学位論文要旨



No 119256
著者(漢字) 進藤,英雄
著者(英字)
著者(カナ) シンドウ,ヒデオ
標題(和) 血小板活性化因子 (PAF) 生合成機構の解析
標題(洋) Studies on biosynthetic mechanisms for platelet-activating factor (PAF)
報告番号 119256
報告番号 甲19256
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2230号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 渡邊,すみ子
 東京大学 助教授 武井,陽介
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 要旨を表示する

血小板活性化因子(PAF)は血小板凝集だけでなく白血球の遊走、活性化、平滑筋の収縮など多彩な作用を多くの細胞、組織に及ぼす生理活性リン脂質であり、感染、免疫、アレルギーに大きく影響していると考えられている。生体内でのPAFの産生はde novoとリモデリングの2種類の経路で行われており、PAF産生細胞におけるPAF産生量は定常時には低いが、病態時などに外部からの刺激を受けることによって、主にリモデリングの経路を通って顕著に増加する。リモデリング経路では、ホスホリパーゼA2 (PLA2)によりPAF前駆物質であるリゾPAFが細胞膜リン脂質から産生され、続いてリゾPAFアセチル転移酵素によってPAFに変換される。しかし、生体内でのPAF産生経路については未だ不明な点が多く、リゾPAFアセチル転移酵素は存在が確認されてはいるものの、未だ精製されておらず、活性調節に関する情報も乏しい。今回私は、(1)カルシウム刺激によるPAF産生の調節についてPAF受容体、細胞質型PLA2α (cPLA2α)の関与、(2)グラム陰性菌の細胞壁成分であるリポポリサッカライド(LPS)刺激においてリゾPAFアセチル転移酵素の活性化の調節機構を調べるために実験を行った。

主に好中球からなるカゼイン誘導腹腔滲出細胞(PEC)を本研究室で作製したcPLA2αノックアウトマウス、PAF受容体ノックアウトマウスから回収し、カルシウムイオノフォア(A23187)刺激後のPAF産生量を調べた。試料中のPAF量の測定は、PAF受容体と放射ラベルされたPAF受容体アンタゴニスト[3H]WEB2086の結合を、PAFが競合阻害する程度をもとに算出した。測定に用いたPAF受容体を発現している膜画分はPAF受容体を過剰発現させたトランスジェニックマウスの心臓、骨格筋から調製したものを用い、新規PAF定量法として確立した。好中球からの脂質の抽出にはBligh-Dyer法を行い、さらにSep-Pak Silicaカラム(Waters)でPAFを含む画分を精製した。野生型(WT)マウスのPECではPAF産生量の時間依存的増加が見られたが、cPLA2αノックアウトマウスのPECでは、PAF産生量の増加は全く見られなかった。一方、PAF受容体ノックアウトマウスのPECではWTマウスと同様にPAF産生量が増加した。以上の結果から好中球におけるPAF産生にcPLA2αは必須であると考えられた(図1)。また、この刺激条件(A23187)下でのPAF産生にはPAF受容体欠損はほとんど影響が無いと考えられた。

