学位論文要旨



No 119255
著者(漢字) 臼井,洋
著者(英字)
著者(カナ) ウスイ,ヒロシ
標題(和) プレキシンA1とB1の相互作用による下流のシグナル調節
標題(洋) Plexin-A1 and Plexin-B1 interact and modulate their downstream signaling
報告番号 119255
報告番号 甲19255
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2229号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 助教授 神野,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

セマフォリンは神経回路形成、血管形成、免疫担当細胞の活性化など、生体内のさまざまなプロセスに関わることが明らかになりつつある、分泌型や細胞膜結合型の蛋白質のファミリー分子である。脊椎動物のセマフォリンはクラス3から7まで約20種類がこれまでに同定されているが、その中でもクラス3のセマフォリン3Aはそのノックアウトマウスの解析で脳神経や嗅覚神経などの回路形成に必須であることが示されており、とくに注目されている。セマフォリン3Aは分泌型のセマフォリンで、発生中の神経軸索に発現している受容体ニューロピリン-1と結合し、そのニューロピリン-1と複合体を形成しているプレキシンA1を介して細胞内にシグナルを伝え、神経軸索に対する反発作用を引き起こしていると考えられている。しかしながら、プレキシンA1の下流でどのような分子がシグナル伝達に関わっているのかはまだ殆ど分かっていない。

プレキシンA1の下流のシグナル伝達経路を明らかにするため、酵母を用いたツーハイブリッド法にてプレキシンA1の細胞内領域と結合する蛋白を探索したところ、同じファミリー分子のプレキシンB1がプレキシンA1と細胞内領域で結合することを見出した。プレキシンは細胞膜を一回貫通するタイプの約2、000アミノ酸の蛋白質で、AからDまで9種類(A1〜A4、B1〜B3、C1、D1)がこれまでに同定されており、プレキシンB1はセマフォリン4Dに対する受容体であることが報告されている。同一ファミリー内の異種の受容体同士が二量体を形成することによってシグナルを伝える例はこれまでにも幾つかの報告があるが、プレキシンファミリーに関してはこれまで報告が無く新しい知見である。

マウスのプレキシンB1のcDNAを全長にわたりクローニング、塩基配列を決定し、哺乳動物細胞の発現系を用いた免疫沈降法にてこの結合をさらに確認した。また、この結合はプレキシンA2、A3では認められず、プレキシンA1に特異的であることも明らかにした。ノーザンブロット法にてプレキシンA1とB1との成体マウスでの発現パターンを解析したところ、主として脳で両者のmRNAの強い発現が認められた。

プレキシンA1のいくつかの断片を用いた免疫沈降法にて、プレキシンA1のC末端の20アミノ酸がプレキシンB1との結合に必須であることを見出した。以下、プレキシンA1のC末端の20アミノ酸を欠損させた蛋白(A1Δ20)を比較対照として、プレキシンA1とプレキシンB1との相互作用を調べることとした。

セマフォリン3Aによる成長円錐の縮退をRhoファミリー分子のRac1が媒介していること、プレキシンA1とRnd1・RhoD、プレキシンB1とRac1・RhoAがそれぞれ特異的に結合すること、また、これらのRhoファミリー分子がプレキシンのシグナル伝達を媒介しているとの報告がなされている。GST pull-down法にて、Rac1の活性型とプレキシンB1との結合をみる実験で、プレキシンA1またはA1Δ20を加えたところ、プレキシンA1によりRac1とプレキシンB1との結合が増強することが認められた。

また、プレキシンA1はセマフォリン3Aの刺激により神経軸索の成長円錐の縮退をひきおこすこと、および、これと類似した現象として、培養細胞のCOS7の縮小もひきおこすことが報告されている。また、プレキシンA1の細胞外領域はその細胞縮退機能の自己抑制に関わっており、プレキシンA1の細胞外領域を欠損させると、プレキシンA1単独で軸索の成長円錐やCOS7細胞の縮退をひきおこすことができることが報告されている。この現象を利用し、COS7細胞におけるプレキシンA1による細胞縮小に対するプレキシンB1の影響を調べたところ、プレキシンA1による細胞縮小はプレキシンB1により殆ど影響を受けなかったが、プレキシンA1Δ20ではプレキシンA1による細胞縮小がプレキシンB1によってほぼ完全に抑制された。ごく最近、プレキシンB1はセマフォリン4Dの下流でRnd1を介して、COS7細胞の縮退を起こすことが報告された。このこともふまえると、プレキシンA1とB1それぞれが別個にリガンドにより刺激された際に、プレキシンA1とB1との間の相互作用により、適切な細胞応答を引き起こすようなメカニズムが働いていることが考えられる。

なお、上記のCOS7細胞の縮退の実験では、他グループでは、プレキシンなどの導入遺伝子の発現を免疫染色により確認しているが、これでは染色の操作で縮退している細胞が優先的にはがれやすくなり、縮退の正確な評価が困難である。私は、プレキシンA1、B1それぞれの下流にIRES(Internal、Ribosomal Entry Site)を介して緑色・赤色蛍光蛋白を同一のベクターに組み込み、プレキシンA1、B1の双方を発現している細胞を染色の操作をせずに直接観察できるように工夫をした。この方法により、より精緻に細胞の縮退の割合を測定することが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は神経回路形成、血管形成などで重要な役割を演じていると考えられるセマフォリンの受容体プレキシンについて、酵母のツーハイブリッド法にてプレキシンA1の細胞内領域と結合するシグナル分子を同定しセマフォリンの下流のシグナル機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

酵母のツーハイブリッド法および哺乳動物細胞の発現系における免疫沈降法により、プレキシンA1と同じファミリーの分子であるプレキシンB1がプレキシンA1と細胞内領域で結合することを見出した。プレキシンAにはA1〜A4の4種類が報告されているが、プレキシンA2・A3ともプレキシンB1とは結合しなかった。また、プレキシンA1のC末端の20アミノ酸がプレキシンB1との結合に必須であった。

マウスのプレキシンB1のcDNAをクローニングし、全長の塩基配列を決定した。

ノーザンブロット法により、マウス成体におけるプレキシンA1およびプレキシンB1の発現パターンを解析した。両者とも広範囲の臓器で発現が認められ、その分布は必ずしも一致はしなかったが、主として脳で両者のmRNAの強い発現が認められた。

大腸菌で発現させたGST融合活性型Rac1により、HEK293で発現させたプレキシンA1およびプレキシンB1をpull-downした結果、プレキシンA1が存在するとプレキシンB1と活性型Rac1との結合が2〜3倍に増強することが示された。

プレキシンA1およびプレキシンB1の細胞外領域を欠損させた活性型変異体をCOS7細胞で発現させ、COS7細胞の面積を計測してプレキシンによる同細胞の縮退を評価した。この結果、プレキシンA1のC末端の20アミノ酸を欠損させるとプレキシンA1によるCOS7細胞の縮退の割合は約2/3に減少し、またこれにさらにプレキシンB1を加えるとCOS7細胞の縮退はプレキシンを発現しないコントロールと同程度にまで減少した。

以上、本論文は、プレキシンファミリー分子間での相互作用を初めて見出した。また、この相互作用により、プレキシンの下流のシグナルが調節されることも示した。本研究はプレキシンのシグナル機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク