No | 119267 | |
著者(漢字) | 渡辺,誠 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワタナベ,マコト | |
標題(和) | 腫瘍抑制因子 Tob の分解を促進する新規 WD40 repeat 蛋白質WAT120の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119267 | |
報告番号 | 甲19267 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2241号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞の増殖、分化はそれらを促進するシグナルと抑制的にはたらくシグナルがバランスを取り合うことにより厳密に制御されている。これまでの研究によりその制御に関わる分子の機能破綻が発生異常、腫瘍などの発症へとつながる例が数多く報告されてきた。 Tobは受容体型チロシンキナーゼc-ErbB2と会合する分子として同定され、BTG1、PC3/TIS21/BTG2、ANA、Tob2、PC3BとN末端側約110アミノ酸からなる領域に相同性をもつ。これらの分子は培養細胞に強制発現させると細胞増殖が抑制されることから、構造的にも機能的にも共通性を持つ増殖抑制蛋白質ファミリーを形成していると考えられている。特にTob、Tob2、ANA、PC3に関しては、細胞周期のG0/G1期からS期への進行を阻害することが示されている。さらに、PC3はDNA損傷時にp53によって発現が誘導され、PC3を欠損したES細胞ではDNA損傷時におけるG2/M期停止に異常が起こる。このことから、Tob/BTGファミリー分子は細胞周期のG0/G1期停止およびG2/M期停止の両方に関与していると考えられる。 当研究室でtob遺伝子欠損マウスを作成しその表現型の解析を行ったところ、肝臓などの様々な臓器において野生型マウスに比べ腫瘍の発生が高頻度で観察された。また、tob遺伝子欠損マウスより得た線維芽細胞において cyclin D1の発現量の増加がみられ、腫瘍の頻発にはTobの欠損による cyclin D1発現の異常が関与していることが示唆された。腫瘍以外の点でも、tob遺伝子欠損マウスに大理石骨病様の表現型が見られ、これは骨形成の異常亢進によることが明らかとなった。細胞レベルの解析においてBMP応答の異常を原因とする骨芽細胞の増殖及び分化の亢進が観察され、TobはBMP-Smad伝達系の負の制御因子であることが示された。これらのことから、Tobは細胞、個体レベルともに増殖、分化の制御に関わっていることが示唆された。 Tobは半減期が約30分と比較的短く、細胞周期を通してその蛋白量が厳密に制御されていることが示されている。近年の研究によりTobがユビキチン-プロテアゾーム系を介して分解されることが明らかにされ、細胞周期におけるTobの蛋白量の制御にもユビキチン-プロテアゾーム系が関与していることが予想される。 我々はTobの分解や機能発現に関わる分子を探索するため、yeast two-hybrid 法によるTobの相互作用分子の検索を行った。GAL4 DNA結合ドメインとTobのアミノ酸残基2-236の融合蛋白質を bait として使用し、ヒト肝臓のcDNAライブラリーをスクリーニングした。陽性クローンの塩基配列を解析した結果、約15種類のTob相互作用分子の候補が得られ、我々はこれらの分子の一つに新規WD40 repeat 蛋白質を見いだした。WD40 repeat 蛋白質はユビキチン化に関わる蛋白質複合体の構成分子にしばしば含まれている。前述のようにTobはユビキチン-プロテアゾーム系を介し分解されるが、その詳細な機構は明らかにされていない。我々はこの分子がTobのユビキチン化依存的分解に関わっていると予想し以下の解析を行った。 この新規蛋白質は6個のWD40 repeat を含む全長925アミノ酸残基の蛋白質であり、見かけの分子量は約120kDaであった。我々はこの新規蛋白質をWAT120(WD40 repeat protein associated with Tob, 120kDa)と名付けた。ノーザンブロット法によりヒト組織におけるWAT120 mRNAの発現を調べたところ脾臓、末梢白血球及び精巣に強い発現が見られた。ウェスタンブロット法によりリンパ系組織におけるWAT120蛋白質の発現を調べたところ脾臓、胸腺に強い発現が見られ、骨髄には弱い発現しか見られなかった。また、マウス胎児の in situ hybridization により、胸腺、小腸、神経節にWAT120 mRNAの強い発現が観察された。WAT120は組織特異的な発現をしており、これらの組織における役割を解析していくことが必要と思われる。 WAT120をTobとともにCOS7細胞に強制発現させるとTobの分解が促進され、細胞をプロテアゾーム阻害剤MG132で処理することによりその分解が抑制された。さらに、WAT120の欠失変異体を作製しTobとの相互作用を検討したところ、アミノ酸残基670-925にTobとの結合領域があり、実際この部分に強いTob分解誘導能があることが分かった。これらのことからWAT120はユビキチン-プロテアゾーム系を介したTobの分解に関与しており、詳細な解析の結果その機能にはC末端、とりわけアミノ酸残基650-750付近が重要な役割を果たしていることが示唆された。 蛋白質のユビキチン化にはユビキチン活性化酵素(E1)、結合・転移酵素(E2)、連結酵素(E3)が必要である。E3には多様性があり、標的分子に対する特異性を決めている。E3の中には複数の蛋白質の複合体として機能する例が知られており、代表的なものにSCF(Skp1-Cullin-Fbox protein)複合体及び構造的に類似したCBC(Cullin-Elongin BC)複合体がある(図1)。それぞれF box 蛋白質、SOCS box 蛋白質が標的蛋白質を認識する分子と考えられている。E2とこれらの蛋白質とはRoc1及び Cullin の二つの蛋白質によって架橋されており、SCF複合体では Cullin1, CBC複合体では Cullin2または5が主に使われている。Skp1、Elongin BCはF box 蛋白質、SOCS box 蛋白質とCullin1をつなぐ分子と考えられている。これまでにE3蛋白質の過剰発現により標的分子の分解が促進されることが多数報告されている。WAT120も同様の効果を示すことから、WAT120がE3あるいはE3複合体の構成因子として、Tobのユビキチン化に関与していると考えた。そこでGSTタグを付けたWAT120を遺伝子導入した細胞の抽出液からWAT120が形成する蛋白質複合体を精製し、それに昆虫細胞、あるいは大腸菌から精製した組み換え体のE1、E2、Tobとユビキチンを混合し、in vitro ユビキチン化アッセイを行った。反応物をSDSポリアクリルアミドゲルに流し、ニトロセルロースフィルターに転写後、Tobのユビキチン化による高分子量側へのシフトをウエスタンブロット法により確認した。その結果、E2としてCdc34を用いたときにTobのユビキチン化が見られた。次に我々はWAT120がSCF複合体の構成成分になり得るかどうかを調べるため、SCF複合体の構成成分であるCullin1、Skp1およびRoc1とWAT120の相互作用を免疫共沈法により検討した。この結果Roc1およびCullin1との相互作用はみられたがSkp1との相互作用は見られなかった。さらにSCF複合体においてE2として機能しているCdc34との相互作用も見られた。従って、Tobユビキチン化に関わるWAT120複合体は従来のSCF複合体の構成因子を含むが、一部は異なった蛋白質群からなることが考えられた。前述のようにSkp1を介さないSCF様のE3複合体としてCBC複合体があり、その複合体はSOCS box 蛋白質、ElonginBC、Roc1及びCullin2または5で構成されている。WAT120のアミノ酸配列を詳細に検討したところElonginBC結合配列であるSOCS box 様の配列が見いだされた。そこでWAT120とElonginBおよびCとの相互作用を免疫沈降法により調べた結果、プロテアゾーム阻害剤を作用させたときのみ相互作用が観察された。JAKキナーゼのE3であるSOCS-1においてもプロテアゾーム阻害剤を作用させたときのみElonginBとの相互作用が観察されることが報告されておりSOCS-1との機能の類似性が予想された。 以上の結果からWAT120はSCF E3複合体、CBC E3複合体の構成因子のいくつかと相互作用することが分かり、従来知られているものとは異なる組み合わせにより新規の複合体(図1)を構成し、Tobのユビキチン化に関与していることが示唆された。 