学位論文要旨



No 119304
著者(漢字) 長畑,智之
著者(英字)
著者(カナ) ナガハタ,トモユキ
標題(和) Long SAGE法を用いたラット肝臓におけるLPS刺激応答遺伝子の包括的解析
標題(洋)
報告番号 119304
報告番号 甲19304
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2278号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 井上,和男
 東京大学 助教授 小野木,雄三
内容要旨 要旨を表示する

背景

エンドトキシン(内毒素)はグラム陰性桿菌の外膜に存在し、その本体はリポ多糖類(lipopolysaccharide:LPS)であり強力なサイトカイン誘導物質である。血中に放出されたLPSは血清蛋白であるLPS binding protein(LBP)と結合し、マクロファージ細胞膜上の特異的受容体(CD14)に結合する。また血清中にはマクロファージなどから遊離した可溶性CD14(sCD14)が存在しており、血管内皮細胞や線維芽細胞などのCD14を発現していない細胞は、このsCD14と結合したLBS-LBP複合体を認識しMD2とTLR4の複合体を介し、細胞内にシグナルが伝達される。これによりIL-1、TNF、IL-6、IL-8などの炎症性サイトカインが放出され、その結果、好中球が組織に集積して様々なメディエーターを放出する。エンドトキシンが血液中に放出された状態がエンドトキシン血症である。敗血症は菌血症 (bacteremia) に重篤な全身性感染症所見を伴う状態と定義され、細菌やその毒素が局所に留まらず全身に波及し、重篤な全身性の生体反応が引き起こされた病態として捉えられる。重症化するとショック、DICによる出血傾向を引き起こし、多臓器不全へと進展する。このことによる肝不全は血漿交換などの治療が成されているが死亡率も高く重要な疾患であると考えられている。

LPS投与したヒト肝細胞、マウス、ラットの肝臓においてこれまで炎症、代謝、毒性などの際に重要な働きをしているIL-1β、IL-8、IL-6、TNF-αなど種々のサイトカイン、UDP-glucuronosyltransferase、dihydropyrimidine dehydrogenase、phosphoenolpyruvate carboxykinase など薬物代謝酵素の発現変化、またラットにおいて albumin、transferrin、haptoglobin、lipipilysaccharide binding protein、alpha-1-glycoprotein、angiotensinogen、alpha-2-macroglobulin、metallothionein、heme oxygenase などの個々における遺伝子発現の変化、またCLP(cecal ligation puncture)を用いた敗血症モデルを用いたcDNA microarray解析、マウスによるDNA microarray解析は成されているが、LPS投与したラットの肝臓における応答遺伝子発現の包括的解析は成されてはいない。一方、ラットは代謝系、毒性試験などにおいて実験動物として使用されているがヒトとの比較において発現遺伝子の詳細な解析は成されておらず検討することは非常に意義がある。

そこで今回行った正常ラットの肝臓の結果と以前私達の研究室で行った正常マウス、ヒトの肝臓との結果から遺伝子発現を調べたところ、ラットはヒトの代謝酵素などをマウスと比べ鋭敏に発現している傾向が認められ、ヒトと非常に近いことが観察された。そのため毒性を評価する上でラットでの評価は意義があると思われた。そこで、多くの毒物がある中、今回、我々はLPS投与によりラット肝臓で発現変動する遺伝子を系統的に調べるために Long SAGE 法を用いて解析を行った。cDNA microarray では既存の搭載遺伝子の発現解析に限定されるのに対し、Long SAGE 法は細胞、臓器における遺伝子発現の迅速なスクリーニング技術であり、数万個の21bpからなるcDNA断片の塩基配列を決定しSAGEデーターベースを検索することにより各細胞、臓器における未知、既知を問わず各遺伝子発現状況を定量することが出来る利点がある。

方法

8週令、雄、SDラットにLPS(E-coli o55:B5, 2mg/kg BW)をi.p.し6時間後の肝臓からTotal RNAを抽出し、mRNAを精製、Long SAGE library を作製し、解析を行った。各々のサンプル(コントロール群、LPS投与群)からRNA-Beeにより Total RNA を精製し、poly(A)+mRNAをμMACS mRNA isolation kit を用いて単離した。200ngのpoly(A)mRNAをSuperScript Choice System for cDNA Synthesis により、5'末端をビオチン化したオリゴd(T)18をプライマーとしてcDNAを合成した。cDNAを50Uの制限酵素NIaIIで一晩消化した後、cDNAの3'側のフラグメントを1mgのDynabeads M-280 Streptavidinと結合させた。これを2つに分け、それぞれに異なるリンカーを10UのT4DNAリガーゼを用いてライゲーションした。リンカーの配列は、1A:5' -TTTGGATTTGCTGGTGCAGTACAACTAGGCTTAATATCCGACATG-3' 1B:5' -TCGGATATTAAGCCTAGTTGTACTGCACCAGCAAATCC AminoModifiedC7-3' 2A:5' -TTTCTGCTCGAATTCAAGCTTCTAACGATGTACGTCCGACATG-3'2B:5' -TCGGACGTACATCGTTAGAAGCTTGAATTCGAGCAG AminoModifiedC7-3' であり、1Aと1B、2Aと2Bを等量混合し、95℃で2分、65℃で10分、37℃で10分、室温で20分と徐々に冷やしながらアニーリングさせたものを用いた。このリンカーには制限酵素MmeIの認識部位が含まれており、ライゲーション後40UのMmeIを10mM HEPES, pH8.0、2.5mM KOAc、5mM MgOAc、2mM DTT、40uM S-adenosylmethionine 存在下、37℃、2.5時間反応させてbeadsからcDNAを切り離した後、2群に分けたcDNAをお互いにライゲーションさせた。その後、それぞれのリンカーに含まれる配列をプライマーとして、PCRによりライゲーション産物を増幅した。プライマーの配列は、1: 5' -GTGCTCGTGGGATTTGCTGGTGCAGTACA-3' 2: 5' -GAGCTCGTGCTGCTCGAATTCAAGCTTCT-3' であり、95℃で30秒、55℃で1分、70℃で1分を28サイクル行った。12%のPAGE(160V、2時間)にて泳動及び精製後、これを再びNlaIIIで消化し、1つのcDNA由来のtagが2つ繋がったditagを得た。5UのT4リガーゼで16℃、2時間反応させ、ditagがいくつも繋がったconcatemerを作製し、8%のPAGE(160V、2.5時間)で泳動し、600bp以上のバンドを抽出、精製してベクターpZero-1のSphI部位にサブクローニングした。このベクターには抗生物質Zeocinの耐性遺伝子の他に、マルチクローニングサイトを含んだ自殺遺伝子が組み込まれている。従って、セルフライゲーションを起こした場合、プラスミドは大腸菌内で複製出来ずコロニーを形成出来ないため、サブクローニング出来たものだけがコロニー形成することになる。コンピテントセル (ElectroMax、Invitrogen Co.) にエレクトロポレーション法(400Ω、25μF、1.8kV)にてトランスフォーメーションし、コロニーPCR法により concatemer を増幅した。効率良くシークエンスを行うため、600bp以上の concatemer を選択し、これをテンプレートとして BigDye? Terminator kit でシークエンス反応を行い、ABI3730自動シークエンサーを用いてtagの配列を決定した。シークエンスファイルはSAGEプログラム(Johns Hopkins 大学の Kinzler 博士らにより供与)により解析した。シークエンスエラーを除き、全部で63,324tags(うち正常ラット肝臓より30,916tags、LPS投与ラット肝臓から32,408tags)を解析した。遺伝子の同定はNCBIのホームページ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/SAGE/)で行った。

結果ならびに考察

今回、我々は正常ラット肝臓、LPS投与ラット肝臓ライブラリーから得た30,916tag、32,408tagをシークエンスし16,000種類以上の遺伝子tagsを得た。

そのうち、正常ラット肝臓に対し発現が上昇、減少している上位100の遺伝子を同定した。LPS投与によりラット肝臓から発現した遺伝子の上位のものとしてmig、guanylate binding protein2(Gbp2)、CD14などの発現が上昇し、発現が減少したものとして sulfotransferase hydroxysteroid gene 2、LAR receptor-linked tyrosine phosphatase、UDP-glucuronosyl transferase、肝薬物代謝酵素 (cytochrome P450 3A2、2C6、1A2、3A18、2D18、2C39)、トランスポーター (solute carrier family 3 member 1、solute carrier family 27 member 32、FXYD-domain-containing ion transport regulator 2、organic anion transporter、kidney specific organic anion transporter、solute carrier family 26 member 1) などの取り込み型、排出型のトランスポーターの発現変動が観察された。LPSによる肝傷害により薬物代謝系酵素、トランスポーター遺伝子変動が引き金となりバランスが崩れ代謝物のうっ帯による毒性が生じていると考えられる。マウス、ヒトの正常な肝臓で遺伝子発現解析されたプロファイルと比較すると、ラットのプロファイルはヒトで発現している薬物代謝酵素、トランスポーターをマウスよりも顕著に発現していることが認められた。また、ヒトと比較してもラットのライブラリーの方がより上位に薬物代謝酵素などを発現している傾向が強いことも観察出来た。これらの結果からもラットはマウスに比べ、よりヒトと代謝系などが似た傾向であることが示唆され、薬物の毒性評価などにおいてもマウスよりもラットの方が有用なモデル動物となりうるものと考えられた。

ヒトゲノム配列解読完了が宣言された今、生命現象の分子レベルでの解明、様々な疾患に対する新規治療法の開発、併用薬の酵素誘導に起因する二次疾患の阻止、テーラーメイド医療、疾患の診断、予防、薬効、副作用の予測、環境化学物質による毒性等においてこれらのデータが広く有効活用されることが期待される。また、今後、これらの肝薬物代謝酵素、トランスポーターを含んだデータは新たな薬物毒性スクリーニングシステム、cDNA環境毒性チップなどの評価に有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はラットの正常肝臓、LPS投与ラット肝臓発現遺伝子を包括的に検索する中でエンドトキシンの肝臓標的遺伝子を明らかにすること、ラットの肝臓発現遺伝子とヒト、マウス肝臓発現遺伝子を比較することよりラットが代謝、毒性試験などに適切な動物であることを検証するためにLong SAGE解析、Affymetrix GeneChip解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

肝毒性は、胆汁酸うっ帯により引き起こされる肝細胞アポトーシス、炎症性肝傷害、cytochrome P450 2E1依存性酸化的ストレスやコラーゲン沈着、NO、スーパーオキシドによる脂質過酸化、ミトコンドリアの機能不全などの影響が原因となり引き起こされていると報告されており、今回の結果からもこれらに関係する多くの遺伝子が多く観察された。

NO、スーパーオキシドによる脂質過酸化に関しては、LPS刺激により superoxide dismutase の発現上昇が認められ、LPS投与により肝臓内に生じたsuperoxideの代謝が活発に行われスーパーオキシドによる傷害を排除しようと働いていることが示唆された。

炎症性肝傷害に関しては、クッパー細胞、好中球などによる接着分子、ケモカイン、サイトカイン誘導によるROSなどの影響が報告されており、正常ラット肝臓の発現プロファイルに対し、LPS投与により顕著に遺伝子発現が上昇するものとしてmig、IL-1beta、CD14 antigen、interferon gamma inducing factor binding protein、GROなどのサイトカイン、ケモカイン、LPS関連受容体に分類される遺伝子が観察されLPSにより誘発される炎症反応との関わりが示唆された。

本研究結果とマウス、ヒトの正常肝臓における結果から代謝を司る主な薬物代謝酵素(P450)などの発現について比較したところ、マウスにおいては cytochrome 2C、3-hydroxy-3-methylglutaryl-coenzyme A synthase、UDP-glucose dehydrogenase、alcohol dehydrogenase、aldehyde reductase、aldehyde oxidase、aldehyde dehydrogenaseなどが顕著に変化する上位の遺伝子として認められていた。それに対しラットにおいては、それらの代謝酵素、各種酵素の他、cytochrome P450 3A2、2C6、1A2、3A18、2D18、2C39、arginase I、isocitrate dehydrogenase I、carboamyl-phosphate synthetase Iなど主な薬物代謝型チトクロムP450分子種をマウスと比較しても多く顕著に発現していることが認められた。また、ヒト正常肝臓でのデータと比較してもラットのライブラリーの方がより上位に薬物代謝酵素などを発現している傾向が強いことも観察出来、ラットはヒト、マウスに比べ、代謝酵素を上位発現していることが判り、薬物の毒性評価などにおいてもマウスよりもラットの方が有用なモデル動物であると考えられた。

solute carrier family 3 member 1、solute carrier family 27 member 32、FXYD-domain-containing ion transport regulator 2、organic anion transporter、kidney specific organic anion transporter、solute carrier family 26 member 1などの取り込み型トランスポーターのLPS投与による顕著な発現減少が認められた。これに対し、排出型 transporter 2, ATP-binding cassette subfamily B (MDR/TAP) のLPS投与による発現減少が認められた。これらの因子の変動により取り込み、排出型のバランスが崩れ、代謝物の肝内うっ帯がLPSによる急性障害により引き起こされていると考えられた。マウスにおけるTCDDにおける遺伝子解析データと比較してもラットの肝臓での遺伝子発現においてLPS投与により数多くのトランスポーターの発現変動が確認できLPSにより誘発される肝傷害で発現変動する包括的遺伝子発現情報が明らかとなったことは重要であると考えられた。

Long SAGE解析により、Affymetrix GeneChip解析で同定出来なかったLPS応答遺伝子を多く同定出来た。Affymetrix GeneChip解析では、正常ラット肝臓、LPS投与ラット肝臓発現遺伝子に関してはLong SAGE解析と一致することが観察されたが、両者で発現変動する遺伝子に関しては一致が観察されず、cDNA microarray解析に比べLong SAGE解析は定量性に優れた遺伝子検索法であることが示唆された。

以上、本論文はラット正常肝臓、LPS投与ラット肝臓、正常肝臓に対してLPS投与で発現上昇、減少する遺伝子をLong SAGE法を用いて解析し、各々遺伝子上位100を同定することが出来、エンドトキシンによる肝傷害機序解明のための基礎情報を提供するものと期待される。また、ラットが毒性試験に適切な動物であるという実証には至らなかったが、正常ヒト肝臓、正常マウス肝臓に比べ薬物代謝酵素、トランスポーターをコードする遺伝子がより多く上位発現していることが観察され、ヒトゲノム配列解読完了が宣言された今、生命現象の分子レベルでの解明、様々な疾患に対する新規治療法の開発、併用薬の酵素誘導に起因する二次疾患の阻止、テーラーメイド医療、疾患の診断、予防、薬効、副作用の予測、環境化学物質による毒性等においてこれらのデータが広く有効活用されることが期待される。今後、これらの肝薬物代謝酵素、トランスポーターを含んだ発現情報をもとに、より精度の高い新たな薬物毒性スクリーニングシステム、薬物毒性、環境化学物質、肝毒性チップなどの作成、評価に有用であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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