学位論文要旨



No 119280
著者(漢字) 渋江,司
著者(英字)
著者(カナ) シブエ,ツカサ
標題(和) Noxa 遺伝子欠損マウスの解析を通したp53依存性アポトーシスの研究
標題(洋)
報告番号 119280
報告番号 甲19280
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2254号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 助教授 三木,裕明
内容要旨 要旨を表示する

DNA傷害やがん遺伝子の活性化をはじめとした、がんの形成・進展に伴う種々のストレスはがん抑制因子p53を活性化する。この際、p53は主として標的遺伝子の転写調節を介し、細胞周期の停止やDNAの修復、アポトーシスといった応答を引き起こす。ヒトがんの50%以上の症例にp53の機能欠損につながる遺伝子変異が認められることなどから、p53を介した応答は発がんの抑制においてきわめて重要であると考えられる。これらp53を介した応答のなかでも、アポトーシスの誘導は発がんの抑制ととりわけ密接に関与する。このp53依存性アポトーシスに関し、その進行にはミトコンドリアを介した経路が重要であることが分かってきている。さらにこれまでにいくつかのp53の標的遺伝子産物がミトコンドリアを介したアポトーシスの経路を制御しうることが報告されている。しかし、各因子の役割の詳細についてはいまだ不明な点が多い。p53の標的遺伝子の一つであるNoxaはBcl-2ファミリーに属するアポトーシス誘導因子をコードする。そしてHeLa細胞にNoxaを高発現させるとミトコンドリアを介した経路によりアポトーシスが誘導されることも分かっている。本論文では、Noxa遺伝子欠損マウスの解析などにより、p53依存性アポトーシスにおけるNoxaの役割について検討した結果を報告する。

マウス胎仔線維芽細胞 (MEF) にアデノウイルスE1Aを発現させ、DNA傷害を加えた際のアポトーシスはp53依存性に進行するが、Noxa遺伝子欠損MEFにおいてはアポトーシスが部分的に抑制されていた。p53の標的遺伝子であるBaxの欠損によっても、同程度にアポトーシスが抑制されたが、Noxa, Bax両遺伝子を欠損させることによって、さらに抑制が強まった。このことから、MEFのE1A依存性アポトーシスにおいてNoxa, Baxの両因子が重要な役割を果たしていること、この両因子が関与する経路は少なくとも一部は重複していないことが示された。さらに、MEFにE1Aと活性型Rasを発現させて、メチルセルロースを含む培地上でのコロニー形成を見たところ、Noxa, Bax各単独の遺伝子欠損MEFにおいて野生型MEFの場合よりも多くのコロニーが形成された。そして、Noxa, Bax両遺伝子欠損のMEFにおいてはさらに多くのコロニーの形成が見られた。そこで、Noxa, Bax両因子はがん遺伝子による細胞の形質転換の抑制においても重要であることが分かった。一方、胸腺細胞 (thymocyte) にX線照射を行った際のアポトーシスもp53依存性に進行することが知られるが、この系に関してはNoxa, Bax遺伝子の欠損による影響は見られず、細胞種によってp53の下流におけるアポトーシスの誘導機構が異なることが示唆された。

マウスに全身X線照射を行った際、小腸の2種類の細胞においてアポトーシスが起きることが知られる。このうち陰窩の幹細胞領域における上皮細胞のアポトーシスはp53遺伝子欠損マウスにおいてはほとんど見られないが、Noxa遺伝子欠損マウスにおいても部分的に抑制されており、in vivoにおいてもNoxaがp53の下流のアポトーシス誘導経路において重要な役割を果たすことが分かった。一方、粘膜固有層の細胞のアポトーシスはp53遺伝子欠損マウスにおいては野生型マウスと変わりなく起きるのに対し、Noxa遺伝子欠損マウスにおいては明らかに抑制されていた。この結果から、従来p53の関与が知られていなかったアポトーシスの系においてもNoxaが何らかの機能を果たすことが示唆された。

そこで、MEFに種々のアポトーシス誘導刺激を加え、p53の役割が明らかでない系におけるNoxaの関与を見たところ、重度のDNA傷害によるアポトーシスがNoxa遺伝子欠損MEFにおいて抑制されていることが分かった。この際、Noxaはp53依存性に発現誘導されたが、p53遺伝子欠損マウスにおいては必ずしもアポトーシスの抑制は見られなかった。さらに、p53の標的遺伝子の一つであるp21WAF1/Cip1を欠損したMEFではアポトーシスが促進されていたことから、p53はNoxaの誘導などを介してアポトーシスを促進する経路に加え、p21の誘導などを介してアポトーシスを抑制する経路をも同時に活性化していることが示唆された。以上のNoxa遺伝子欠損マウスの解析結果から、いくつかの系においてp53依存性のアポトーシスがNoxaを介して進行することが明らかになった。しかし、p53依存性でありながらNoxaを介さずに進行するアポトーシスの系も存在することから、Noxaの関与の有無については細胞種や細胞の状況、刺激の性質によって異なると考えられる。

