学位論文要旨



No 119264
著者(漢字) 權,相模
著者(英字) Kong,Sang Mo
著者(カナ) コン,サンモ
標題(和) 細胞内アダプター蛋白質 Lnk による細胞増殖および細胞骨格系制御の分子機構
標題(洋) Molecular Mechanism for Controlling Proliferation and Cytoskeleton by Lnk Adaptor Protein
報告番号 119264
報告番号 甲19264
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2238号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 講師 高岡,晃教
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

Lnkは蛋白質相互作用に重要と思われる富プロリン配列を含むN末端領域及びPH、SH2ドメインを持つアダプター蛋白質である。Lnk遺伝子欠損マウスの解析から、LnkがB細胞産生および造血前駆細胞の造血能制御に重要な役割を果たしていること、c-Kitチロシンキナーゼ受容体からのシグナルを抑制的に制御していること、などが明らかになっている。Lnkを過剰発現するトランスジェニックマウスの解析からは、B細胞産生障害とともに一部の脾臓B細胞亜集団における細胞径増大及び増殖細胞の減少が観察されている。Lnkの抑制作用の一部として、チロシンキナーゼ受容体の活性化により生じるGabアダプター蛋白質のリン酸化、引き続くMAPK経路活性化を抑制することが明らかにされているものの、詳細な分子機構についてはまだ不明な点が多い。

細胞骨格を形成する主要構成成分は、互いに密接に関係しながら細胞接着、細胞形態、細胞運動、細胞分裂、細胞の極性形成などの高次機能を制御している。低分子量GTP結合蛋白質であるRhoファミリーは、Rho、Rac、Cdc42などより構成され、細胞増殖因子などの細胞外刺激による誘導される細胞現象の制御に重要な機能を発揮する。特にRacは細胞増殖、細胞分化、細胞情報伝達などさまざまな細胞応答において促進的に働くこと、その活性はRhoキナーゼやGEF/GAP/GDIにより調節方されることがよく知られている。

本研究はLnkの過剰発現によりみられたB細胞径の増大に着目し、Lnkがアクチン細胞骨格の制御分子として機能する可能性について線維芽細胞株を用いて詳細に検討した。その結果Lnkがアクチン再構築を促進し、細胞分裂や遊走を制御することを見出した。また、その分子機構について解析し、Lnkがチロシンキナーゼ受容体とVav, Rac, PAK, filamin Aなどのアクチン細胞骨格の制御分子群とを結ぶ足場蛋白質として機能しており、効率のよいアクチン再構築に貢献していることを明らかにした。

【方法と結果】

Lnk過剰発現による細胞周期抑制と細胞骨格系制御

LnkトランスジェニックB細胞のアクチン細胞骨格異常:Lnkトランスジェニックマウスを用いてB細胞におけるLnk過剩発現の影響を検討した。骨髄B前駆細胞や脾臓中の濾胞B細胞、辺縁帯B細胞で大きな変化はみられなかったが移行型の未熟B細胞の細胞径が増大していた。細胞周期を解析したところ、B細胞減少に伴う代償性の増殖ではなく逆に増殖細胞の割合は減少していた。そこでアクチン細胞骨格について共焦点顕微鏡を使って解析したところ、トランスジェニックB細胞では正常ではみられないアクチンの集積が観察された。

Lnkと細胞骨格系制御:線維芽細胞株にLnkを過剰発現させアクチン細胞骨格の観察をおこなった。Lnkの発現により細胞形態は大きく変わり、細胞周辺にアクチンの集積がみられた。細胞周期を調べたところ、G2/M以後、細胞分裂段階で異常があることが分かった。さらにLnkの発現により多核の細胞が出現し、アクチン細胞骨格への影響は細胞分裂障害を起こすことがわかった。

Lnkによる細胞骨格制御の分子機構

LnkのRacシグナルを介した細胞分裂制御機構:Lnkを発現させた細胞より免疫沈降を行い、LnkとRacが複合体を形成することを明らかにした。活性化したRac (GTP-Rac) のみ結合出来るPAK結合蛋白質を用いた Pull-down assay からRacはLnkの発現により過剰に活性化されることが分かった。Racの細胞内局在を検討したところ、Racは血清刺激によって細胞膜周辺へ移動し、更にLnkと共に局在することが観察された。Racのドミナントネガティブ変異体を共発現させることによってLnkにより生じる多核化などの異常は回復した。Lnkによるアクチン再構成、細胞骨格や細胞分裂の異常はRacの活性化を介することが明らかになった。

