No | 119292 | |
著者(漢字) | 定方,哲史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サダカタ,テツシ | |
標題(和) | 神経栄養因子の分泌に関わる新規遺伝子CAPS2の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119292 | |
報告番号 | 甲19292 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2266号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 小脳皮質への主要な入力は、橋核などからの苔状線維と下オリーブ核からの登上線維の二系統である(図1)。苔状線維は顆粒細胞に興奮性の入力をする。顆粒細胞の軸索は分子層へ伸び、そこで平行線維となり多くのプルキンエ細胞に興奮性シナプスを形成する。一方、登上線維はプルキンエ細胞に直接興奮性の入力をする。マウス小脳においてはプルキンエ細胞は15万以上の平行線維入力と1本の登上線維入力を受ける。プルキンエ細胞は小脳皮質から出力する唯一のニューロンであり、小脳皮質での情報処理の結果はプルキンエ細胞の活動電位発火頻度として表現されている。一つのプルキンエ細胞への登上線維入力は一本だけであるが、この興奮性シナプスは非常に強力で、プルキンエ細胞に大きな脱分極をもたらす。ただし、登上線維の活動電位発火頻度は毎秒一回程度に過ぎない。一方、一つの顆粒細胞によって生じるプルキンエ細胞の興奮性シナプス後電位(EPSP)は小さなものである。しかしながら、プルキンエ細胞は無数の顆粒細胞により興奮性入力を受けているため、プルキンエ細胞の活動電位発火は主に平行線維の活動により決められる。つまり、小脳皮質での主な情報の流れは、苔状線維→顆粒細胞(平行線維)→プルキンエ細胞である。 小脳は小脳溝による前後方向の区分のほかに、内外方向の区分がある(図2)。小脳顆粒細胞軸索(平行線維)のプルキンエ細胞への投射および顆粒細胞の外顆粒層から内顆粒層への移動は小脳の虫部、小脳半球、片葉において異なったタイミングで行われることが知られている。このため、顆粒細胞の移動に関わる遺伝子発現の経時変化も虫部、左右半球、片葉において異なることが想定される。顆粒細胞の移動と平行線維の投射は小脳の形成において最も重要なイベントである。これに関与する遺伝子は小脳の形成に重要な役割を果たすと考えられる。この遺伝子(群)の発現のタイミングが小脳の解剖学的区分間で時間差があるという仮定のもと、私は蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法にて、虫部、左右半球、片葉の各区分において発現に差異がある遺伝子の探索を行った。 その結果得られたクローンa1803は小脳においてはP12をピークとする一過性の発現上昇が見られ、組織特異性としては小脳において最も強い発現が見られた。このa1803について全長cDNAクローニングを行い、塩基配列を決定した結果、既知の分子であるCAPS(Ca2+-dependent activator protein for secretion)にアミノ酸レベルで70.4%の相同性が見られた。CAPSは分泌顆粒のCa2+依存的な分泌に関与することが知られている分子である。またモチーフ検索の結果、C2ドメイン、PH(pleckstrin homology)ドメインを持つことが分かった。これによりa1803をCAPS2と命名した。 脳切片における観察を行ったところ、P21においては、CAPS2のmRNAは内顆粒層に(図3A)、タンパク質は分子層に(図3B)それぞれ局在している。これは内顆粒層の顆粒細胞で作られたCAPS2タンパク質が分子層にある軸索(平行線維)に運ばれている可能性を示唆している。小脳初代培養においても顆粒細胞軸索のプルキンエ細胞樹状突起への投射は行われるが、免疫染色を行ったところプルキンエ細胞の樹状突起周辺にCAPS2シグナルが存在することが分かった。これからのことから、CAPS2タンパク質は、顆粒細胞の軸索末端部に局在している可能性が強く示唆された。 また、免疫電子顕微鏡により顆粒細胞軸索末端とプルキンエ細胞の樹状突起とのシナプスにおけるCAPS2シグナルの局在を観察ところ、CAPS2シグナルはactive zone周辺および、active zoneから離れた場所に局在し、小胞状の構造物に隣接して存在するシグナルも見られた(図4)。 次に小脳の溶出液をショ糖連続濃度勾配遠心にかけ、CAPS2のシグナルがどのような小胞画分に一致するかを調べた。CAPS2のシグナルはsynaptophysin陽性のシナプス小胞画分には検出されず、chromogranin B陽性の分泌顆粒画分に一致して検出された。このことから、CAPS2は小胞に会合するタンパク質であり、その小胞は分泌顆粒のような比較的比重の大きい小胞であることが分かった。 CAPS2の会合する小胞の特徴を調べるため、抗CAPS2抗体を用いて小脳溶出液から小胞を精製し、その中に含まれるタンパク質をウエスタンブロット法およびtwo-site enzyme immunoassayにて調べた。CAPS2抗体で精製した小胞にはchromogranin Bのシグナルが検出された他、BDNF、NT-3が陽性であった(図5)。小脳初代培養系において、CERAINシグナルがNT-3やBDNFのシグナルと共局在する可能性について検討したところ、CAPS2シグナルはプルキンエ細胞の樹状突起周辺において、BDNFおよびNT-3シグナルとよく共局在していることが分かった。 実際にCAPS2がBDNFやNT-3の分泌を促進する可能性を検討した。PC12細胞にCAPS2の全長タンパク質(CAPS2(wt))、CAPS2のC2ドメインとPHドメインだけを含むタンパク質(CAPS2(C2+PH))、CAPS2のC2ドメインとPHドメインが欠失したタンパク質(CAPS2(ΔC2+PH))をNT-3やBDNFと共発現させ、培地へ分泌されたNT-3やBDNF量をELISA法にて測定した。その結果、50mM KCl刺激による培地へのNT-3およびBDNFの分泌が、CAPS2(wt)の発現により増強されているのが分かった。この増強はCAPS2(C2+PH)やCAPS2(ΔC2+PH)の発現では確認されなかった。また、EGTA存在下では、CAPS2(wt)のNT-3分泌の増強は確認されなかった。 さらに、小脳初代培養細胞にアデノウイルスの感染によりCAPS2(wt)を発現させたときの、内因性のNT-3の分泌を測定した。感染後、培地に分泌されたNT-3量を測定した結果、50mM KClによる培地中へのNT-3分泌量は、CAPS2の発現によって有意に増強されていた。またアデノウイルスによりCAPS2を強制発現させた時の細胞生存性を検討するため、プルキンエ細胞と顆粒細胞の数を測定したところ、プルキンエ細胞の数は有意に増加したのに対し、顆粒細胞数には顕著な差は見られなかった。BDNFやNT-3が小脳初代培養系においてプルキンエ細胞の生存を増強するという知見から考えると、強制発現されたCAPS2がこれら神経栄養因子の分泌を促進し、プルキンエ細胞の生存率を高めたことが考えられる。 本博士論文研究で私は、小脳の形成において最も重要なイベントである”顆粒細胞の移動と平行線維の投射”に関与する遺伝子は発現のタイミングが小脳の解剖学的区分間で時間差があるという仮定のもと、蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法を行い、新規遺伝子a1803をクローニングし、BDNFやNT-3の分泌への関与を示した。これまでにBDNFやNT-3の活動依存的な分泌は報告されていたが、神経栄養因子の分泌に関する分子的なメカニズムは殆ど明らかにされておらず、本研究の成果はその分子メカニズムの解明への先駆けと言える。また、BDNFやNT-3の小脳形成における重要性が今までに示唆されていることから、小脳形成に重要な遺伝子を探索するという当初の目的に適った結果であると言える。 小脳の神経回路網 マウス小脳域の区分(真上から見た像) P21マウス小脳でのCAPS2のmRNAとタンパク質の局在 CAPS2の免疫電子顕微鏡写真 CAPS2の会合する小胞の精製 | |
審査要旨 | 本研究は、小脳顆粒細胞の移動・平行線維投射などの小脳の形成に重要なイベントに関与する遺伝子を探索するために、これら遺伝子(群)の発現のタイミングが小脳の解剖学的区分間で時間差があるという仮定のもと、蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法にて、マウス小脳虫部・左右半球・片葉の各区分において発現に差異がある遺伝子の探索を行い、下記の結果を得ている。 マウス小脳域間において発現量に差がある新規遺伝子CAPS(Ca2+-dependent activator protein for secretion)2をクローニングした。 CAPS2は脳領域特異的な発現パターンを示し、特に小脳分子層に豊富に分布する。 CAPS2は小脳顆粒細胞の軸索(平行線維)終末で小胞状構造物上に局在する。 CAPS2は分泌顆粒マーカーであるChromogranin Bと同じ画分に分画される。 CAPS2は小脳初代培養細胞においてBDNF、NT-3と共局在する。 CAPS2はBDNF、NT-3を含む小胞に会合する。 CAPS2はPC12細胞や小脳顆粒細胞において、脱分極依存的なBDNF、NT-3の分泌を増強する。 CAPS2の小脳顆粒細胞における過剰発現はプルキンエ細胞の生存を増強する。 以上のことから、CAPS2は神経栄養因子の分泌の調節に関与すると考えられる。BDNF、NT-3などの神経栄養因子は小脳神経細胞の分化、生存に関わることが知られており、小脳の形成に重要な働きをする分子であるが、その分泌機構については殆ど未知に等しかった。本研究は神経栄養因子の分泌機構に重要な働きを示すタンパク質に関する最初の報告であり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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