学位論文要旨



No 119266
著者(漢字) 大田,泰徳
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ヤスノリ
標題(和) 膿胸関連リンパ腫の臨床的・病理学的検討
標題(洋)
報告番号 119266
報告番号 甲19266
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2240号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 高木,智
内容要旨 要旨を表示する

膿胸関連リンパ腫(pyothorax associated lymphoma:PAL)は結核性の慢性膿胸に対する人工気胸術施行後,30年程度経て膿胸腔より生じる稀な悪性リンパ腫である.海外からも散発的な報告例はあるがほとんどは本邦からの報告である.発症年齢は平均64歳,男女比は12:1程度で圧倒的に男性に多く,人工気胸術施行後平均37年程度(全例20年以上)経て発症している.ほとんどはB細胞性リンパ腫であり,形態像としては diffuse large B cell lymphoma の形をとる.しかし少数例,T細胞マーカーを発現するもの,T細胞,B細胞両方のマーカーを発現するもの,あるいは両方のマーカーが発現していないものなどが報告されている.

1993年FukayamaらによりEBV(Epstein-Barr virus)の感染が見られることが報告され,そしてその感染形式はLMP1,EBNA2を発現する latency IIIタイプであることが示された.その後多くの症例でEBV感染が報告され,その発症にEBVの関与が示唆されている.EBVのTerminal Repeatを用いたclonality解析が行われ,腫瘍の多くはmonoclonalであるが一部oligoclonalなものも見られるという報告がされている.このことからPALの腫瘍発生論として,まず膿胸腔内でoligoclonalな腫瘍が起こり,その後monoclonalな腫瘍が選択されるのではないかという仮説が提唱されている.PALへのウイルス感染は上記EBVの報告がそのほとんどであるが,一例,HHV8 (Human herpes virus 8) の感染がみられたという報告もみられる.悪性リンパ腫発症におけるウイルスの関与として近年 polyoma virus 属のSV40が注目されている.

EBVの潜伏感染形式としてlatency III形式をとるリンパ腫には移植後リンパ増殖性疾患やHIV-related lymphoma があげられる.Latency IIIタイプの感染形式において発現してくるEBNA2, 3群などの蛋白は細胞障害性T細胞に認識され,排除されてしまうため,このタイプのリンパ腫を発症する患者は,通常全身性免疫不全状態を背景因子として持っている.PAL患者の免疫監視機構が臓器移植患者やAIDS患者のように系統的に破綻しているとは考えにくいにもかかわらず局所的免疫不全空間といえる膿胸腔を越えて腫瘍が全身に転移しうる.これは,PALには,単にEBVがLatency III型感染をきたしているだけにとどまらない,独自の生物学的特徴があるものと推察される.

PALはこれまで数100例程度の報告しかないまれな疾患であるが,本邦においてはまだまだ日常の診療で遭遇しうる疾患である.確立された治療法はまだなく,外科的切除や放射線療法,化学療法などが各施設で行われているのが現状である.今回,これらのことを踏まえ,以下のことを行った.

1.PALの多数例を全国調査により収集,解析し,病態及び治療成績について検討する.2.PALにpolyoma virus属(BKV, JCV, SV40)の関与が認められるか否かを検討する.特に近年注目を集めているSV40に関して検討する.3.PALのB細胞性マーカー,T細胞性マーカーの発現様式について検討する.4.大部分のPALはB細胞性腫瘍であるので,免疫グロブリン重鎖遺伝子の体細胞突然変異の頻度を調べ,分化段階について検討する.5.PALの腫瘍発生に関する仮説,すなわち oligoclonal な状態から次第に選択され monoclonal な状態へと進展するという仮説を分子生物学的に検証する.6.免疫不全がその発症に大きく関与していると考えられる二つの悪性リンパ腫,PALおよびHIV-related lymphomaについて遺伝子発現解析を行い,両者の遺伝子発現の違いについて解析する.

全国調査による局所療法の有効性に関する検討

アンケート調査を実施し,138例について臨床的データを解析することが出来た.PAL発症年齢は平均68歳(48-86),男女比は7.1:1で膿胸発症日からPAL発症日までは平均44年であった.5年生存率は35%であった.外科的切除された症例は予後のよい傾向にあったが,統計学的有意差(p<0.05)はみられなかった.治療成績に影響を与える因子としては clinical stage, performance states, LDH上昇の有無,性別が挙げられた.人工気胸術施行の既往が明らかではない症例が14例(13%)あったが,人工気胸術施行症例と非施行症例でのPALにおける臨床的・病理学的特徴の差はみられなかった.

全国調査による細胞表面マーカーの解析

病理標本を49症例について集めることが出来た.ほとんどの組織像は異型の強い大型リンパ球からなる diffuse large cell type であり,多核細胞を混じる症例も見られた.続いてB細胞系マーカーやT細胞系マーカー,EBV関連マーカーを免疫染色した.その結果B細胞系マーカーであるCD20陽性例は76%であり,18%の症例ではB,Tともに陰性であった.12例ほどT細胞系マーカーであるCD3陽性例がみられ,うち9例はB細胞系マーカーであるCD20も陽性であった.B細胞への分化に必須とされ極めて特異的とされるPAX5の発現が96%(47/49)の症例で確認でき,CD3陽性例は全例PAX5陽性であった.したがってPALの本態はB細胞性リンパ腫であり,PALにおけるT細胞系マーカーの発現は異常発現であると考える.CD5陽性例は一例もなく,通常のdiffuse large B-cell lymphoma であればCD5陽性例が10%程度みられることと対照的であった.EBVに関しては90%の症例でEBNA2の発現がみられ,ほとんどがlatency III型のEBV潜伏感染をみることがわかった.

