学位論文要旨



No 119262
著者(漢字) 水島,亜希子
著者(英字)
著者(カナ) ミズシマ,アキコ
標題(和) IP3受容体のCa2+センサー部位の同定と細胞内Ca2+シグナル形成への影響
標題(洋) Ca2+-sensor region of IP3 receptor and its significance for intracellular Ca2+ signaling
報告番号 119262
報告番号 甲19262
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2236号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 三品,昌美
内容要旨 要旨を表示する

イノシトール三リン酸(IP3)を介する細胞内Ca2+シグナル制御は、分泌、収縮、転写、シナプス可塑性など極めて多彩で重要な細胞機能を制御している。細胞外からの刺激によるIP3産生に続くIP3受容体を介したCa2+放出は、細胞内Ca2+シグナル形成において中心的な役割を果たす。IP3受容体を介するCa2+シグナルはしばしばCa2+オシレーションやCa2+ウェーブなどのダイナミックな時間的・空間的パターンを形成し、これこそが細胞機能制御に重要である。

IP3受容体の活性化にはIP3だけでなくCa2+が必要であり、Ca2+を介したIP3受容体のフィードバック制御がCa2+シグナル形成におけるひとつの要因とされる。本論文では、細胞内Ca2+シグナル形成の分子基盤となるIP3受容体の機能制御機構を解明することを目的とした。まずラット1型IP3受容体の機能制御機構を解明することを目的とした。まずラット1型IP3受容体に種々の点突然変異を導入することによりIP3受容体のCa2+感受性を決定する部位をE2100に同定し、IP3受容体のCa2+感受性が細胞内Ca2+シグナルパターンの決定に必要不可欠であることを示した。さらに、サブユニットのCa2+感受性の変化が、ヘテロ4量体IP3受容体のCa2+放出活性に対しドミナント・ネガティブ的に作用することを明らかにした。

IP3受容体のCa2+センサー部位の同定

IP3受容体は細胞内Ca2+ストア膜上に存在するCa2+放出チャネルであり、IP3が結合するとストアからのCa2+放出を起こす。IP3受容体を介したCa2+放出は、IP3以外にCa2+によっても制御を受ける。すなわちIP3受容体から放出されたCa2+によって、IP3受容体自身のCa2+放出活性が変化する。このフィードバック機構は、Ca2+オシレーションやCa2+ウェーブに代表されるような時間的・空間的な変化を持つ細胞内Ca2+シグナルの形成において、極めて重要であると考えられている。従ってIP3受容体のCa2+感受機構を明らかにすることは細胞内Ca2+シグナルの形成機構の解明に必須である。本研究では、IP3受容体のCa2+感受部位を同定し、Ca2+感受性が細胞内Ca2+シグナルパターンに与える影響について解析を行った。

IP3受容体と同じ細胞内Ca2+放出チャネルファミリーであるリアノジン受容体については、かつてからCa2+感受性について研究されており、Ca2+誘発性Ca2+放出機構がよく知られている。リアノジン受容体とIP3受容体はアミノ酸配列の相同性が高く、リアノジン受容体のCa2+感受部位に相当するアミノ酸がIP3受容体にも保存されている。そこで本研究ではラット1型IP3受容体を用い、リアノジン受容体のCa2+感受部位に相当する2100番目のグルタミン酸に点突然変異を導入した変異体を作製した。変異IP3受容体の解析は、DT40ニワトリB細胞の内在性IP3受容体完全欠損株に対して変異ラットIP3受容体を発現させた細胞で行った。

まず脱膜化細胞を用いて小胞体内腔のCa2+濃度を測定することにより、変異IP3受容体のCa2+放出活性を評価した。その結果、2100番目のグルタミン酸をアスパラギン酸に変異させた変異体(E2100D)において、Ca2+感受性が野生型に比べて1/10倍に低下することが明らかになった。一方で、IP3やATPに対する感受性には変化がなく、またCa2+放出の最高速度についても差は認められなかった。すなわち、E2100D変異体はCa2+感受性のみが変化していることが確認され、IP3受容体の2100番目のグルタミン酸がCa2+感受部位と同定された。

