学位論文要旨



No 119274
著者(漢字) 松原,大祐
著者(英字)
著者(カナ) マツバラ,ダイスケ
標題(和) 肺腺癌におけるS100タンパク発現の臨床的・病理学的検討
標題(洋)
報告番号 119274
報告番号 甲19274
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2248号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 助教授 渡辺,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

本邦では、現在、肺がんの死亡数ががん死の1/6を占めるに至り、なかでも肺腺癌の増加が広く報告されている。肺腺癌は難治性で予後の悪い疾患であり、新たな治療戦略として分子標的治療の研究が大規模に進められている。S100タンパク質も将来、そうした分子治療の標的として有望視されている。

S100 familyタンパク質16種類 (S100A1、S100A2、S100A 3、S100A4、S100A5、S100A6、S100A7、S100A8、S100A9、S100A10、S100A11、S100A12、S100A13、S100A14、S100B、S100P) について、いわばスクリーニングとしてオリゴヌクレオチドアレイ解析を用いて肺の正常上皮細胞株 (SAEC) と肺腺癌細胞株7種類 (A549、H23、H522、H1395、H1648、H2009、H2347) におけるこれらS100タンパク質の発現を比較した。その結果、正常と癌で発現に違いが認められたS100A2、S100A4、S100Pが選出された。

この結果をもとに、S100A2、S100A4に注目し、また、S100A4と同様に癌の浸潤、転移に関わるとされているS100A6を含めた3つのS100タンパク質 (S100A2、S100A4、S100A6) について、あらたに正常気管支上皮細胞2種類 (NHBE、SAEC) と肺腺癌細胞株9種類 (LC-2ad、ABC1、A549、H460、HLC1、H1299、PC3、VMRC-LCD、RERF-LC-KJ) を用いて定量的RT-PCRやWestern Blotを行い発現レベルを比較した。その結果、S100A2については正常気管支上皮では高発現を示し、腺癌細胞では発現が低かった。一方、S100A4は正常気管支上皮では発現が低かったのに対し、癌で高発現が認められた。S100A6には明らかな傾向は認められなかった。

また、駒込病院の肺腺癌外科的切除例93例について、免疫組織化学的にS100A2、S100A4、S100A6の発現と生命予後との関係を調べたところ、S100A4強陽性例は、弱陽性ないし陰性例に比べ予後不良であり、一方、S100A2の陽性例は、陰性例に比べ予後良好の傾向が見られた。S100A6には明らかな傾向はなかった。S100A2、S100A4ともに癌の浸潤部に強発現する傾向が見られ、また、S100A2、S100A4陽性例は脈管侵襲を伴う傾向が見られた。これらの結果から、S100A2は癌の浸潤部等で負のフィードバックとして発現して浸潤や転移を抑制し、一方、S100A4は癌の浸潤、転移を促進する働きがあることが予想された。

そこで、S100A2、S100A4を遺伝子導入した癌細胞(A549、H1299)を使ってCell Migration Assayを行ったところ、S100A4遺伝子の導入されたA549細胞は運動能が亢進した。S100A4が肺腺癌の浸潤、転移の促進に関与していることが示唆された。S100A2遺伝子の導入による癌細胞の運動能の抑制は認められなかった。

S100A4タンパク質の制御機構について、MAPキナーゼ阻害剤、PARP阻害剤などを添加したが、S100A4のmRNAあるいはタンパク質の発現に大きな変動は認められなかった。また、脱メチル化剤を添加することによって、S100A2のmRNAが誘導され、肺腺癌におけるS100A2の発現レベルの低下の原因としてメチル化が関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

悪性腫瘍との相関性が報告されているS100タンパク質について包括的に、肺腺癌におけるその臨床的・病理学的意義について検討した。

S100 family タンパク質16種類 (S100A1、S100A2、S100A3、S100A4、S100A5、S100A6、S100A7、S100A8、S100A9、S100A10、S100A11、S100A12、S100A13、S100A14、S100B、S100P) について、いわばスクリーニングとしてオリゴヌクレオチドアレイ解析を用いて肺の正常上皮細胞株 (SAEC) と肺腺癌細胞株7種類 (A549、H23、H522、H1395、H1648、H2009、H2347) におけるこれらS100タンパク質の発現を比較した。その結果、正常と癌で発現に違いが認められたS100A2、S100A4、S100Pが選出された。

この結果をもとに、S100A2、S100A4に注目し、また、S100A4と同様に癌の浸潤、転移に関わるとされているS100A6を含めた3つのS100タンパク質 (S100A2、S100A4、S100A6) について、あらたに正常気管支上皮細胞2種類 (NHBE、SAEC) と肺腺癌細胞株9種類 (LC-2ad、ABC1、A549、H460、HLC1、H1299、PC3、VMRC-LCD、RERF-LC-KJ) を用いて定量的RT-PCRやWestern Blotを行い発現レベルを比較した。その結果、S100A2については正常気管支上皮では高発現を示し、腺癌細胞では発現が低かった。一方、S100A4は正常気管支上皮では発現が低かったのに対し、癌で高発現が認められた。S100A6には明らかな傾向は認められなかった。

駒込病院の肺腺癌外科的切除例93例について、免疫組織化学的にS100A2、S100A4、S100A6の発現と生命予後との関係を調べたところ、S100A4強陽性例は、弱陽性ないし陰性例に比べ有意に予後不良であり、一方、S100A2の陽性例は、陰性例に比べ有意差はないものの予後良好の傾向が見られた。S100A6には明らかな傾向はなかった。S100A2、S100A4ともに癌の浸潤部に強発現する傾向が見られ、また、S100A2、S100A4陽性例は脈管侵襲を伴う傾向が見られた。

S100A2、S100A4を遺伝子導入した癌細胞(A549、H1299)を使ってCell Migration Assayを行ったところ、S100A4遺伝子の導入されたA549細胞は運動能が元進した。S100A4が肺腺癌の浸潤、転移の促進に関与していることが示唆された。S100A2遺伝子の導入による癌細胞の運動能の抑制は認められなかった。

S100A4タンパク質の制御機構について、MAPキナーゼ阻害剤、PARP阻害剤などを添加したが、S100A4のmRNAあるいはタンパク質の発現に大きな変動は認められなかった。また、脱メチル化剤を添加することによって、S100A2のmRNAが誘導され、肺腺癌におけるS100A2の発現レベルの低下の原因としてメチル化が関与していることが示唆された。

以上、本論分は、肺腺癌において、S100A4タンパク質の発現が癌の浸潤、転移に関係し、なおかつ、生命予後不良へと導くことを明らかにした。S100A4タンパク質が、将来、肺腺癌に対する分子標的治療のターゲットとして有望な分子であることを示し、肺癌治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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