学位論文要旨



No 119263
著者(漢字) 谷脇,香
著者(英字)
著者(カナ) タニワキ,カオリ
標題(和) 癌の進展における膜型マトリクスメタロプロテアーゼ(MT1-MMP)の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 119263
報告番号 甲19263
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2237号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 古川,洋一
 東京大学 助教授 三木,裕明
内容要旨 要旨を表示する

多細胞生物の形態形成・組織構築の維持に、細胞と細胞外マトリクス(以下ECM)の相互作用は重要な役割を果たしていると考えられている。ECMはコラーゲン、プロテオグリカン、糖蛋白質などの高分子から構成されており、細胞の足場として機能するだけでなく、細胞表面の受容体を介して様々なシグナルを細胞内へと伝達することが知られている。このため細胞とECMは非常に密接な関係にあり、細胞によるECM産生とその分解は細胞の周辺環境を改変し、細胞の運動・増殖・分化・死といった機能を制御する。またECMは増殖因子・サイトカインを結合しており、ECM分解によりこれらの可溶性因子が放出されることによっても細胞の機能が制御される。このようにECM分解は生体にとって非常に重要な現象であり、これにはマトリクスメタロプロテアーゼ(以下MMP)が重要な役割を担うと考えられている。

MMPは活性中心に亜鉛イオンが結合する一群のエンドペプチダーゼであり、今日まで20数種が見出されている。発現様式およびその構造上の違いから、分泌型と膜結合型に大別され、一般に、N末端よりシグナルペプチド、プロペプチド、触媒ドメイン、ヒンジドメイン、ヘモペキシン様ドメインを持つ。膜結合型はさらにC末端に膜貫通型ドメインと細胞内ドメインを付加された構造を示す。MMPは、ECM分解能により乳腺の発達や骨形成といった形態形成、創傷治癒などにおける組織構築やその維持のみならず、関節炎、動脈硬化症、癌の進展といった様々な病的状態にも関与すると考えられている。

癌の進展は原発巣からの癌細胞の離脱とそれに続く周囲組織への浸潤、脈管内への侵入と侵出、遠隔臓器での生着と増殖という複数の過程より構成される。これらの各過程に共通するECM分解へのMMPの関与が示唆されている。

癌細胞が浸潤する際には、上皮細胞層と間質を隔てる基底膜を分解し、つぎに間質中の主要なECMであるI型コラーゲンを分解する過程が観察される。膜型マトリクスメタロプロテアーゼ1(以下MT1-MMP)は、それ自身I、II、III型コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等を含む広範なECM成分を分解するだけでなく、基底膜中のIV型コラーゲン分解酵素であるMMP-2や、I、II、III型コラーゲンを基質とするMMP-13を細胞膜表面で活性化する機能を持つMMPである。このため、MT1-MMPは癌の進展におけるECM分解の中心的な役割を担う酵素と考えられている。また、MT1-MMPは接着分子CD44と結合して限定分解することにより、細胞-細胞外基質間の接着性を修飾し細胞移動を促進する可能性も報告されている。さらに最近、MT1-MMPが癌細胞の増殖に関与する可能性も報告され、癌細胞の増殖、浸潤、転移を調節する中心的役割を担う可能性が示唆されている。

MMP-2は基底膜特有のECM成分であるIV型コラーゲンに対して特異的な分解活性を持つことから、癌細胞が浸潤する初期過程において鍵を握る酵素と考えられている。MT1-MMPは癌細胞表面におけるMMP-2の主要な活性化因子であることから、MT1-MMP/MMP-2基質分解系が癌の浸潤に重要な役割を果たすことが示唆されている。しかし、この分解系が癌の進展にどのような寄与をしているのか未だ生体内で明らかにされていない。

そこで本研究ではMT1-MMP/MMP-2基質分解系の癌の進展における重要性をMT1-MMP欠失癌細胞とMMP-2欠失マウス双方を用い、検討することを試みた。

MT1-MMP欠失マウスは骨格に異常が生じる表現型を示し、生後1ヶ月以内で死亡することが二つのグループより報告されている。当研究室においても独自にMT1-MMP欠失マウスを作製し、同様の表現型を得ている。しかし、マウスの寿命が短いためにこのマウスを用いて癌の進展時におけるMT1-MMPの機能について検討することは困難である。そこで本研究では、MT1-MMP欠失マウス大腸より上皮細胞株を樹立し、これを癌化させて移植実験に使用した。マウス大腸上皮細胞はin vitro培養で細胞がアポトーシスを起こすため樹立が困難であった。これを回避するためにMT1-MMP・p53欠失マウス胎児より細胞株を樹立し、v-srcを導入して目的の癌細胞株樹立に成功した。さらにこの細胞にテトラサイクリンまたはその誘導体のドキシサイクリンによって遺伝子発現を誘導できるMT1-MMPを導入した細胞を作製した。解析には導入したMT1-MMPの発現量が野生型と同程度のクローンを用いた。

先ず、MT1-MMP revertant細胞(以下MT1 rev.細胞)が発現するMT1-MMPが基質分解能を有するか否かを検討した。MT1 rev.細胞、mock 細胞はともに検出可能なレベルのMMP-2を発現しないため、外来性MMP-2を添加してその活性化能をゼラチンザイモグラフィーにより検討した。この結果、MT1-MMP発現依存的にMMP-2の活性化がみられた。一方、発現させたMT1-MMPの細胞膜表面への局在の有無をゼラチン分解アッセイ、および細胞免疫染色にて検討した。あらかじめ蛍光標識したゼラチンをコートしたチャンバースライド上に細胞を播種し、接着面におけるゼラチンの分解像を観察した。この結果、MT1-MMP発現依存的にゼラチンの分解像がみられ、その分解野に存在する細胞膜表面でMT1-MMPの局在が確認された。以上の結果より、MT1 rev.細胞においてMT1-MMPは細胞膜表面に発現し、酵素活性を持つことが示された。

次にMT1 rev.細胞、mock 細胞をC57BL/6Jマウス背部皮下に移植し腫瘍増殖を継時的に測定したところ、MT1-MMP発現依存的に腫瘍増殖能が増大した。この結果はMT1-MMPが腫瘍細胞の増殖に関与している可能性を示唆している。

MMP-2がこのMT1-MMP依存性な腫瘍増殖能に関与するか否かを検討するため、MT1 rev.細胞とmock細胞を同系統のMMP-2欠失マウス背部皮下に移植した。その結果、MT1 rev.細胞の増殖は、MT1-MMP誘導条件下においても野生型マウス皮下移植時と比較して、有意に低下した。次にこの実験系における腫瘍細胞増殖の低下が、二次的なMMP-2の供給により回復するか否かを検討した。このためMMP-2を恒常的に発現しているMT1 rev.細胞(MT1 rev./MMP-2)を作製した。MT1 rev./MMP-2細胞をMMP-2欠失マウス背部皮下に移植し、さきのMT1 rev.細胞移植時の結果と比較した。この結果、MMP-2欠失マウスにおいてMT1-MMPとMMP-2双方を発現させた場合の腫瘍体積はMT1-MMPのみを発現させた場合に比較して有意に増大し、MT1-MMPを発現させた細胞を野生型マウスに移植した場合の腫瘍体積とほぼ同程度にまで回復する結果を得た。以上の結果は、皮下におけるMT1 rev.細胞の増殖にはMT1-MMPとMMP-2が協調して関与することを示唆している。また、野生型マウス間質由来のMMP-2をMT1 rev.細胞が利用した可能性が高く、間質の関与が重要であることも示唆された。今後はMMP-2が如何にして腫瘍細胞増殖に関与するのか、それに関わる分子機序についてさらに検討する予定である。

