学位論文要旨



No 119299
著者(漢字) 吉村,まどか
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,マドカ
標題(和) アデノ随伴ウイルスベクターを用いたDuchenne型筋ジストロフィーに対する遺伝子治療法の開発
標題(洋)
報告番号 119299
報告番号 甲19299
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2273号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 講師 森島,真帆
内容要旨 要旨を表示する

序論

Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)は、筋ジストロフィーのなかで最も頻度が高く、また重篤な症状を示す致死的な疾患である。原因遺伝子はX染色体上短腕21のジストロフィン遺伝子で、遺伝子産物であるジストロフィンが完全に欠損している。ジストロフィンは細胞骨格蛋白質として形質膜に存在し、アクチン(コスタメアのF-actin)と基底膜をつなぐことにより、筋収縮の際に加わる機械的ストレスから筋形質膜を保護し安定化させ、膜の破綻を防ぐ役割を果たしている。また、細胞膜にジストロフィン結合蛋白質(dystrophin-associated proteins;DAP)と結合してジストロフィン-糖蛋白複合体(dystrophin-glycoprotein complex;DGC)を形成し、DAPの発現を安定させて機械的安定性を強めると共に、DAPを介したシグナル伝達などの生体機能を安定させる作用がある。筋ジストロフィーの病態は、ジストロフィンの欠損による筋の機械的な脆弱性に起因するのみならず、二次的なDAPの減少による生体機能障害によっても引き起こされると考えられている。

現在DMDの根治療法は見いだされていないが、実現可能な治療の候補として遺伝子治療がある。本研究では、骨格筋への導入に有利とされるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて、DMDへの遺伝子治療の可能性を探った。

AAVベクターの導入遺伝子サイズは4.9kb以下であり、14kbのジストロフィンcDNAを挿入できない。超軽症のBecker型筋ジストロフィー患者からクローニングされた6.4kbのmini-dystrophin遺伝子を参考に、ジストロフィン本来の3重ヘリックス構造を再構成した上で更に短縮したmicro-dystrophinを作成し、トランスジェニック(Tg)マウスの手法で検定した。cDNAが4.9kbのmicro-dystrophin CS1をCAGプロモーター(cytomegalovirus enhancer+chicken b-actin promoter,rabbit b-globin poly A signal)によって発現させた場合、DMDモデルマウスである、ジストロフィン欠損mdxマウスの表現型はほぼ正常化する。

そこで本研究では、micro-dystrophin CS1を元に蛋白質としての機能を保存した3.8kbの△CS1を作成し、2型AAV(AAV2)ベクターにより筋組織へ導入した。この際、組織非特異的な導入による免疫応答の惹起を防ぐため、筋特異的muscle creatine kinase(MCK)プロモーターを用いて発現させた。△CS1導入筋で治療効果を得たため、発現量と機能改善について検討した。

また、特に幼若齢での導入効率を増すため、異なる血清型のAAVベクターを検討した。現在ベクターとして利用されているAAVのうち、AAV2とDNAの相同性やtropismが大きく異なる5型AAV(AAV5)に注目し、骨格筋での導入遺伝子発現を、AAV2ベクターでの発現が少なかった幼若マウスを中心に検討した。血清型の変更による発現量の変化は、これまでは分泌蛋白質や色素マーカーなどを用いて検討されており、細胞骨格蛋白質を発現させた場合の有効性は未知である。また、実験結果を通じ、DMDへの遺伝子治療の臨床応用における今後の方向性を考察した。

方法

Tgマウスを用いた検定で十分な治療効果を持った4.9kbの短縮型ジストロフィンCS1から、5',3'非翻訳領域とalternative splicingを受けるexon71-79を削除した、3.7kbの遺伝子△CS1を作成した。短縮型MCKプロモーターの下流に連結し、△CS1を発現するAAV2ベクターとした。作成したウイルスを、ジストロフィンを完全に欠損したmdxマウス前脛骨筋(TA)に導入し発現させた。導入の時期として、激しい筋変性の開始前である10日齢、および変性再生の過程である5週齢の二点を選んだ。発現解析は8週後および24週後に行い、組織所見、筋重量、筋張力、△CS1蛋白定量、およびDAPの回復を観察した。検討に際し、同齢のC57BL/10(B10)マウスを正常コントロール、ベクターを導入したマウスの対側(非導入側)TAを未治療コントロールとした。

