学位論文要旨



No 119273
著者(漢字) 牛久,哲男
著者(英字)
著者(カナ) ウシク,テツオ
標題(和) Epstein-Barr Virus 関連胃癌におけるDNAメチル化異常について
標題(洋)
報告番号 119273
報告番号 甲19273
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2247号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 下山,省二
内容要旨 要旨を表示する

Epstein-Barr Virus(EBV)関連胃癌は胃癌全体の5〜18%を占め、臨床病理学的に通常の胃癌とは異なる特徴を示す。EBV関連胃癌では、ほとんどすべての腫瘍細胞にモノクローナルなEBV感染が認められ、本腫瘍の発生にはEBVの関与が強く疑われている。EBV関連胃癌では非関連胃癌で見られるようなp53等の遺伝子変異やLOHといった遺伝子異常が少なく、非関連胃癌とは異なった発癌機構が存在すると考えられる。

近年、多くの悪性腫瘍で、DNAのメチル化異常が報告されており、癌関連遺伝子のプロモーター領域のメチル化による発現抑制が、腫瘍発生に重要な役割を果たしていると考えられている。EBV関連胃癌では、非関連胃癌とは発現の異なる遺伝子があるにもかかわらず、遺伝子そのもの変化は乏しいことから、ジェネティックな変化よりもエピジェネティックな変化が関与している可能性が推定される。

本研究ではEBV関連胃癌におけるDNAメチル化異常を調べるために、代表的な癌関連遺伝子である、p14、p15、p16、MGMT、DAPK、TIMP3、GSTPi、h-MLH1、p73遺伝子について、EBV関連胃癌17例、非関連45例を用いてプロモーターのメチル化異常の検討を行った。その結果、p73遺伝子プロモーターのメチル化はEBV関連胃癌で1例を除くすべての例(94.1%)で見られたのに対し、非関連胃癌では2例(5.3%)で見られたのみであった。p14、p15、p16においてもEBV関連胃癌の80%以上の症例でプロモーターのメチル化が認められ、非関連胃癌と比べ有意に高頻度であった。GSTPi、TIMP-3、及びDAPK遺伝子プロモーターにおいても、EBV関連胃癌で有意に高頻度なメチル化が認められた。これに対し、MGMT、h-MLH1プロモーターではEBV関連、非関連胃癌でメチル化の頻度に差がみられなかった。p73については免疫組織化学的に蛋白の発現を検討し、メチル化症例ではp73蛋白発現が抑制されていることが確認された。以上の結果から、EBV関連胃癌では、癌関連遺伝子プロモーターのメチル化異常が高頻度に見られることが示され、本腫瘍の発生に強く関与していると考えられた。

また、これらの症例に対してp53免疫染色を行った結果、従来の報告通り、EBV関連胃癌では非関連胃癌と比較し、p53遺伝子変異は少ないが、正常p53蛋白の過剰発現が多く見られることが示唆された。p53蛋白はp73蛋白の機能を補完し、また共通した制御機構の存在も知られており、EBV関連胃癌ではp73遺伝子発現が抑制されていることがp53蛋白過剰発現に関係している可能性が考えられた。

次に、こういったメチル化異常が腫瘍の発生、進展のどの時期に生じる現象であるかを検討するため、径3cm以下の早期胃癌、及びその周囲粘膜におけるメチル化異常について調べた。対象はEBV関連胃癌20例、非関連胃癌20例を用い、p14、p16、p73、h-MLH1遺伝子プロモーターについてメチル化異常を検討した。また周囲粘膜については、慢性炎症の程度についてUpdated Sydney systemに準じた組織学的評価を行い、腫瘍の発生母地となった粘膜の性状について調べた。この結果、早期の胃癌においても、先の検討とほぼ同様の頻度のメチル化異常が各遺伝子プロモーターで認められた。すなわち、p14、p16、p73遺伝子プロモーターのメチル化はEBV関連胃癌で非関連胃癌に比し有意に高頻度であったが、h-MLH1遺伝子では差はなかった。また周囲粘膜に関しては、EBV関連、非関連胃癌ともに、各遺伝子プロモーターでメチル化の頻度は低く、差は認めなかった。慢性炎症の評価では、単核細胞浸潤、萎縮、腸上皮化生、好中球浸潤に関して、EBV関連胃癌が非関連胃癌よりも有意に程度が高い結果となったが、慢性炎症の程度と癌関連遺伝子プロモーターのメチル化との関連は認められなかった。

