学位論文要旨



No 119252
著者(漢字) 赤木,紀之
著者(英字)
著者(カナ) アカギ,タダユキ
標題(和) ES細胞におけるLIFの下流分子の探索
標題(洋)
報告番号 119252
報告番号 甲19252
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2226号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 西中村,隆一
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

マウス胚性幹細胞(ES細胞)は胚盤胞の内部細胞塊より樹立された多分化能を持つ細胞株である。この細胞はサイトカインleukemia inhibitory factor (LIF)存在下で未分化状態を維持したまま増殖を、即ち“自己複製”を繰り返す。ES細胞が様々な体細胞へ分化する事は示されているが、自己複製の分子機構は未だ不明な点が多い。現在までの知見を総括すると、ES細胞の自己複製には、LIF刺激による転写因子STAT3の活性化、及び未分化なES細胞に特異的な転写因子Oct-3/4の発現誘導が必要不可欠であるという2点に集約される。私はこの2つの転写因子に着目し、STAT3の下流遺伝子の探索、及びOct-3/4と結合する因子の探索という独立した二つのアプローチを用いて、ES細胞におけるLIFシグナルの下流分子の解析を行った。

まず私は、STAT3の下流遺伝子を探索する目的で、DNA chip解析を行った。この解析には4-hydroxytamoxifen (4HT)によりSTAT3の活性が調節可能なES細胞株(STAT3ER ES細胞株)を用いた。この細胞株はSTAT3とエストロジェン受容体(ER)のホルモン結合領域を融合した遺伝子(STAT3ER)を発現しているため、4HTの添加によりSTAT3ERが活性化され、自己複製が可能となる。そこで4HT存在下と非存在下(即ちSTAT3の活性化と不活性化)でSTAT3ER ES細胞を培養し、STAT3の下流遺伝子をDNA chip法により探索した。その結果、発現量に有意な差がある遺伝子として、zinc finger protein 57 (Zfp57)を得た。この分子の未分化状態特異的な発現はノーザンおよびウエスタンブロット法からも確認できた。次にZfp57が2つの転写因子STAT3とOct-3/4のどちらの下流に存在するか検討したところ、(1)ドミナントネガティブ変異体STAT3をES細胞に過剰発現させると、Zfp57 mRNAの発現量が減少すること、(2)テトラサイクリン(Tet)の添加によりOct-3/4の発現調節が可能なES細胞株(ZHBTc4 ES細胞株)において、Oct-3/4の発現を停止させても、Zfp57 mRNAの発現量は変化しないことを見出した。このことはZfp57がSTAT3の下流遺伝子であり、Oct-3/4のそれではないことを示唆している。またRNAi法により内在性Zfp57の発現の抑制を試みた。Zfp57の塩基配列919-937を標的配列とし、この配列の二本鎖RNAを発現する発現ベクターを作成した。この二本鎖RNA発現ベクターをES細胞へ導入したところ、(1)内在性Zfp57の発現の抑制が観察されること、(2)内在性Zfp57の発現が抑制されてもES細胞は自己複製を繰り返すことを見出した。これらの結果から、Zfp57はES細胞における自己複製への直接の関与は認められないものの、STAT3の新しい下流遺伝子であることが示された。

一方私は、Oct-3/4と結合する因子を探索するためにyeast two-hybrid法を用いた。マウスES細胞cDNAライブラリーのスクリーニングの結果、Oct-3/4と結合する因子として、核内ホルモン受容体に属する転写因子DAX-1を得た。まず、ES細胞におけるDAX-1 mRNAの発現を検討したところ、DAX-1は未分化なES細胞では発現しているが、培地からLIFを除去し分化誘導するとすると速やかに発現が停止するという結果を得た。またDAX-1が2つの転写因子STAT3とOct-3/4のどちらの下流であるかを検討したところ、(1)STAT3ER ES細胞で、培地から4HTを除去しSTAT3を不活性化させるとDAX-1 mRNAの発現が減少すること、(2)ドミナントネガティブ変異体STAT3をES細胞に過剰発現させると、DAX-1 mRNAの発現量が減少すること、(3)ZHBTc4 ES細胞株でTet添加によりOct-3/4の発現を停止させると、DAX-1 mRNAの発現も速やかに停止する一方、(4)その後Tetを除去し再びOct-3/4の発現を回復させるとDAX-1の発現も回復することを見出した。これはDAX-1の遺伝子発現が、STAT3とOct-3/4の両者により調節されていることを示唆している。DAX-1は、生殖腺や副腎などでの解析が盛んにされており、その遺伝子発現は転写因子SF-1によって調節されている事が知られている。しかしながらES細胞にはSF-1が発現していないことから、Oct-3/4を介した新たな経路でDAX-1の遺伝子発現が制御されていると考えている。次に私は、TetによるDAX-1の発現調節可能なES細胞株を樹立した。この細胞株はTet除去によりDAX-1が過剰発現する細胞株で、そのES細胞への影響を観察した結果、(1)DAX-1を過剰発現させるとES細胞は一斉に分化を始め、(2)いくつかの分化マーカーから、その細胞は原始内胚葉や原始外胚葉などに分化することを明らかにした。これはOct-3/4をES細胞で過剰発現させた場合と同じ表現型である。発生段階において、Oct-3/4は原始内胚葉で一時的にOct-3/4の発現量が上昇し、胚体外組織の形成とともに消失する。Oct-3/4の過剰発現によるES細胞の分化は、この時期を反映していると考えられ、DAX-1においても発生段階で一時的に発現量が上昇し、細胞を分化誘導する時期があると考えられる。DAX-1はノックアウト解析がなされており、通常のジーンターゲティング法では相同組換えが生じたES細胞株は得られなかったという報告がある。これはDAX-1をノックアウトするとES細胞は自己複製ができなくなり、その結果として目的の細胞が得られなかったと考えられる。このことから、DAX-1はES細胞でSTAT3とOct-3/4の2つの転写因子の下流で機能し、自己複製に関与する重要な因子の一つであると考えられる。

