学位論文要旨



No 119282
著者(漢字) 加来,寛明
著者(英字)
著者(カナ) カク,ヒロアキ
標題(和) CD38刺激によるマウスB細胞の活性化機構
標題(洋)
報告番号 119282
報告番号 甲19282
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2256号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 講師 高岡,晃教
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

Bリンパ球は、外来性および内在性の抗原に対して、特異的な抗体を産生することを運命づけられている。抗体は抗原の中和や貪食を促進することにより、外来感染病原体やがん細胞の排除に著しく寄与する。成熟Bリンパ球では、抗体の生理的機能を変化させるために、重鎖の定常部遺伝子のクラス変換が行われる。はじめにμ鎖が発現しておりIgM抗体が産生されるが、抗原やサイトカインなどの刺激を受けて、他のクラスに組み変わり、それぞれが有利な生理活性を持って、生体防御や病理に関わる。Bリンパ球が、どのBリンパ球活性化因子やサイトカインによって刺激されるかによって、変換する抗体のクラスは異なる。変換する抗体のクラスの種類は、胚性型RNA転写で規定される。胚性型RNAは、クラス変換に必須のRNAであり、胚性型RNAが標的のクラス変換領域のゲノムに結合し、その領域のゲノム構造を開くことで、クラス変換が起こる。

従来Bリンパ球の研究は、主にBCR、CD40、LPS刺激などの系を用いて、Bリンパ球活性化の機序が説明されてきた。私はマウス脾臓Bリンパ球上に強く発現するCD38に着目した。マウス脾臓Bリンパ球上のCD38を抗CD38抗体で架橋刺激すると、増殖反応、IL-5レセプターα鎖の発現上昇、胚性型γ1RNA転写の誘導が起こり、さらにIL-5で共刺激することにより、より強力な増殖反応の亢進、IgM抗体産生の増強またはIgG1へのクラス変換が起こることが明らかになっている。

CD38は、リンパ系の細胞だけではなく、肝臓、膵臓、腎臓、脳、筋、骨といった広範な細胞にも発現している45kDaの2型膜タンパク質であり、細胞外領域には、NADを基質として、cADPRやADPRを合成する独特の酵素活性を持っている。CD38は種々の組織で種々の機能を持っていることが少しずつ分かって来たが、Bリンパ球においては、未だに種々の有用なマーカーになり得るということしか位置付けされておらず、機能やシグナル伝達機構は未知である。

本論文の目的は、CD38刺激によるBリンパ球の増殖反応、胚性型γ1RNA転写の誘導が、どのような分子機構により、達成されているのかを明らかにすることである。それによって、Bリンパ球の増殖反応、クラス変換の分子機構がさらに詳細に理解されることが期待される。

【方法と結果】

CD38とNF-κB活性化

胚性型γ1RNA転写の誘導には、少なくともNF-κB活性化が必須であることが知られているので、まずCD38刺激においてもNF-κBの活性化が起こるか否かを検討した。脾臓Bリンパ球を精製し、CD38刺激後の核抽出液と、NF-κBに結合できるプローブを用いたゲルシフト法を行い、NF-κBの核内移行を指標として、NF-κBの活性化の検出を行った。CD38刺激において、CD40、BCR、LPS刺激の場合と同様に、NF-κBの活性化が起こり、それはタンパク質合成非依存性であることが分かった。CD38刺激によりNF-κBのどの構成因子が活性化するのかを、抗体を用いたゲルシフト法で調べると、CD38刺激により活性化するNF-κBの構成因子はp50、p65、c-Relであった。

CD38刺激により活性化したNF-κBの役割

p50、c-Relの遺伝子欠損Bリンパ球を用いて、CD38刺激により活性化したNF-κBの役割について検討した。CD38刺激による増殖反応を(3H)チミジンの取り込みで解析すると、両遺伝子欠損Bリンパ球とも、CD38刺激による増殖反応は減弱していた。また、RT-PCRにより、両遺伝子欠損Bリンパ球ともCD38刺激による胚性型γ1転写の誘導は減弱していた。さらに、7日間培養後の上清中に含まれるIgMとIgG1抗体濃度をELISAにて測定すると、CD38、IL-5共刺激によるIgM及びIgG1抗体産生は野生型と比べて、両遺伝子欠損Bリンパ球とも減少していた。

