学位論文要旨



No 119298
著者(漢字) 周,家毅
著者(英字) Zhou,Jiayi
著者(カナ) シュウ,カキ
標題(和) 異なるCAGリピート長を持つ歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症トランスジェニックマウスの脳における遺伝子発現プロファイリング
標題(洋) Profiling of Gene Expression in Brains of Dentatorubropallidoluysian Atrophy (DRPLA) Transgenic Mice Carrying Various Lengths of Expanded CAG Repeats
報告番号 119298
報告番号 甲19298
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2272号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

序論

歯状核赤核.淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubropallidoluysian atrophy,DRPLA)は小脳歯状核遠心系(歯状核赤核路)と淡蒼球遠心系(淡蒼球ルイ体路)の病変を認める常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症であり、12p13.31にある原因遺伝子atrophin-1の翻訳領域に存在するCAGトリプレットの異常伸長により発症する。このようなCAGトリプレットの異常伸長による疾患を総称してポリグルタミン病と呼んでいる。DRPLAの基本的な臨床症状は小脳運動失調、ミオクローヌス、てんかん発作、舞踏アテトーシス、精神発達遅滞あるいは痴呆、精神症状などであり、正常ではCAGリピート数は3-36であるが、患者においてはそれが49-88リピートに伸長している。DRPLAは、ポリグルタミン病に共通する特徴として、表現促進現象(anticipation)があり、CAGトリプレットリピート長が長ければ長くなるほど、発症年齢が若くなり、臨床症状も重症である。DRPLAにおける細胞障害のメカニズムとしては、ポリグルタミン鎖がTAFII130と結合することによってcyclic AMP-response element binding protein(CREB)系に関連する転写障害を来たすという仮説が有力であるが、他にも、ubiquitin-proteosome系の障害、apoptosis との関連などが言われている。DRPLAの病態機序を明らかにするために、指導教官らは異なるCAGリピート長 (Q76、Q113、Q129)を持つヒトの全長のDRPLA遺伝子をシングルコピーで有するトランスジェニックマウスモデルを作成した。この動物モデルはヒトDRPLAのCAGリピート長による重症度、臨床症状または病理像をよく反映している。

本研究の目的はこのトランスジェニックマウスを使って、Affymetrix GeneChipプローブアレイで、経時的なまたCAGリピート長依存性の遺伝子発現の変化をゲノムワイドで明らかにすることである。データ解析する前にAffymetrix GeneChipプローブアレイのデータ解析においてのいくつかの問題点と解析方法を検討した上で、最良と考えられたWelle's R t-testを使って、以下のようなデザインで解析を行った。(1)同一系統における個体差を検定した。(2)4週あるいは12週においてトランスジェニック(Tg)対ノントランスジェニックマウス(NTg)の比較を行い、TgとNTgの遺伝子発現の差及びCAGリピート長に依存する変化を調べた。(3)TgとNTgの各系統において4週と12週を比較し、経時変化を分析した。(4)Tg対NTgの小脳と大脳における遺伝子発現を比較し、部位別の遺伝子発現を検討した。

方法

4週、12週齢のQ76、Q113、Q129TgとNTgを各3匹ずつ作成し、GenotypingをおこなってTgとNTgを確認した。

各マウスをSacrificeし、小脳脚を切断して小脳を取り出した後、下丘レベルで大脳と脳幹を切離した。得られた大脳と小脳から、total RNAを抽出し、Poly A+ RNAを精製して、cDNAを合成し、in vitro transcription(IVT)でBiotin-labeled cRNAを合成した。得られたcRNAの濃度を測り、cRNAのサイズと収量をチェックした。用いるtotal RNAの量は、IVT反応のlinearityが保たれる範囲内に設定した。

得られたcRNAを断片化して、Hybridization Cocktailを調製し、45℃ 60rpmで16時間hybridizationしてから、アレイを洗浄、染色し、その後Scanningした。得られたデータは、Affymetrix Microarray Suite 5.0 (MAS 5.0)で、主として比較する二群のDetection callがすべてPresentである遺伝子のみを対象とし、Welle's R t-testを使って、解析した。

