学位論文要旨



No 119279
著者(漢字) 金,宣和
著者(英字) Kim,Sun Fa
著者(カナ) キム,スンファ
標題(和) IFN-β及び Stat1 の骨恒常性における新規機能の解析
標題(洋) Novel functions of IFN-β and Stat1 in the regulation of bone homeostasis
報告番号 119279
報告番号 甲19279
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2253号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、免疫応答に重要な役割を果すインターフェロン(IFN)-β及び転写因子Stat(signal transducer and activator of transcription)1が骨代謝の制御に関与するという新たな機能を明らかにした。

骨恒常性は、骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収のバランスによって維持されている。骨芽細胞及び破骨細胞の機能の異常はさまざまな骨疾患の原因になることから、その制御機構を明らかにすることは疾患の発症機序や治療法の開発という視点からも極めて重要である。BMP(bone morphogenetic protein)-2を含む様々なサイトカインのシグナルにより誘導される骨芽細胞の分化機構は良く研究されており、骨芽細胞分化の必須転写因子Runx2の機能はヒトの鎖骨頭蓋異形成症候群やRunx2欠損マウスの解析などにより明らかになっている。破骨細胞分化はM-CSF(macrophage-colony stimulating factor)及び破骨細胞分化因子RANKL(receptor activator of NF-κB ligand)からのシグナルにより誘導され、一方ではデコイ受容体OPG(osteoprotegerin)がRANKLの受容体RANKを競合阻害することで抑制されることが良く知られている。これらの骨芽細胞及び破骨細胞の分化と活性化は骨代謝の恒常性維持のために厳密に制御される必要があり、上記のシグナル分子や転写因子の作用については複雑な調節機構が働いているものと考えられる。

IFN-βによる破骨細胞の分化の制御。

私はまず、破骨細胞分化の機構を明らかにすることを目的としてRANKL標的遺伝子をgene chipを用いて網羅的に解析した。その結果、破骨細胞からRANKLシグナルにより様々なI型IFN(IFN-α/β)誘導遺伝子が誘導されることが見い出された。さらに、IFN-βmRNAがRANKLシグナルにより誘導されることも明らかにした。自然免疫系におけるI型IFNの機能は大変良く研究されているが、I型IFN系がRANKLシグナルによる破骨細胞の分化系にどうかかわっているのかは全く未知であった。そこで、私はI型IFNシグナルを欠損したマウスの骨組織を検討した。そして、I型IFN受容体(IFNAR1)欠損マウスおよびIFN-β欠損マウスが、過剰な破骨細胞形成の結果、骨粗鬆症様の病態、すなわち骨減少症(osteopenia)を呈することから、I型IFN系が破骨細胞の分化の負の制御系を担っていることが明らかになった。IFNAR1欠損マウスの破骨細胞前駆細胞では、可溶性RANKLによる破骨細胞形成が亢進しており、RANKL刺激により前駆細胞自身が産生するIFN-βの破骨細胞分化制御における重要性が明らかになった。さらに、IFN-βによるRANKLシグナルの抑制機構の解析を行い、IFN-βは下流で活性化される転写因子複合体ISGF3(IFN stimulated gene factor 3)依存的にRANKLシグナルの必須転写因子であるc-Fosの発現をタンパク質レベルで低下させることを明らかにした。レトロウイルスを用いたc-Fos過剰発現により、IFN-βの抑制作用が解除されたことから、IFN-βシグナルの標的がc-Fosであることが示された。また、IFN-βによるc-Fos抑制作用の一部がPKR(double strand RNA-dependent protein kinase)を介して行われていることも明らかになった。さらに、IFN-βプロモータにc-Fosが直接結合すること、RANKLによるIFN-β誘導がFos欠損マウスでは認められないこと及びIFN-βプロモータのRANKL及びc-Fosによる活性化がIFN-βプロモータのc-Fos結合部位に変異を入れることで消失することから、RANKLによるIFN-βの誘導にはc-Fos自身が必須であることが判明した。即ち、RANKLシグナルがc-Fosを介し自らの抑制因子であるIFN-βを誘導する、いわゆる「自己制御」と呼べるフィードバック制御機構が働いていることが明らかになった。IFN-β投与はLPS(lipopolysaccharide)による炎症性骨破壊モデルの過剰破骨細胞形成と骨量減少を抑制し、IFN-βが個体レベルでの骨量維持を調節できることが示された。

以上より、ウイルス感染時に誘導される生体防御因子であるIFN-βに、破骨細胞分化の抑制因子として生理的な骨代謝維持に必須のサイトカインであるという新たな側面が明らかになり、治療への応用の可能性も示唆された。

Stat1による骨代謝の制御。

IFN-βによる破骨細胞分化の抑制に必須であった転写因子複合体ISGF3を構成するStat1及びIRF-9の骨代謝における意義を明らかにするため、私はStat1及びIRF-9欠損マウスの骨組織の解析を行った。免疫系におけるStat1及びIRF-9の機能はIFN系のシグナル伝達に必須の転写因子としてよく研究されてきた。すなわち、I型IFNが受容体に結合すると、Jak1およびTyk2が活性化し、リン酸化されたStat1及びIRF-9がStat2とともに転写因子ISGF3複合体を形成しISRE(IFN signal response element)と呼ばれる転写調節配列に結合して標的遺伝子を誘導する。一方、II型IFN(IFN-γ)が受容体に結合すると、Jak1,Jak2が活性化し、リン酸化したStat1は二量体GAF(IFN-γ activated factor)を形成し、GAS配列に結合して標的遺伝子を誘導する。私は、IRF-9の欠損マウスはIFN-β及びIFNAR1欠損マウスと同様の過剰な破骨細胞形成による骨減少症を呈することを明らかにした。しかしながら、興味深いことにStat1欠損マウスでは破骨細胞の形成や活性の増加が見えながらも、骨芽細胞の機能がさらに亢進したため、骨量が著しく増加していた。さらに、in vitro培養系において、Stat1欠損細胞における骨芽細胞への分化マーカーの発現の増加が見られ、Stat1欠損マウスの骨量増加が骨芽細胞の分化の亢進によるものであることが明らかになった。また、レトロウイルスを用いたStat1過剰発現により骨芽細胞分化が抑制されたことより、Stat1が骨芽細胞分化の負の制御にかかわっていることが判明した。骨芽細胞の分化を誘導するシグナルの解析によりStat1欠損細胞はBMP-2による反応性が高まっていること、その下流の骨芽細胞分化の必須転写因子であるRunx2のDNA結合能が著しく増加していることが明らかになった。さらに、Stat1とRunx2が骨芽細胞内で結合することを明らかにし、様々なStat1及びRunx2の変異体を作成、相互結合に必須な領域を同定した。Stat1はDNA binding domainやlinker domainを介してRunx2のrunt domain及びPST domainの領域に結合していることが明らかになった。Stat1及びRunx2のレトロウイルスを用いた過剰発現の実験により、主に核に局在するRunx2がStat1と複合体を形成することで細胞質に留まることが明らかになった。また、この機構によりRunx2による骨芽細胞の分化が抑制されることが示唆された。Stat1のtyrosine701のリン酸化が起きないStat1CYFがStat1と同様にRunx2と複合体を形成し、Runx2の機能を抑制することから、Runx2を介し骨芽細胞の分化を調節するStat1の機能にはリン酸化が関係ないことが判明した。本研究によりStat1による新たな骨芽細胞分化調節機構が明らかになった。すなわちStat1転写因子は細胞質内でRunx2の核内移行を負に調節する"attenuator"として作用することが判明した。

私は博士課程の一連の研究により、IFN-β及びStat1の骨代謝調節における新たな機能とその作用機構を明らかにした。この研究の結果は、生理的な骨代謝制御機構の解明において重要な意義をもつだけでなく、骨疾患の治療という臨床的な応用も期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、免疫応答に重要な役割を果すインターフェロン(IFN)-β及び転写因子Stat(signal transducer and activator of transcription)1が骨代謝の制御に関与するという新たな機能を明らかにし、その分子機構を詳しく調べ、骨破壊の病態での臨床応用の新たな道を開いたものであり、下記の結果を得ている。