以上のように私は、独立した二つの手法を用いたことで、ES細胞におけるLIFの下流分子として、Zfp57とDAX-1を得て、その興味深い生物学的・生化学的性質を明らかにした。今後はLIFシグナル以外の経路も含め、ES細胞の自己複製における遺伝子ネットワークの解明が必須であると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はES細胞におけるLIFシグナルの下流分子の解析を行う目的で、STAT3の下流遺伝子の探索、及びOct-3/4と結合する因子の探索を行い、下記の結果を得ている。

STAT3の下流遺伝子を探索する目的で、DNA chip解析を試みた。STAT3ER発現ES細胞を4HT存在下と非存在下、即ちSTAT3の活性化と不活性化状態で培養し、DNA chip解析を行った。その結果発現量に有意な差がある遺伝子として、zinc finger protein 57 (Zfp57)を得た。

Zfp57の未分化状態特異的な発現は、ノーザンブロット法およびウエスタンブロット法からも確認できた。

Zfp57が2つの転写因子STAT3とOct-3/4のどちらの下流に存在するか検討したところ、(a)ドミナントネガティブ変異体STAT3をES細胞に過剰発現させると、Zfp57 mRNAの発現量が減少すること、(b)テトラサイクリン(Tet)の添加によりOct-3/4の発現調節が可能なES細胞株(ZHBTc4 ES細胞株)において、Oct-3/4の発現を停止させても、Zfp57 mRNAの発現量は変化しないことを見出した。

RNAi法により内在性Zfp57の発現の抑制を試みた。Zfp57の塩基配列919-937を標的配列とし、この配列の二本鎖RNAを発現する発現ベクターを作成した。この二本鎖RNA発現ベクターをES細胞へ導入したところ、内在性Zfp57の発現の抑制が観察された。そして、二の配列に1塩基の変異が入ることで、その効果が消失することから、その特異性が高いことが示された。また、内在性Zfp57の発現が抑制されてもES細胞は自己複製を繰り返すことを見出した。

Oct-3/4と結合する因子を探索するためにyeast two-hybrid法を用いた。マウスES細胞cDNAライブラリーのスクリーニングの結果、Oct-3/4と結合する因子として、核内ホルモン受容体に属する転写因子DAX-1を得た。

ES細胞におけるDAX-1 mRNAの発現を検討したところ、DAX-1は未分化なES細胞では発現しているが、培地からLIFを除去し分化誘導するとすると速やかに発現が停止するという結果を得た。

DAX-1が2つの転写因子STAT3とOct-3/4のどちらの下流であるかを検討したところ、(a)STAT3ER ES細胞で、培地から4HTを除去しSTAT3を不活性化させるとDAX-1 mRNAの発現が減少すること、(b)ドミナントネガティブ変異体STAT3をES細胞に過剰発現させると、DAX-1 mRNAの発現量が減少すること、(c)ZHBTc4 ES細胞株でTet添加によりOct-3/4の発現を停止させると、DAX-1 mRNAの発現も速やかに停止する一方、(d)その後Tetを除去し再びOct-3/4の発現を回復させるとDAX-1の発現も回復することを見出した。

Tetによる外来性DAX-1の発現調節可能なES細胞株を樹立した。この細胞株はTet除去によりDAX-1が過剰発現する細胞株で、そのES細胞への影響を観察した結果、(a)DAX-1を過剰発現させるとES細胞は一斉に分化を始め、(b)いくつかの分化マーカーから、その細胞は原始内胚葉や原始外胚葉などに分化することを明らかにした。

以上、本論文は独立した二つの手法を用いたことで、ES細胞におけるLIFの下流分子として、Zfp57とDAX-1を得て、その興味深い生物学的・生化学的性質を明らかにした。本研究はES細胞の自己複製におけるLIFの下流遺伝子群のネットワーク解明に、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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