学位論文要旨



No 119258
著者(漢字) 郝,艶彦
著者(英字) HAO,YAN YAN
著者(カナ) ホウ,エンゲン
標題(和) Apollon/Bruce による Smac および Caspase 9 のユビキチン化とアポトーシスの制御に関する研究
標題(洋) Apollon/Bruce Ubiquitinates Smac and Caspase 9, and Plays an Indispensable Role in Antiapoptotic Activity against Smac
報告番号 119258
報告番号 甲19258
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2232号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 助教授 神野,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

【序】

アポトーシスは細胞が能動的に自己を死に導く現象で、全ての多細胞生物の発生および恒常性の維持において重要な役割を果たしている。アポトーシス制御機構の異常により癌、自己免疫疾患、アルツハイマー病等様々な疾患が誘発される。アポトーシス制御に関わる分子として近年注目されているものの一つに、IAP (Inhibitor of Apoptosis Protein)と呼ばれるN末端にBIR (Baculovirus IAP Repeat)ドメインを持つ一群のタンパク質がある。IAPは、アポトーシスの実行過程において中心的な役割をもつCaspaseと結合し、その活性を阻害することによりアポトーシス抑制に働くことが明らかとなっている。ヒトIAPとしては、cIAP1、cIAP2、XIAP、NAIP、Survivin、Livin等が知られている。RINGフィンガーをもつXIAP、cIAP1、cIAP2はユビキチン-プロテアソーム-システムのE3として機能しCaspaseの分解や自己の分解による制御等を行っていると考えられている。

Apollonは当研究室でBIRドメインの相同性を基に、新規ヒトIAPファミリータンパク質として単離された。Apollonは分子量530kDaの巨大なタンパクであり、分子内に一つのBIRドメインとUBC (Ubiquitin-Conjugating Enzyme)ドメインを持つユニークな構造を持っている(Fig. 1)。Apollonの相同遺伝子はハエにも存在し、そのアミノ酸配列は特にBIRドメインとUBCドメインでよく保存されており、これらのドメインが重要な機能を果たしていると考えられる。本研究において私は、Apollonによる細胞死の制御とその分子機能を解明する目的で研究を行った。

【方法と結果】

Apollonによる細胞死の抑制

ヒト線維肉腫HT-1080細胞にCaspase 8、9を一過性に発現させるとアポトーシスを起こす。このときApollon全長をCaspase 8、9と同時に発現させると、Caspaseにより誘導されるアポトーシスを抑制した。さらに、より生理的に近い条件でApollonの機能を検討するために、Apollon全長の恒常性発現細胞株を樹立した(Fig. 2A)。それらの細胞を用いた実験から、Apollonを発現した細胞は、抗癌剤、TNFやFas刺激等によるアポトーシスに耐性となることが明らかとなった(Fig. 2B)。次にApollonの恒常性発現細胞株を用いて各種細胞死刺激によるCaspase活性化をDEVD-MCA切断活性で調べたところ、Apollon発現細胞ではCaspase 3活性化が抑制されていることが分かった。以上の結果から、Apollonは他のIAPファミリータンパク質と同様に、アポトーシスを阻害することが明らかとなった。

ApollonとSmac、Caspase 9、HtrA2との結合

Smacはアポトーシスに伴いミトコンドリアから放出され、XIAP、cIAP1、cIAP2のBIRドメインに結合し、そのCaspase阻害活性を失わせることが知られている。そこで、ApollonにもSmacとの結合が認められるかどうか検討した。免疫沈降実験の結果、Apollonは成熟型Smac蛋白質と結合することが分かった。成熟型Smacは、N末端にIAP結合モチーフがある点が他のpro-apoptotic分子であるHtrA2、active Caspase 9によく似ている。実際、in vivoにおいてApollonはSmacと結合するのみならず、HtrA2、Caspase 9とも結合することが明らかとなった(Fig. 3A)。

Apollonの各種欠失変異体を用いた実験より、Apollonの1〜1648番アミノ酸の断片がSmac、HtrA2、Caspase 9と結合することが示された。さらにApollonの1〜677番アミノ酸断片はCaspase 9と結合することが確認された。以上のApollon断片はBIRドメインを含んでいる。BIRドメインに変異を加えた1-1648 C327Aは三つのタンパク質との結合活性を失ったことから、ApollonのBIRドメインはSmac、Caspase 9、HtrA2との結合に重要であることが考えられる(Fig. 3B)。

