学位論文要旨



No 119293
著者(漢字) 肥後,剛康
著者(英字)
著者(カナ) ヒゴ,タカヤス
標題(和) 小胞体内腔の環境に依存したERp44によるイノシトール1,4,5-三リン酸受容体タイプ1のサブタイプ特異的制御
標題(洋) Subtype-specific and the ER lumenal Environment-Dependent Regulation of Inositol 1,4,5-Trisphosphate Receptor Type 1 by ERp44
報告番号 119293
報告番号 甲19293
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2267号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 森島,真帆
内容要旨 要旨を表示する

Ca2+は細胞内におけるセカンドメッセンジャーとして多彩な生理機能の調節を担っている。細胞刺激によって誘発される小胞体(ER)からのCa2+の放出は主にイノシトール1,4,5三リン酸受容体(IP3Rs)が活性化され引き起こされる。IP3Rsは3種のサブタイプが存在し、それらの活性がERの微小環境に強く影響をされると考えられているが詳細は不明である。そこで、私は、その分子機構をあきらかにするため、IP3Rsの3種あるER内腔ドメインの中でサブタイプ間の相同性が低い領域(L3V)に着目し、そこに結合するタンパク質を探索した。イムノグロブリンFcに融合した各サブタイプIP3RsのL3Vタンパク質を精製し、アフィニテーカラムを作製した。生後2週齢マウスの小脳マイクロソーム画分からIP3R1 L3V(1L3V)特異的に結合する約40kDaのタンパク質を見いだした。これを質量分析し、その部分アミノ酸配列を決定したところERp44に相同した。ERp44はredoxタンパク質であるthioredoxin(TRX)に相同性を有するER内腔タンパク質であった。免疫沈降法によってERp44がIP3R1に結合することを確認した。更に詳細にERp44とIP3R1の結合について調べる為に、大腸菌で発現させ精製したglutathione S-transferase(GST)融合L3V (GST-L3V)とmaltose binding protein(MBP)融合ERp44(MBP-ERp44)を用いてGST pulldown実験を行った。その結果、Ca2+を含む酸性バッファーにおいてMBP-ERp44と1L3Vが直接結合することがわかった。次に、ERp44と1L3Vが還元剤dithiothreitol(DTT)を含む中性バッファーで結合することがわかった。また、その結合は1L3Vのシステイン残基そしてCa2+濃度依存的であった。更に、MBP-ERp44が3種のサブタイプのなかでIP3R1にのみ結合することを確認した。これら結合実験はERp44がERのredox stateとCa2+濃度を感受しIP3R1に特異的に結合することを示唆している。

次に、私はERp44-IP3R1の結合がin vivoにおいてチャンネル活性にどのような影響を与えるかを、様々な細胞を用いたCa2+イメージング実験によって調べた。赤色蛍光タンパク質(RFP)融合ERp44(RFP-ERp44)を細胞に発現させ、IP3産生のアゴニストATP刺激を行った。RFP-ERp44を発現しているHeLa細胞(サブタイプの中でIP3R1が優勢的に発現)ではIP3-induced Ca2+ release(IICR)が著しく減少していた

次にCOS-7細胞(IP3R1がほとんど発現していない)では、RFP-ERp44の発現はIICRに影響を与えなかった。これらのHeLa,COS-7細胞を用いたCa2+イメージングの結果とin vitroの結合実験は、ERp44が全てのサブタイプのなかでIP3R1にのみ結合し、その活性を抑制することを強く示唆している。

更に私はこれを確かめるため、ニワトリBリンパ球細胞種DT40を用いた。この細胞の性質を利用して作製されたIP3R全てのサブタイプを欠損させた細胞(DT40-TKO細胞)とIP3R1のみを欠損させたDT40-1KO細胞を作製した。更に、DT40-TKO細胞にstableにIP3R1を発現させた細胞(DT40-KMN60)を作製した。IgM抗体でBCRをクロスリンク後のIICRを調べた。RFP-ERp44を発現している細胞ではIICRは著しく減少したが、DT40-1KO細胞ではIICRへの影響は観察されなかった。これにより、ERp44がIP3R2とIP3R3ではなくIP3R1を介したIICRを抑制することが示された。

更に私は、内在性ERp44の機能を調べるために、RNA interference (RNAi)を採用し実験を行った。ERp44をノックダウンしたHeLa細胞ではATP刺激によるIICRを引き起こす細胞の割合、Ca2+ releaseの強さ共に顕著に増大した。一方、COS-7細胞では、ERp44をノックダウンは、IICRに影響を与えなかった。これらloss-of-functionの実験はERp44がIP3R2とIP3R3ではなくIP3R1を介したIP3-induced Ca2+ releaseを抑制したことを強く示している。またこの結果は,gain-of-function実験結果を支持する。

更にRNAiによる結果を確認するため、ERp44ノックダウン細胞にERp44を再発現した。ERp44の発現はIICRを顕著に減少させた。これらの結果をもとに、私はERp44がIP3R1を抑制すると結論を下した。また、この再発現の系を用いてERp44のどの領域がIP3R1の抑制に重要かを調べた。先ず、ERp44の236-345番目のアミノ酸がIP3R1 binding domain(IPBD)であることを見いだした。しかし,用いた変異体は、驚くべきことにIPBDにおいてさえ、全長ERp44ほどIP3R1を抑制しなかった。これらの結果はIP3R1を抑制には結合領域だけでなくその他の領域も必要であることを示唆している。次に、IP3R1のシステイン残基の重要性を調べた。COS-7細胞に発現させたIP3R1のシステイン変異体とERp44の結合は顕著に低下した。その生理的意義を調べるため、DT40-TKOにIP3R1のシステイン変異体とRFP-ERp44を発現、IgM抗体で刺激したところIICRの抑制は観察されなかった。この結果によりIP3R1のシステイン残基がERp44によるIP3R1活性の抑制に必須であることがわかった。

更に、私はERp44のIP3R1との結合がチャンネル活性にどのような影響を与えるかを調べる為に、人工脂質二重膜を用いたシングルチャンネルレベルのIP3R1活性の測定を行った。このin vitro再構成系を用いることで厳密にER内腔のCa2+濃度とredox状態を制御し、ERp44のIP3R1活性への影響を検証することができる。その結果DTT存在下かつ低Ca2+濃度でERp44はIP3R1を不活性化した。この結果は明確にERp44がERのredox stateとCa2+濃度を感受しIP3R1を特異的に抑制することを示している。

私は、分子生物、生化学、細胞生物学、電気生理学的手法を用いて、全く新しいCa2 signaling制御機構を見いだした。

審査要旨 要旨を表示する

IP3Rsの活性はERの微小環境に強く影響されていることが示唆されていたが、その分子機構は不明であり、細胞内カルシウムシグナルを理解する上で大きな障害となっている。本研究では、ERにおける微小環境の変化と、それによるカルシウム動態の制御機構という概念の分子レベルでの具現化を目指し、下記の結果を得ている。

3種のサブタイプがあるIP3RsのER内腔ドメインでサブタイプ間の相同性が低い領域(L3V)に結合するタンパク質を検索し、ERp44を見いだした。ERp44はレドックス制御タンパク質であるチオレドキシンと相同性を有するER内腔タンパク質であった。In vitroの結合実験より、ERp44はIP3R type2(IP3R2),type3(IP3R3)ではなくtype1(IP3R1)に特異的に結合し、その結合は、pH,カルシウム濃度、そして両タンパク質のレドックス状態に依存することが示された。

カルシウムイメージング実験によってERp44のin vivoにおけるIP3R1活性への影響を調べた。ERp44を過剰発現している細胞を可視化するため、赤色蛍光タンパク質(RFP)を融合したERp44(RFP-ERp44)を細胞に発現させ、アゴニスト刺激を行い、IP3Rを介したカルシウム放出(IICR)を測定した。ERp44の過剰発現は、HeLa細胞(IP3R1の発現がIP3R2,3より優勢)、DT40-KMN60細胞(IP3R1のみ発現する)でIICRを抑制、一方COS-7細胞(IP3R1の発現が極めて低い)、DT40-1KO細胞のIICRには影響を与えなかった。

RNAiによってERp44をノックダウンしたところHeLa細胞ではIICRが増強したが、COS-7細胞ではIICRに変化は見られなかった。これらの結果よりERp44がIP3R2,3ではなくIP3R1を特異的に抑制することが示された。

ERp44のどの領域がIP3R1の抑制に重要かを調べた。先ず、ERp44の236-345番目のアミノ酸がIP3R1 binding domain(IPBD)であることを見いだした。しかしIPBDは全長ERp44ほどIP3R1を抑制しなかった。これの結果よりIP3R1の抑制にはERp44のIP3R1への結合領域だけでなくその他の領域も必要であることが示された。

IP3R1-ERp44の相互作用におけるIP3R1のシステイン残基の重要性を調べた。COS-7細胞に発現させたIP3R1のシステイン変異体とERp44の結合は顕著に低下した。その生理的意義を調べるため、DT40-TKOにIP3R1のシステイン変異体とRFP-ERp44を発現、IgM抗体で刺激したところIICRの抑制は観察されなかった。この結果によりIP3R1のシステイン残基がERp44によるIP3R1活性の抑制に必須であることが示された。

人工脂質二重膜を用いて単一チャンネルレベルのIP3R1活性の測定を行った。ER内腔側が還元状態(DTT存在下)、低カルシウム濃度でERp44のER内腔側への添加はIP3R1を不活性化した。

以上、本論文はIP3RをER内腔から、レドックス状態とカルシウム濃度に依存して制御するタンパク質の存在を明らかにした。この発見は、IP3Rのみならずカルシウムシグナリング制御機構における大きなブレイクスルーであり、カルシウムによって引き起こされる多様な生物応答の解明に重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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