学位論文要旨



No 119283
著者(漢字) 南谷,泰仁
著者(英字)
著者(カナ) ナンヤ,ヤスヒト
標題(和) 造血器腫瘍における第七染色体上のCpGアイランドの網羅的メチル化解析
標題(洋) Comprehensive analysis of methylation status of CpG islands on the long arm of chromosome 7 in hematopoietic malignancy
報告番号 119283
報告番号 甲19283
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2257号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 助教授 仁木,利郎
内容要旨 要旨を表示する

遺伝子の不活化のメカニズムとして、遺伝子の欠失、変異に加えてプロモータ領域に存在するCpGアイランドのメチル化が近年数多く報告されている。一般的に腫瘍においてCpGアイランドのメチル化は正常細胞と比べて高頻度であることが観察されるが、これは癌抑制遺伝子の発現を抑制するという機序を通じて、腫瘍化のメカニズムの一部を担っていると考えられている。プロモータ領域のメチル化は、転写抑制因子のリクルート、ヒストンの脱アセチル化、転写因子の結合に対する阻害などの機序によって遺伝子の転写を不活化することが明らかにされてきた。しかし、腫瘍において過度のメチル化が生じるメカニズムについては殆ど解明されていない。腫瘍におけるメチル化のパターンや頻度を正確に記述することはCpGアイランドの過剰メチル化のメカニズムを解明すCpGアイランド以外のCpG dinucleotideは腫瘍化することによってCpGアイランド内のCpG dinucleotideとは逆に正常細胞よりメチル化の程度が減弱することが知られているため、クロマトグラフィーなどのメチル化シトシンを包括的に定量する方法を使用してもCpGアイランド内部のメチル化の程度は正確に測定できない事である。もう一つは、多くの包括的なメチル化異常検出法が開発されてきたが、これらの方法の多くはメチル化特異的制限酵素の特性を利用しており、それらの制限酵素認識部位が必ずしもCpGアイランド内部に存在しているわけではないため、CpGアイランドに対する特異性が低く、腫瘍においてメチル化を受けているCpGアイランドを見逃す可能性があるということである。そこで私は、各々のCpGアイランドのメチル化を個別に調べることで、CpGアイランドに特異的で見逃しの少ないメチル化プロファイルを作成することとした。

私は、2003年5月15日の時点でEnsembl ftp siteに、第七染色体長腕上に登録されていた279個のCpGアイランドを抽出し、まず主にAlu配列で構成される27個と、ゲノム上の他の部位に同一の配列がみられる53個を除外し、残りの195個のCpGアイランドを解析対象とした。このうち、128個(66%)について、適切なPCRプライマーを設定することが出来た。第七染色体長腕を選択した理由は、この部位が造血期腫瘍において頻繁に欠失しており、またこの欠失が予後不良因子であるため、この部位に重要な癌抑制遺伝子が存在している可能性が示唆されているためである。従来の古典的な欠失解析では癌抑制遺伝子を特定出来ていない。ヒト胎盤1検体、正常成人の末梢血4検体、正常成人の骨髄2検体、骨髄系腫瘍患者骨髄13検体、MDS由来細胞株5検体、骨髄系細胞株15検体、およびリンパ系細胞株12検体に対してDNAを抽出し、bisulfite処理を行った後にPCR増幅を行い、direct sequence法を用いて増幅部位に含まれるCpG dinucleotideのメチル化を調べ、定量化してその程度に応じて色分けを行った。更にCpGアイランドを染色体上の位置の順に配列した。その結果を図に示す。正常細胞のメチル化は非常に低頻度であるが対照的に細胞株のメチル化は高頻度であり、患者検体のメチル化の頻度はその中間値をとることが分かった。メチル化への感受性は一定ではなくCpGアイランドによって、非常に大きなばらつきがあること、更にメチル化の感受性の高い(低い)CpGアイランドは、染色体上にランダムに分布しておらず、いくつかのクラスターを形成していることが分かった。この分布パターンは、患者検体においてメチル化の程度が弱い傾向があるものの、造血器腫瘍検体の種類、由来の病名に関わらず共通であった。

現在、メチル化を規定することが知られているいくつかの因子が存在するが、これらが実際にメチル化の程度に影響を及ぼすかを調べた。

CpGアイランドのメチル化反応は、3種類のDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMT)すなわちDNMT1は維持メチル化を、DNMT3a,3bはde novoメチル化を担っている事が知られている。そこで、検体の各DNMTの遺伝子発現量をreal-time PCR法で調べ、7q全体のメチル化の程度との相関を調べた。DNMT1,3a,3bの発現量ともに、メチル化の程度との相関は認められなかった。しかし、各DNMTの発現量の間には正の相関を認め、これら3つの遺伝子の発現がある共通の因子で支配されている可能性が示唆された。SP1結合配列は、aprt遺伝子プロモータを用いた検討により、CpGアイランドをメチル化から保護する働きを持つことがわかっている。そこで一般的に他の遺伝子のプロモータに対しても同様の機序が働いているかどうかを検証するために、今回検査対象となった全てのCpGアイランドに対して、その中に含まれるSP1結合配列の密度とメチル化の頻度の相関を調べた。その結果、正常細胞においてはSP1結合配列の密度が高いほどメチル化の頻度が低いという負の相関が見られた。しかしこの相関は患者検体で減弱し、細胞株ではほぼ完全に消失していた。このことは、正常細胞においてはCpGアイランドをメチル化から保護する機序が働いているが、腫瘍化するとこの機序が破綻することを示唆している。

更に、転写調節に関与するCpGアイランドと関与しないCpGアイランドのメチル化の頻度の違いを調べるために、遺伝子の5'プロモータ領域を含むCpGアイランドと含まないCpGアイランドのメチル化の程度を調べたところ、前者の方がメチル化の程度が低いという結果が得られた。遺伝子の転写やタンパクの結合がDNAをメチル化から保護するという機序が提唱されているが、これに矛盾しない結果となった。

今回の研究によって、CpGアイランドのメチル化パターンが染色体上にクラスターをなしているという結果が得られたがこのパターンを説明する機序は現在のところ知られていない。染色体上にクラスターを形成するものとしてhouse keeping geneが知られているが、今回私が示したパターンとは一致しなかった。インプリンティングを受ける遺伝子も染色体上でクラスターを形成するが、クラスターの各構成要素の遺伝子群の転写調節領域のメチル化をまとめて制御するメカニズムが存在するといわれている。これが今回示されたパターンを説明することが可能かどうかは不明であり今後の検討課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、造血器腫瘍において第七染色体長腕に存在するCpGアイランドのメチル化を網羅的に行ったもので、下記の結果を得ている。

正常造血器細胞、患者検体、及び樹立細胞株よりDNAを抽出し、Ensemblに登録されていた第七染色体長腕上のCpGアイランドのうち128個に対して、bisulfite sequence法を用いてCpG dinucleotideのメチル化の程度を定量的に測定した。計算上、これらはゲノムの他の部位と比較すると明らかに高い%GC及びObs CpG/Exp CpG値を示していた。

正常細胞のメチル化は非常に低頻度であるが対照的に細胞株のメチル化は高頻度であり、患者検体のメチル化の頻度はその中間値をとることを示した。

メチル化の感受性の高い(低い)CpGアイランドは、染色体上にランダムに分布しておらず、いくつかのクラスターを形成していることを示した。この分布パターンは、患者検体においてメチル化の程度が弱い傾向があるものの、造血器腫瘍検体の種類、由来の病名に関わらず共通であることも示した。

検体のメチル化酵素DNMT1,3a,3bの遺伝子発現量をreal-time PCR法で調べ、メチル化の程度との相関を調べた。DNMT1,3a,3bの発現量ともに、メチル化の程度との間に有意な相関が無いことを示した。

正常細胞においてはSP1結合配列の密度が高いほどメチル化の頻度が低いという負の相関が見られることを示した。また、この相関は患者検体で減弱し、細胞株ではほぼ完全に消失することを示した。このことは、正常細胞においてはCpGアイランドをメチル化から保護する機序が働いているが、腫瘍化するとこの機序が破綻することを示唆していると思われた。

遺伝子の5'プロモータ領域を含むCpGアイランドと含まないCpGアイランドのメチル化の程度を調べたところ、前者の方がメチル化の程度が低いという事を示した。遺伝子の転写やタンパクの結合がDNAをメチル化から保護するという機序を示唆する結果となった。

以上、本論文はCpGアイランドの網羅的なメチル化解析を通じて、腫瘍検体、細胞株におけるメチル化の頻度、パターンについての新たな知見を示している。また、メチル化をコントロールする因子についての検討も行っており、正常細胞及び腫瘍細胞におけるメチル化の機序の解明について重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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