学位論文要旨



No 119278
著者(漢字) 桑原,卓
著者(英字)
著者(カナ) クワバラ,タク
標題(和) ヒト単芽球細胞株U937を用いたLPS誘導アポトーシスに関する研究
標題(洋)
報告番号 119278
報告番号 甲19278
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2252号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 服部,成介
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 助教授 高木,智
 東京大学 助教授 渡辺,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

生物は生命を維持するため,その基本単位である細胞を作り続けている。しかし一方で,役割を終えて不要となった細胞は,能動的細胞死であるアポトーシスにより除かれる。細胞はアポトーシス時に核の凝縮と細胞の断片化などの形態変化を示す。こうした形態的特徴はアポトーシスの後期に観ることができる。アポトーシスシグナルは大きく分けて2つの経路により形態変化を示す後期段階へ至る。1つは細胞外の刺激を受け取った受容体から始まる経路である。デス受容体FasはFasリガンドや細胞障害性抗Fas抗体からデス刺激を受け取る。この結果,Fasの細胞質ドメインでアダプター分子FADD (Fas-associated death domain containing protein) とカスパーゼ-8により構成されるDISC(細胞死誘導複合体)を形成する。この複合体によりカスパーゼ-8は活性化する。カスパーゼ-8は下流分子,例えばカスパーゼ-3などを切断してアポトーシスを進める。もう一方の経路はミトコンドリア脱機能による経路である。細胞内の恒常性を保てなくなると,ミトコンドリアは膜電位消失を伴う脱機能に陥る。この際,ミトコンドリアから漏出したシトクロムcは,アダプター分子Apaf-1 (apoptotic protease activating factor-1) などと共にApoptosomeと呼ばれる複合体を形成する。Apoptosome形成によりカスパーゼ-9が活性化され,さらに下流のカスパーゼ-3を切断,活性化する。刺激や細胞の性質により,受容体経路のシグナルはミトコンドリア経路へと伝達される。つまり,2つの経路がクロストークするのである。このクロストークは主に,DISC中で活性化したカスパーゼ-8により切断されたBidによるものと考えられている。しかしながら,カスパーゼ活性とBidの切断以外の分子メカニズムが受容体からミトコンドリア間のシグナル伝達に関与している可能性も充分に残されている。

アポトーシスは様々の要因により引き起こされる。私が所属する研究室において,インターフェロンγ(IFNγ)あるいはレチノイン酸により分化誘導したヒト単芽球細胞株U937(ぞれぞれU937IFNとU937RAと表記)の培養液へ死滅赤痢菌あるいは病原因子欠損赤痢菌を添加したところ,未分化U937細胞(以下,U937細胞と表記)とU937RA細胞は死なないが,U937IFN細胞はアポトーシスを起こすことが見いだされている。この結果は,病原因子と異なる分子がU937細胞の分化状態特異的にアポトーシスを誘導することを示唆する。このことから,私は1)細菌が持つ病原因子ではなく菌体成分のLPSがアポトーシス誘導因子ではなかろうか,2)LPSの有するアポトーシス誘導能への感受性が細胞分化により変化するのではないか,と考え,リポ多糖(LPS)を誘導因子とし,IFNγ処理により感受性となったU937細胞のアポトーシスについて解析した。

LPSがU937細胞にアポトーシスを誘導し得るか解析した。各細胞へLPSを作用させた後,細胞生存率を測定した。LPS刺激により,U937IFN細胞の生存率は24時間後に約65%まで低下したが,U937細胞とU937RA細胞の生存率は減少しなかった。U937IFN細胞の死細胞像をヘマトキシリン染色により観察したところ,アポトーシスに特徴的な核凝縮が確認できた。さらに,細胞抽出液中のカスパーゼ活性(人工蛍光基質分解活性)の上昇が認められ,この酵素の細胞内基質であるpoly (ADP-ribose) polymerase (PARP) の限定消化がイムノブロット法で検出された。LPSの特異的吸収剤ポリミキシンBで前処理することにより,核凝縮,カスパーゼ活性およびPARP切断の誘導能は中和された。以上のことより,LPSが特定の分化状態の細胞にアポトーシスを誘導することが確認できた。

