No | 119290 | |
著者(漢字) | 星野,潤 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホシノ,ジュン | |
標題(和) | Zic1及びZic2遺伝子欠損マウスの小脳原基で発現に変化が見られる遺伝子の同定とその解析 | |
標題(洋) | Identification and analysis of genes whose expression is altered in Zic1 and Zic2 deficient cerebellar primordium | |
報告番号 | 119290 | |
報告番号 | 甲19290 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2264号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 成熟した小脳には前後方向に10個ほどの小葉があり、それらが種・系統によって一定の整然と配列された形態を示す。このような小葉の形態形成は複数の遺伝子の制御によって成り立つものと考えられる。 近年、この分葉形成に関わる遺伝子がいくつか報告されている。そのような遺伝子の中でZic1及びZic2はzincフィンガーを有するタンパク質をコードする遺伝子として同定され、発生時期及び成熟した小脳の顆粒細胞で強い発現を示す。また、Zic蛋白質は細胞内では核に存在し、培養細胞系においてはその標的となるDNA配列に結合し、転写を上昇させる作用をもつことが報告されている。 Zic1欠損マウスの小脳は低形成で前側の特定の分葉が欠失する表現型を示すことから、Zic1が小脳の形態形成に重要な役割を果たすことが示唆されている。また、当研究室においてはZic2の発現量が著しく減少するZic2ノックダウンマウスも作製されたが胎生期に起こる二分脊椎症のような重篤な障害のために生後すぐに死んでしまい、主に生後に発育する小脳での異常が観察できなかった。その後、Zic1及びZic2遺伝子のダブルヘテロマウスを作製しその小脳を観察した結果、Zic1欠損マウスとは異なった小脳の分葉パターンの異常が観察された。この結果から、Zic2もZic1と協調して小脳の分葉形成に関わることが示唆された。これらのミュウタントマウスの小脳と野生型マウスの小脳の間では、Zic1、Zic2による制御に関与し、小脳の形態形成に関わる遺伝子の発現に差異が生じていることが考えられた。 そこで本研究においては、Zic1、Zic2の小脳形成における作用機序を明らかにする目的で、Zic1欠損マウス及びZic1、Zic2のダブルヘテロマウスの小脳で発現に異常を示す遺伝子の同定及びそれらの解析を行った。 結果・考察 発現に異常を示す遺伝子の同定 Zic1遺伝子欠損マウスの表現型は胎生後期より後の時期に明らかになることから、胎生17.5日齢の欠損マウスおよび野生型マウスの小脳における遺伝子の発現量の差異をDNA micro-array法によって比較検討した。約11000クローンの遺伝子をスクリーニングしたところ、13遺伝子が発現量に差異のある遺伝子として明らかになった。このうち、3遺伝子の発現の差異がRT-PCR法によって再現された(図1)。これと並行して、生理作用が報告されている数遺伝子のZic1欠損マウス及びZic1、Zic2のダブルヘテロマウスの小脳原基(胎生後期17.5日目)における発現の異常をRT-PCR法を用いて検討した。この結果、3遺伝子の発現に異常があることが分かった(図2)。 Dorz1遺伝子の解析 これらの発現に異常を示した遺伝子のうち、発現量が低下し、その機能がこれまでに明らかになっていない遺伝子をDorz1(down-regulated in Zic1 deficient cerebellum)と命名し解析を行った。まず、Dorz1の全長配列をcDNAライブラリーのスクリーニングにより明らかにし、アミノ酸配列を同定した。Dorz1遺伝子の翻訳産物はデータベース検索によるとα,β-hydrolase fold domainというモチーフに相同性の高い領域を有することから、Dorz1が何らかの加水分解酵素活性を有することが推測された。 次にDorz1遺伝子の小脳における時空間的な発現の局在を検討した。RT-PCR法によると発生過程の小脳におけるDorz1の転写産物はZic1同様、胎生17.5日目をピークとするような発現動態を示した(図3A)。このため胎生17.5日目の組織内局在をin situ hybridizationによって調べたところ、Zic1(図3C)同様、外顆粒層(図3B、C矢頭)にDorz1シグナル(図3B)が検出された。また、作製された抗体によってその翻訳産物を検出したところ、mRNAと同様に外顆粒層に主にそのシグナルが認められ、細胞内においてはZiCのように核には存在せず、細胞質に存在していた。この外顆粒層内のシグナルの近傍にZicの翻訳産物も存在することから胎生17.5日目の小脳を分離培養し、Dorz1およびZicの局在を検討した。その結果、それぞれの翻訳産物が同一の細胞で産生されていることがわかった(図3D、E)。以上の結果より発生過程の小脳の顆粒細胞においてDorz1がZic1と同一の細胞に共発現していることが示唆された。 これまでの結果より小脳の顆粒細胞の発生過程においてDorz1がZic1によってその発現を活性化されている可能性が考えられたので、細胞培養系へのZic1 cDNAの導入実験によってDorz1が実際にZic1によって誘導されるか否かを検討した。Zic1を発現しないNIH3T3細胞にZic1の全長を含む発現ベクターを導入し、その比較となるベクターのみ発現する細胞との間でDorz1の発現を比較した。この結果、Zic1を過剰発現させた細胞の方が比較となる細胞に比べて内因性のDorz1の発現量が多かった(図4)。また、小脳由来の細胞株A40においても同様の結果を得た。これらの実験結果から細胞系においてはDorz1の発現がZic1の作用により誘導されることが分かった。 以上の結果により発生過程の小脳顆粒細胞においてDorz1がZic1によってその発現を活性化され、小脳の形態形成に関与することが示唆された。また、Zic1による小脳形成の分子機序の一部が明らかになった。 その他の発現に異常を示す遺伝子とその発現領域の解析 Zic1、Zic2変異小脳原基での発現に異常の見られた遺伝子の小脳における経時的発現パターン及び胎生後期17.5日目のそれらの遺伝子の発現局在をRT-PCR法とin situ hybridizationにより検討した。 Zicファミリーの一つであるZic4はZic1欠損小脳原基において発現が増加していた(図1)。また、Zic1、Dorz1と同様、妊娠後期17.5日をピークとする発現動態を示した(図5A)。以上の結果から、Zic4はZic1と協調して小脳の形態形成に関与している可能性が考えられた。 チロシンキナーゼ型受容体からの細胞増殖シグナルを阻害することが報告されているgrb10はZic1欠損小脳原基において発現が増加していた(図1)。また、生後直後まで強い発現を示すがその後、その発現は減少し、それを維持した(図5A)。空間的にはZic1と同様、外顆粒層に主にその発現が認められた。grb10の異常な発現増加によって、その増殖抑制シグナルが過剰に働くことが、Zic1欠損小脳における顆粒細胞数の減少の要因の一つになっているのではないかと思われる。 cell cycleを調整し細胞増殖作用を有するcyclin D1はZic1欠損マウス及びZic1、Zic2のダブルヘテロマウスの小脳原基でその発現が減少していた(図2)。経時的には小脳において生後直後までその発現が豊富だが、その後は激減していた(図5B)。組織内では外顆粒層の中でも限局された領域での発現が観察された。その限局された領域はこれらの変異マウスの小脳の分葉の異常が見られる領域と似ているのでZic及びcyclin D1はこれらの領域の分葉形成に積極的に関わっている可能性がある。 顆粒細胞の軸索の再構成やそのシナプスの分化を担うWnt7aはZic1欠損マウス及びZic1、Zic2のダブルヘテロマウスの小脳原基で発現が増加していた(図2)。発生過程ではその発現は生後2週目以降の発生の後期に強かった(図5B)。これらの結果からZic変異マウスの小脳原基では正常な場合では発生後期に行われる顆粒細胞の分化が発生の早い段階からすでに始まっていることを示唆している。 発生時期の顆粒細胞の増殖の阻害因子として知られるp27の発現はZic1欠損マウス及びZic1、Zic2のダブルヘテロマウスの小脳原基で増加していた(図2)。発生過程では生後直後をピークとするような発現動態を示した(図5B)。また、外顆粒層にはそのシグナルは認められずその直下の領域で発現が認められた。grb10の場合と同様、このp27の異常な発現増加がZic変異小脳における顆粒細胞数の減少要因の一つになっているのではないかと思われる。 これらの実験結果より、Zic1欠損及びZic1、Zic2ダブルヘテロマウスの小脳原基において神経細胞の増殖及び分化の進展に異常が生じていることが示唆された。 結語 本研究によりZic1、Zic2による小脳形成の作用機序の一部が明らかになった。また、これらの発現に異常を示した遺伝子群が小脳の形態形成において重要な役割を果たしている可能性が示唆された。 DNA micro-array法によって明らかにされた胎生後期(17.5日齢)のZic1欠損小脳において発現に異常のみられた遺伝子。 胎生後期(17.5日齢)のZic1欠損及びZic1、Zic2ダブルヘテロマウスの小脳において発現に異常のみられた遺伝子。 発生過程の小脳におけるDorz1の転写産物および翻訳産物の局在 (A)Zic1と同様、胎生17.5日をピークとするような発現動態を示した。(B)転写産物はZic1(C)同様、外顆粒層(矢頭)で検出された。(D-F)小脳原基の分離培養においてDorz1(D)とZic(E)が同一の細胞内で存在することが確認された。FはDAPIによる核染色。 Zic1の導入によるDorz1の発現誘導 発現に異常のみられた遺伝子の小脳発生時期における発現動態。 | |
審査要旨 | 本研究は中枢神経系の中でも小脳の形態形成において重要な役割を演じていると考えられている遺伝子Zic1、Zic2の関わる小脳形成における遺伝子ネットワーク解明の最初のステップとしてこれらの遺伝子の変異マウスの小脳原基で発現量に異常が見られる遺伝子の同定及びその解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 胎生17.5日目のZic1欠損マウスの小脳原基で発現に変化の見られる遺伝子の探索をDNA micro-array法を用いて行い、3遺伝子、EST clone(W54155)、grb10、Zic4の発現に異常があることが確認された。これと並行して行われたRT-PCR法によってZic1欠損マウス及びZic1、Zic2ダブルヘテロマウスの小脳原基で3遺伝子、cyclin D1、Wnt7a、p27の発現に変動があることが確認された。EST clone(W54155)の発現は減少し、grb10、Zic4の発現は増加していた。また、cyclin D1の発現は減少し、Wnt7a、p27の発現は増加していることが観察された。 発現に変動の見られた遺伝子のうちEST clone(W54155)に関してはこれまで解析がほとんど行われていなかったため、Dorz1(down regulated gene in Zic1 deficient cerebellar primordium)と命名し、解析を行った。まず、この遺伝子のORFを含むcDNA全長をライブラリーのスクリーニングにより単離し、その塩基配列を決定した。この塩基配列により予想される翻訳産物は247アミノ酸よりなり、αβ-hydrolase fold domainというモチーフに相同性の高い領域があることがわかり、何らかの加水分解酵素活性をもつことが示唆された。このDorz1は小脳においてはZic1同様、胎生17.5日目をピークとするような発現動態を示すことが明らかになった。このピークの見られる胎生17.5日目の小脳原基においてDorz1がZic1と同じように外顆粒層で発現していることがin situ hybridization法によりて確認された。 抗Dorz1抗体が作製された。この抗体により、NIH3T3細胞に過剰に産生されたDorz1蛋白質が細胞内に広く存在することが明らかになった。また、この抗体はウエスタンブロット法により胎生17.5日目の小脳原基のライセイト中に約30kDaの内因性のDorz1と思われるバンドを検出した。さらに、免疫組織法によりDorz1翻訳産物は小脳原基内ではその転写産物と同様、外顆粒層で産生されていた。さらに、小脳原基の分散培養を行い、Dorz1に対する抗体とZicに対する抗体それぞれによってDorz1とZicがその培養細胞の一部において同一の細胞で産生されていることが明らかにされた。これまでの結果は、小脳の発生過程においてDorz1の発現がZic1によって活性化されていることを示唆している。 実際に内因性のDorz1の発現がNIH3T3細胞及び小脳の細胞株A40それぞれに過剰発現されたZic1によって誘導されてくることが観察された。以上の結果により、小脳の発生過程においてDorz1がZic1の作用により誘導され、小脳の形態形成に関与することが示唆された。 発現量に差異の見られたその他の遺伝子に関して、小脳の発生過程におけるその発現パターンと小脳原基におけるそれらの空間的発現局在を検討した。その結果、それぞれの遺伝子が小脳の発生過程において時空間的に特長的な発現パターンを示すことがわかり、小脳の形態形成に深く関与していることが示唆された。 以上、本論文はDNA micro-array法及びRT-PCR法を用いてZic1、Zic2遺伝子の変異マウスの小脳原基内で発現量に変化の見られる遺伝子を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、Zic1及びZic2の関与する小脳形成時における遺伝子ネットワーク解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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