学位論文要旨



No 119271
著者(漢字) 李,光
著者(英字) Li,Kou
著者(カナ) リー,コウ
標題(和) 慢性骨髄性白血病の急性転化の基盤としてのDNA修復異常
標題(洋) Proposed Model of Blast Crisis of Chronic Myeloid Leukemia as a DNA Repair Disorder
報告番号 119271
報告番号 甲19271
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2245号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 東條,有伸
内容要旨 要旨を表示する

ヒト慢性骨髄性白血病(CML)は多能性幹細胞の悪性化によって起こり、臨床的に顆粒球の著しい過剰産生が見られる。ほとんどすべて(90%以上)の患者において、染色体を分析するとフィラデルフィア染色体(Ph)を証明できる。この染色体は、癌遺伝子c-ablを含む第9番染色体が一部のBcr遺伝子の存在する第22番染色体へ転座することによって形成される。その結果、二つの遺伝子が融合し、その産物であるBCR/ABL融合蛋白が産生される。Bcr/abl融合遺伝子は慢性骨髄性白血病の原因遺伝子とされている。慢性骨髄性白血病患者は、数年にわたる慢性期には社会生活を送ることも可能であるが、数年後に急性転化という極めて治療抵抗性の急性白血病類似状態が必然的に到来する。bcr/ablは弱い遺伝子で、慢性期は真の悪性転化の準備期、すなわち前癌状態であると議論されることもある。急性転化の最大の特徴はゲノムの不安定性である。こうした患者の80%では、転化の過程に伴って、ゲノムの変異がしばしばみられる。そのうち、有名なものはN-Ras、p53、Rb、p16、c-Myc、AML-1などである。急性転化後、患者の生存期間は顕著に短縮する。

現在、慢性骨髄性白血病に対する治療方法は大きく二つに分けられている。第一は、細胞の内因性のBCR/ABL異常蛋白の水準をコントロールする戦略である。この目的を達成するのに、antisenseやRibozymeやGeldanamycin analoguesなどが利用されている。第二は、BCR/ABLのチロシンキナーゼの活性を抑制するという戦略である。この目的を達成するのに、ABLのキナーゼドメインに対する高い親和性を持つたくさんの化合物が開発された。そのうちもっとも効果の高く、副作用の軽いimatinib(STI571)が臨床実験を通過し、現在広範囲で利用されている。しかしながら、一時寛解後、抵抗性があらわれ、再び悪化するケースは多くある。その原因を究明するのを目的とした研究によると、BCR/ABLのキナーゼドメインに現在13種の変異が見い出された。こうした変異によって、imatinibはABLのキナーゼ活性を抑制できなくなり、従って薬効が失われることになる。さらに、今年のBL00D誌の報告で、初めてimatinib治療を受けていない患者から、こういったBCR/ABLのキナーゼドメインの変異を見つけた。

以上のことは、BCR/ABLと慢性骨髄性白血病におけるゲノム不安定性との関わりを強く示唆している。しかしながら、これを統一的に十分説明する分子生物学的根拠は確立されていない。

我々は以前BCR/ABLのDBL相同性ドメインが、B群色素性乾皮症の責任蛋白XPBと相互作用することを報告した。XPBは、DNA修復及び転写に重要な基本転写因子TFIIHの構成員である。紫外線によるDNA修復障害を有するハムスター27-1細胞はXPBの発現でこの修復障害を復元できるが、恒常的活性化型BCR/ABLの同時発現でこの復元効果が抑制される。同様の生物学的現象は紫外線以外にDNA損傷性抗腫瘍剤cisplatinでも確認された。こうしたDNA修復異常に立脚した急性転化のin vitroモデルを樹立したことを背景に、これらの事実を説明する分子生物学的事象を抽出することを目的に、研究を行った。