WT、LPS受容体(TLR4)ノックアウトマウス、及びTLR4の下流分子であるMyD88のノックアウトマウス腹腔マクロファージを用いてリゾPAFアセチル転移酵素の活性調節機構を調べた。酵素活性の測定には、薬剤で所定の時間刺激したマクロファージを超音波処理し10,000xg遠心後の上清を試料として用いた。試料とトリチウムラベルされたアセチルCoAの混合液にPAF前駆物質であるリゾPAFを添加し、37℃、7.5分間反応した。反応生成物中、55%メタノール存在下でC8レジンに吸着するものを回収し、その放射活性を測定した。ここからリゾPAF非存在下で得られる放射活性をバックグランドとして差し引いた値をリゾPAFアセチル転移酵素活性とした。WTマクロファージをLPSで刺激すると30分後に酵素活性はピークに達した。種々のMAPキナーゼ阻害剤を用いた結果、LPS刺激による酵素活性の上昇はp38 MAPキナーゼの阻害剤で抑制され、LPS刺激によるp38のリン酸化も30分後をピークとしたため、この酵素はLPS刺激後、p38を介して活性化されていると考えられた。また、TLR4ノックアウトマウス、MyD88ノックアウトマウスのマクロファージではLPS刺激後120分間まで酵素活性の上昇は認められなかったため、この酵素はTLR4とMyD88依存的にLPSによって活性化されることが示された。一方、この酵素は反応物のPAFによっても活性化され、活性のピークはPAF受容体刺激後15〜30秒と極めて短時間に到達した。TLR4とMyD88ノックアウトマクロファージもWTの結果と差は無く、またPAFによる活性化にはp38 MAPキナーゼの阻害剤は影響を与えなかった。続いて、LPSプライミング効果について調べた。マクロファージをLPSで処理し、続いてPAF受容体を刺激した。LPSで8時間と16時間処理すると酵素活性が再び上昇したが、更にPAF受容体を刺激すると酵素活性は数倍に上昇した。TLR4ノックアウトマクロファージでは、このような活性上昇はみられなかったが、MyD88ノックアウトマクロファージではWTと同様に活性は上昇した。これらの結果からマウスマクロファージのリゾPAFアセチル転移酵素活性は、(1)PAF受容体刺激による“秒”単位の活性化、(2)LPS刺激によるMyD88、p38 MAPK依存的な“分”単位の活性化、(3)LPS刺激によるMyD88非依存的な“時間”単位の活性化(図2)の少なくとも3種類の経路で調節されていることがわかった。また、LPS刺激後に続くPAF受容体刺激による酵素活性の上昇は(3)のみで起きたことから、LPSプライミング効果による、PAF受容体を介したリゾPAFアセチル転移酵素活性化の促進はMyD88非依存経路で調節されていることが明らかとなった(図3)。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、感染、免疫、アレルギーに大きく影響している血小板活性化因子(PAF)の生合成機構について解析するため、生合成に関する2種類の酵素、ホスホリパーゼA2 (PLA2)とリゾPAFアセチル転移酵素について調べたものであり、下記の結果を得ている。

主に好中球からなるカゼイン誘導腹腔滲出細胞(PEC)を細胞質型PLA2α (cPLA2α)ノックアウトマウス、PAF受容体ノックアウトマウスから回収し、カルシウムイオノフォア(A23187)刺激後のPAF産生量を調べた結果、cPLA2αがPAF産生に必須でることがわかった。また、この刺激条件(A23187)下でのPAF産生にはPAF受容体欠損はほとんど影響しないことが示された。以上のPAF量の測定は、PAF受容体を過剰発現させたトランスジェニックマウスの心臓、骨格筋から調製したPAF受容体を発現している膜画分を利用する、新規PAF定量法で行った。

リポポリサッカライド(LPS)受容体(TLR4)ノックアウトマウス、及びTLR4の下流分子であるMyD88のノックアウトマウスのチオグリコレート誘導マクロファージをLPS又はPAFで刺激したときのリゾPAFアセチル転移酵素の活性調節について調べた。その結果、リゾPAFアセチル転移酵素活性は、(1)PAF受容体刺激による“秒”単位の活性化、(2)LPS刺激によるMyD88、p38 MAPK依存的な“分”単位の活性化、(3)LPS刺激によるMyD88非依存的な“時間”単位の活性化の少なくとも3種類の経路で調節されていることがわかった。

LPS刺激後に続くPAF受容体刺激によるリゾPAFアセチル転移酵素活性化の相乗効果(LPSプライミング効果)を調べた結果、LPS刺激後“分”単位の活性化では起こらず、“時間”単位の活性化でのみ起こることがわかった。さらにに,このLPSプライミング効果による酵素活性の上昇は、MyD88非依存的な経路で調節されていることと、酵素そのもの、またはその活性化因子などのなんらかのタンパク質発現量の増加によって起こることが示された。

以上、本論文はPAF産生の増加には、cPLA2αとリゾPAFアセチル転移酵素の両方が大きく影響していることを明らかにし、これまで未知に等しかったリゾPAFアセチル転移酵素活性の調節機構や、LPSプライミング機構の一部を解明した。本研究は、PAFとLPSプライミングが大きく関係する敗血症や急性呼吸窮迫症候群などにおける、新しい治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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