学位論文要旨



No 119277
著者(漢字) 富樫,卓志
著者(英字)
著者(カナ) トガシ,タクシ
標題(和) カタログ化cDNAを用いたミトコンドリア局在タンパク質の同定
標題(洋)
報告番号 119277
報告番号 甲19277
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2251号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨 要旨を表示する

ミトコンドリアは,好気的なATPの産生に携るばかりでなく,脂質・ヘム・アミノ酸・鉄-硫黄クラスターなどの生合成にも関わる重要な細胞内小器官である.また,最近の研究から,ミトコンドリアは細胞死のシグナルにおける中心的な細胞内小器官であることも明らかになってきた.

ヒトのミトコンドリアタンパク質は,1,000〜2,000種類,もしくはそれ以上存在すると考えられているが,ヒトのミトコンドリアに含まれるタンパク質のうち,ミトコンドリアDNAは内膜の呼吸鎖を構成するわずか13種類をコードしているに過ぎない.すなわち,ミトコンドリアを構成するタンパク質の大部分は,核がコードしている.しかしながら,それらの核にコードされるミトコンドリアタンパク質の大部分は,ほとんど研究されていない.そのため,ミトコンドリアの機能全体を分子レベルで理解するには,核がコードする未知のミトコンドリアタンパク質を同定し,ミトコンドリアを構成する因子をすべて明らかにする必要がある.

ミトコンドリアを含めた細胞内小器官に局在するタンパク質を網羅的に同定するためには,生化学的手法が広く用いられている.しかし,この生化学的な手法は,目的とする細胞内小器官を含む画分の精製工程において,コンタミネーションの可能性を完全に排除することができない.そのため,さらに細胞生物学的な手法を用いた確認が必要となる.他方,細胞内局在予測プログラムといったin silico解析手法の出現は,ミトコンドリアタンパク質を含めた細胞内小器官に局在するタンパク質を同定する実験以外の方法論について,その導入を促している.その他,cDNAを利用し,細胞生物学的手法を用いた細胞内局在情報の取得も考えられるが,これまでは,機能が分かっていないタンパク質をコードする大量の完全長cDNA資源がなく,その実現は難しかった.

近年の急速なヒトゲノム塩基配列の解析により,遺伝子予測プログラムや他生物とのゲノム比較解析などによる遺伝子探索が精力的に行なわれるようになった.また,大規模cDNAの塩基配列決定により,多くのヒト遺伝子の構造が明らかになってきた.また,鈴木らによってオリゴキャッピング法が開発され,その方法をもとに作製したcDNAライブラリーより,ヒト完全長cDNAクローンの膨大なコレクションが作り上げられており,cDNA資源の中でも,独創的なコレクションとして注目されている.これらのクローンは完全長cDNAであるので,タンパク質をコードする塩基配列 (ORF) がすべて含まれており,そのままタンパク質の発現系に使用可能なcDNA資源である.また,これらのクローンはDDBJデータベースにカタログ化されて約28,000クローン登録されており,大規模な外来性タンパク質を用いたミトコンドリアを含む細胞内小器官の局在情報の取得などの大規模な機能解析に有用である.さらに,遺伝子工学における技術革新により,サブクローニングをハイスループットに行なうことができる方法が開発され,その方法は大規模かつ網羅的な機能解析に応用化されつつある.したがって,現在ではcDNA資源を利用した大規模な遺伝子機能解析を行なう条件がようやく揃ってきたといえる.

私はcDNA資源を利用したミトコンドリアタンパク質の効率的な同定を行なうために,まず哺乳動物細胞発現クローン作製系を構築した.すなわち,ハイスループットなサブクローニングシステムであるGATEWAYシステムに対応した発現タンパク質のC末端に蛍光タンパク質であるEYFPがタグとして融合する哺乳動物発現ベクターであるpDESTMCEYFPを作製し,オリゴキャッピング法で作製した完全長cDNAクローンをほぼDDBJの登録順に選択・使用して,哺乳動物細胞発現クローンを作製した.