RANKL標的遺伝子をgene chipを用いて解析した結果、破骨細胞からRANKLシグナルにより様々なI型IFN(IFN-α/β)誘導遺伝子が誘導されることが見い出された。さらに、IFN-β mRNAがRANKLシグナルにより誘導されることも明らかにした。I型IFN系がRANKLシグナルによる破骨細胞の分化系にどうかかわっているのかをまず、I型IFNシグナルを欠損したマウスの骨組織を検討した結果、I型IFN受容体(IFNAR1)欠損マウスおよびIFN-β欠損マウスが、過剰な破骨細胞形成の結果、骨粗鬆症様の病態、すなわち骨減少症(osteopenia)を呈することが見い出され、I型IFN系が破骨細胞の分化の負の制御系を担っていることが明らかになった。IFNAR1欠損マウスの破骨細胞前駆細胞では、可溶性RANKLによる破骨細胞形成が亢進しており、RANKL刺激により前駆細胞自身が産生するIFN-βの破骨細胞分化制御における重要性が明らかになった。さらに、IFN-βによるRANKLシグナルの抑制機構の解析を行い、IFN-βは下流で活性化される転写因子複合体ISGF3(IFN stimulated gene factor 3)依存的にRANKLシグナルの必須転写因子であるc-Fosの発現をタンパク質レベルで低下させることも明らかになった。レトロウイルスを用いたc-Fos過剰発現により、IFN-βの抑制作用が解除されたことから、IFN-βシグナルの標的がc-Fosであることが示された。また、IFN-βによるc-Fos抑制作用の一部がPKR(double strand RNA-dependent protein kinase)を介して行われていることも明らかになった。さらに、IFN-βプロモータにc-Fosが直接結合すること、RANKLによるIFN-β誘導がFos欠損マウスでは認められないこと及びIFN-βプロモータのRANKL及びc-Fosによる活性化がIFN-βプロモータのc-Fos結合部位に変異を入れることで消失することから、RANKLによるIFN-βの誘導にはc-Fos自身が必須であることが判明した。即ち、RANKLシグナルがc-Fosを介し自らの抑制因子であるIFN-βを誘導する、いわゆる「自己制御」と呼べるフィードバック制御機構が働いていることが明らかになった。IFN-β投与はLPS(lipopolysaccharide)による炎症性骨破壊モデルの過剰破骨細胞形成と骨量減少を抑制し、IFN-βが固体レベルでの骨量維持を調節できることが示された。以上より、ウイルス感染時に誘導される生体防御因子であるIFN-βに、破骨細胞分化の抑制因子として生理的な骨代謝維持に必須のサイトカインであるという新たな側面が明らかになり、治療への応用の可能性も示唆された。

IFN-βによる破骨細胞分化の抑制に必須であった転写因子複合体ISGF3を構成するStat1及びIRF-9の骨代謝における意義を明らかにするため、私はStat1及びIRF-9欠損マウスの骨組織の解析を行った。IRF-9の欠損マウスはIFN-β及びIFNAR1欠損マウスと同様の過剰な破骨細胞形成による骨減少症を呈することを明らかにした。しかしながら、興味深いことにStat1欠損マウスでは破骨細胞の形成や活性の増加が見えながらも、骨芽細胞の機能がさらに亢進したため、骨量が著しく増加していた。さらに、in vitro培養系において、Stat1欠損細胞における骨芽細胞への分化マーカーの発現の増加が見られ、Stat1欠損マウスの骨量増加が骨芽細胞の分化の亢進によるものであることが明らかになった。また、レトロウイルスを用いたStat1過剰発現により骨芽細胞分化が抑制されたことより、Stat1が骨芽細胞分化の負の制御にかかわっていることが判明した。骨芽細胞の分化を誘導するシグナルの解析によりStat1欠損細胞はBMP-2による反応性が高まっていること、その下流の骨芽細胞分化の必須転写因子であるRunx2のDNA結合能が著しく増加していることが明らかになった。さらに、Stat1とRunx2が骨芽細胞内で結合することを明らかにし、相互結合に必須な領域を同定した。Stat1及びRunx2のレトロウイルスを用いた過剰発現の実験により、主に核に局在するRunx2がStat1と複合体を形成することで細胞質に留まることが明らかになった。また、Stat1のtyrosine701のリン酸化が起きないStat1CYFがStat1と同様にRunx2と複合体を形成し、Runx2の機能を抑制することから、Runx2を介し骨芽細胞の分化を調節するStat1の機能にはリン酸化が関係ないことが判明した。本研究によりStat1による新たな骨芽細胞分化調節機構が明らかになった。すなわちStat1転写因子は細胞質内でRunx2の核内移行を負に調節する"attenuator"として作用することが判明した。

以上、本論文はIFN-β及びStat1の骨代謝調節における新たな機能とその作用機構を明らかにした。この研究の結果は、生理的な骨代謝制御機構の解明において重要な意義をもつだけでなく、骨疾患の治療という臨床的な応用も期待され、学位の授位に値するものと考えられる。

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