次に,細胞分化によるLPS誘導アポトーシスの感受性変化の原因を探った。IFNγによる刺激効果とアポトーシス誘導分子がLPSであることを考え,LPS受容体を構成するToll様受容体4 (TLR4) とMD-2に着目した。フローサイトメトリー法により細胞表面のTLR4を,またRT-PCR法によりMD-2のmRNA転写量を各分化細胞間で比較した。U937IFN細胞のTLR4とMD-2は,他の2つの細胞に比べ,明瞭に高発現していることが判明した。FADD,カスパーゼ-8,Bid,BaxおよびBcl-2といったアポトーシス関連分子の発現は分化細胞間でほとんど差異を示さなかった。

感受性変化に必要なのはIFNγ処理なのか,あるいはTLR4の高発現なのかを明らかにするために,TLR4の過発現をU937細胞で試みたが,クローンを樹立できなかった。そこで,アンチセンスオリゴヌクレオチド (ASO) を用いて,IFNγによる分化状態を維持したままTLR4の発現を低下させ,アポトーシスがどのように影響されるかを検討した。TLR4低発現U937IFN細胞ではLPSによる核断片化とPARP切断が見られなかった。さらに,TLR4の中和抗体を用いた機能中和条件下のU937IFN細胞はLPSによるカスパーゼ活性が低下し,PARP限定消化も抑制された。

LPSやIFNγによりTNFαやFasなどの発現が誘導され,これらが二次的にアポトーシスを誘導していることが考えられる。しかしながら,TNFαやFasの中和抗体存在下においてLPS誘導アポトーシスは負に制御されなかった。細胞膜透過ドメイン(ヒト免疫不全ウイルスTATタンパク質の49〜57アミノ酸残基)を持つタンパク質やペプチドは培養細胞内へ導入することができることを利用し,FasやTNF受容体の細胞質側で機能するアダプター分子であるFADDの機能欠失変異体に細胞膜透過ドメインを付加した組換タンパク質を細胞内へ導入した。この結果,Fas誘導アポトーシスは阻止されたがLPSによるそれは全く影響がなかった。これは,LPS受容体が直接アポトーシスシグナルを伝達すること,LPS受容体の細胞質ドメインでDISC(様複合体)が形成されていないことをそれぞれ意味する。

以上の結果から,IFNγにより発現増加したLPS受容体がLPS誘導アポトーシスの感受性亢進に深く関与していることが明らかとなった。単球細胞が分化によりLPS誘導アポトーシスに感受性となる直接の原因の一つであると考えられる(下図)。

次にLPS受容体が引き金となるアポトーシスの分子機構について検討した。Fas誘導アポトーシスは受容体から始まる経路としてよく解析されている。(下表右側:Fas誘導アポトーシスと表記)。この系と比較しながらU937IFN細胞のLPS誘導アポトーシス(下表中央;網かけ部)のメカニズムを解析した。この結果,下表に示した相違点が見いだされた。相違点に沿って述べる。

FADD機能欠失変異体を用いた実験結果から,U937IFN細胞におけるDISC様複合体の関与は考え難い。そこで,LPS誘導アポトーシスがミトコンドリア経路に依存するか否かを検討した。Bcl-2は,BH (Bcl-2 homology) 4ドメインによりミトコンドリア脱機能を抑制することでアポトーシスを阻害する。BH4ドメインと細胞膜透過ドメインとを直列につないだペプチドを合成し,U937IFN細胞へ導入することでミトコンドリア保護条件を作った。この細胞をLPSで刺激したところ,PARP切断と核凝縮とがそれぞれ抑制された。一方,Fas誘導アポトーシスは抑制されなかった。ミトコンドリア保護によりアポトーシスが抑制されたことから,LPSはミトコンドリア脱機能(膜電位消失など)を誘導していることが考えられる。実際,別の実験において,LPSは膜電位消失を引き起こしていることが示された。この膜電位消失には,細胞質からミトコンドリアへ転位し,脱機能を誘導する分子Baxが関与することが見いだされた。こうしたLPSによるミトコンドリア脱機能は広域カスパーゼ阻害剤存在下でも誘導された。一方,Fas誘導アポトーシスでは,ミトコンドリア脱機能は広域カスパーゼ阻害剤により抑制された。