まず、この系における4種の細胞(CHO-9, 27-1, 27-1/XPB and 27-1/XPB+p210BCR/ABL)を用い、この系で見られたDNA修復障害とその復元と関連する遺伝子を選出するために、Differential Displayでスグリンニングを行った。さらに、得られた遺伝子プールから、実際にDNA修復障害とその復元と関連する遺伝子を抽出するため、この系を確立した際に用いたSurvival Assayという方法に戻り、個々の遺伝子についてAssayを行った。その結果、核内DNA結合蛋白であるC1D遺伝子は27-1細胞において、XPBの発現で復元したDNA修復に対するBCR/ABLの抑制効果を抑制したことから、候補として浮上した。実際、修復正常であるCHO-9細胞とXPBの発現で修復復元できた27-1/XPB細胞に対し、siRNAでC1D遺伝子をKnockdownすることによって、2種の細胞のDNA修復をある程度まで抑制できた。以上のことから、C1D遺伝子はDNA修復に関わる重要な遺伝子であることが明らかとなった。

また、XPBはC1D遺伝子の転写を誘導し、そしてC1D蛋白を紫外線によって誘導される分解作用から守り、これらの機構でC1Dを一定の量に保持させ、DNA修復を共に実行することが分かった。尚、BCR/ABLはDHドメインを通してXPBと結合することにより、その修復活性を抑制し、同時にXPBのC1Dに対する保護作用も抑制し、その結果細胞の修復能力を低下させるということが、XPBと結合しないBCR/ABLのDBL変異型を用いた対照実験で明かとなった。

以上、今回の実験により、我々は、DNA修復異常に立脚した急性転化のin vitroモデルを確立し、単に急性転化のメカニズムを理解することに留まらず、現在話題になっているチロシンキナーゼ阻害薬とは異なる新たな治療法開拓の基盤を築く方向性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒト慢性骨髄性白血病(CML)の原因遺伝子であるBCR/ABLが急性転化においてDNA修復異常を誘導するメカニズムを明らかにするために、紫外線に対する感受性の高いCHO細胞系を基本のDNA修復アッセイ系とし、BCR-ABLによってDNA修復異常が誘導される過程において制御される遺伝子をクローニングした。そして、クローニング去れた遺伝子とBCR-ABL及びBCR-ABLと結合すると報告のあるXPB遺伝子との相互作用を検討し、下記の結果を得ている。

基本アッセイ系における4種の細胞 (CHO-9, 27-1, 27-1/XPB, 27-1/XPB+BCR/ABL) を用い、Differential Display と Northern Blottingでの再確認を行った後に、さらにSurvival Assayで個々遺伝子のDNA修復機能を検討したところ、C1DはBCR/ABLのDNA修復抑制効果を抑えることのできる遺伝子としてクローニングされた。

C1Dの発現を siRNA Knockdown で抑えることによって、正常細胞であるCHO-9細胞の紫外線感受性は上昇したことから、C1Dは正常細胞においても、DNA修復に重要であることが判明した。

XPBはC1Dの発現をmRNAレベルで誘導する。BCR/ABLはこの誘導を抑制する。さらに、XPBはC1D蛋白を紫外線照射による Ubiquitin<STProteasome 依存的な分解から守ることが明かとなった。

XPBと結合しないBCR/ABL mutant を用いた解析の結果、BCR/ABLがXPBによるC1D発現誘導を抑える際に、XPBとの結合が必要である。しかしながら、この結合は、C1Dの紫外線照射による Ubiquitin<STProteasome 依存的な分解を促進できないことから、XPBによるC1D mRNAの誘導と分解の抑制とのメカニズムは違うと考えられた。

以上、本論文はDNA修復異常に立脚した急性転化のin vitroモデルを確立し、単に急性転化のメカニズムを理解することに留まらず、現在話題になっているチロシンキナーゼ阻害薬とは異なる新たな治療法開拓の基盤を築く方向性を示したので、学位を授与に値するものを考えられる。

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