また、特に幼若齢での発現をAAV2ベクターと比較する目的で、LacZおよび△CS1 cDNAを発現するAAV2,AAV5ベクターを作成し、LacZを3,5,10日齢および5週齢、△CS1を10日日齢および5週齢に導入した。

結果

5週齢mdxマウス骨格筋への△CS1導入

5週齢mdxマウスへ導入した場合、免疫組織化学染色により検出した△CS1陽性線維数は,8週後では39.2±15.8%、24週後51.5±17.3%であり、導入筋のウエスタンブロット解析による24週後の△CS1蛋白定量では、正常B10マウスのジストロフィンと比較し39.8±7.0%の発現を得た。24週後では、筋の変性再生の指標となる中心核線維の割合は減少した。筋病変を表す筋重量、および機能を示す筋張力は正常B10マウス同様に改善していた。mdxマウスは正常マウスに比べ、再生線維を反映し筋線維面積が小さくなる。△CS1陽性線維について筋線維面積を測定したところ、平均面積は正常B10マウスレベルに回復した。また、△CS1陽性線維ではDAPが回復しており、DGCを形成するジストロフィンの機能も維持していることが示された。ジストロフィンの代償的な機能を果たすと考えられ、mdx筋で過剰発現しているユートロフィンの発現は、△CS1陽性線維ではほとんど見られなかった。

10日齢mdxマウス骨格筋への△CS1導入

10日齢の導入では、陽性線維の比率は5週齢での導入より少なく20%程度であった。筋重量の改善は正常に及ばなかったが、筋張力は正常B10マウス同様に至るまで改善していた。△CS1陽性線維の中心核数は陰性線維と比較すると著しく減少し、5週齢導入後の△CS1陽性線維よりも少なかった。筋線維のレベルでは、△CS1陽性線維の筋線維面積は正常マウスより明らかに大きくなっており、筋線維の肥大が機能改善に奏功したと考えた。△CS1導入TAでの重量と筋張力の間に正の相関があったことも、肥大が機能改善に奏功した傍証と推察した。

5型AAVベクターを用いた場合の発現変化

AAV5ベクターを用いた場合、LacZ遺伝子導入では10日齢以下の幼若mdxマウスでのβ-gal発現効率が、AAV2を用いた場合より有意に上昇した。△CS1を発現させた場合では、AAV2ベクター使用時と比較して10日齢mdxマウスでの陽性線維数が有意に上昇した。

考察

AAVベクターを用いた短縮型ジストロフィンの後天的な導入により、mdxマウスの筋変性発症前、変性過程いずれの時期でも治療効果を認めた。5週齢での導入では、半数程度の筋線維に△CS1の発現が得られ、発症後の治療によって機能および病態が回復することを示した。言い換えれば、micro-dystrophin △CS1が、ジストロフィンの主要な機能である機械的な安定性をもたらし、かつDGCと複合体を形成する能力があることによると推察される。また発症前である10日齢の導入では、20%程度の筋線維への発現でも機能的な改善が見られ、筋線維の肥大が機能改善に貢献していることが示唆された。

比較的低い発現率で治療効果が得られた点は、臨床応用に希望をもたらす。今までTgマウスを用いた導入遺伝子の機能検定、治療研究は多数行われてきたが、その遺伝子を後天的に導入した場合の効果は不明だった。我々の結果は、強力なCAGプロモーターで発現させたTg-mdxマウスの結果が、出生後のウイルスベクターによる導入に置き換えた場合でも再現できる例を示した。またこの研究は、発現量と機能の対応を示した点から、ジストロフィンの発現を目的とする遺伝子治療、再生移植治療の到達点の手がかりにもなり得る。

少量の△CS1発現時に観察された筋線維肥大は、DMD筋でこれまで観察された、膜機能が残存している筋線維の肥大と対応する。ジストロフィン欠損筋においては、筋線維肥大をもたらす分子の発現による治療効果があることが、不完全ながら示されていた。しかし実際には、ジストロフィンを欠いた肥大線維は膜にかかる物理的ストレスに耐えられず、いずれは壊死に陥ってゆくとされる。筋ジストロフィーの治療においては、筋肥大を目指す治療と同時に、細胞骨格蛋白質の発現と並列させることで両者の有効性が増す可能性がある。