カスパーゼに依存しないBax活性化機構を検討するため,ストレス応答タンパク質キナーゼ (SAPK) であるp38とJNK (c-jun N-terminal kinase) に着目した。通常SAPKは,刺激に対し5〜30分間程度強く活性化された後,下方制御される一過的応答を示すが,アポトーシス時は数時間の持続的活性状態となる。抗リン酸化抗体を用いたイムノブロット法により,LPSで刺激した各U937細胞のSAPK活性状態を解析した結果,U937IFN細胞でp38の持続的活性化が検出された。他の分化状態の細胞は一過性のp38活性化を示した。一方,JNKはいずれの細胞においてもLPS刺激に対して顕著な活性化を示さなかった。p38の阻害剤であるSB試薬存在下でLPSを作用させたところ,Baxのミトコンドリア転位,PARP切断およびカスパーゼの活性化のそれぞれが阻害されたが,カスパーゼ阻害剤はp38の活性化を抑制しなかった。なお,抗Fas抗体刺激はp38を活性化しなかった。

LPS刺激によりp38はTRAF (TNF receptor associated factor) 6とTAB (TAK1-binding protein) 1と複合体を形成し,典型的なMAPキナーゼカスケードと独立して活性化される。TRAF6の機能欠失変異体に細胞膜透過ドメインを付加した組換タンパク質を調製し,U937IFN細胞へ導入した。導入細胞において,Fas誘導アポトーシスは抑制されなかったが,LPS誘導アポトーシスは抑制された。

これまで,細胞外アポトーシス刺激は受容体→FADD→カスパーゼ-8→Bidと伝達され,ミトコンドリアへ到達すると考えられてきた(左図:左側,前項の表右側:Fas誘導アポトーシスと表記)。しかしながら,本検討の結果から,受容体→TRAF6→p38→Baxと経由してミトコンドリアへ伝わるといった,新規のシグナル経路の存在が示唆された(左図:右側,前項の表中央)。この経路はミトコンドリア脱機能の上流でカスパーゼの活性化を必要としない点でも,従来知られていたメカニズムと異なる。

まとめ

デス受容体を活性化することなく,菌体成分LPSはTLR4を介してU937IFN細胞へアポトーシスを誘導することが判明した。IFNγはU937細胞に作用し,LPS受容体発現を増大させたが,結果として,このことがLPS誘導アポトーシスの感受性亢進に関与していると考えられる。FADD機能欠失変異体により抑制されず,また,ミトコンドリア保護により阻害されたことから,LPS誘導アポトーシスは,DISC形成とそれに続くカスパーゼ活性化を伴わず,ミトコンドリア脱機能に依存すると考えられる。ミトコンドリア脱機能の誘導は,LPS刺激により持続に活性化したp38とそれに続くBax転位によると示唆された。この経路は,従来のDISC形成系と異なり,受容体シグナルがミトコンドリア経路へクロストークする新たな系の一つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は感染時の細菌除去過程において重要な役割を演じていると考えられる細菌感染誘導性アポトーシスの機構を解明するため,ヒト単芽球細胞株U937をインターフェロンγ (IFN) やレチノイン酸 (RA) で分化誘導する系にて,アポトーシスの解析を試みたものであり,下記の結果を得ている。