LnkによるRac活性化の分子機構とそのシグナルに必須なドメイン検討:LnkによるRac活性化の分子機構を調べる為に、様々なLnkのドメイン変異体を作製し、細胞骨格、細胞分裂、Rac活性化への影響を検討した。LnkのPHドメイン変異体やSH2ドメイン点変異体では、Lnkのアクチン再構成亢進作用が消失することから、LnkのPHドメインとSH2ドメインを介したシグナルが必須であることが分かった。Racを活性化するGEFとして知られているVav蛋白質との関係を免疫沈降法によって検討したところ、LnkはVav2とPHドメインを介して結合していることが分かった。また、このPHドメインはPAKの基質であるfilaminとの結合にも関係があることが明らかになった。活性化したRacはPAKと結合することが報告されている。RacとPAKの結合にはLnkのPHドメインやSHドメインが必須であることが分かった。

細胞表面受容体を介したLnk-アクチンシグナル伝達系:どの細胞表面受容体がLnkから細胞骨格異常シグナルに関与しているかを検討した。細胞骨格シグナルに関係のある受容体や既にLnkファミリーで報告されている多様な受容体を検討したところ、EGF-R、PDGF-R、c-Kit-RがLnkシグナルの上流で機能することが示唆された。

その他のLnkの作用機構

LnkはN-末端にホモ多量体を形成することが架橋実験や免疫沈降法を用いた実験で明らかになった。またLnkによる細胞運動制御の可能性を transwell assay や wound healing assay を用いて検討した結果、Lnkの過剰発現により細胞運動が抑制されることが示された。

【考察】

Lnkの細胞増殖抑制の分子機構としてチロシンキナーゼ受容体によるMAPK経路活性化の阻害があることが明らかにされている。本研究の生化学的および細胞学的な実験により、Lnkがアクチン細胞骨格制御を介して細胞分裂を制御しうるという新たな細胞増殖制御機構の存在を示した。

Lnkによるアクチン細胞骨格制御機構の分子機構を解明した。Lnkは、チロシンキナーゼ受容体とVav2/Rac/PAK/filamin Aとの複合体形成を補助し、VavによるRacの活性化、RacによるPAKの活性化、PAKの基質であるfilamin Aの修飾反応を効率良く促進する。チロシンキナーゼ受容体の活性化に伴うアクチン再構成において、Lnkは新規の足場蛋白質をとして機能することを明らかにした。このLnkのアクチン細胞骨格制御機能の発現には、PHドメインによる自身の細胞膜移行及びVav, filamin Aとの会合、さらにSH2ドメインによるチロシンキナーゼ受容体への結合が必須と考えられる。

Lnkによるアクチン細胞骨格制御が、造血前駆細胞群やB前駆細胞などLnk欠損によりその増殖及び機能亢進を起こす細胞群において、細胞増殖制御、細胞接着、細胞遊走にどのように関与しているのかについて検討を進めることが、今後の研究の方向性と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

Lnkは蛋白質相互作用に重要と思われる富プロリン配列を含むN末端領域及びPH、SH2ドメインを持つアダプター蛋白質である。Lnk遺伝子欠損マウスの解析から、LnkがB細胞産生および造血前駆細胞の造血能制御に重要な役割を果たしていること、c-Kitチロシンキナーゼ受容体からのシグナルを抑制的に制御していること、などが明らかになっている。Lnkを過剰発現するトランスジェニックマウスの解析からは、B細胞産生障害とともに一部の脾臓B細胞亜集団における細胞径増大及び増殖細胞の減少が観察されている。Lnkの抑制作用の一部として、チロシンキナーゼ受容体の活性化により生じるGabアダプター蛋白質のリン酸化、引き続くMAPK経路活性化を抑制することが明らかにされているものの、詳細な分子機構についてはまだ不明な点が多い。

本研究はLnkの過剰発現によりみられたB細胞径の増大に着目し、Lnkがアクチン細胞骨格の制御分子として機能する可能性について線維芽細胞株を用いて詳細に検討した。その結果Lnkがアクチン再構築を促進し、細胞分裂や遊走を制御することを見出した。また、その分子機構について解析し、Lnkがチロシンキナーゼ受容体とVav,Rac,PAK, filamin Aなどのアクチン細胞骨格の制御分子群とを結ぶ足場蛋白質として機能しており、効率のよいアクチン再構築に貢献していることを明らかにした。簡単に結果をまとめると以下になる。

Lnk過剰発現による細胞周期抑制と細胞骨格系制御

LnkトランスジェニックB細胞のアクチン細胞骨格異常:Lnkトランスジェニックマウスを用いてB細胞におけるLnk過剰発現の影響を検討した。骨髄B前駆細胞や脾臓中の濾胞B細胞、辺縁帯B細胞で大きな変化はみられなかったが移行型の未熟B細胞の細胞径が増大していた。細胞周期を解析したところ、B細胞減少に伴う代償性の増殖ではなく逆に増殖細胞の割合は減少していた。そこでアクチン細胞骨格について共焦点顕微鏡を使って解析したところ、トランスジェニックB細胞では正常ではみられないアクチンの集積が観察された。

Lnkと細胞骨格系制御:線維芽細胞株にLnkを過剰発現させアクチン細胞骨格の観察をおこなった。Lnkの発現により細胞形態は大きく変わり、細胞周辺にアクチンの集積がみられた。細胞周期を調べたところ、G2/M以後、細胞分裂段階で異常があることが分かった。さらにLnkの発現により多核の細胞が出現し、アクチン細胞骨格への影響は細胞分裂障害を起こすことがわかった。

Lnkによる細胞骨格制御の分子機構

LnkのRacシグナルを介した細胞分裂制御機構:Lnkを発現させた細胞より免疫沈降を行い、LnkとRacが複合体を形成することを明らかにした。活性化したRac (GTP-Rac) のみ結合出来るPAK結合蛋白質を用いた Pull-down assay からRacはLnkの発現により過剰に活性化されることが分かった。Racの細胞内局在を検討したところ、Racは血清刺激によって細胞膜周辺へ移動し、更にLnkと共に局在することが観察された。Racのドミナントネガティブ変異体を共発現させることによってLnkにより生じる多核化などの異常は回復した。Lnkによるアクチン再構成、細胞骨格や細胞分裂の異常はRacの活性化を介することが明らかになった。

LnkによるRac活性化の分子機構とそのシグナルに必須なドメイン検討:LnkによるRac活性化の分子機構を調べる為に、様々なLnkのドメイン変異体を作製し、細胞骨格、細胞分裂、Rac活性化への影響を検討した。LnkのPHドメイン変異体やSH2ドメイン点変異体では、Lnkのアクチン再構成亢進作用が消失することから、LnkのPHドメインとSH2ドメインを介したシグナルが必須であることが分かった。Racを活性化するGEFとして知られているVav蛋白質との関係を免疫沈降法によって検討したところ、LnkはVav2とPHドメインを介して結合していることが分かった。また、このPHドメインはPAKの基質である filamin との結合にも関係があることが明らかになった。活性化したRacはPAKと結合することが報告されている。RacとPAKの結合にはLnkのPHドメインやSHドメインが必須であることが分かった。

細胞表面受容体を介したLnk-アクチンシグナル伝達系:どの細胞表面受容体がLnkから細胞骨格異常シグナルに関与しているかを検討した。細胞骨格シグナルに関係のある受容体や既にLnkファミリーで報告されている多様な受容体を検討したところ、EGF-R、PDGF-R、c-Kit-RがLnkシグナルの上流で機能することが示唆された。

本論文はLnkによるアクチン細胞骨格制御機構の分子機構を解明した。Lnkは、チロシンキナーゼ受容体とVav2/Rac/PAK/filamin Aとの複合体形成を補助し、VavによるRacの活性化、RacによるPAKの活性化、PAKの基質である filamin Aの修飾反応を効率良く促進する。チロシンキナーゼ受容体の活性化に伴うアクチン再構成において、Lnkは新規の足場蛋白質として機能することを明らかにした。このLnkのアクチン細胞骨格制御機能の発現には、PHドメインによる自身の細胞膜移行及びVav, filamin Aとの会合、さらにSH2ドメインによるチロシンキナーゼ受容体への結合が必須と考えられる。

以上本研究の生化学的および細胞学的な実験によってLnkの細胞増殖抑制の分子機構としてチロシンキナーゼ受容体によるLnkがアクチン細胞骨格制御を介して細胞分裂を制御しうるという新たな細胞増殖制御機構の存在を示した。よって本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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