一つの標的分子に複数のE3が存在する例が知られており、それぞれの分子が場所、時間を異にして標的分子の機能を厳密に調節していると予想されている。Tobがユビキタスな発現をしているのに対しWAT120が組織特異的な発現をしていることはTobの分解も複数の因子によって制御されていることを示唆するものである。WAT120のより詳細な機能の解析はこれらの組織におけるTobの未知の機能を知る上でも有用であると考えられ、本研究はその端緒として重要な意味を持つものと予想される。さらにWAT120の発現が高い組織においてWAT120の機能亢進がTob発現量の減少を引き起こし腫瘍の発生率を高める可能性がある。WAT120は特にリンパ球に高発現していることから、WAT120の白血病、リンパ腫発症への関与を検討していくことも必要であると考えられる。 WAT120新規複合体(仮説)WAT120とCullin1との結合様式にはここに示した3通りの可能性が考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、これまで不明な点の多かったTobの機能や翻訳後の修飾、分解機構を相互作用分子の解析を通して明らかにするため、Yeast Two-Hybrid 法によるTobの相互作用分子の検索および得られた相互作用分子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 Yeast Two-Hybrid 法によるスクリーニングの結果、Tob相互作用分子としてWD40 repeat ドメインを6個もつ全長925アミノ酸の新規蛋白質を同定し、WAT120(WD40 repeat protein associated with Tob 120kDa)と命名した。WAT120のホモログはC. elegans、ガンビアハマダラカにも見いだされ、動物で保存されていることが判明した。WAT120 mRNAの強い発現が胸腺、脾臓、末梢白血球、神経節、精巣において観察され、WAT120は組織特異的な発現様式をしていることが明らかとなった。 WAT120とTobとのほ乳類の細胞内における相互作用が免疫沈降法により明らかにされ、さらにWAT120の欠失変異体とTobの相互作用を検討した結果、WAT120はTobとC末端584-925の領域で結合し、Tobとの結合領域はこの範囲に散在していることが示唆された。 TobをWAT120と共発現させたところTob蛋白質の発現量が減少し、プロテアゾーム阻害剤であるMG132によりそれが抑えられたことから、WAT120がTobのユビキチン-プロテアゾーム系依存的分解を促進することが示された。さらにWAT120欠失変異体のTob分解促進能を検討した結果、アミノ酸残基720-770が分解促進に重要であることが明らかとなった。 In vitro ユビキチン化アッセイにより、WAT120がユビキチンリガーゼ(E3)としてTobをユビキチン化し得ることが明らかとなり、WAT120はE3として蛋白質のユビキチン化に関与していることが示唆された。さらにこの反応にはユビキチン連結酵素(E2)としてCdc34が必要であることが示された。 WAT120はE2をリクルートしてくるために必要なRINGフィンガードメインを持っていなかったことから、E3として機能するために蛋白質複合体を形成していると考え、E3複合体としてすでに知られているSCF及びCBC複合体の構成因子とWAT120の相互作用を検討した。この結果、WAT120はSCF複合体の構成因子であるRoc1、Cullin1、Cdc34 (E2)と相互作用するが、同じくSCF複合体の構成因子であるSkp1とは相互作用しないこと、さらに、CBC複合体の構成因子であるElongin BCと相互作用することが明らかとなった。これらのことからWAT120はSCF複合体に類似した新規E3複合体を形成することが明らかとなった。 以上、本研究ではTob相互作用分子の検索によって同定された新規蛋白質WAT120がSCF様の新規蛋白質複合体を形成し、E3として機能し得ることが明らかにされた。ユビキチン-プロテアゾーム系による蛋白質分解には未だ不明な点が多く、新規E3複合体を提唱した本研究は蛋白質ユビキチン化機構の研究進展の端緒となり得るものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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