次に、野生型IP3受容体発現DT40細胞とE2100D発現DT40細胞に対しB細胞受容体刺激を行い、細胞内Ca2+シグナルパターンを比較した。野生型IP3受容体の場合、細胞を刺激するとまず一過性のCa2+濃度上昇が起こり、そのCa2+オシレーションが起こり数十分にわたり持続する。ところがE2100D発現DT40細胞では、まず最初に見られる一過性のCa2+濃度上昇に変化が見られ、ピーク値・上昇速度が共に低下していた。そして、さらにそれに続くCa2+オシレーションについては、完全に消失することが明らかになった。この結果は、IP3受容体のCa2+感受性の変化が細胞内Ca2+オシレーション形成に与える影響を明確な形で示した最初の例である。

さらに2100番目のグルタミン酸をアラニンに変異させた変異体(E2100A)と2100番目のグルタミン酸をグルタミンに変異させた変異体(E2100Q)についてもE2100D変異体と同様の解析を行った。その結果、E2100AおよびE2100Q変異体のどちらの変異体についてもE2100D変異体よりもさらに著しくCa2+感受性が低下しており、生理的条件下でのCa2+放出活性はほぼ完全に消失した。また、どちらの変異体を発現させたDT40細胞においても、B細胞受容体刺激による細胞内Ca2+濃度上昇が起こらないことが確認された。

本研究の結果、IP3受容体1型における2100番目のグルタミン酸がCa2+感受部位であることが明らかになった。さらに、Ca2+感受性がCa2+放出活性や細胞内Ca2+シグナルパターンの決定に極めて重要な役割を果たすことが明確に示された。

Ca2+感受性変異IP3受容体サブユニットのヘテロ4量体IP3受容体に与える影響

IP3受容体には3つのサブタイプが存在し、ヘテロ4量体を形成してCa2+放出チャネルとして機能する。すなわち1分子のCa2+放出チャネルには4ヶ所のCa2+センサーが存在する。IP3受容体のCa2+感受性はヒル係数約2を示し、なんらかのサブユニット間の共同性があることが以前から示唆されている。そこで本研究では、Ca2+感受性をほぼ消失しているE2100A変異IP3受容体サブユニットを用いて、サブユニットのCa2+感受性がチャネルのCa2+放出活性に与える影響について解析を行った。

まずDT40ニワトリB細胞の内在性IP3受容体完全欠損株に野生型ラット1型IP3受容体とE2100A変異IP3受容体を共発現させた細胞を作製し、B細胞受容体刺激に対する細胞内Ca2+シグナルパターンの解析を行った。その結果、最初に見られる一過性のCa2+濃度上昇に変化が著しく低下し、さらにそれに続くCa2+オシレーションも完全に消失していることが明らかになった。続いてこの細胞を脱膜処理して小胞体内腔のCa2+濃度を測定し、野生型サブユニット/E2100A変異サブユニット(wt/E2100A)ヘテロ4量体IP3受容体のCa2+放出活性を評価した結果、wt/E2100Aヘテロ4量体IP3受容体は野生型IP3受容体に比べ著しくCa2+感受性が低下しており、生理的条件下ではほとんどCa2+放出活性を持たないことが確認された。以上の結果から、E2100A変異IP3受容体サブユニットは野生型IP3受容体に対しドミナント・ネガティブとして作用することが明らかになった。

IP3受容体には1型から3型までの3つのサブタイプが存在し、生体内ではこれら3種類のサブタイプが各組織ごとに特異的な割合で発現している。また、これらの3つのサブタイプはヘテロ4量体を形成することが知られている。そこでラット1型E2100A変異サブユニットが1型以外のサブタイプに対してもドミナント・ネガティブとして作用するかどうかを確認するために、1型、2型、3型のみを発現している変異DT40ニワトリB細胞に対してラット1型E2100A変異IP3受容体を発現させた細胞を作製し、B細胞受容体刺激によるCa2+シグナルを解析した。その結果、ラット1型E2100A変異サブユニットはそれら全てに対しドミナント・ネガティブとして働き、ほぼ完全にCa2+シグナルを消失させるものであることが確認された。

また、さらにHEK-293細胞、RIN-5F細胞にもラット1型E2100A変異サブユニットを発現させた結果、いずれの細胞についてもATP刺激によるCa2+シグナルが消失した。この結果から、種差を超えてラット1型E2100A変異サブユニットをドミナント・ネガティブとして利用できることが示された。

