霊長類特異的な遺伝子群をみつけるためヒトゲノムの21番と11番染色体と,マウスドラフト配列及びマウスmRNAデータベース(FANTOM2とNCBI Build 32)を用いてコンピュータ上で比較ゲノム解析を行った.検出感度は,DSCR9とDSCR10が検出できるように決定した.その結果,ヒト21番染色体とヒト11番染色体上に,霊長類に固有な遺伝子を明らかにした.この結果は,ヒト21番染色体上ではおよそ9%,ヒト11番染色体上ではおよそ2%の遺伝子が霊長類に固有な遺伝子であることを示している.

以上,本研究ではヒトゲノムの解読の次段階として非常に重要な新規遺伝子の同定を行い,新規遺伝子DSCR9及びDSCR10を同定した.比較ゲノム解析により,DSCR9とDSCR10が霊長類に固有の遺伝子であることを発見した.さらに,発見した霊長類固有の遺伝子の存在を一般化させ,ヒトゲノム中にも霊長類固有の遺伝子群が存在することをヒトゲノムとマウスゲノム間の比較ゲノム解析を行い,ヒトゲノムには,およそ2-9%の霊長類固有の遺伝子があることを見いだした.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,全ヒトゲノムのシークエンスに続く重要な解析である新規遺伝子の予測,特定をヒト21番染色体上で行い新規遺伝子の発見を試み,さらに発見した新規遺伝子について解析を試みたものであり下記の結果を得ている.

ヒト21番染色体上において,GENSCAN等の遺伝子予測プログラム,及びESTデータベースを利用した結果,ヒト21番染色体上のDown Syndrome Critical Region(DSCR)と呼ばれている領域に,12のESTにマッチした遺伝子(後にDSCR9と命名),また3つのESTにマッチした遺伝子(後にDSCR10と命名)の3'領域の予測が示された.RT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction)解析とNorthern-Blot解析によりDSCR9がtestis特異的に,RT-PCR解析によDSCR10がtestisとplacenta特異的に発現していることが示された.

3'側は3'RACEを行った後クローニングとシークエンスを,5'側についてはOligo-capping法を用いて5'側のcDNAを作成後クローニングとシークエンスを行い新規遺伝子DSCR9を同定し,またヒト21番染色体のゲノム配列と比較することで,DSCR9が全長約1.4Kbのシングルエキソン遺伝子であることが示された.

3'側はESTデータデータベースの情報を用い,また5'側は5'Raceを行った後クローニングとシークエンスを行いDSCR10を同定し,またヒト21番染色体のゲノム配列を比較することでDSCR10が全長約850塩基,3エキソンの遺伝子であることが示された.

様々な家畜動物(dog, cat, chicken, pig, bovine, mouse)のゲノムDNAを用いてsouthern-blot解析(zoo-blot解析)を行ったところ,DSCR9とDSCR10の類似配列がこれらの家畜動物には見いだせないことが示された.ヒトのDSCRに相当する1.5MbのマウスゲノムシークエンスとヒトDSCRを比較して塩基配列レベルの詳細な解析をおこなったところ,DSCR9とDSCR10を除く10個の遺伝子はゲノム上の順番と向きが両ゲノムに保存されているがDSCR9とDSCR10遺伝子の類似塩基配列はマウスシンテニックリージョンに見いだせないことから,DSCR9とDSCR10が進化上,ヒトとマウスが分岐した後に出現したことが示された.次に様々な霊長類(chimpanzee, gorilla, orangutan, crab-eating monkey, African green monkey, spider monkey)についてsouthern-blot解析(zoo-blot解析)が行われ,DSCR9とDSCR10の類似配列が,これらの霊長類ゲノムに存在することが示され,また同時に進化進化上ヒトに近いければ近いほど(chimpanzeeやgorilla)類似配列が多いことも示された.この両結果より,DSCR9とDSCR10遺伝子が,霊長類に特異的に出現してきたことが明らかにされた.

ヒトゲノムの21番と11番染色体と,マウスドラフト配列及びマウスmRNAデータベース(FANTOM2とNCBI Build 32)を用いてコンピュータ上で比較ゲノム解析を行い,霊長類に固有な遺伝子がヒト21番染色体におよそ9%,ヒト11番染色体上におよそ2%あることが示された.

以上,本論文ではヒトゲノムの解読の次段階として非常に重要な新規遺伝子の同定を行い,新規遺伝子DSCR9及びDSCR10を同定し,これらが霊長類に固有の遺伝子であることを発見した.さらに,発見した霊長類固有の遺伝子の存在を一般化させ,ヒトゲノム中にも霊長類固有の遺伝子群が存在することをヒトゲノムとマウスゲノム間の比較ゲノム解析を行い明らかにした.本研究はこれまでにほとんど未知であった霊長類に特異的な遺伝子の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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