学位論文要旨



No 119286
著者(漢字) 曽我部,隆彰
著者(英字)
著者(カナ) ソカベ,タカアキ
標題(和) 血管内皮細胞のプラスミノーゲン・アクチベーター産生に及ぼす流れずり応力の効果
標題(洋)
報告番号 119286
報告番号 甲19286
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2260号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 細井,義夫
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

血管内皮細胞は、血管系の恒常性維持や機能制御において中心的な働きを担っている。内皮細胞の機能調節には、ホルモンやサイトカインといった生理活性物質に加えて、血流に起因する流れずり応力という物理刺激が大きく関与していることが、近年の研究で明らかにされてきた。内皮細胞には流れずり応力を感知する機構が備わっており、その強度や性質に応じて細胞応答を変化させることが知られている。生体において、内皮細胞に負荷される流れずり応力は一様でなく、流れの方向に定常性のある層流が負荷されている部位と、時間的・空間的に非定常な乱流が負荷されている部位が存在する。これらの性質の異なる流れ刺激に応答した内皮細胞の機能変化について解析を行うため、本研究室では、培養内皮細胞に層流、または乱流を負荷したときの遺伝子応答を、DNAマイクロアレイ法を用いて包括的に検討した。流れずり応力応答性の遺伝子の中には、血管のリモデリングに関連する遺伝子が数多く含まれていた。その中でも、線溶系因子ウロキナーゼ型プラスミノーゲン・アクチベーター(uPA)について、層流により発現が減少し、一方で乱流により増大するという興味深い結果が得られた。uPAは、血管組織中でプラスミン活性を発揮することで、マトリクスメタロプロテアーゼなどとともに細胞外基質を分解し、細胞遊走を必要とする血管新生や、創傷治癒、動脈硬化などに働く。特に、乱流発生部位に好発すると言われている粥状動脈硬化病変では、内皮細胞、平滑筋細胞、およびマクロファージにおいてuPAの発現が亢進しており、血管内腔の狭窄を引き起こす内膜肥厚形成には、中膜からの平滑筋の遊走および増殖が起きていることから、uPAが動脈硬化の進展に関わる重要な因子であることが示唆されてきた。しかしこれまで内皮細胞において、流れずり応力によるuPAの発現様式や制御については、ほとんど明らかにされていない。そこで本研究では、培養内皮細胞に層流または乱流を定量的に負荷し、uPAの発現パターンとその制御機構について詳細な検討を行った。

方法

層流性の流れずり応力負荷には、平行平板型装置を用いた。細胞の付着したガラス板上を培養液が平行に灌流し、ポンプの出力により流量を増減させることにより、方向と強さに定常性のある流れずり応力を定量的に負荷することができる。乱流性の流れずり応力負荷には、回転円錐型装置を用いた。5°の角度を持つ円錐盤を、培養液を含む培養皿の中で回転させると、遠心力によって2次流が発生し、時間的・空間的に非定常な流れを負荷することができる。流れずり応力の強度は、層流、乱流ともに1.5dynes/cm2で行った。

ヒト冠動脈内皮細胞(HCAECs)をガラス板上で培養し、層流、または乱流を48時間まで負荷した。細胞から経時的にtotal RNAを抽出し、逆転写したcDNAを鋳型に、uPAのmRNAレベルをreal-time PCR法で定量した。また、流れ負荷時に培養液中に分泌されたuPAの蛋白量を、ELISA法により定量した。

uPAの転写活性を測定するために、nuclear run-on assay、およびluciferase reporter assayを行った。nuclear run-on assayでは、層流、または乱流を負荷した細胞の核を用いてin vitro転写反応を行い、uPAのmRNAを、メンブレンに固定したuPAのDNAと結合させることで検出した。luciferase reporter assayでは、uPAのプロモーター領域を持つluciferaseベクターをウシ胎児大動脈内皮細胞に導入し、層流、または乱流を負荷した。発現したluciferaseの活性を、ルミノメーターを用いて定量した。またuPAプロモーターのdeletion analysisにより、流れずり応力に応答する転写因子結合領域の特定を行った。

uPAのプロモーター、あるいは3'非翻訳領域(3'UTR)に結合する因子を検索するために、gel shift assayを行った。流れ負荷を行った細胞から核蛋白を抽出し、プロモーター領域のプローブと結合させることで、転写調節に関わる因子を特定した。また細胞から細胞質蛋白を抽出し、3'UTRをプローブにした結合反応を行い、mRNAの安定性調節に関わる因子の検討を行った。

層流、または乱流を負荷した細胞にアクチノマイシンD(Act-D)を添加し、経時的にtotal RNAを回収し、競合的PCRを行うことによりuPAのmRNAの安定性を定量した。

結果

流れずり応力による内皮細胞のuPA発現変化

HCAECsに層流を負荷すると、uPAのmRNA量は12時間でコントロールの22.7±8.55%まで減少し、48時間後も81.1±11.1%に抑えられていた。一方、乱流を負荷した場合では、mRNA量は24時間で最大284±33.25%まで増強され、48時間後も200%以上を保っていた。次に、uPAの蛋白分泌量を検討したところ、コントロールにおいては24時間後に最大で16.6±1.43ng/mL・106cellsであった(図1)。層流を負荷すると、uPA分泌量は12時間後に最大で3.42±1.72ng/mL・106cellsにとどまり、常にコントロールを下回った。一方、乱流を負荷した場合は顕著なuPA分泌増加を示し、12時間で最大35.8±4.5ng/mL・106cellsとなり、常にコントロールの2倍以上の分泌量を示した。従って、uPAのmRNAの発現量と蛋白の分泌量は良く一致し、ともに層流で減少し、乱流で増大した。

流れずり応力によるuPA遺伝子の転写調節

nuclear run-on assayによりuPAの転写活性を測定したところ、層流を負荷したHCAECsでは、活性が70.2±16.4%まで低下した。一方で乱流を負荷した時の活性は、95.2±29.1%で変化がなかった。さらにluciferase reporter assayにより、層流負荷によるuPAの転写活性は、コントロールの69.3±7.65%まで減少した(図2 uPA(-2345))。続いてuPAプロモーターのdeletion analysisを行い、転写開始点の上流-782から-537bpの領域に、uPAの転写活性を抑制する部位があることが示された。この領域においてオリゴプローブを作製し、核蛋白抽出液との結合反応を行った結果、層流により-703から-674bpの領域と複合体を形成する因子が存在した。この領域に転写因子GATAの結合モチーフが存在したことから、GATA抗体を用いたsupershift assayを行ったところ、層流による複合体形成が明らかに減衰した。さらに、GATAのコンセンサス配列を持つプローブとの結合が、層流で増大した。GATA結合部位に変異を導入したluciferase reporter assayでは、uPAの転写活性が層流で抑制されなかった(図2 uPA(-782)mt)。これらの結果から、GATAの活性化がuPAの転写を抑制することが示された。

流れずり応力によるuPAのmRNAの安定性調節

nuclear run-on assayにおいて、乱流はuPAの転写活性を変化させなかったことから、層流とは異なる機構によってuPAの発現を調節していると考えられた。そこで、流れ負荷を行ったHCAECsの転写をAct-Dで停止させ、uPAのmRNAの安定性について検討した。コントロールでは、mRNAの半減期は約130分であった。層流を負荷した細胞では半減期は約70分で、安定性が低下した。乱流を負荷した細胞では約270分で、mRNAの安定性が有意に上昇した。mRNAの安定性の調節に関わるとされる3'UTRにおいて、AUリピート、または安定性調節因子の結合部位をプローブに用いて、細胞質蛋白との結合反応を行ったが、コントロール、層流、および乱流で、これらの領域と複合体を形成する因子に変化はなかった。

結語

HCAECsに層流を負荷すると、uPAのmRNA、および蛋白量が減少した。一方で乱流を負荷すると、uPAのmRNA、および蛋白量が増加した。乱流刺激にともなうuPAの分泌増加は、生体における乱流発生部位でのuPA発現増加と一致する結果であった。乱流が内皮細胞の機能を修飾し、uPAの産生を増大させることで、粥状動脈硬化病変の発生・進展に寄与していると考えられる。

層流刺激により、転写因子GATAがuPAのプロモーター領域に結合し、転写を抑制した。さらにmRNAの安定性が低下し、ともにuPAの発現量の減少に寄与した。流れずり応力に応答する転写因子としては、NF-κBやSp-1、Egr-1などが知られているが、GATAを介した転写調節は、これまで報告のない新しい機構である。