本論文では、IP3受容体のCa2+感受性を決定する部位をE2100に同定し、IP3受容体のCa2+感受性が細胞内Ca2+シグナルパターンの決定に必要不可欠であることを初めて明確な形で示した。さらにサブユニットのCa2+感受性低下がヘテロ4量体IP3受容体のCa2+放出活性をドミナント・ネガティブ的に抑制することを明らかにした。今日までIP3受容体の機能を制御・抑制することが困難であり、この方法論は今後Ca2+シグナルの生理的意義を解明する上で非常に有用なものとなることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はイノシトール三リン酸(IP3)受容体を介した細胞内Ca2+シグナル形成の分子基盤を明らかにするため、ラット1型IP3受容体に点突然変異体を用いて、IP3受容体のCa2+感受性部位の同定、およびその細胞内Ca2+シグナルパターン決定との相関の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

まず脱膜化細胞を用いて小胞体内腔のCa2+濃度を測定することにより、変異IP3受容体のCa2+放出活性を評価した。その結果、2100番目のグルタミン酸をアスパラギン酸に変異させた変異体(E2100D)において、Ca2+感受性が野生型に比べて1/10倍に低下することを明らかにした。一方でIP3やATPに対する感受性には変化がなく、またCa2+放出の最高速度についても差は認められなかった。すなわち、E2100D変異体はCa2+感受性のみが変化していることを確認し、IP3受容体の2100番目のグルタミン酸をCa2+感受部位と同定した。

次に、野生型IP3受容体発現DT40細胞とE2100D発現DT40細胞に対しB細胞受容体刺激を行い、細胞内Ca2+シグナルパターンを比較した。E2100D発現DT40細胞では、まず最初に見られる一過性のCa2+濃度上昇に変化が見られ、ピーク値・上昇速度が共に低下していた。そして、さらにそれに続くCa2+オシレーションについては、完全に消失することが明らかになった。IP3受容体のCa2+感受性の変化が細胞内Ca2+オシレーション形成に与える影響を明確な形で示した。

2100番目のグルタミン酸をアラニンに変異させた変異体(E2100A)と2100番目のグルタミン酸をグルタミンに変異させた変異体(E2100Q)についてもE2100D変異体と同様の解析を行ったところ、いずれもE2100D変異体よりもさらに著しくCa2+感受性が低下しており、生理的条件下でのCa2+放出活性はほぼ完全に消失した。また、どちらの変異体を発現させたDT40細胞においても、B細胞受容体刺激による細胞内Ca2+濃度上昇が起こらないことが確認された。

野生型ラット1型IP3受容体とE2100A変異IP3受容体を共発現させたDT40細胞を作製し、細胞内Ca2+シグナルパターンの解析を行ったところ、最初に見られる一過性のCa2+濃度上昇に変化が著しく低下し、さらにそれに続くCa2+オシレーションも完全に消失していることが明らかになった。続いてこの細胞を脱膜処理して小胞体内腔のCa2+濃度を測定し、野生型サブユニット/E2100A変異サブユニット(wt/E2100A)ヘテロ4量体IP3受容体のCa2+放出活性を評価した結果、wt/E2100Aヘテロ4量体IP3受容体は野生型IP3受容体に比べ著しくCa2+感受性が低下しており、生理的条件下ではほとんどCa2+放出活性を持たないことが確認された。以上の結果から、E2100A変異IP3受容体サブユニットは野生型IP3受容体に対しドミナント・ネガティブとして作用することが明らかにした。

ラット1型E2100A変異サブユニットが1型以外のサブタイプに対してもドミナント・ネガティブとして作用するかどうかを確認するために、1型、2型、3型のみを発現している変異DT40ニワトリB細胞に対してラット1型E2100A変異IP3受容体を発現させた細胞を作製し、B細胞受容体刺激によるCa2+シグナルを解析した。その結果、ラット1型E2100A変異サブユニットはそれら全てに対しドミナント・ネガティブとして働き、ほぼ完全にCa2+シグナルを消失させるものであることが確認された。また、さらにHEK-293細胞、RIN-5F細胞にもラット1型E2100A変異サブユニットを発現させた結果、いずれの細胞についてもATP刺激によるCa2+シグナルが消失した。この結果から、種差を超えてラット1型E2100A変異サブユニットをドミナント・ネガティブとして利用できることが示された。

以上、本論文はIP3受容体のCa2+感受性を決定する部位をE2100に同定し、IP3受容体のCa2+感受性が細胞内Ca2+シグナルパターンの決定に必要不可欠であることを初めて明確な形で示した。さらにサブユニットのCa2+感受性低下がヘテロ4量体IP3受容体のCa2+放出活性をドミナント・ネガティブ的に抑制することを明らかにした。今日までIP3受容体の機能を制御・抑制することが困難であり、この方法論は今後Ca2+シグナルの生理的意義を解明する上で非常に有用なものとなることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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