学位論文要旨



No 119294
著者(漢字) 神出,誠一郎
著者(英字)
著者(カナ) ジンデ,セイイチロウ
標題(和) てんかんモデル動物海馬におけるニューロペプチドYおよび受容体発現の変化とその役割
標題(洋)
報告番号 119294
報告番号 甲19294
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2268号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 川原,信隆
 東京大学 助教授 高山,吉弘
内容要旨 要旨を表示する

<背景と研究目的>

ニューロペプチドY(neuropeptide Y、以下NPYとする)は、1982年にTatemotoらによって同定された36個のアミノ酸からなる神経ペプチドである。NPYは中枢神経系で広範な分布を示し、Y1からy6までの6つの受容体を介して摂食行動やストレス反応等、数多くの機能を調節している。なかでもNPYはてんかん発作についての作用が広く知られており、近年NPY遺伝子のノックアウトマウスを用いた研究で自発性発作の出現やけいれん閾値の低下が認められ、海馬スライスを用いたin vitroの研究でNPYの興奮性に対する抑制作用が報告されるなど、NPYは内因性の抗てんかん物質として新しい治療法につながる可能性が注目されている。しかしこのNPYの機能については各受容体サブタイプとの関連を含めてまだ十分明らかにされていない。

近年、Nodaらによって、自発性てんかんモデルであるノダてんかんラット(Noda epileptic rat、以下NERとする)が発見された。このラットは10週齢前後から特徴的な強直間代性発作を外的刺激なく呈することが知られており、またこれまでの自発性てんかんモデルと異なり、てんかん発作以外の明らかな身体的、行動学的異常を認めないことから、ヒトの強直間代性発作のモデル動物として非常に有用と考えられている。

本研究では、この自発性てんかんモデルであるNERを用いて、NERのてんかん発作が海馬のNPY神経系に及ぼす影響について明らかにすることを目的として、以下の二点に関する検討を行った。

1. NERの脳内NPY分布と発作後のNPYmRNA、NPY発現の経時的変化について。2. NERの発作後海馬におけるNPY各受容体mRNA発現、受容体結合の変化について(海馬に主に存在するY1、Y2受容体を中心に行い、さらにY5受容体結合についても併せて検討した)。

これらの結果について、さらに現在までに報告された他のてんかんモデルの結果と比較検討することで、NPYとてんかん発作との関連について考察した。

<対象と方法>

ラジオイムノアッセイ:強直間代性発作に至らない7週齢NERと強直間代性発作を繰り返し呈した14週齢のNER、およびそれぞれ同週齢のCrj:Wistarラットを対照として用いた。マイクロウェーブ照射後に取り出した脳をGlowinski&Iversenの方法に基づき線条体、扁桃体、視床下部、前頭葉、海馬、梨状葉から内嗅皮質にかけての6部位に切り分け、0.1規定酢酸中で精製した上清について、抗NPYポリクローナル抗体と[125I]NPYを用いてラジオイムノアッセイを行い、NPY様免疫活性を測定した。

in situハイブリダイゼーション:7週齢と14週齢NERを強直間代性発作の直後、4時間後、12時間後に断頭し、14μmの冠状断脳切片を作成した。[35S]α-thio-dATPでラベルしたラットpreproNPYmRNAおよびY1、Y2受容体mRNAにそれぞれ相補的な合成オリゴヌクレオチドプローブを用いてハイブリダイゼーションを行った。

免疫組織染色:強直間代性発作直後と12時間後の12週齢NER、および同週齢の対照ラットをそれぞれ用いて4%パラフォルムアルデヒドにより還流固定し、20μmの冠状断脳切片を作成した。免疫組織染色は抗NPYポリクローナル抗体を用い、ABC反応の後にジアミノベンジジンにより発色させた。

受容体オートラジオグラフィー:上記2.と同じNERと対照サンプルを用い、KHTバッファー中で下記の放射線リガンドと結合させた。

i)Y1・Y5受容体結合:Y1およびY5受容体のアナログである35pM[125I][Leu31,Pro34]PYY ii)Y5受容体結合:上記35pM[125I][Leu31,Pro34]PYYに、Y1受容体のアンタゴニストであり放射線標識されていないBIBP3226を加えることによってY1受容体結合を除去した。iii)Y2受容体結合:Y2受容体に主に結合する35pM[125I]PYY3-36

<結果>

NER海馬のNPY:対照と比較して、NPY様免疫活性は全般発作に至る前の7週齢では扁桃体、線条体で有意に増加し、強直間代性発作を呈した後の14週齢では線条体、海馬、前頭葉、梨状葉から内嗅皮質にかけての領域で有意に増加していた(下表参照)。

強直間代性発作を呈したNERの海馬では、発作後に歯状回顆粒細胞層でNPYmRNAの一過性増加が見られ、苔状繊維で持続的なNPY発現の亢進を認めた。

NER発作後のNPY受容体:

・Y2受容体:歯状回顆粒細胞層でmRNAの一過性増加と歯状回門部で受容体結合の持続的増加が見られた(下図参照、*P<0.05)。

・Y1受容体:カイニン酸モデルやキンドリングモデルなど、他のてんかんモデルの結果とは異なりmRNA、受容体結合ともに発作後に対照と比較して有意な変化が見られなかった。

・Y5受容体:受容体結合は発作12時間後にCA1のstratum radiatumで対照と比較して減少していた。

<考察>

強直間代性発作を呈したNERでは辺縁系で広範にNPYの増加が認められた。この結果は他の機序の異なるてんかんモデル動物とも類似しており、強直間代性発作に対する共通の反応であることが示唆された。またNER海馬での増加は、発作後に歯状回顆粒細胞層で生じたNPYmRNA発現の一過性増加に伴う、苔状繊維でのNPY合成の亢進によるものであると考えられた。NERで見られた一過性増加を呈するNPYmRNA発現の経時的変化は扁桃体キンドリングの結果に類似しており、持続的に増加するカイニン酸発作とは大きく異なったことが特徴的であった。

Y2受容体は強直間代性発作後に歯状回顆粒細胞層でのmRNA発現の一過性増加と、歯状回門部での受容体結合の亢進を認めた。これらの結果はいずれも上記NPYに似た変化を示したことが特徴である。先行研究の結果と合わせ、発作後に増加したY2受容体はNPYとともに抑制作用に関連することが示唆された。

多くの他のてんかんモデル動物では全般発作後にY1受容体のmRNA、受容体結合のいずれも減少することが知られているが、本研究においてNERではこの反応が生じなかったことが特徴的である。近年、Y1受容体アンタゴニストを用いた研究から、この受容体が発作促進作用と関連するという仮説が示されている。この説に依拠すると、発作後にダウンレギュレーションが生じないNERのY1受容体は何らかの発作抑制機構の障害に関連すると考えられた。

てんかん発作に対するY5受容体の機能は現在まで十分に明らかにされていないが、本研究でNERの強直間代性発作後に生じた変化は、NERのてんかん発作との何らかの関連を示していると考えられた。

NPY様免疫活性(*P<0.05)

Y2受容体mRNA(歯状回顆粒細胞層)

Y2受容体結合(歯状回門部)

審査要旨 要旨を表示する

本研究はてんかん発作の病態と深く関わることで知られているニューロペプチドY(NPY)とその受容体について、特に海馬での役割を明らかにするため、遺伝性の自発性てんかんモデルラットであるノダてんかんラット(NER)を用いて、発作後海馬におけるNPY神経系の変化を経時的に検討したものであり、下記の結果を得ている。

強直間代性発作を呈したNERでは辺縁系で広範にNPYの増加が認められた。この結果は他の機序の異なるてんかんモデル動物とも類似しており、強直間代性発作に対する共通の反応であることが示唆された。またNER海馬でのNPYの持続的増加は、発作後に歯状回顆粒細胞層で生じたNPYmRNA発現の一過性増加に伴う、苔状繊維でのNPY合成の亢進によるものであると考えられた。NERで見られた一過性増加を呈するNPYmRNA発現の経時的変化は扁桃体キンドリングの結果に類似しており、持続的に増加するカイニン酸発作とは大きく異なったことが特徴的であった。

Y2受容体は強直間代性発作後に歯状回顆粒細胞層でのmRNA発現の一過性増加と、歯状同門部での受容体結合の亢進を認めた。これらの結果はいずれも上記NPYに類似した変化を示すことが特徴である。てんかん発作後の海馬におけるY2受容体発現の増加は、他のてんかんモデル動物を用いた報告とほぼ一致した変化である。先行研究の結果と合わせ、発作後に増加したY2受容体はNPYとともに抑制作用に関連することが示唆された。

多くの他のてんかんモデル動物では全般発作後の海馬でY1受容体のmRNA、受容体結合のいずれも減少することが知られているが、本研究においてNERではこの反応が生じなかったことが特徴的である。近年、Y1受容体アンタゴニストを用いた研究から、この受容体が発作促進作用と関連するという仮説が示されている。この説に依拠すると、発作後にダウンレギュレーションが生じないNERのY1受容体は何らかの発作抑制機構の障害に関連すると考えられた。

てんかん発作に対するY5受容体の機能は現在まで十分に明らかにされていないが、本研究でNERの強直間代性発作後に生じた変化は、NERのてんかん発作との何らかの関連を示していると考えられた。

以上、本論文は自発性てんかんモデルであるNERにおいて、強直間代性発作を呈して以降から海馬のNPY神経系が大きく変化しはじめることを明らかにした。さらに発作後海馬ではNPYおよびY2受容体が増加し、対称的にY1受容体は発作後に変化しなかったこと、また発作後に減少したY5受容体の関与について明らかにした。特に発作後にY1受容体が変化しないという所見は他のてんかんモデルでは見られないNERに特徴的な所見である。

本研究は自発性てんかんモデルにおける発作後のNPYおよび各受容体の変化を検討した初めての研究であり、てんかん発作とNPYの関連を明らかにする上で重要な貢献であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク