学位論文要旨



No 119296
著者(漢字) 岡部,慎吾
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,シンゴ
標題(和) 経頭蓋連続磁気刺激の中枢神経への作用機序に関する研究とパーキンソン病治療への応用
標題(洋)
報告番号 119296
報告番号 甲19296
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2270号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 高山,吉弘
 東京大学 助教授 川原,信隆
 東京大学 講師 後藤,順
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は,連続経頭蓋磁気刺激:rTMSのヒト中枢神経に対する作用機序・作用様式を解明し,実際にパーキンソン病患者への治療効果について検討することである.また霊長類での基礎実験を追加し,rTMS治療の今後について考察した.

尚,本研究ではヒトに対する磁気刺激は,東京大学医学部研究倫理審査委員会と国立精神神経センター倫理委員会の承認を得た上で患者・被験者全員からインフォームド・コンセントを得て実施し,霊長類(カニクイザル)の実験は,animal research on Human Care and Use of Laboratory Animals(Rockville National Institute of Health/Office for Protection from Research Risks,1996)のガイドラインに従って,実験実施施設である国立循環器センターに於ける動物実験倫理委員会の承認を得て実施した.

連続経頭蓋磁気刺激の作用機序に関する基礎的検討

Single-photon emission computed tomograhpy:SPECTを用いた連続経頭蓋磁気刺激による運動野の機能的神経線維結合に関する研究

本研究では,一次運動野(M1)を1-HzのrTMSで刺激した時に,局所脳血流量:rCBFがどの様に変化するかを,SPECTを用いて検討した.

健常成人5名を被験者とし,実刺激およびsham刺激(コントロール刺激)の2条件下でSPECTを撮像.sham刺激は,実刺激と対比して脳内の誘導電流以外の要因を除外するため,実刺激の際に生じる音と頭皮への電気刺激を同時に与えた,両条件の刺激中に99mTc-ethyl cysteinate dimer:ECDを静注,撮像した画像をSPM99(statistical parametric mapping)を用いて解析した.弱収縮時運動閾値の1.1倍の刺激強度で,1-Hzの刺激頻度によるrTMSで,左M1を刺激した.実刺激はsham刺激より有意に右小脳半球のrCBFを増加させ,右側M1,頭頂葉,前運動野(PM)そして補足運動野(SMA)のrCBFを減少させた.刺刺激対側小脳の血流曽加は,運動野と対側小脳間の促通性神経線維結合を反映し,刺激対側M1の血流低下は,刺激側運動野の賦活に引き続いて脳梁を介した抑制効果が対側に誘発されたことを反映していると考え,PM,SMA及び頭頂葉の血流低下は対側M1の抑制に伴う二次的な影響であると推測した.rTMSが刺激直下の大脳皮質からの線維連絡がある部位にも影響することが判明した.この事実は,rTMSの作用機序を考察するときに,刺激直下だけではなく遠隔部位への影響も考慮する必要があることを示唆した.

連続経頭蓋磁気刺激による持続する視覚野興奮性の変化

rTMSによる運動野刺激が運動野の興奮性を刺激後も持続して変動させるとした報告は多い.本研究では運動野以外の部位にも同様な効果を及ぼすのか,また刺激頻度による相違を検討するため,視覚誘発電位という興奮性の判定指標がある視覚野への効果について検討.

被験者は健常成人12名.rTMSで後頭葉視覚野,およびコントロールとして前頭部を刺激し,刺激頻度が1-Hz及び5-HzのrTMSを各々別々に週を変えて行った(計4種の刺激条件によるrTMS).刺激前後でパターン反転視覚誘発電位(PR-VEP)がどの様に変動するかを経時的に記録した.刺激コイルにはdouble-coneコイルを用い,phospheneの出現する閾値の90%の刺激強度で1000発のrTMSを行った.PR-VEPの最も再現性の良い構成波形であるP100の振幅を視覚野の興奮性の指標として用いた.その経時的変化について4種の刺激条件と記録時間に関して統計学的検討を行った.その結果,後頭部刺激を行った2群は前頭部刺激の群に比べて有意なVEPの振幅の変動を来たした.この変動は刺激終了後30分間持続したが,その影響は刺激頻度により異なっていた.本研究で,rTMSは運動野以外の大脳皮質に対しても,その興奮性を刺激後持続的に変化させることが証明され,この持続的効果が,rTMSの実験・治療に用いられるときの効果に関与している可能性があると考えられた.