結果

解析に用いるWelle's R t-testの信頼性を確かめるため、予備実験として、12週のNTgを使って、同一個体における正常の大脳と小脳の遺伝子発現を調べた。その結果、有意差が認められた遺伝子は、既にノザン解析など、別の方法でも有意差がある事が確認されており、Welle's R t-testという解析方法の信頼性が高いことが裏付けられた。

個体差の検定

同一系統の同じ週齢の個体3匹を比較し、Detection callの一致率は90%近く、シグナルの値の相関係数は0.98-0.99であり、個体差は非常に少ないことが分かった。

TgとNTgの比較及びリピート長による変化

4週でも、12週でも、Q76Tg、Q113Tg、Q129TgとNTgとの間で、有意に発現が減少及び増加している遺伝子は、大脳と小脳いずれにおいてもCAGリピート長が長ければ長いほど多くなり、Q129Tgでは特に多かった。すべての12週のTgは、4週のTgと比較して、NTgと有意差のある遺伝子がより多かった。Q113Tgでは、4週の時点でNTgと有意差の認められる遺伝子がほとんどないにもかかわらず、12週になると多数認められるようになることが分かった。4週においても12週においても、全体的に発現が減少している遺伝子数は、増加している遺伝子数より多く、Fold Changeも大きかった。また、CAGリピート長が長ければ長いほどFold Changeが大きくなる遺伝子も見出し、その数は4週より12週の方が多かった。例えば、12週で、Q113TgとQ129Tgの大脳において、GABAA receptor subunit delta、glutamic acid decarboxylase 1 (GAD1)などGABA系の遺伝子とpreproenkephalin、somatostatinなどNeuropeptide系の遺伝子の発現レベルが低下しており、Q129Tgではfold changeがもっとも大きかった。

経時変化

4週、12週のQ129Tg対NTgの発現レベルの差を経時的に調べた結果、この差が12週でより大きくなる遺伝子を見出した。例えば、Insulin-like growth factor binding protein 5(IGFBP-5)は、4週でも12週でも大脳と小脳いずれにおいても発現レベノレが低下していたが、12週ではFold Changeがより大きくなっていた。

Tg対NTgの小脳と大脳における部位別遺伝子発現変化

4週と12週のQ129Tg対NTgの大脳と小脳における遺伝子発現プロファイルを得、大脳のみ、小脳のみ、あるいは大脳と小脳両方におけるTg対NTgの発現レベルに有意差のある遺伝子が認められた。Jun oncogeneは4週の小脳のみで低下していた。IGFBP-4は、IGFBP-5と違って、4週と12週の大脳のみで発現レベルが低下していた。

考察

本研究における同一グループ間のcallの一致率、シグナルの相関は他の研究と比較して高く、個体差は少ない。一方、NTgにおける大脳と小脳の発現に差がある遺伝子を、過去の研究と比較検討した結果、既知の発現パターンと合致していた。さらに、Tgにおいて発現レベルに変化の認められた遺伝子(例えば、発現が減少していたGAGA系、IGFBP-5など)も、過去の研究結果と合致していた。これらは本研究の解析結果の妥当性を支持する結果と考えられる。

本研究において、DRPLAモデルマウスで、リピート長依存的、年齢依存的に変化する遺伝子を見出した。リピート長に依存して変化する遺伝子は、DRPLAにおける細胞の機能障害を反映している可能性がある。全体的に、発現が減少していた遺伝子は増加していた遺伝子より多く、fold changeも大きいことから、DRPLAの発症に転写障害が関与しているという仮説を支持していると考えられる。更に、Jun oncogene、cyclic AMP phosphoprotein、early growth response 1(Egr1)、TGFB inducible early growth response 1(Tieg1)、nuclear receptor subfamily 4 group A member 1(Nr4a1)など転写関連の遺伝子の発現も減少していた。また、部位別発現レベルの変化する遺伝子を見出した。Q129Tgの大脳でGABA系の遺伝子の発現レベルが低下しており、DRPLAにおいてのてんかん発作に関与している可能性がある。

結論

1)Welle's R t-testはアレイ群間の遺伝子発現レベルの差を解析する手法として信頼性が高いことが分かった。2)CAGリピートに依存して、DRPLAトランスジェニックマウスとNTg間で、脳における発現レベルに差がある遺伝子の数が増加していた。さらに、リピート長依存性に発現レベルの変化する遺伝子が存在した。3)DRPLAトランスジェニックマウスにおいて、比較的早期から(4週の時点から)脳における遺伝子発現に異常があり、発現が減少する遺伝子が比較的多かった。発現が減少する遺伝子のFold Changeも大きかった。4)経時的変化では、12週で発現レベルの変化する遺伝子数がかなり増加し、また、変化した遺伝子のfold changeも大きくなった。5)DRPLAモデルマウスにおいて、部位別発現レベルの変化する遺伝子が存在した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubropallidoluysian atrophy,DRPLA)の脳におけるCAGリピート長依存性の、経時的な、また部位別遺伝子発現の変化をゲノムワイドで明らかにするため、異なるCAGリピート長(Q76、Q113、Q129)を持つDRPLAトランスジェニクマウスを使って、Affymetrix GeneChipプローブアレイで、4週と12週においてトランスジェニック(Tg)対ノントランスジェニックマウス(NTg)の小脳と大脳における遺伝子発現をプロファイリングしたものであり、下記の結果を得ている。

GeneChipプローブアレイの解析方法を検討し、Welle's Rはアレイ間のvarianceを小さくし、t-testの統計学的な検出力をあげた。解析に用いるWelle's R t-testの信頼性を確かめるため、同一個体における正常の大脳と小脳の遺伝子発現を本方法を用いて調べ、過去の報告と比較検討した結果、Welle's R t-testの信頼性が高いことが分かった。

個体差の検定:同一系統の同じ週齢の個体3匹を比較し、Detection callの一致率は90%近く、シグナルの値の相関係数は0.98-0.99であり、個体差は非常に少ないことが分かった。

CAGリピート長による変化:Q76Tg、Q113Tg、Q129TgとそれぞれのNTgと比較した結果、4週でも、12週でも、Q76Tg、Q113Tg、Q129TgとNTgとの間で、有意に発現が減少及び増加している遺伝子は、大脳と小脳いずれにおいてもCAGリピート長が長ければ長いほど多くなり、Q129Tgでは特に多かった。また、CAGリピート長が長ければ長いほどFold Changeが大きくなる遺伝子も見出し、その数は4週より12週の方が多かった。

経時変化:TgとNTgと比較して、12週では有意差のある遺伝子がより多かった。Q113Tgでは、4週の時点でNTgと有意差の認められる遺伝子がほとんどないにもかかわらず、12週になると多数認められるようになることが分かった。4週、12週のQ129Tg対NTgの発現レベルの差を経時的に調べた結果、この差が12週でより大きくなる遺伝子を見出した。

Tg対NTgの小脳と大脳における部位別遺伝子発現変化:4週と12週のQ129Tg対NTgの大脳と小脳における遺伝子発現を調べた結果、大脳のみ、小脳のみ、あるいは大脳と小脳両方におけるTg対NTgの発現レベルに有意差のある遺伝子が認められた。

DRPLAトランスジェニックマウスにおいて、4週でも12週でも発現が減少している遺伝子数は、増加している遺伝子数より多く、Fold Changeも大きかった。DRPLAの発症に転写障害が関与しているという仮説と矛盾しない所見と考えられる。

以上、本論文は歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)の脳におけるCAGリピート長依存性の、経時的な、また部位別遺伝子発現の変化を初めてゲノムワイドで調べ、DRPLAの発症機序の解明及び遺伝子治療法の開発において,重要な基盤をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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