MT1-MMPが腫瘍細胞の増殖に関与する可能性は複数のグループから報告されているが、MMP-2の関与は少ないものと考えられていた。本研究により、MT1-MMP・MMP-2の2分子による協調作用により腫瘍細胞の増殖を増大する機序の存在することが解明された。この知見は癌治療法開発の一端につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は癌の浸潤・転移において重要な役割を果たしていると考えられる膜型マトリクスメタロプロテアーゼ1(以下MT1-MMP)が癌の増殖にも関与しているか否か、またMT1-MMPが癌の増殖に関与している場合、in vitroでMT1-MMPに活性化されることが示されているMMP-2がこの増殖に関与しているか否かを検討するため、MT1-MMP欠失マウス由来大腸癌細胞株を同系(C57BL/6)の野生型マウス、およびMMP-2欠失マウスに移植する系を用いて解析した研究であり、下記の結果を得ている。

MT1-MMP欠失マウスより大腸上皮細胞株を樹立した。この細胞が腸上皮細胞株であることを透過型電子顕微鏡観察により同定した。この細胞株にv-srcを導入することで癌化した。v-src導入後も細胞が上皮様構造を維持し、E-cadherinが細胞-細胞間接着構造に局在していることが免疫組織化学により示された。この細胞が腫瘍形成能を有することが同系の野生型マウス皮下に移植することで示された。

得られたMT1-MMP欠失大腸癌細胞株にMT1-MMPをテトラサイクリン誘導型のベクターシステムを用いて導入し、得られたクローン細胞をMT1-MMP revertant細胞(以下MT1 rev.細胞)とした。対照としてベクターのみを導入したmock細胞も作製した。得られたクローン細胞においてMT1-MMPが発現し、かつテトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリンでその発現が制御されることを、抗MT1-MMP抗体を用いたウエスタンブロッティングで示した。また、この細胞がMMP-2を発現していないことをRT-PCRにより評価した。

MT1 rev.細胞に導入したMT1-MMPがMMP-2を活性化することをゼラチンザイモグラフィーで示した。また、導入したMT1-MMPが膜表面に局在して酵素活性を有することをゼラチン分解アッセイと免疫組織化学にて示した。

MT1 rev.細胞を同系のマウス皮下に移植して、測定した腫瘍径より体積を算出するとで癌細胞の増殖を検討したところ、MT1-MMPを発現誘導した場合に癌細胞の増殖が増大し、MT1-MMPの発現を抑制した場合には癌細胞の増殖はmock細胞と同程度に抑えられることが示された。また、MT1-MMPの発現量が異なるクローン細胞2種による増殖を比較検討した結果、MT1-MMP発現量依存的に腫瘍体積が増大することが示された。

MT1 rev.細胞をMMP-2欠失マウス皮下に移植して、上記と同様にして腫瘍体積を算出したところ、MT1-MMPを発現させている場合においても野生型マウス皮下への移植時に比較して有意に低下した。

MT1 rev.細胞にMMP-2を導入し、MT1-MMP発現はドキシサイクリンにより制御でき、MMP-2は恒常的に発現している細胞(MT1 rev./MMP-2細胞)を作製した。この細胞でMT1-MMP発現依存的にMMP-2の活性化がみられることをゼラチンザイモグラフィーにより示した。この細胞をMMP-2欠失マウス皮下に移植して腫瘍増殖を検討したところ、MT1-MMPとMMP-2双方を発現させた場合の腫瘍体積は、MT1-MMP発現を抑制した場合に比較して有意に大きいものであった。またMT1-MMPを発現させたMT1 rev.細胞を野生型マウスに移植した場合の腫瘍体積と同程度となった。したがって、MT1-MMPとMMP-2をともに発現することが癌細胞の増殖に重要であることが示唆された。

以上、本論文はMT1-MMP欠失マウス由来大腸癌細胞株より作製したMT1-MMP revertant細胞において、マウス皮下移植系を用いてMT1-MMPが癌細胞の増殖に関与していること、および癌細胞の増殖にはMT1-MMPとMMP-2の協調が重要であることを明らかにした。これまでMT1-MMPが癌細胞の増殖に関与する可能性は報告されていたが、MMP-2の関与については知見が得られていなかった。本研究はこの点を明らかにすることにより癌治療法開発の一端につながるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク