学位論文要旨



No 119303
著者(漢字) 佐藤,卓
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タク
標題(和) SLEモデルマウスにおけるB-1細胞遊走異常と、その胸腺内T細胞選択への影響
標題(洋)
報告番号 119303
報告番号 甲19303
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2277号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 講師 佐藤,元
内容要旨 要旨を表示する

全身性紅斑性狼蒼(Systemic Lupus Erythematosus; SLE)は抗核抗体、抗DNA抗体を始めとする多彩な自己抗体産生が特徴とされる代表的な全身性自己免疫疾患である。臨床的には、蝶形紅斑、光線過敏症、アフタ性口内炎等の皮膚症状、関節痛、腎(ループス腎)、中枢神経他の各臓器の重大な障害が出現する。厚生省特定疾患の疫学に関する研究班により行われた医療受給者全国調査では、受給者数を見る限りでは、他の特定疾患と比べても、この30年間のSLEの増加は特に顕著であり、現在、日本全国では、5万人を超える人が、SLEと認定されている。

このヒトSLEの病態に極めて類似した表現形質を示す動物モデルとして、現在繁用されるのが、New Zealand Black(NZB)と New Zealand White(NZW)マウスのF1雑種である、BWF1マウスである。BWF1雌性マウスでは、加齢に伴い、ヒトの場合同様、血清中自己抗体価の上昇を認め、その95%以上が、腎糸球体における著明な免疫複合体沈着を特徴としたループス腎炎による腎不全で、1年以内に死亡する。

これまでに我々は、ループス腎炎を発症した加齢BWF1マウスの腎臓や胸腺では、B細胞特異的ケモカインであるB lymphocyte chemoattractant (BLC, CXCL13)の異所性発現が亢進し、これが標的臓器に浸潤した成熟ミエロイド系樹状細胞によるものであることを明らかにした。また、BLCに対する細胞走化性試験の結果、B1細胞はB2細胞よりはるかに強いBLC走化性を有していた。

本研究において、私は、加齢BWF1マウスにおけるB1及びB2細胞の生体内分布について解析し、肺や腎臓、及び胸腺においてB1細胞の選択的局在が認められることを明らかにした。このうち、特に、本研究では、胸腺内へのB1細胞の遊走に着目し、その免疫病理学的意義について解析した。

胸腺は、未熟な胸腺細胞が密に存在する皮質領域と、成熟T細胞を含む髄質領域とに大別されるが、この皮質と髄質の境界部には血管周囲腔、perivascular space(PVS)を有する血管があり、この血管が細胞の移入移出の窓口だと考えられている。血管周囲腔は、基底膜で覆われており、血液が胸腺内に入る際の物質拡散のバリアー、いわば血液-胸腺関門を形成している。免疫組織学的な解析から、ループス腎炎を発症した加齢BWF1マウス胸腺では、PVSの肥大が確認され、このように肥大したPVSには、B細胞の著明な集積が認められた。さらに、一部のB細胞では、PVSから髄質内へと浸潤する細胞も観察された。また、加齢BWF1マウス胸腺のPVS周囲の基底膜は、若齢マウスに比べ明らかに不明瞭であり、バリアーとしての機能が破綻している可能性が考えられた。このようなB細胞の集積は、胸腺内でのBLC発現が誘導される時期に相関しており、すでに5ヶ月齢マウス胸腺のBLC発現は、若齢10週齢マウスと比較し、有意に高値を示し、これと同時に、5ヶ月齢BWF1マウス胸腺には髄質領域でのB細胞増加が観察された。また、興味深いことに、加齢BWF1マウスの肥大したPVSでは、リンパ球の二次リンパ組織への移行を誘発する接着分子、peripheral node addressin(PNAd)を発現する血管が、肥大したPVS内に出現し、また、これらの血管は、ICAM-1やVCAM-1といった接着分子も同時に発現していた。さらに、このPNAd陽性血管の一部では、BLC蛋白発現も確認された。よって、これらの接着分子及び異所性BLC発現が、加齢BWF1マウス胸腺内へのB細胞集積に関与しているものと考えられた。

B細胞が樹状細胞同様、抗原提示能を有することは、広く知られているが、このことは、胸腺内へのB細胞の異所性集積が、胸腺内T細胞クローン選択に何らかの影響を及ぼす可能性を示唆する。そこで、B1細胞の抗原提示能について解析する目的で、異系白血球混合培養を行った。その結果、B1細胞は、B2細胞に比べ、非常に強力に異系マウス由来T細胞の増殖を誘導した。また、B2細胞に比べ、B1細胞がCD80、CD86、CD40、ICAM-1といった共刺激分子を高発現することも判明した。これらの結果は、B1細胞が、非常に効果的な抗原提示細胞として機能することを示している。さらに、試験管内において新生仔BWF1マウス由来胸腺細胞と同系腹腔B1細胞とを共培養したところ、胸腺CD4シングルポジティブ細胞(4SP 細胞)の増殖、活性化が認められた。また、これらの分裂4SP細胞は、本来、内因性スーパー抗原を介したクローン除去をうける、いわゆる禁止T細胞クローンを含んでいたことから、この現象は、B1細胞が提示する内因性スーパー抗原を介した反応であると考えられた。一方、B1細胞は、IL-2存在下において、同系成体マウス胸腺由来の、4SP細胞に対しても、増殖、活性化を誘導したが、この培養系において、B1細胞によって分裂が誘導された4SP細胞は、新生仔胸腺細胞との共培養実験で見られたような、禁止T細胞クローンを含まないことから、B1細胞によって誘導される成体マウス胸腺4SP細胞の活性化は、B1細胞の提示する内因性レトロウイルス由来のスーパー抗原を介したものではなく、それ以外の自己抗原を介した反応であると考えられた。よって、これらの結果から、胸腺内に異所性に遊走したB1細胞が、自己反応性T細胞の増殖・活性化を誘導し、結果的に、中枢性トレランスの破綻をもたらす可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、未だ不明な点が多い、B1細胞の自己免疫病発症における免疫病理学的意義を、ヒトSLEの病態に酷似した表現形質を示す、(NZB x NZW) F1マウスを用いて検索したものであり、下記の結果を得ている。

自己免疫病を発症した、加齢BWF1マウスでは、末梢血中のB1細胞の増加が認められた。そこで、加齢BWF1マウスの末梢血中に増加するB1細胞の、各臓器への分布についてフローサイトメーターにより解析したところ、肺、腎臓、及び胸腺におけるB1細胞の分布が、肥大した局所リンパ節 (pulmonary LN, renal LN) を含む、2次リンパ組織に比較してより高い頻度で検出され、その割合は、脾臓に比べ有意に高いことが明らかとなった。また、若齢BWF1マウスの胸腺内B220陽性B細胞では、腹腔B1細胞に特徴的なマーカーである、CD11b の発現は全く検出されなかったが、加齢BWF1マウスのCD5陽性胸腺内B細胞では明らかなCD11b発現を認めたことから、加齢BWF1マウスの胸腺内に増加するCD5陽性B1細胞は、腹腔B1細胞が胸腺内に遊走したものであると考えられた。さらに、これと一致して、CD11b陽性のB1a細胞は、加齢BWF1マウスの末梢血中や脾臓においても確認されたが、一方で、若齢BWF1マウスの末梢血中や脾臓に局在するB1a細胞では、CD11b発現は認められなかった。

加齢BWF1マウスの胸腺内B細胞の割合は、若齢BWF1マウスや加齢BALB/cマウスに比べ、有意に高い値を示していた。また、免疫組織学的な解析から、加齢BWF1マウスでは、胸腺内血管周囲腔 (perivascular space: PVS)の肥大が観察され、その内部には、著明なB220陽性細胞の集積が認められた。さらに、そのような肥大したPVSを囲む基底膜は、若齢マウスの場合に比べ不明瞭であり、また、明らかな fenestration(間隙)も確認された。実際に、静脈内移入された、腹腔B1細胞は、加齢BWF1マウス胸腺の拡張したPVS内に多数局在し、また、一部の移入B1細胞は、髄質領域へも移行した。これらの結果は、加齢BWF1マウスにおける、血液-胸腺関門バリアーの機能的破綻を示しており、PVSへ集積した末梢血中B1細胞が胸腺実質内へと容易に移行しうる可能性を示唆するものと考えられた。

加齢BWF1マウスの拡張した胸腺PVS内には、リンパ球の血管外移行に重要な接着分子であるPNAdを発現する、高内皮細静脈(high endothelial venul: HEV)様の血管が出現し、これらの血管は、同時にICAM-1及びVCAM-1を発現することが判明した。また、加齢BWF1マウスでは、B細胞に特異的なケモカインであるBLCの胸腺内発現の亢進が認められ、一部のPVS内HEV様血管では、BLC蛋白の発現を認めた。よって、これら、胸腺内血管におけるPNAd、ICAM-1、VCAM-1及びBLC発現は、末梢血中で増加したB1細胞の、拡張したPVS内への移行を促進しているものと考えられた。

B1細胞の抗原提示能について、異系白血球混合培養系を用いて解析した。その結果、BWF1マウス及びBALB/cマウス由来腹腔B1細胞は、いずれのマウス由来の細胞を用いた場合にも、異系CD4陽性T細胞に対して、脾臓由来樹状細胞と同程度の細胞増殖を誘導し、この反応は、B2細胞を用いた場合に比べ有意に高い値を示した。

新生仔期胸腺は、内因性スーパー抗原を介した禁止クローンの排除(ネガティブセレクション)が不十分であるため、成体マウスでは完全に排除されてしまうようなVβTCRを発現する成熟T細胞を高頻度に含んでいる。腹腔B1細胞と新生仔胸腺細胞との同系白血球混合培養の結果、B1細胞は、禁止クローンに対し強力な細胞増殖を誘導した。よって、この細胞増殖は、B1細胞が提示する内因性スーパー抗原を介した反応であると考えられた。

成体BWF1マウスの胸腺内においても、B1細胞によって活性化されうるT細胞が存在するか否かを、成体マウス胸腺細胞を用いた同系白血球混合培養実験により検討した。IL-2存在下、B1細胞との混合培養を行った群では、明らかな胸腺CD4陽性T細胞(4SP)の分裂及び活性化が認められた。しかしながらIL-2存在下、B2細胞を加えた群、またはIL-2のみで胸腺細胞を培養した群では、このような分裂4SP細胞は、ほとんど検出されなかった。このことから、新生仔マウス同様、成体マウスの胸腺にも、B1細胞によって、分裂・活性化される自己反応性T細胞が存在することが示された。また、この培養系において、B1細胞によって分裂増殖が誘導された4SP細胞は、内因性スーパー抗原に反応するT細胞クローン(禁止クローン)を含まないことから、B1細胞によって誘導される成体マウス胸腺4SP細胞の活性化は、新生仔胸腺細胞との共培養実験で見られたような、B1細胞の提示する内因性レトロウイルス由来のスーパー抗原を介したものではなく、それ以外の自己抗原を介した反応であると考えられた。よって、これらの結果は、胸腺内に異所性に遊走したB1細胞が、自己反応性T細胞の増殖・活性化を誘導する可能性を示唆している。

以上、本研究では、加齢BWF1マウスに認められる、胸腺内構築の変化、胸腺内血管における接着分子発現の亢進、及びBLCの胸腺内での異所性高発現について明らかにした。さらに、これらの異常によって引き起こされると考えれる、B1細胞の胸腺内遊走が、自己反応性T細胞の活性化をもたらす可能性について示した。よって、本研究は、全身性自己免疫疾患における免疫寛容破綻の機序説明につながる可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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