本研究の結果から、EBV関連胃癌では複数の癌関連遺伝子プロモーターのメチル化異常が高頻度に起きていることが示され、本腫瘍の発生に重要な役割を果たしていると考えられた。さらに、こういったメチル化異常が発癌の早期から見られる現象であることが示され、また癌の発生母地としての周囲粘膜の検討においては、非関連胃癌の周囲粘膜とメチル化の頻度に差がないことから、EBV関連胃癌はメチル化異常をもつ粘膜から発生するのではなく、EBV感染によりメチル化異常が引き起こされ、発生する可能性が高いと考えられた。

本研究結果から示唆されるEBV関連胃癌の発生様式としては、1.慢性萎縮性胃炎を特徴とした粘膜の上皮細胞にEBV感染が成立、2.これを契機に上皮細胞のDNAのメチル化異常が生じる、3.この際にp73をはじめとした癌抑制遺伝子プロモーターがメチル化異常に巻き込まれ、その発現が抑制されることにより上皮細胞がgrowth advantageを獲得し癌化する、といった機序が想定された。しかし、EBVの上皮細胞への感染機構、EBV感染により生じると思われる宿主DNAのメチル化異常の機序、メチル化異常は実際にはゲノム中でどの程度生じており、どの程度癌化に寄与しているかといったことは十分わかっておらず、今後はより詳細な検討、及び網羅的な解析が必要と考えられた。

EBV関連胃癌は、ウイルス感染、DNAメチル化異常、発癌という重要なテーマを含む腫瘍であり、その発生機序の解明は本腫瘍の治療法につながるのみならず、多くのウイルス関連、及びメチル化関連腫瘍の解明の大きな鍵となる可能性があり、今後もさらなる検討が必要と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はEpstein-Barr virus (EBV)関連胃癌の発生における癌関連遺伝子プロモーターのメチル化異常の役割を明らかにするため、EBV関連、および非関連胃癌手術検体を用いて、Methylation specific PCR法によりメチル化異常の解析を行い、下記の結果を得ている。

EBV関連胃癌では非関連胃癌と比較し、複数の癌関連遺伝子プロモーターのメチル化異常が有意に高頻度でみられることを示した。

特にp73遺伝子プロモーターのメチル化異常は最も高頻度、かつ特異的に認められ、他のEBV関連腫瘍でも比較的高頻度に見られる変化であることから、EBV感染特異的なメチル化異常機構の存在が示唆された。

小型早期胃癌の検討により、EBV関連胃癌における高頻度のメチル化異常は、発癌早期からみられる変化であることを示した。

EBV関連胃癌の背景粘膜のメチル化異常は低頻度であり、非関連胃癌の背景粘膜と差がないことを示し、本腫瘍におけるメチル化異常はEBV感染に伴い引き起こされる変化である可能性が高いことを示した。

免疫組織化学的検討により、EBV関連胃癌では非関連胃癌と比較して、p53遺伝子変異の頻度は低いが、正常p53蛋白過剰発現が認められることを示した。

以上、本論文はEBV関連胃癌において、癌関連遺伝子プロモーターのメチル化異常が高頻度に見られることを明らかにし、本腫瘍発生に重要な機構であると考えられた。本研究はこれまでほとんどわかっていなかった、EBV関連胃癌の発生機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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