細菌感染刺激のうちリポ多糖 (LPS) 刺激がIFN分化(U937IFN) 細胞にアポトーシスを誘導していることを見いだした。未処理U937細胞やレチノイン酸処理 (U937RA) 細胞はLPS刺激によるアポトーシスを起こさなかった。U937細胞はIFN処理によりLPS誘導性アポトーシス感受性を獲得することを意味している。LPS刺激は腫瘍壊死因子受容体や他のデス受容体を介することなく,LPS受容体からアポトーシスカスケードを直接活性化していることが明らかとなった。

IFN処理はLPS受容体の発現量を増大させ,このことがLPS誘導性アポトーシス感受性化の原因の一つであることが示唆された。フローサイトメトリー法と Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction 法を用いた解析から,LPS受容体を構成するToll様受容体4 (TLR4) とMD-2とが,IFN処理により増大していることが判明した。アンチセンスオリゴヌクレオチド導入によりTLR4発現量を減少させた場合,LPS誘導性アポトーシスは抑制された。また,抗体により受容体機能を中和し,活性のある受容体数を減少させた場合もアポトーシスは阻害された。LPSはアポトーシス刺激だけでなく,細胞生存側への刺激も入力する。しかしながら,Nuclear factor for κ chain in B cell (NFκB) 経路や extracellular signal-regulated kinase (ERK) 経路はU937細胞,U937IFN細胞,およびU937RA細胞間で優位な差を示さなかった。したがって,LPS受容体発現量の増加がアポトーシス感受性化に密接に関与していると考えられる。

LPS誘導性アポトーシスでは,ミトコンドリア経路が支配的に関与していることが示唆された。受容体の細胞質ドメインで形成される細胞死誘導複合体 (DISC) において,アポトーシス刺激はカスパーゼ-8の活性化を誘導する。DISC形成に関与する Fas associated death domain (FADD) の機能欠失変異タンパク質はFas誘導性アポトーシスを阻害したが,LPS誘導性アポトーシスを抑制しなかった。アポトーシスの細胞内変化の一つとして知られるミトコンドリア脱機能は,DISC中でのカスパーゼ-8活性化が必要である。LPS刺激時では,カスパーゼ阻害剤存在下でもミトコンドリア脱機能は誘導された。したがって,DISC形成とカスパーゼ-8活性化を伴う経路(受容体経路)は関与していないことが考えられる。Bcl-2ファミリータンパク質のBcl-2 homologyドメイン4 (BH4) はミトコンドリア脱機能を抑制する。BH4によるミトコンドリア保護条件ではLPS誘導性アポトーシスは抑制された。ミトコンドリア脱機能はLPS刺激によるBaxのミトコンドリアへの転位によることが明らかとなった。このことから,LPS刺激によるミトコンドリア脱機能がアポトーシスに必須であることが示唆された。

LPS受容体からミトコンドリアへのシグナル伝達はp38が担っていることが示唆された。受容体の下流でカスパーゼが活性化していないことから,別の伝達様式を調べた。LPS刺激後,アポトーシスを示したU937IFN細胞のみでp38の持続活性化が認められた。U937細胞やU937RA細胞は一過性の活性化を示した。p38の特異的阻害剤SB203580存在下において,LPS誘導性アポトーシスは抑制された。また,Baxの転位も阻害されたことから,p38はBaxの上流で活性化され,アポトーシスシグナルに関与していると考えられる。

以上,本論文はヒト単芽球細胞株U937において,食細胞分化に伴いLPS受容体が量的かつ機能的に変化することを見いだした。さらに,LPS刺激はp38を活性化し,Baxによるミトコンドリア脱機能を誘導していることを明らかとした。本研究はこれまで未知であった単球・マクロファージ分化における細菌感染誘導アポトーシスのメカニズムおよびその意義を解明するうえで重要な貢献をなし,免疫学の発展に寄与するところが大きい。したがって,本論文は学位の授与に値するものと考える。

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