一方、未成熟型Smac、HtrA2前駆体はApollon結合能を持たず、ミトコンドリア-ターゲット-シグナル(MTS)が切断された成熟型となってApollonと強く結合することが分かった。また、成熟型Smac、HtrA2のN末端4アミノ酸残基の直前にmethionineをつけ加えると、Apollonとの結合能を完全に失うことから、N末端4アミノ酸がApollonとの結合に重要であることも示された。

ApollonによるSmac、Caspase 9のユビキチン化と分解

ApollonはC末端に他のIAPファミリーにはないUBCドメインを持つ。このUBCドメインは、異種間でよく保存されていることから何らかのタンパク質のユビキチン-プロテアソーム-システムによる制御を行っている可能性が考えられた。私は、Apollonはin vivoでSmac、活性化Caspase 9をポリユビキチン化することを見出した(Fig. 4A)。さらに、Apollonを過剰発現した細胞では、Smac、Caspase 9の分解が亢進していた(Fig. 4 B and C)。それに対して、Apollonと結合しないSmacの変異体は分解が亢進されなかった。これらの結果から、ApollonはSmac、Caspase 9と結合し、これらの分子のユビキチン-プロテアソーム-システムによる分解を促進することにより、アポトーシスを阻害していることが明らかとなった(Fig. 5)。

SmacによるApollon欠損細胞の細胞死誘導

生理的発現量のApollonによる細胞死の制御を解析するために、Apollon欠損マウス胎仔線維芽細胞(MEF)を用いてアポトーシス刺激に対する感受性を検討したところ、Apollon欠損MEFは、抗癌剤やFas抗体などさまざまなアポトーシス刺激に高感受性を示した。このことから、生理的発現量のApollonが、細胞死制御に重要な役割を果たしていることが示された。

正常細胞では、Smacを過剰発現してもアポトーシスが起こらない。アポトーシス刺激があると成熟型Smacはミトコンドリアから細胞質へ放出され、IAPに結合することでアポトーシスを増加する。それに対して、Apollon-/- MEF細胞では全長Smacや細胞質に発現する活性型Smacを発現するとそれだけで細胞死が引き起こされることを見出した。また、この細胞死はApollon、XIAPの発現により抑えられた。さらに、IAPを特異的に阻害する細胞透過性のSmac Nペプチド(Smac N7-R8)を用いて検討したところ、Apollon-/- MEF細胞において細胞死の誘導活性を持つことが見出されたが、Apollon+/+ MEF細胞では、有意な差が認められなかった。このことから、Apollon欠損MEFにおけるSmacの細胞死誘導は、SmacのN末端アミノ酸残基に依存することが考えられる。さらにSmacの役割を調べるため、一連のSmac変異体を作製し、Apollon-/-細胞とApollon+/+細胞との感受性の差を検討したところ、アポトーシスの誘導は成熟型SmacのN末端AVPI配列に依存することが確認された(Fig. 6 A and B)。siRNAによりApollonの発現をノックダウンさせた細胞でも同様の結果が得られた。これらの結果から、ApollonはSmacによる細胞死誘導の制御に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

【まとめと考察】

本研究において、ApollonはSmac、Caspase 9と結合し、これらの分子のユビキチン-プロテアソーム-システムによる分解を促進することにより、アポトーシスを阻害していることが明らかとなった(Fig. 7)。また、Apollon欠損マウス由来の細胞はさまざまな刺激に対する細胞死感受性が高まることから、Apollonは生理的にアポトーシス抑制作用に重要であると考えられる。興味深いことに、Smacを過剰発現するとApollon欠損細胞において細胞死を誘導したことから、ApollonはSmacによる細胞死誘導から細胞を守るために必要な分子であることがはじめて示された。Apollonは巨大な分子であり、今回示したSmac、Caspase 9以外にも、Apollonと結合し、ユビキチン化等の制御を受ける分子が存在する可能性が考えられる。今後、Apollonの結合タンパク質、分子機能等についてさらに詳細に解析する必要がある。