CD38刺激によるNF-κB活性化の分子機構

CD38刺激によるNF-κBの活性化の分子機構を調べるために、BtkやPI3-K欠損Bリンパ球を用いた。両遺伝子欠損Bリンパ球ともCD38刺激によるNF-κBの活性化が見られなかった。また、CD38刺激によるNF-κBの活性化は、PKCの阻害剤処理、または培地のEGTA処理により、顕著に阻害されていた。このように、CD38シグナルは、BCRシグナルと同様に、Btk、PI3-K、PKC、Ca2+流入を介して、NF-κBの活性化を誘導していることが示唆された。

酵素活性非依存性のCD38シグナル

CD38の酵素活性により生成されるcADPRやADPRはCa2+流入に関与することが明らかになっているが、予めBリンパ球にcADPRの機能的アンタゴニストである8-Br-cADPR処理しても、CD38刺激によるNF-κBの活性化と胚性型γ1転写の誘導の阻害は観察されなかった。また、NAD、cADPR、ADPR存在下の培養で、NF-κBの活性化の程度は変わらなかった。このことから、CD38及びBCR刺激によるNF-κBの活性化を導くCa2+流入には、cADPRやADPRの生成は関与しないことが示唆された。BCR刺激によるCa2+流入には、PLC-γ2が関与しNF-κBの活性化を導いているので、CD38刺激によるNF-κBの活性化にPLC-γ2が関与するか否かを、PLC-γ2欠損Bリンパ球を使用して解析を行った。CD38刺激によるNF-κBの活性化はPLC-γ2欠損Bリンパ球において見られなかった。このことから、Bリンパ球において、CD38シグナルにおけるCa2+流入は、CD38の酵素活性による生成されるcADPRやADPRではなく、BCRシグナルと同様にPLC-γ2が関わっていることが示唆された。

CD38シグナルとBCRシグナルの違い

CD38刺激において、PLC-γ2、BASH、Vavのチロシンリン酸化が起きるか否かを、CD38刺激後にそれらの分子を免疫沈降して、抗チロシンリン酸化抗体を用いて、ウエスタンブロッティングを行った。BCR刺激では2分以内に強力なPLC-γ2、BASH、Vavのチロシンリン酸化が起こったが、CD38刺激においてはどの刺激時間においても、全くチロシンリン酸化の上昇は観察されなかった。

CD38とβ-ARの関係

さらに、CD38シグナルの上流ではどのような分子が関与しているかを検討した。CD38がG proteinのシグナルに関与することを示唆する報告があったので、G proteinの関与を調べた。CD38刺激によるNF-κBの活性化、増殖反応、胚性型γ1転写の誘導は、Gsα型のG proteinシグナルを阻害するCTX処理により、顕著に阻害されていた。また、Gsα共役型β-ARのアゴニスト及びアゴニスト処理により、CD38刺激によるNF-κBの活性化が顕著に阻害されていた。よって、CD38シグナルにβ-AR、Gsαが関与することが示唆された。

【考察】

これまでCD38における研究はその酵素活性を中心に展開しており、反応生成物cADPRやADPRが、種々の細胞のCa2+流入に関わっていることが明らかとなってきたが、CD38シグナル上でどのような転写因子の活性化を引き起こすかは全く分かっていなかった。本研究により、CD38シグナル上で転写因子の活性化が起きることを、Bリンパ球を用いたNF-κBの活性化の系で、初めて発見することができた。

Bリンパ球におけるCD38刺激は、NF-κBの活性化依存性に増殖反応、胚性型γ1RNA転写の誘導を行う機構が明らかになった。NF-κBの活性化へ至る詳細な分子機構については、Btk、PI3-K、PKC、PLC-γ2、Ca2+流入を介して、起こっていることも明らかにすることができた。これらの分子の関与は、BCR刺激と同様であるので、CD38シグナルはBCRシグナルとリンクしていることが考えられる。

CD38シグナルは、CTX処理、またはGsα共役型β-ARのアゴニスト及びアゴニスト処理により、顕著に阻害されることから、CD38とβ-ARとのシグナルリンクも示唆された。また驚くべきことに、Bリンパ球以外の細胞系ではあるが、β-ARシグナルも、Btk、PI3-K、PKC、PLC-γ2、Ca2+流入を介した経路も明らかになっており、そのシグナルにCD38が関与する可能性も考えられる。