パーキンソン病に対する経頭蓋連続磁気刺激治療の試み

近年rTMSを用いた,うつ病を始めとする種々の精神神経疾患への治療応用が検討されている.しかし,神経変性疾患の治療に関する研究報告については,明確な結論は得られていない.そこで本研究は,未だ一定の見解を得ていないパーキンソン病患者に対するrTMSの治療効果を検討することを目的とし,厚生省による全国研究として行った.

パーキンソン病患者を対象とし,全部で85名を無作為に1)運動野刺激群,2)後頭部刺激群,3)sham刺激群の3治療グループへ振り分けた.3治療グループ間には臨床的背景に,明らかな差違はないことを確認した.刺激には円形コイルを用い,運動野刺激の際には頭頂部に,後頭部刺激群では後頭隆起にコイル中心を置き,0.2-Hzの刺激頻度で1回100発の刺激を,週1回8週間行った.刺激頻度は0.2-Hz,rTMSの刺激強度は弱収縮時運動閾値:AMTの1.1倍とした.一方sham刺激では,実刺激と見分けがつかないように,0.2-Hzの頻度に同期した実刺激の際の刺激感覚と同様な感覚を微弱な電流を頭部へ流すことによって再現し,同時にコイルから発生する音刺激を加えた.Unified Parkinson Disease Rating Scale(UPDRS),Hamilton Rating Scale for Depression(HRSD)に加えてvisual analogue scaleによる自覚症状の変動を治療効果の評価として,治療期間中も含め4週毎に16週間断続して測定した.UPDRSおよびmotor-UPDRSでは,どの刺激方法でも同程度には臨床症状の改善を観察し,HRSDの検討からは運動野刺激群とsham刺激群の治療効果が同程度であることが明らかとなった.また3種類の刺激方法の何れでも自覚症状は改善しなかった.以上の結果より,0.2-HzでAMTの1.1倍の刺激強度のrTMSでは,sham刺激の誘導した効果と比べて有意な差はなく,プラセボ効果を持つのみであったと結論した.本研究に際して考案したsham刺激は,実刺激との比較に於いて合理的なプラセボ効果を持つことが判明し,今後行われる同種の治療研究に際しては,sham刺激の方法を熟慮すべきであると結論した.

5Hz-rTMSによるカニクイザル脳への影響に関する研究

本稿のカニクイザルを用いた基礎的検討は,今回我々がパーキンソン病治療に用いた刺激条件のrTMSではプラセボ効果以上の有効性を見出せず,刺激条件を再考する必要があったことから行った基礎的研究である.けいれん誘発などの危険性と放射線被曝の副作用等のため,ヒトでは検討しにくい5-Hz・2000発という刺激条件による検討をサルで行った.

動物実験用経頭蓋磁気刺激コイルの開発

カニクイザルを用いたrTMSの実験を開始するに当たって,通常のヒト用コイルでは,ヒト脳より遙かに小さいサル脳の局所刺激が不可能であるため,カニクイザル刺激用コイルの開発が必要であったことから,この実験を行った.

まず,実験に使用するカニクイザル頭部MRIからプラスチック製カニクイザル頭蓋を作成し,その頭蓋曲率に合致するように角度を調節した小経double-coneコイルを作製した.この特殊コイルが実際にサル脳の局所を効率よく刺激できるかどうかを,3種類のコイル(サル用特殊double-coneコイル,ヒト用double-coneコイル,ヒト用8の字型コイル)がプラスチック製カニクイザル頭蓋内に誘導する電界強度を測定し検討した.実験の結果,我々の作製した外径62mmでコイル間角度135度のサル用double-coneコイルは,サルの脳に効率よく局所電流を誘導し,他の2種のコイルよりきわめて効率的であった.

カニクイザル運動野へのrTMSの脳内糖代謝に対する影響(18F-fluorodeoxyglucose PETによる研究)

全身麻酔下のカニクイザルにrTMSを行い,その前後で経時的に18F-fluorodeoxyglucose PETを撮像し,糖代謝の変化について検討した.

刺激コイルには前述したカニクイザル用double-doneコイルを使用し,カニクイザルM1へ5-Hz・2000発の磁気刺激を施行した.両側M1や前後帯状回(ACC,PCC)を含む辺縁系,そして眼窩前頭皮質:OFCで有意な糖代謝の変動を認めた.ACC・OFCでの糖代謝亢進,および刺激対側M1での糖代謝低下が明らかで,その変化は刺激後少なくとも8日程度持続していた.ヒト後頭部における前述の研究では電気生理学的効果の持続は30分程度であったが,刺激条件を変更することで持続時間が延長することが判明した.この結果から,5-HzのrTMSは,神経疾患の治療への応用の可能性が示唆された.

カニクイザル運動野へのrTMSの脳内ドーパミンに対する影響(11C-raclopride PETによる研究)

先行実験でrTMSの長期間持続する効果を見出すことが出来た.先行実験で採用した刺激条件の重要性を鑑み,本実験でも全身麻酔下のカニクイザルのM1に対し5-Hz・2000発のrTMSを行い,内因性ドーパミン代謝へ与える影響を検討した.

大脳基底核のドーパミンD2受容体に特異的に結合する[11C]racloprideを用いて,PETによりその結合能を測定し,sham刺激と実刺激との間で比較を試みた.右M1のrTMSにより側坐核を含む両側腹側線条体でラクロプライドのbinding potential(BP)は減少し,右被殻では逆にBPが増加した.背側線条体全体では有意なBPの変化を認めなかった.この結果はM1のrTMSが腹側線条体からの内因性ドーパミン放出を促進したことを示唆する.rTMSのうつ病・PDに対する治療効果・機序を考える上で,重要な情報を提供する結果であった.

結語

rTMSの中枢神経への作用機序に関する研究を行い,1-Hz運動野のrTMSが刺激部位から離れた脳内遠隔部位にも脳血流変化を誘導し,運動野のみならず視覚野などの部位に於いても,1-Hz(5-Hz)のrTMSが刺激終了後も持続する影響を及ぼすことを明らかにした.この事実を踏まえ.パーキンソン病治療への応用を試みたが,0.2-HzのrTMSでは治療としての有効性を見出せなかった.一方,カニクイザルを用いた磁気刺激と神経機能画像的な研究により,5Hz rTMSは側坐核のドーパミン放出を促進し,このことはうつ病の治療に対し有効であるという可能性を示した.尚,rTMSのパーキンソン病治療への応用については刺激条件設定等の検討が必要である.

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は,連続経頭蓋磁気刺激:rTMSのヒト中枢神経に対する作用機序・作用様式を解明し,実際にパーキンソン病患者への治療効果について検討することである.また霊長類での基礎実験を追加し,rTMS治療の今後について考察した.

尚,本研究ではヒトに対する磁気刺激は,東京大学医学部研究倫理審査委員会と国立精神神経センター倫理委員会の承認を得た上で患者・被験者全員からインフォームド・コンセントを得て実施し,霊長類(カニクイザル)の実験は,animal research on Human Care and Use of Laboratory Animals(Rockville,National Institute of Health/Office for Protection from Research Risks,1996)のガイドラインに従って,実験実施施設である国立循環器センターに於ける動物実験倫理委員会の承認を得て実施した.

連続経頭蓋磁気刺激の作用機序に関する基礎的検討

Single-photon emission computed tomograhpy:SPECTを用いた連続経頭蓋磁気刺激による運動野の機能的神経線維結合に関する研究

本研究では,一次運動野(M1)を1-HzのrTMSで刺激した時に,局所脳血流量:rCBFがどの様に変化するかを,SPECTを用いて検討した.実刺激およびsham刺激(コントロール刺激)の2条件下でSPECTを撮像.実刺激はsham刺激より有意に右小脳半球のrCBFを増加させ,右側M1,頭頂葉,前運動野(PM)そして補足運動野(SMA)のrCBFを減少させた.rTMSが刺激直下の大脳皮質からの線維連絡がある部位にも影響することが判明した.

連続経頭蓋磁気刺激による持続する視覚野興奮性の変化

本研究では運動野以外の部位にもrTMSが大脳皮質興奮性を刺激麦も持続して変動させる効果を及ぼすのか,また刺激頻度による相違を検討するため,視覚誘発電位という興奮性の判定指標がある視覚野への効果について検討.rTMSで後頭葉視覚野,およびコントロールとして前頭部を刺激し,刺激頻度が1-Hz及び5-HzのrTMSを各々別々に週を変えて行った.その結果,後頭部刺激を行った2群は前頭部刺激の群に比べて有意なVEPの振幅の変動を来たし,その変動は刺激終了後30分間持続したが,その影響は刺激頻度により異なっていた.本研究で,rTMSは運動野以外の大脳皮質に対しても,その興奮性を刺激後持続的に変化させることが証明された.

パーキンソン病に対する経頭蓋連続磁気刺激治療の試み

本研究は,末だ一定の見解を得ていないパーキンソン病患者に対するrTMSの治療効果を検討することを自的とし,厚生省による全国研究として行った.パーキンソン病患者を対象とし,全部で85名を無作為に1)運動野刺激群,2)後頭部刺激群,3)sham刺激群の3治療群へ振り分け0.2-HzのrTMSを行った.Unified Parkinson Disease Rating Scale(UPDRS),Hamilton Rating Scale for Depression(HRSD)に加えてvisual analogue scaleによる自覚症状の変動を治療効果の評価として行った.UPDRSおよびmotor-UPDRSでは,どの刺激方法でも同程度には臨床症状の改善を観察し,HRSDの検討からは運動野刺激群とsham刺激群の治療効果が同程度であることが明らかとなった.また3種類の刺激方法の何れでも自覚症状は改善しなかった.結果的に0.2-HzのrTMSでは,sham刺激の誘導した効果と比べて有意な差はなく,プラセポ効果を持つのみであったと結論した.

5Hz-rTMSによるカニクイザル脳への影響に関する研究

本稿のカニクイザルを用いた研究は,けいれん誘発などの危険性と放射線被曝の副作用等のため,ヒトでは検討しにくい5-Hz・2000発という刺激条件による基礎的検討である.

動物実験用経頭蓋磁気刺激コイルの開発

通常のヒト用コイルでは,ヒト脳より遙かに小さいサル脳の局所刺激が不可能であるため,カニクイザル刺激用コイルの開発を行った.まず,実験に使用するカニクイザル頭部MRIからプラスチック製カニクイザル頭蓋を作成し,その頭蓋曲率に合致するように角度を調節した小径double-coneコイルを作製した.その上で3種類のコイル(サル用特殊double-coneコイル,ヒト用double-coneコイル,ヒト用8の字型コイル)がプラスチック製カニクイザル頭蓋内に誘導する電界強度を測定し検討した.実験の結果,我々の作製した外径62mmでコイル間角度135度のサル用double-coneコイルが,サルの脳に効率よく局所電流を誘導し,他の2種のコイルよりきわめて効率的であった.

カニクイザル運動野へのrTMSの脳内糖代謝に対する影響

全身麻酔下のカニクイザルにrTMSを行い,その前後で経時的に18F-fluorodeoxyglucose PETを撮像し,糖代謝の変化について検討した.前述したカニクイザル用double-doneコイルを使用し,カニクイザルM1へ5-Hz・2000発の磁気刺激を施行した.両側M1や前後帯状回(ACC,PCC)を含む辺縁系,そして眼窩前頭皮質:OFCで有意な糖代謝の変動を認めた,ACC・OFCでの糖代謝亢進,および刺激対側M1での糖代謝低下が明らかで,その変化は刺激後少なくとも8日程度持続してした.

カニクイザル運動野へのrTMSの脳内ドーパミンに対する影響

先行実験でrTMSの長期間持続する効果を見出すことが出来た.本実験でも全身麻酔下のカニクイザルのM1に対し5-Hz・2000発のrTMSを行い,内因性ドーパミン代謝へ与える影響を検討した.大脳基底核のドーパミンD2受容体に特異的に結合する[11C] racloprideを用いて,PETによりその結合能を測定し,sham刺激と実刺激との間で比較した.右M1のrTMSにより側坐核を含む両側腹側線条体でラクロプライドのbinding potential (BP)は減少し,右被殻では逆にBPが増加した.背側線条体全体では有意なBPの変化を認めなかった.この結果はM1のrTMSが腹側線条体からの内因性ドーパミン放出を促進したことを示唆する.rTMSのうつ病・PDに対する治療効果・機序を考える上で,重要な情報を提供する結果であった.

rTMSの中枢神経への作用機序に関する研究を行い,1-Hz運動野のrTMSが刺激部位から離れた脳内遠隔部位にも脳血流変化を誘導し,運動野のみならず視覚野などの部位に於いても,1-Hz(5-Hz)のrTMSが刺激終了後も持続する影響を及ぼすことを明らかにした.この事実を踏まえ,パーキンソン病治療への応用を試みたが,0.2-HzのrTMSでは治療としての有効性を見出せなかった.一方,カニクイザルを用いた磁気刺激と神経機能画像的な研究により,5-Hz rTMSは側坐核のドーパミン放出を促進し,このことはうつ病の治療に対し有効であるという可能性を示した.尚,rTMSのパーキンソン病治療への応用については刺激条件設定等の検討が必要である.以上,本論文はrTMSのヒト中枢神経への作用様式を解明し,中枢神経疾患への治療応用に際して重要な情報を得ることが出来たと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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