学位論文要旨



No 119281
著者(漢字) 仲矢,丈雄
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤ,タケオ
標題(和) IRFファミリーによる抗ウイルス遺伝子活性化機構の解析
標題(洋)
報告番号 119281
報告番号 甲19281
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2255号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 講師 奥平,博一
内容要旨 要旨を表示する

ウイルス感染に対する生体防御において、転写因子Interferon regulatory factor (IRF)ファミリーは重要な役割を担っている。その中で、IRF-3はウイルス感染に対して最初に活性化され、インターフェロン(IFN)-α/β産生などの自然免疫応答を惹起する因子である。IFN-α/β産生には、これまでの研究から、IRF-3→IFN-β→IFN-α/βシグナル→ISGF3→IRF-7→IFN-α/βといういわば「IFN-βの誘導がIFN-α/β誘導を増強する」という遺伝子発現増幅系路が作動することが示された。すなわち、まず、IRF-3がウイルス感染を受けてIKKε/TBK1といったキナーゼによってリン酸化されて活性化され、核内へ移行し、IFN-βの転写を直接活性化する。IFN-βはIFN-α/β受容体に結合し、受容体の下流でStat1、Stat2、IRF-9の3量体である転写因子複合体IFN stimulated gene factor 3 (ISGF3)が形成される。ISGF3はIFN誘導遺伝子群の中の一つであるIRF-7を転写誘導する。ウイルスによって活性化されたIRF-7はIFN-αとIFN-βの両遺伝子の転写を誘導することによって、ウイルス感染に対して迅速かつ大量のIFN-α/β産生を可能にし、抗ウイルス応答を増強させている。

一方、IFN誘導遺伝子群の誘導に関しては、IFN-α/βの下流のIFN-α/β受容体→ISGF3→IFN誘導遺伝子という経路以外に、ウイルス感染による転写誘導機構についてはよく知られていない。実際、IFN誘導遺伝子は数百にも及ぶが、それらがどのような転写調節を受けているのかは不明な点が多く残されているので、本研究ではいくつかの遺伝子をとりあげ、それらのウイルス感染による転写誘導におけるISGF3、IRF-3、およびIRF-7の役割についてマウス胎仔線維芽細胞を用いて解析を行った。

IFN誘導遺伝子であるISG15のIFN-β刺激による誘導は、完全にISGF3(IRF-9)依存性であるが、ウイルス(NDV)による誘導はIFNAR1(IFN-α/β受容体のサブユニット)欠損細胞やIRF-9欠損細胞でも認められることから、IFN-α/βによる誘導とは異なり、ISGF3に依存しない経路も存在することが判明した。他方、同じくIFN誘導遺伝子であるOASの誘導は、NDV感染時もIFN-β刺激時と同様に、IFNAR1欠損細胞やIRF-9欠損細胞で認められなかったことから、完全にISGF3依存性であった。

ISGF3を介さないISG15の誘導経路はIRF-3依存性であると推察された。実際、IRF-3/9両遺伝子欠損(DKO)細胞においてNDV感染によるISG15の誘導は完全に抑制されていた。DKO細胞にIRF-3を強制発現させると、ISG15の誘導がある程度回復するが、IRF-7の強制発現では回復しなかった。以上のことより、ISG15のウイルス感染による誘導にはIFN-α/β刺激→ISGF3の活性化を経る経路ばかりでなく、IRF-3の活性化による直接誘導の経路が存在することが判明した。

同じく、NDV感染による他のIFN誘導遺伝子群の発現を解析したところ、調べた全てのIFN誘導遺伝子においてNDV感染による誘導が、DKO細胞では完全に抑制されていた。このことから、IRF-3とISGF3の両者がウイルス感染による幅広いIFN誘導遺伝子群の誘導に必要であることが示された。

さらに、DKO細胞にIRF-3またはIRF-7を強制発現させた細胞を作成し、それらにおけるIFN誘導遺伝子群の誘導を解析した。そして、ISGF3がないとIRF-3を強制発現させても全くウイルス感染による誘導が回復しない遺伝子群(OAS、PKR)と、ISGF3がなくてもIRF-3を強制発現させるとウイルス感染による誘導が回復する遺伝子群(ISG15、ISG54、GBP、IP-10)が存在することを明らかにした。一方、IRF-7の強制発現はIFN-α/βの誘導の回復に有効であるがIFN誘導遺伝子を直接活性化するという証拠は得られなかった。

これらのウイルス感染時の転写誘導におけるIRFファミリーへの依存性のパターンに基づいて、IFN-α/β自身を含むIFN誘導遺伝子群を次の4グループに分類できることを提起した。第一に「ISGF3のみ」に依存するグループ、すなわち、ウイルス感染による転写がIFN-α/β受容体の下流で活性化されるISGF3に完全に依存するグループ、があり、OAS、PKR、IRF-7が属する。第二は「ISGF3とIRF-3」両転写因子に依存するグループで、ウイルス感染→IRF-3の活性化を経て低いレベルに直接誘導される経路と、ISGF3の活性化を介する経路の両方によって誘導されるグループで、ISG15、ISG54、IP-10、GBPが属する。IFN-βは第三の「IRF-3とIRF-7」両因子に依存するグループに属し、IFN-αは第四の「IRF-7のみ」に依存するグループに属する。