乱流によるuPA発現の増加は、mRNAの安定性の増大によるものであった。mRNAの安定性調節には、AUリピートや安定性調節因子の結合領域は関与しなかったことから、これまでに知られていない領域、あるいは機序が存在すると考えられる。

これらの結果から、内皮細胞は、uPAの発現を流れずり応力依存的に制御することが示された。さらに層流や乱流といった流れの性質の違いによって、転写活性、あるいはmRNAの安定性という全く異なる機序を介して、遺伝子の発現調節を行うことが明らかになった。以上のことから、内皮細胞には層流と乱流を異なる情報として感知し、応答する機構が備わっていると考えられる。

内皮からのuPA分泌

uPAプロモーターの活性

uPAのmRNAの安定性

審査要旨 要旨を表示する

本研究は血管内皮細胞において、動脈硬化の進展に重要な働きを持つ線溶系因子ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター(uPA)の発現に及ぼす流れずり応力の効果について明らかにすることを目的として、内皮細胞に性質の異なる流れずり応力を負荷しuPA遺伝子の発現調節機構について解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

培養ヒト冠状動脈細胞(HCAECs)に層流性のずり応力を負荷したところ、uPAのmRNAレベルが低下し、一方で乱流性のずり応力によってmRNAレベルは増加することが示された。さらにHCAECsからのuPA蛋白の分泌量についても、層流によって減少し乱流によって増大することを明らかにした。

HCAECsの核におけるuPA遺伝子の転写量をnuclear run-on assayにより測定したところ、層流によってuPA遺伝子の転写活性はコントロールの約60%まで低下し、一方で乱流によっては転写活性は変化しなかった。uPA遺伝子のプロモーター領域を持つルシフェラーゼベクターをウシ胎児大動脈内皮細胞に導入してluciferase reporter assayを行ったところ、層流でプロモーター活性は低下したが、乱流では有意な変化はなかった。これにより、uPA遺伝子の転写活性は層流により低下し、乱流では変化しないことを示した。

ルシフェラーゼベクターを用いたdeletion analysisの結果、uPAプロモーターの転写開始点から上流-782〜-537bpの領域に、層流によって負の制御を受ける部位があることが示された。この中に存在する転写因子GATAの結合モチーフに塩基置換による変異を導入したところ、層流によるプロモーター活性の低下が見られなくなった。そこでGATA結合モチーフを含む領域でプローブを作製しgelshift assayによる検討を行ったところ、転写因子GATAがこの領域に結合し、さらに層流によってその結合量が増加することが明らかとなった。またGATA抗体を用いたsupershift assayを行い、uPAプロモーターに結合するサブタイプはGATA6であることが示された。これにより層流によって転写因子GATA6がuPA遺伝子のプロモーター領域に結合し、転写活性を負に制御することを明らかにした。

HCAECsにアクチノマイシンDを添加し新規のmRNA合成を停止させてuPAのmRNAの代謝速度を測定したところ、層流を負荷したHCAECsではuPAのmRNAの半減期はコントロールの約2時間から1時間に早まった。一方で乱流を負荷したHCAECsでは半減期は4時間以上に延びた。これによりuPAのmRNAの安定性は層流により低下し、乱流により上昇することを明らかにした。

mRNAの安定性に関わるとされる3'非翻訳領域(3'UTR)に結合する調節因子について検討するため、3'UTRに存在する調節領域のRNAプローブを作製しUV cross-linking assayを行ったところ、アデニンとウリジンの繰り返し配列(AU-repeat)に約45kDaおよび40kDaの因子が結合することが示された。さらに45kDaの因子は層流によりAU-repeatから解離し、一方で40kDaの因子は乱流によって結合量が増加した。従ってuPAのmRNAの安定性は、AU-repeatへの二つの調節因子の結合量によって調節されている可能性が示された。

以上より、本論文は血管内皮細胞が層流あるいは乱流にともなう流れずり応力を異なる刺激として感知し、それぞれの性質に依存した複数のシグナル経路を介して、動脈硬化の進展に関わるuPA遺伝子の発現をそれぞれ逆に制御することを明らかにした。この結果は、動脈硬化が血管の分岐部などの乱流発生部位に好発し、その部位ではuPAの発現が上昇しているという臨床的知見を支持するものであり、流れずり応力が生体においても重要な働きを担っていることを示した。従って本研究は、医学の進展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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