Polyoma virus (JCV,BKV,SV40)感染の有無.

PCR法を用いてPAL7例及びその他一般のリンパ腫125例からDNAを抽出し,JCV,BKV,SV40のウイルス断片が検出されるか検討した.PALではこれら3種類のウイルスは検出されなかった.その他の悪性リンパ腫においても,SV40は検出されなかった.JCVは4例,BKVは1例で検出されたが,JCVに関して続いて行った免疫染色では腫瘍細胞に陽性所見を認めなかった.

免疫グロブリン重鎖遺伝子のシークエンス解析.

凍結検体8検体7症例について解析した.7検体について解析ができ,3検体は monoclonal,4検体は oligoclonal であった.monoclonal 3例及び oligoclonal な4例のうちクローンが3つ以下にまとまっていた2例,併せて5例について体細胞変異の割合を解析したところ9.19(5.90-15.62)%であり,post Germinal Center形質のB細胞性リンパ腫であることが示された.1症例,発症時期の違う2検体が採取されたものがあり,この検体解析においては初発時の解析では oligoclonal(18クローン)であったものが半年後の採取検体では2クローンになっており,クローンの選択がみられた.PAL腫瘍発生において,膿胸腔内で oligoclonal な異常細胞の増生及び選択を経て,monoclonal な腫瘍へと進展していく過程を分子生物学的に検証しえた.

HIV-related lymphoma とPALとの遺伝子発現プロファイリング解析

10733遺伝子からなるオリゴヌクレオチドアレイを用いて遺伝子発現プロファイリングを解析し,クラスタリングを行った.クラスタリングに大きく寄与した遺伝子群は主にリンパ球分化マーカーであり,PAL4症例は独立した一群を形成していた.PALではBリンパ球系分化マーカーである胚中心で発現している遺伝子の発現が落ちていた.逆に発現が亢進している遺伝子群としては細胞接着や糖・脂肪代謝系の遺伝子であった.Bcl-2の過剰発現も見られ,これについては病理検体で89%の陽性率が得られた.サイトカイン・アポトーシス関連の遺伝子発現プロファイリングを検討したところ,IL17及びIL17受容体,下流のシグナルであるTRAF6の上昇が見られ,アポトーシス関連の caspase 3, FADDの減少がみられた.PALはNF-κBを介する増殖機構や抗アポトーシス機構が関与しているものと推察された.

以上,PAL臨床データ138例,病理検体49例という大規模な検討を行い,以下のことを示した.

1.PALの局所治療の有効性について,その傾向がみられることを示した.治療成績に影響を与える因子としては性別,診断時のStage, LDH上昇の有無であった.2.PALに polyoma virus 属(BKV,JCV,SV40)の関与はみられなかった.SV40に関してはその他一般の悪性リンパ腫においてもその関与をみなかった.JCVはPCRでそのウイルス断片がみられたものの免疫染色での確認は出来なかった.3.PAX5/BSAPの発現が96%の症例で確認でき,個々の症例が無秩序に発現するマーカーにかかわらずPALの本態がB細胞性リンパ腫であることを示した.4.PALはpost GCタイプのB細胞性リンパ腫であることを示した.5.PALが oligoclonal な段階から次第に選択されて monoclonal な段階にいたる腫瘍であることを分子生物学的に実証した.6.PALは遺伝子発現解析においてもまとまった群を形成していた.少数例の解析ではあるが,PALが特異な病型であることが示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は日本に比較的特異的な,稀なリンパ腫である膿胸関連リンパ腫(PAL)に関する臨床的・病理学的検討である.138症例での解析という大規模な検討により,以下のような結果を得ている.

1.PALの局所治療の有効性について,その傾向がみられることを示した.治療成績に影響を与える因子としては性別,診断時の Stage,LDH上昇の有無であった.人工気胸術施行の有無はPALの臨床的・病理学的特徴に影響を与えなかった.2.PALに polyoma virus属(BKV,JCV,SV40)の関与はみられなかった.SV40に関してはその他一般の悪性リンパ腫においてもその関与をみなかった.JCVはPCRでそのウイルス断片がみられたものの免疫染色での確認は出来なかった.3.PAX5/BSAPの発現が96%の症例で確認でき,個々の症例が無秩序に発現するマーカーにかかわらずPALの本態がB細胞性リンパ腫であることを示した.4.PALはpost GCタイプのB細胞性リンパ腫であることを示した.5.PALが oligoclonal な段階から次第に選択されて monoclonal な段階にいたる腫瘍であることを分子生物学的に実証した.6.PALは遺伝子発現解析においてもまとまった群を形成していた.少数例の解析ではあるが,PALが特異な病型であることが示唆された.

以上,本論文はPALに関する臨床的基礎データについて従来知見を裏付けるとともに,あまり知見のなかった治療や人工気胸術がPALの病態に与える影響に関する知見を明らかにした.病理学的にはPALは本態的にB細胞性リンパ腫であることが明らかになった.そして,当初さまざまな異常クローンが発症し,その後に選択を受けて次第に monoclonal な腫瘍が増生していくという仮説を強く裏付けることが出来た.また,オリゴヌクレオチドアレイ解析という手法をPALに対して初めて用いることにより,PALは生物学的にも特異なリンパ腫であることが明らかになった.これらはPALに関する研究において重要な貢献をなすものと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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