さらに、IRF-3が細胞の抗ウイルス応答において実際に直接的作用を果たしているのかを解析するために、野生型(WT)とIRF-3欠損細胞におけるウイルス(VSV)の増殖程度を比較した。その結果、IRF-3欠損細胞の方が明らかにウイルスの増殖レベルが高くIRF-3がウイルスの増殖抑制に重要な役割をしていることを示した。同じ条件下でIFN誘導遺伝子群の誘導を解析したところ、WTに比べてIRF-3欠損細胞ではIFN-βのみならずIFN誘導遺伝子群の誘導が著しく抑制されていた。また、IRF-3欠損細胞はWT細胞よりもウイルス(EMCV)感染に対して死滅しやすいという結果が得られた。これらのことから、IRF-3は抗ウイルス作用において実際に重要な役割を担っていることが示された。

IRF-3のウイルス感染による遺伝子誘導の経路は、IFN-β産生→IFN-α/β受容体→ISGF3経路と、IRF-3による直接の遺伝子誘導経路とに大別することができる。それらの経路が抗ウイルス作用において果たす役割を調べるため、ウイルス感染時に抗IFN-α/β抗体を加えることでIFN-α/β受容体→ISGF3の経路の遺伝子誘導をブロックし、その条件下においてWTとIRF-3欠損細胞でVSVの増殖を比較検討した。その結果、抗体を加えた場合においては、抗体を加えない場合に比べて差は縮まるものの、依然WT細胞とIRF-3欠損細胞の間で後者の方がウイルス増殖のレベルは有意に高いことが判明した。このことから、IFN-β産生→IFN-α/β受容体→ISGF3の経路のみならず、IRF-3の直接誘導の経路も抗ウイルスの生理的作用に寄与していることが示唆された。

このように、IRF-3による直接経路とIFN-α/β産生→ISGF3の経路は、ともに密接に関わり合いながら、IFN-α/β産生のみならず様々なIFN誘導遺伝子群の誘導を行うのに必要であることを明らかにした。さらに、これらの遺伝子誘導経路は実際の細胞の抗ウイルス応答の発揮に生理的にも重要な役割を担っていることが示された。

従来より、ウイルス感染時における細胞の抗ウイルス応答は、IFNの誘導とその下流で活性化される転写因子ISGF3によるIFN誘導遺伝子群の誘導によって担われていると考えられて来た。本研究では、それに加えてウイルス感染によって活性化されるIRF-3がIFNの誘導を介さない経路によっても抗ウイルス作用を担う遺伝子を誘導することを示した。

審査要旨 要旨を表示する

転写因子Interferon regulatory factor (IRF)ファミリーは、ウイルス感染によるサイトカインInterferon-α/β (IFN-α/β)産生の制御とIFN-α/β受容体下流のシグナル伝達に重要な役割を担っている。IFN-α/β受容体の下流では、数百にも及ぶ様々なIFN誘導遺伝子が誘導され、それらの誘導が細胞の抗ウイルス作用の発揮に極めて重要である。しかしながら、ウイルス感染によるIFN誘導遺伝子群の転写誘導の分子機構に関しては、IFN-α/β受容体下流の経路以外についてはよく知られていなかった。本研究では、それらの問題を明らかにすべくIRF等の遺伝子欠損細胞を用いて、ウイルス感染時のIRFによるIFN誘導遺伝子の転写誘導制御の分子機構について解析を行った。さらにIRF-3の有する抗ウイルス作用の評価を行い下記の結果を得ている。

IRF-3欠損、IRF-9欠損、またはIRF-3/9両遺伝子欠損などのマウス胎仔線維芽細胞における、ウイルス感染時のIFN誘導遺伝子群mRNA誘導をNorthern blotting法により解析した。そして、IRF-3、ISGF3 (IRF-9)を介する経路が、単にウイルス感染によるIFN-α/βの転写誘導のみならず、ウイルス感染による幅広いIFN誘導遺伝子群の誘導を制御していることを明らかにした。そして、IFN誘導遺伝子には、ウイルス感染時に、完全にIFN-α/β受容体→ISGF3(IRF-9)のシグナルのみに依存して誘導されるものと、そのシグナルのみならずIRF-3の直接誘導経路によっても誘導されるものが存在することを明らかにした。

ウイルス感染によるIFN誘導遺伝子の誘導は、IRF-3とISGF3 (IRF-9)の両方が欠損していると完全に抑制されることを示した。この事実に基づき、ウイルス感染時にどのIRFに依存して転写誘導されるかに基づいて、IFN誘導遺伝子を4つのグループ、すなわち、ISGF3のみに依存して誘導されるグループ(OAS、PKR)、ISGF3とIRF-3の両因子に誘導されるグループ(ISG15、ISG54、GBP、IP-10)、IRF-3とIRF-7の両因子に誘導されるグループ(IFN-β)、IRF-7のみに誘導されるグループ(IFN-α)、に分類できることを明らかにした。

IRF-3はIFN産生に重要であるばかりでなく、IFN-α/β受容体→ISGF3という経路を介さずウイルス感染時にIFN誘導遺伝子の一部を直接誘導する能力を有する。このように、IRF-3はIFN誘導遺伝子のウイルス感染による誘導に要となる因子であるので、IRF-3の細胞における抗ウイルス作用について評価を行った。そして、IRF-3がウイルス感染に対する細胞の抗ウイルス状態の誘導に重要であることを、野生型とIRF-3欠損のMEFを用いたVSV力価の測定とEMCV感染によるCPE assayによって明らかにした。また、IRF-3の直接の遺伝子誘導経路がウイルスの増殖抑制に効いていることを示唆する結果を得た。

以上、本論文はウイルス感染によるIFN誘導遺伝子の転写誘導が、IRFファミリーによってどのような制御を受けているかについて体系的に明らかにした。本研究はこれまで未知であった、ウイルス感染に対する生体防御の分子機構解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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