学位論文要旨



No 119291
著者(漢字) 周,虹
著者(英字) SYU,KOU
著者(カナ) シュウ,コウ
標題(和) 新規カルシウム阻害剤を用いた細胞内カルシウム動態の分子機構の解析
標題(洋) Investigations on the Mechanisms of Intracellular Calcium Dynamics by Using Novel Calcium Channel Antagonists
報告番号 119291
報告番号 甲19291
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2265号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 講師 森島,真帆
内容要旨 要旨を表示する

Ca2+は細胞内におけるセカンドメッセンジャーとして、筋収縮、神経伝達物質やホルモンの開口放出、外分泌、シナプスの可塑性、遺伝子発現など多彩な細胞機能に対して重要な調節因子として働いている。一般に細胞質内Ca2+濃度は低く、細胞内Ca2+ストア内及び細胞外のCa2+濃度は高く保たれているため、刺激に応じて細胞質内Ca2+濃度が上昇し、Ca2+がメッセンジャーとして働くことができる。細胞内Ca2+濃度上昇は主として二つの経路、細胞外からのCa2+流入、及び、細胞内ストアからのCa2+放出により達成される。後者のCa2+放出機構としては、一般に筋細胞などではリアノジン受容体を介するCa2+依存性Ca2+放出が、その他の細胞ではIP3受容体を対するIP3依存性Ca2+放出(IP3-induced Ca2+ release:IICR)が知られている。IICRは、細胞内でCa2+波、Ca2+振動など時間的空間的に制御された上昇パターンを引き起こし、様々な生理機能を誘導する。一方で、細胞膜上に存在するCa2+チャネルがCa2+流入機構を担う。興奮性細胞では電位依存性Ca2+チャネルが主たる経路となるが、これに対して、細胞内Ca2+ストアの枯渇により活性化されるStore-Operated Ca2+ Channels(SOCs)と呼ばれるチャネルが、非興奮性細胞を中心に最近注目を浴びている。ストア枯渇により引き起こされる容量性Ca2+流入(capacitative Ca2+ entry:CCE)は、ストアを再充填するための合理的なメカニズムである。これを媒介するSOCsが形質膜上に存在することは電気生理学的にも明らかにされてはいるが、しかしながら、その分子的実体や活性化機構などはまだ不明である。また具体的な生理的役割についても不明な点が多い。阻害剤もいくつか知られているがそれらのSOCsに対する特異性は高くない。Ca2+による刺激応答反応の分子機構の詳細についてはまだ不明の点も多く、複数のCa2+上昇経路の役割分担、さらにそれらのクロストークなど、多くの解明すべき点が今後に残されている。新たに注目されているSOCsが、多彩なCa2+シグナリングにどのように関与しているか、特に興味深いところであるが、それを解明するためには今までより強力で特異的なCa2+チャネル阻害剤が不可欠と言える。強力かつ特異的な阻害剤があれば、SOCsの生理的役割の解明に役立つはずである。あるいはその分子的実体を明らかにする一助となる可能性もある。したがって、本研究では、まずそのような化合物を見つけることを第一の目的とした。

2-aminoethoxydiphenyl borate(2-APB)は、元々はIP3受容体に対する阻害剤として報告された化合物であるが、近年、それ以外にもSOCs、ERのCa2+ポンプなどに対する阻害作用を持つことが次々と報告された。そこで私は、より特異的なSOCsの阻害剤を見つける目的で、2-APBと類似の構造を持つ166個の新規合成化合物(2-APB analogues)のIICR及びCCEに対する影響を調べた。その結果、いくつか選択的なSOC阻害剤を見つけることができた。また、これらの化合物を用いることにより、IICRを介して生じる細胞内Ca2+振動現象の発現持続にSOCsが必須の役割をしていることを明らかにすることができた(本論文第一章)。

また、2-APBは現在までに知られている唯一の膜透過性のIICR阻害剤であるが、一部の2-APB analogueはオリジナルの化合物である2-APBよりも強力にIICRを抑制することが分かった。そこで、IICRを生じ、かつ、その生体内での役割が明確な細胞として初代培養血管平滑筋細胞を選び、その新規化合物のIICR抑制作用を確認することを第二の目的とした。結果、その新規化合物は、血管平滑筋細胞においても2-APBよりも強いIICR抑制作用を示すことがわかった。IICRは様々な細胞での機能調節においてきわめて重要な現象であるので、本研究で発見した新規化合物が、今後、生体標本における強力な機能解析ツールとなることが期待される(本論文第二章前半)。

さらに、IP3受容体各サブタイプ(1、2、3型)のノックアウトマウスが近年確立されたので、血管平滑筋細胞機能にIP3受容体のどのサブタイプが関与するのか、それを知ることを第三の目的として、IP3R各サブタイプのノックアウトマウスから初代培養大動脈平滑筋細胞を作成し、IICRを観察した。その結果、血管平滑筋のCa2+シグナリングと収縮に1型IP3受容体が中心的な役割を果たしていることが分かった。すなわち、本研究により血管平滑筋収縮に関与する細胞内Ca2+上昇の分子機構の一部を明らかにすることができた(本論文第二章後半)。

新規2-APB analoguesのCCE及びIICRに対する阻害作用の解析

実験方法

IP3Rを完全に欠失したDT40細胞におけるCCEに対して、166個の2-APB analoguesの阻害効果を調べた。

精製マウス小脳microsomesを用いて、2-APB analoguesのIICRに対する阻害効果を調べた。

CHO-K1細胞において、SOC選択的阻害作用を持ついくつかの化合物のIICR、CCE及び細胞内Ca2+振動の阻害効果を単一細胞レベルで調べた。

結果のまとめと結論

166個の2-APBアナログ化合物をスクリーニングした結果、2-APBより強力にCCEを阻害する化合物を見出した。これらの化合物のIC50は2-APBよりも10倍から100倍低いものであった。もっとも強力な化合物はONO-IP-163で、そのIC50は59nMであった。

小脳microsomesを用いてIICR阻害作用を調べた結果、これらの化合物は100倍から1000倍程度、SOCsに高い選択的阻害作用を持つことが明らかになった。

これらの化合物はCHO-K1細胞においても、2-APBよりも低濃度でCCEを阻害した。またその濃度ではアゴニスト刺激によるIICRは阻害しなかった。以上のことから、これらの化合物はCHO-K1細胞においてもSOC選択的であり、その阻害作用はDT40細胞特異的なものではなく他の細胞でも有効であることが分かった。

これらのSOC選択的阻害剤を用いて、CHO-K1細胞におけるアゴニスト刺激による細胞内Ca2+動態へのSOCsの関与を検討した結果、細胞内Ca2+振動の維持にSOCを介したCa2+流入が必須の役割を果たしていることが示された。すなわち、細胞内Ca2+動態パターン形成における異なるCa2+上昇機構のクロストークの一端を解明することが出来た。

細胞内Ca2+動態の分子機構、特にSOCsの関与を明らかにする上で、本研究において見出された新規SOC選択的阻害剤の有用性が示された。今後、様々な細胞、組織におけるSOCsの生理的役割の解明への応用が期待される。

血管平滑筋機能におけるIP3受容体サブタイプの役割の解析と新規2-APB analogueの作用

実験方法

生後15日齢のマウス胸部大動脈血管平滑筋細胞の初代培養をした。

α-actinに対する免疫染色により培養細胞が分化型平滑筋細胞であることを確認した。

培養血管平滑筋細胞に対してCa2+イメージングを行い、第一章で発見した新規化合物のIICR阻害作用を検討した。

血管平滑筋細胞の初代培養をIP3受容体各サブタイプのノックアウトマウス胸部大動脈から行い、Ca2+イメージングによりIICRを観察した。

生後15〜20日齢のIP3受容体各サブタイプのノックアウトマウスの胸部大動脈摘出標本において、アゴニスト誘発性収縮を記録した。

ウェスタンブロットにより、胸部大動脈に発現しているIP3受容体各サブタイプを検討した。

HE染色によりIP3受容体各サブタイプのノックアウトマウスの胸部大動脈の組織学的検討を行った。

結果のまとめと結論

培養血管平滑筋細胞においては、ATPにより再現よく濃度依存的な細胞内Ca2+上昇が見られた。この上昇はIP3-sponge、PLC inhibitorにより阻害されたことからIICRであると結論された。

このATP誘発性IICRに対して、ONO-IP-163は2-APBよりも低濃度で阻害作用を示した。すなわち、IP3受容体を介するCa2+シグナリングを調べる上でも、新規2-APB analogueが有効であることが示された。

IP3受容体各サブタイプのノックアウトマウスから得られた培養血管平滑筋細胞におけるアゴニスト誘発性のIICRを観察した結果、低濃度のアゴニスト刺激に際し、1型IP3受容体が優先的にCa2+シグナリングを誘発することが分かった。

摘出血管標本におけるノルアドレナリン性アゴニスト刺激による収縮力の発生においても、同様の1型IP3受容体の優先性が見られた。

蛋白レベルではどのIP3受容体サブタイプも発現していたが、量的には1型が最も多く発現し、次いで3型が多く、そして2型の発現はかなり低いことが分かった。1型は3型に比べてIP3結合の親和性が高いことに加えて、その発現量も多いため、血管平滑筋においてその機能をより強く発現すると考えられた。

どのIP3受容体サブタイプのノックアウトマウスにおいても、胸部大動脈血管組織に目立った異常は見られなかった。

以上の結果は交感神経系や血管収縮性ホルモンによる血管トーヌス調節の分子機構の一部として1型IP3受容体がほかのサブタイプに比べて中心的に関与していることを示唆している。

結論

本研究において発見した新規Ca2+チャネルブロッカーや、近年確立されたノックアウトマウスを用いることにより、細胞におけるCa2+振動現象の発現維持にSOCsが必須の役割をはたしていること、血管平滑筋収縮では1型IP3受容体が中心的に機能していることなどが分かった。本研究により、生体機能維持に関与するCa2+シグナリングメカニズムに関し、その分子機構の一部を解明することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の第一章では、最近注目されている細胞内Ca2+ストアの枯渇により活性化されるStore-Operated Ca2+ Channels(SOCs)というチャネルの特異的な阻害剤を目指して、既知のストア依存性カルシウムチャネル阻害剤2-aminoethoxydiphenyl borate(2-APB)と類似の構造を持つ166個の新規合成化合物(2-APB アナログ)のスクリーニングを行った。すなわち、2-APBをリード化合物とするアナログ化合物の中から、より強力で選択的な阻害剤を見出し、細胞内カルシウム動態に対する作用を解析することを目的とした。その要約を下記に示す。

166個の2-APBアナログ化合物をスクリーニングした結果、オリジナルの化合物である2-APBより強力にSOCs-mediated Ca2+ influxを阻害する化合物を見出した(ONO-IP-025,083,116,163)。

これらの化合物は、イノシトール3リン酸(IP3)受容体よりも100倍から1000倍程度SOCsに高い選択的阻害作用を持っていた。

これらの化合物を用いて解析した結果、アゴニスト刺激による細胞内Ca2+振動の維持に、2-APBアナログに感受性を持つCa2+流入チャネル活性が必須の役割を果たしていることが示された。

近年大きく注目されているSOCsを介した細胞内Ca2+シグナリングメカニズムを明らかにする上で、本研究において見出された新規SOC選択的阻害剤の有用性が示された。今後、様々な細胞、組織において、多彩な細胞内Ca2+シグナリングへのSOCsの関与や生理的役割の解明への応用が期待される。

本研究の第二章では、血管平滑筋におけるIP3受容体の役割に関する研究を行なった。まず、オリジナル化合物2-APBよりも強力なIICR阻害効果を示した新規2-APBアナログ、ONO-IP-163のIP3-induced Ca2+ release(IICR)阻害作用を検討した。さらに、所属研究室(医科学研究所、御子柴研究室)で近年確立されたIP3受容体各サブタイプ(タイプ1,2,3)のノックアウトマウスを用いて、血管平滑筋細胞収縮機構へのIP3受容体の各サブタイプの関与について検討した。その要約を下記に示す。

初代培養血管平滑筋細胞においてONO-IP-163は2-APBより低濃度でIICRを抑制した。

ONO-IP-163は、摘出血管におけるアゴニスト誘発性血管収縮反応も抑制した。これらの結果は、一部の2-APB analogueは、SOCだけでなく、IICR阻害剤としての作用も強く、組織レベルでも適用可能であることがわかった。今後、2-APBに代わる膜透過性IP3受容体阻害剤として有望である。

IP3受容体各サブタイプのノックアウトマウスを用いた検討では、タイプ1ノックアウトマウスにおいては、Ca2+シグナリング、血管収縮ともに他のタイプのノックアウトマウスに比べて減弱していた。この結果より、血管平滑筋収縮においては、タイプ1 IP3受容体がより中心的に働いていることが分かった。

蛋白質レベルではいずれのIP3受容体サブタイプもマウス血管平滑筋に発現していたが、量的にはタイプ1が最も多く発現し、次いでタイプ3が多く、タイプ2の発現はかなり低いことが分かった。

以上の結果は、交感神経系や血管収縮性ホルモンによる血管トーヌス調節の分子機構の一部としてタイプ1 IP3受容体が重要な働きをしていることを示唆している。

以上、本論文では、新規に発見したCa2+チャネルブロッカーや、近年確立されたIP3受容体ノックアウトマウスを用いることにより、細胞内におけるCa2+振動現象の発現維持にSOCsが重要な役割を果たしていること、血管平滑筋収縮機能においてタイプ1 IP3受容体が中心的に働いていることなどを明らかにした。したがって、本研究から得た知見は、生体機能維持に関与するCa2+シグナリングメカニズムの分子機構の解明に重要な貢献を果たすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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