Apollonの構造

Apollonによる細胞死の抑制

ApollonとSmac、Caspase9、HtrA2との結合

ApollonによるSmacのユビキチン化と分解促進

Apollonの分子機能モデル

Apollon欠損細胞でのSmacによる細胞死

Apollon欠損細胞によるアポトーシス阻害の模式図

審査要旨 要旨を表示する

本研究は新規ヒトIAPファミリータンパク質Apollonによる細胞死の制御とその分子機能を解明する目的で研究を行って、下記の結果を得ている。

ヒト線維肉腫HT-1080細胞にCaspase 8、9を一過性に発現させるとアポトーシスを起こすが、ApollonをCaspase 8、9と同時に発現させると、Caspaseにより誘導されるアポトーシスを抑制した。また、Apollonの恒常性発現細胞株は抗癌剤、TNFやFas刺激等によるアポトーシスに耐性を示した。さらに、Apollonの恒常性発現細胞株を用いて各種細胞死刺激によるCaspase活性化をDEVD-MCA切断活性で調べた結果、Apollon発現細胞ではCaspasc 3活性化が抑制されていることが示された。

Apollonは成熟型Smac、成熟型HtrA2、活性化Caspase 9と結合した。Apollonの各種欠失変異体を用いた実験より、Apollonの全長4829アミノ酸のうち1〜1648番までのアミノ酸からなるApollon断片がSmac、HtrA2、Caspase 9との結合することが示された。この断片に存在するBIRドメインに変異を加えた1-1648 C327Aは三つのタンパク質との結合活性を失ったことから、ApollonのBIRドメインはSmac、Caspase 9、HtrA2との結合に重要であることが明らかになった。一方、未成熟型Smac、HtrA2前駆体はApollonと結合せず、ミトコンドリア-ターゲット-シグナル(MTS)が除去された成熟型Smac、HtrA2のN末端4アミノ酸残基がApollonとの結合に重要であることも示された。

ApollonはC末端に他のIAPファミリーにはないUBCドメインを持つ。このUBCドメインは、異種間でよく保存されていることから何らかのタンパク質のユビキチン-プロテアソーム-システムによる制御を行っている可能性が考えられた。Ubiquitination Assayを行ったところ、Apollonはin vivoでSmac、活性化Caspasc 9をポリユビキチン化することを見出した。さらに、Apollonを過剰発現した細胞では、Smac、Caspase 9の分解が冗進していた。それに対して、Apollonと結合しないSmacの変異体は分解が亢進されなかった。

生理的発現量のApollonによる細胞死の制御を解析するために、Apollon欠損マウス胎仔線維芽細胞(MEF)を用いてアポトーシス刺激に対する感受性を検討したところ、Apollon欠損MEFは、抗癌剤やFas抗体などさまざまなアポトーシス刺激に高感受性を示した。興味深いことに、Apollon-/- MEF細胞に全長Smacや細胞質に発現する活性型Smacを導入すると細胞死が引き起こされることが明らかになった。また、この細胞死はApollon、XIAPの発現により抑えられた。さらにSmacによる細胞死誘導の機能を調べるため、一連のSmac変異体を作製し、Apollon-/-細胞とApollon+/+細胞との感受性の差を検討したところ、アポトーシスの誘導には成熟型SmacのN末端AVPI配列が必要であることが明らかになった。Smacの発現による細胞死の誘導はsiRNAによりApollonの発現をノックダウンさせた細胞でも同様の結果が得られた。

以上、本論文において、ApollonはSmac、Caspase 9と結合し、これらの分子のユビキチン-プロテアソーム-システムによる分解を促進することにより、アポトーシスを阻害していることが明らかとなった。また、Apollon欠損マウス由来の細胞はさまざまな刺激に対する細胞死感受性が高まることから、Apollonは生理的にアポトーシス抑制作用に重要であると考えられる。さらに、Smacを過剰発現するとApollon欠損細胞において細胞死を誘導したことから、ApollonはSmacによる細胞死誘導から細胞を守るために必要な分子であることがはじめて示された。本研究はアポトーシス制御の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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