次に,上述の戦略に基づいて作製した発現クローンの特徴を有効に活用して,ミトコンドリアに局在するタンパク質を迅速に選び出すために,細胞生物学的手法を用いたスクリーニングおよび同定を行ない,最終的に約3,000種類の標識融合タンパク質を用いて,ミトコンドリアに局在する39種類のタンパク質をコードする発現クローンを得た.

また,本研究で得たクローンの内訳は,RefSeqに登録されているヒトタンパク質のアミノ酸配列と完全に一致もしくは,部分的に一致するものは34種類あり,その中で,文献検索と合わせて細胞内局在情報に関しての記載があるものは17種類であった.さらに,17種類に関する細胞内局在情報により,ミトコンドリアに局在情報があるものは12種類あり,そのうちの2種類がスプライシング・バリアントであることがわかった.また,ミトコンドリア以外の局在情報が主となるのは5種類あり,そのうち2種類がスプライシング・バリアントであった.すなわち,残りの22種類がこれまで局在情報がまったく明らかになっていないクローンであった.また,この22種類のタンパク質のうち,そのアミノ酸配列がRefSeqに登録されたものと同一のものは10種類,その一部が一致するものは7種類,まったく登録されていないものは5種類であった.

さらに,EYFP融合タンパク質の発現によって得られた新規ミトコンドリアタンパク質の局在情報を確認するため,C末端EYFPタグを14アミノ酸残基からなるV5エピトープタグに変換し,2重染色によって,発現タンパク質の細胞内局在の確認を行なった.その結果,EYFPからV5へのタグの変換により,3種類のクローンはミトコンドリアとミトコンドリア以外にも局在することが新たに分かったが,22種類すべてがミトコンドリアに局在することを確認した.

ヒト遺伝子の総数は35,000程度と見積もられており,その中からミトコンドリアタンパク質を網羅的にかつ迅速に同定するために,細胞内局在予測プログラムのようなin slico解析を利用できれば,効率を考慮するとかなり有効である.そこで,まず,この目的のために現在利用可能なプログラムが十分に使えるかどうかを確かめるべく,今回新たに同定したミトコンドリアタンパク質のアミノ酸配列を利用して,細胞内局在予測プログラムで予測される局在との比較を行なった.使用したプログラムは,PSORT, TargetP, iPSORT, MitoProt である.また,MitoProt, TargetPの閾値は0.5とした.その結果,4つのプログラムのいずれかで予測されたクローン数は14クローンで,全体の約64%であり,新規に同定した22種類のミトコンドリアタンパク質には,細胞内局在予測プログラムでミトコンドリアに局在することを予測できないクローンが多数存在することが明らかとなった.

今回,実験によって新たにミトコンドリア局在が確かめられたクローンの中で,現在利用可能な予測プログラムにおいてミトコンドリアに局在すると予測されなかったものについて,その遺伝子産物の構造上の特徴を調べるために,2次構造のin silico解析を行なった.膜貫通領域を予測するプログラムSOSUIで,膜タンパク質であるかどうかを解析した結果,同定した22種類のミトコンドリアタンパク質において細胞内局在予測プログラムによる解析で,ミトコンドリア局在を予測できなかったクローンのうち半数以上が膜貫通領域をもつタンパク質であることが明らかとなった.

私の系では,スクリーニングそのものに細胞生物学的手法を用いるため,ミトコンドリアに局在するタンパク質を同定しながら,同時に,並行して,遺伝子導入・過剰発現による細胞および細胞小器官の形態変化を観察することができる.

AK096568をHeLa細胞に導入したところ,典型的なミトコンドリアの形態とは異なり,ミトコンドリアが比較的核周辺に分布し,ミトコンドリアのフィラメントが長く,よりフィラメントが強調されて見えることを観察した.また,AK001571を HeLa 細胞に導入して48時間後に観察したところ,導入された細胞の多くが,遺伝子導入されなかった細胞とは異なり,核の凝集・断片化,および,ミトコンドリア膜電位の消失を引き起こした.

以上の結果は,私が同定したミトコンドリアタンパク質には,ある一定時間以上過剰発現した場合,ミトコンドリアの形態に影響を及ぼすタンパク質が1つ,細胞死を誘導するタンパク質が1つ存在することを示している.

本研究で報告したミトコンドリアタンパク質の同定は,私の目的の第一段階である.今後は,細胞死を誘導したAK001571や,ミトコンドリアの形態変化に関連したAK096568に関する機能解析はもちろんであるが,私の系で新たに同定したミトコンドリアタンパク質の全体について,相互作用するタンパク質の同定等により,機能解明を目指したい.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞内小器官の1つであるミトコンドリアの機能を分子レベルで明らかにするために、ヒト完全長cDNAを基盤とした細胞生物学的手法を用いてミトコンドリアタンパク質の網羅的な同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

網羅的な標的局在タンパク質の同定法としてほとんど行われていなかった細胞生物学的手法を用いてミトコンドリアタンパク質の網羅的な同定を行うべく、GATEWAYシステムと呼ばれるハイスループットなサブクローニングシステムとヒト完全長cDNAを利用した発現クローン作製系が構築された。さらに、上述の系に適合し、蛍光タンパク質をC末端に持つ融合タンパク質発現ベクター(pDESTMCEYFP)が作製された。

HeLa細胞中に作製された発現クローンを導入し、発現が確認された約3,000種類の標識融合タンパク質とミトコンドリア特異的染色試薬 (Mito-Tracker Red) との2重染色によって、ミトコンドリアタンパク質をコードする発現クローンが39種類得られた。また、Blast検索・文献検索により、同定されたクローンのうち22種類のクローンがこれまで局在情報が報告されていないクローンであることが示された。さらに、この22種類のタンパク質のうち、そのアミノ酸配列がRefSeqに登録されたものと同一であるものは10種類、その一部が一致するものは7種類、まったく登録されていないものは5種類であることが示された。

EYFP融合タンパク質の発現によって得られた22種類の新規ミトコンドリアタンパク質の局在情報を確認するため、C末端EYFPタグを14アミノ酸残基からなるV5エピトープタグに変換し、2重染色による発現タンパク質の細胞内局在の確認を行った。EYFPからV5へのタグの変換により、3種類のクローンはミトコンドリアとミトコンドリア以外にも局在したが、22種類すべてがミトコンドリアに局在することが示された。

新たに同定した22種類のミトコンドリアタンパク質のアミノ酸配列を利用して、細胞内局在予測プログラム (PSORT、TargetP、iPSORT、MitoProt) で予測される局在との比較を行なった。4つのプログラムのいずれかでミトコンドリアに局在すると予測されたクローン数は22クローン中、14クローンであり、細胞内局在予測プログラムでミトコンドリアに局在することを予測できないクローンが多数存在することが示された。さらに、現在利用可能な予測プログラムにおいてミトコンドリアに局在すると予測されなかったものについて、その遺伝子産物の構造上の特徴を調べるために、2次構造のin silico解析を行なった。膜貫通領域を予測するプログラムSOSUIによる解析の結果、ミトコンドリア局在を予測できなかったクローンのうち半数以上が膜貫通領域をもつタンパク質であることが示された。

同定されたミトコンドリアタンパク質の1つをコードするAK096568をHeLa細胞に導入し、ミトコンドリアの形態を観察した結果、典型的なミトコンドリアの形態とは異なり、ミトコンドリアが比較的核周辺に分布し、ミトコンドリアのフィラメントが長く、より強調されており、ミトコンドリアの形態に影響を及ぼすタンパク質をコードするものが同定された22種類のクローンに含まれることが示された。

同定されたミトコンドリアタンパク質の1つをコードするAK001571をHeLa細胞に導入して48時間後に観察したところ、遺伝子導入されなかった細胞とは異なり、導入された細胞の多くが、核の凝集・断片化、および、ミトコンドリア膜電位の消失を引き起こした。この結果より、細胞死を誘導するタンパク質をコードするcDNAが同定された22種類のクローンに含まれることが示唆された。

以上、本論文は完全長cDNAを利用した細胞生物学的手法を用いた解析から、未知のミトコンドリアタンパク質多数同定し、その一部のタンパク質機能を示唆している。本研究はこれまでほとんど試みられていなかった網羅的な細胞生物学的手法を用いたミトコンドリアタンパク質分子の同定により、ミトコンドリアの分子レベルでの機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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