MEFに抗がん剤による処理を行った際、E1Aを発現しているMEFおよびこれを発現していないMEFのいずれにおいても、ほぼ同程度のNoxa mRNAの発現誘導が見られた。しかし、前者ではアポトーシスの誘導が見られるのに対し、後者ではそれが見られなかった。また、NIH3T3細胞にNoxaを単独で強制発現させた際にはアポトーシスの誘導は見られず、NoxaとE1Aとを共発現させることではじめて明らかなアポトーシスの誘導が見られた。そこで、E1Aの存在によりNoxaの機能が影響を受けることが示唆された。さらに、MEFにNoxaを強制発現させたところアポトーシスの誘導はほとんど見られなかったが、Noxaの強制発現に、抗がん剤による処理や紫外線照射、といった刺激をあわせて加えたところ、Noxaを発現させた細胞において明らかなアポトーシスの促進が見られた。これらの結果から、Noxaが機能する上で、その発現が誘導されるだけでは十分でなく、E1Aの発現や抗がん剤による処理、紫外線照射などの刺激による付加的な変化があわせて必要となることが示唆された。すなわち、アポトーシスの経路に対するNoxaの作用は、誘導された際の細胞の状況などにより変化しうる、ということである。Noxaの持つこのような性質は、状況に応じた細胞応答の決定に寄与しているものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、発がんの抑制に重要であるとされるp53依存性アポトーシスの機構について、p53依存性に発現誘導を受けるBH3-only因子Noxaの果たす役割を中心に解析を試みたものである。Noxa遺伝子欠損マウスの作製および解析、さらにはNoxaの強制発現を用いた系における解析などから、下記に示すような結果を得ている。

マウス胎仔線維芽細胞 (MEF) にアデノウイルスE1Aを発現させ、DNA傷害を加えた際に見られるアポトーシスはp53の遺伝子欠損によりほぼ完全に抑制されるが、Noxaの遺伝子欠損によっても部分的に抑制される。この結果は、MEFのE1A依存性アポトーシスにおいてNoxaが重要な役割を果たすことを示している。また、Noxaの遺伝子欠損に、Bcl-2ファミリーに属するアポトーシス促進因子をコードするBaxの遺伝子欠損を加えることで、さらに強いアポトーシスの抑制が見られる。

胸腺細胞にX線照射を行った際のアポトーシスはp53の遺伝子欠損によりほぼ完全に抑制されるが、この系においては、Noxaの遺伝子欠損によるアポトーシスの抑制は見られない。また、Noxa, Baxの両遺伝子を欠損させた際にもアポトーシスの抑制は見られない。

MEFにE1Aと活性型Rasを発現させ、メチルセルロース含有培地上でのコロニー形成を見る系において、Noxa遺伝子を欠損したMEFにおいては、野生型MEFの場合よりも多くのコロニーの形成が見られる。この結果は、E1Aや活性型Rasといったがん遺伝子による細胞の形質転換が、Noxaの遺伝子欠損により促進されることを示している。Noxa, Bax両遺伝子欠損のMEFにおいてはさらに多くのコロニーの形成が見られる。

NIH3T3細胞にNoxaを単独で発現させた際にはアポトーシスの誘導は見られない。同細胞にNoxaとアデノウイルスE1Aを共発現させるとアポトーシスの誘導が見られる。一方、Noxaと同じBH3-only因子であるPumaに関しては、NIH3T3細胞に単独で発現させた際にもアポトーシスの誘導が見られる。

マウスに全身X線照射を行った際、小腸陰窩の幹細胞領域に存在する上皮細胞においては、p53依存性にアポトーシスが誘導される。また、血管内皮細胞を中心とした小腸の粘膜固有層の細胞においてはp53非依存性にアポトーシスが誘導される。この2種の細胞におけるアポトーシスのいずれもが、Noxa遺伝子欠損マウスにおいて抑制される。さらに、Noxa遺伝子欠損マウスにおいては、野生型マウスと比較して全身X線照射後の生存日数が延長される。

MEFに抗がん剤による長時間の処理や高線量の紫外線照射により重度のDNA傷害を加えた際のアポトーシスは、Noxaの遺伝子欠損により抑制される。一方、これらの系に関して、p53遺伝子欠損MEFにおいては必ずしもアポトーシスの抑制は見られない。p53依存性に転写活性化されるp21WAF1/Cip1の遺伝子欠損MEFにおいて野生型MEFよりも強いアポトーシスの誘導が見られることから、これらの系においてp53は、Noxaの誘導等を介してアポトーシスを促進する経路に加えて、p21WAF1/Cip1の誘導等を介してアポトーシスを抑制する経路をも同時に活性化していると考えられる。

以上、本研究はp53依存性に進行するアポトーシスのうち、MEFのE1A依存性アポトーシス、およびマウス全身X線照射時の小腸陰窩の上皮細胞のアポトーシスにおいて、Noxaが重要な役割を果たすことを示した。さらに、重度のDNA傷害をうけたMEFにおいて、p53がNoxaの誘導等を介したアポトーシス促進の経路に加えてアポトーシス抑制の経路をも同時に活性化する、ということを明らかにした。本研究はp53依存性アポトーシスの機構の理解に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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