DMDへの臨床応用に展開するために、さらに考慮を要するいくつかの点がある。筋の大きさ、寿命の歴然たる相違が存在するため、△CS1が人間に応用するに足る機能を持つか否か検討する必要はある。マウスTAの大きさは長径で1cm未満であり、人骨格筋への投与法、投与経路など技術面も考慮せねばならない。また、mdxマウスはDMDより軽症で、成熟後は進行が緩徐である点は人と異なる。本研究では発症前および進行中での評価を行い、有効性を認めたが、人での筋変性の進行を熟慮した上、至適な投与時期を設定する必要がある。DMDのモデル犬として、Canine X-linked muscular dystrophy があり、進行性でマウスより症状が重篤である。このような新たな用いての検討も役立つであろう。また、delivery systemの開発をはかり、効率よく筋組織へ遺伝子導入する方法も考える必要がある。

血清型による発現効率の変化は、細胞表面に分布するレセプターなど、細胞内への取り込みに関与する因子の発現と関連づけて説明されることが多い。しかし、AAVベクターの場合、人を含む生体内で、発現と対応づけられる分子レベルの検討は十分でない。最近、DNA arrayを用いた検討が、AAV5ベクターの感染効率について検討された。ウイルスベクター一般の使用について具体的な投与指針となりうる、包括的な検討も今後の課題と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)の遺伝子治療を目指して、骨格筋への導入に有利とされるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて、mdxマウス骨格筋に対して短縮型ジストロフィンを導入した。

方法として、トランスジェニックマウスの手法ですでに治療効果を確認したコンストラクトを元に、短縮型ジストロフィンである3.8kbの△CS1ジストロフィンを作成し、筋特異的な発現をもたらすMCK promoterの下流に連結した2型AAVベクターを作成した。ジストロフィンを欠くDMDモデルマウスであるmdxマウスを用いて、筋肉内に直接投与し、8週、24週後に効果を解析した。導入効率、病期を考慮して、筋変性開始前の10日齢、発症後のモデルとなる5週齢mdxマウスに投与した。機能の検定には張力測定、免疫染色による発現線維数の検討、組織学的解析、筋線維横断面積を用いた。また、幼若齢での導入効率の改善をはかるため、5型AAVベクターも導入し、2型と比較した。

第一の成果は、後天的な短縮型ジストロフィン遺伝子導入が変性を抑止する効果を持ち、また生理学的にも正常同様に至るまでの機能回復をもたらすことを示した点である。とくに、筋変性の発症後の遺伝子導入で治療が可能である点は、実際の臨床の場では全例に発症前に治療が開始できるわけではないことを考慮すると、意義のある結果と考えられる。

第二に、導入発現効率と治療効果を対比した検討は、今後の治療実験全般に有用であると予想される。5週齢での導入では約半数、10日齢での導入では20%程度の△CS1の存在で機能の回復が観察された。この結果は、これまでに予想された全長型あるいは短縮型ジストロフィンの必要量よりも低い値であったことから、遺伝子治療や細胞移植治療の到達点の指標になる可能性がある。また、少数の短縮型ジストロフィン陽性線維で機能が回復した理由として、筋肥大が機能改善に貢献することが示唆された。これまで筋肥大を生ずることによりジストロフィー筋の治療をはかる試みが見られていたが、膜の脆弱性が克服できないため、効果は部分的なものに留まっていた。これらの筋肥大をもたらす物質にジストロフィン遺伝子導入に併用して治療効果をあげる試みの有用性を示した。

さらに、特に幼若齢での導入効率を増すため、ベクターとして利用されるAAVのうち、AAV2とDNAの相同性やtropismが大きく異なる5型AAV(AAV5)に注目し、骨格筋での導入遺伝子発現を、AAV2ベクターでの発現が少なかった幼若マウスを中心に検討した。細胞骨格蛋白質を発現させた場合、血清型の変更による発現量の変化は未知であったが、本研究において発現量の上昇が認められた。

これらの実験結果を通じ、本研究はDMDへの治療の可能性を明らかにした。本研究の結果により得られた知見は、DMDに対する遺伝子治療の実現性を示した点で画期的であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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