最近、CD38はスフィンゴ糖脂質と相互作用することができるということが分かって来た。スフィンゴ糖脂質はraftに濃縮して存在し、raftはシグナルをより効率的に伝達するために重要な膜構造である。BCR、GPCR、G proteinもraftに高濃度に存在することが知られているので、CD38刺激により、raft領域にBCRやβ-ARが寄って来て、近接した領域に集まることに起因して、シグナルを伝達している可能性も考えられる。

本研究により、CD38シグナルを伝達する機構として、以下の三つの可能性が考えられる。第一にBCRシグナルとリンクしている可能性、第二にβ-ARシグナルとリンクしている可能性、第三に、raft形成を起こすことによってその二つのシグナルとリンクするという可能性であり、今後これらの分子機構を明らかにしていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Bリンパ球に強く発現するCD38に着目し、CD38刺激におけるBリンパ球での増殖反応、胚性型γ1転写の誘導がどのような分子機構で達成されているかを解析し、下記の結果を得ている。

これまでBリンパ球の活性化に必須であることが知られている転写因子NF-κBの活性化が、CD38刺激で起こることが、NF-κB結合モチーフを持ったプローブを用いたゲルシフト法により、明らかになった。さらに抗NF-κB抗体を用いたゲルシフト法により、CD38刺激で活性化するNF-κB構成因子はp50、p65、c-Relの3種類の分子であることが分かった。p50及びc-Relの欠損Bリンパ球は、CD38刺激におけるBリンパ球での増殖反応、胚性型γ1転写の誘導が顕著に減弱することから、CD38刺激におけるBリンパ球の活性化にp50及びc-Relが必須であることが証明できた。

CD38刺激によるNF-κB活性化は、Btk、PI3-K、PLC-γ2欠損Bリンパ球では顕著に減弱することから、CD38刺激におけるNF-κB活性化にBtk、PI3-K、PLC-γ2が関与することが明らかになった。またPKC阻害剤、Ca2+流入キレート剤で予めBリンパ球を処理すると、CD38刺激におけるNF-κB活性化が減弱することから、CD38刺激におけるNF-κB活性化にPKC、Ca2+流入が関与することが明らかになった。またその機構にはCD38が細胞外領域に持つ酵素活性によって産出されるcADPRやADPRは関与しないことを明らかにした。このようにCD38刺激におけるNF-κB活性化には、BCR刺激の場合と同様の分子群を介して起こることが証明できた。

BCR刺激で強力にチロシンリン酸化が起こるPLC-γ2、BASH、Vavは、CD38刺激においてはチロシンリン酸化が調べた限りどの時間帯でも起こらなかった。このことから、CD38刺激では、BCR刺激の場合と同様の分子群を介してシグナルを伝えるのだが、一連のチロシンリン酸化を介するBCR刺激の場合とは異なった機構でシグナルを伝えていることが推測された。

さらにCD38シグナルの上流でどのような分子が関与しているかを検討した。Gsαのシグナルを阻害するコレラ毒素で予めBリンパ球を処理すると、CD38刺激におけるBリンパ球の活性化が顕著に減弱した。このことからCD38シグナルはGsα型のGタンパク質が関与してシグナルを伝えることが分かった。また、Bリンパ球に発現するGsα共役型レセプターとして、カテコールアミンをリガンドとするβ-ARの存在を見い出し、β-ARアゴニスト及びアンタゴニストで予めBリンパ球を処理すると、CD38刺激におけるBリンパ球の活性化が顕著に減弱した。このことからCD38シグナルにβ-ARが関与している可能性を示唆した。

以上、本論文はCD38刺激におけるBリンパ球での増殖反応、胚性型γ1転写の誘導に転写因子NF-κBの活性化が必須であること、またその経路にBtk、PI3-K、PKC、PLC-γ2、Ca2+流入、Gsαが必須であることを示すことが出来た。それらの現象から、CD38シグナル伝達経路として以下のモデルを提唱した。第一にCD38がβ-ARと相互作用してシグナルを伝達するという可能性、第二にraftに局在しやすいBCRやβ-ARがCD38刺激すると集積することでシグナルを伝達するという可能性である。本研究は、未だ明らかにされていないCD38を介したシグナル伝達系や生体内でのCD38の機能の解明に重要な貢献をもたらすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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