学位論文要旨



No 119305
著者(漢字) 佐藤,義隆
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨシタカ
標題(和) 高親和性IgG受容体を介した肥満細胞内情報伝達
標題(洋)
報告番号 119305
報告番号 甲19305
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2279号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 平井,浩一
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

肥満細胞は高親和性IgE受容体(FcεRI)を発現し、抗原特異的IgEが結合することにより感作される。抗原はIgE-FcεRIを架橋させ細胞活性化の引き金を引き、細胞内情報伝達系によって増幅されたシグナルは細胞を活性化し、多くのプロテアーゼ、炎症メディエーター、サイトカイン、ケモカインの産生、放出を通して、アレルギー性炎症を増悪する。ところが最近になって、マウス、モルモット、イヌ、ヒト肥満細胞にはFcεRIだけでなく高親和性IgG受容体(FcγRI)も存在し、IgEのみならずIgGを介しても肥満細胞が活性化されている可能性が相次いで報告された。ヒト末梢血幹細胞由来培養肥満細胞、肺由来肥満細胞にはFcγRIが少量発現され、IFN-γによってその発現量が著増することが確認され、ヒト肥満細胞はIFN-γ豊富な環境下では、FcεRI だけでなくFcγRIを介して活性化され、アレルギー性炎症に関わっている可能性が示唆されている。歴史的に肥満細胞研究は、ヒト肥満細胞の有用な培養細胞株が得られなかった為、げっ歯類の肥満細胞株で代用されてきた。イヌはヒトと違い肥満細胞腫瘍の発生が極めて多い特性を持ち、肥満細胞株の作製に適していることがよく知られている。CM-MC細胞(Canine Mastocytoma-derived Mast Cell)はモノマーIgGを介しての脱顆粒が示されたイヌ肥満細胞株で、高親和性IgG受容体(イヌFcγRI)の存在が推測されている。そこで、イヌFcγRIの発現を確認、その構造と機能を解析し、イヌFcγRIを介した肥満細胞内の活性化情報伝達を詳細に検討する為、以下の実験を計画した。

方法

胎児ウシ血清10%含有RPMI培地中でCM-MC細胞(トリプターゼ陽性、キマーゼ陽性、生細胞率99%以上、倍加時間52時間、ヒスタミン含量0.2pg/cell)は培養、継代された。CM-MCから抽出されたmRNAに対して、ヒト、マウスFcγRIα鎖のcDNA配列の中で相同性の高い部分から作成したプライマーを用いてRT-PCRを行い、イヌFcγRIの存在確認を試みた。3'-RACE、5'-RACEにより、イヌFcγRIα鎖の全cDNA配列を求めた。イヌIgGとイヌFcγRIの結合をFITC標識抗イヌIgGによる蛍光染色により確認した。125I標識イヌIgGのイヌFcγRIへの結合試験の結果をScatchard解析し、モノマーイヌIgGとイヌFcγRIとの親和性と細胞あたりの受容体数を算定した。イヌIgGを結合させたイヌFcγRIを抗イヌIgGで架橋することにより惹起される細胞内蛋白質チロシンリン酸化を評価する為、可溶化した細胞にSDS-PAGEを施行後、ニトロセルロース膜にウエスタンブロットを行い、抗リン酸化チロシン抗体を一次抗体としたラジオルミノグラフィーで解析した。このチロシンリン酸化に対して、キナーゼ阻害剤(スタウロスポリン)とSyk特異的阻害剤(ER-27319)にて阻害を試みた。イヌFcγRIを介した細胞内Ca2+濃度上昇を観察するため、イヌIgGと反応させ、Ca2+指示薬(Fura-2)を取り込ませた細胞上のイヌFcγRIを抗イヌIgGで架橋し、蛍光光度計にて経時的にCa2+濃度を測定した。細胞内Ca2+貯蔵器官からの放出によるCa2+濃度上昇を観察するため、1mMのEGTAを使って細胞外液のCa2+をすべてキレートした後、イヌFcγRIを架橋した。Store Operated Ca2+ Channel を介した細胞外から内へのCa2+流入現象を、細胞外Ca2+非存在下でイヌFcγRIを架橋後、Ba2+を外液に加える事で確認を試みた。イヌFcγRIを介した脱穎粒に対する細胞外Ca2+の影響をヒスタミン遊離で定量した。イヌFcγRIはヒトIgGに対しても結合性を示した為、正常人血清由来ポリクローナルIgG、ミエローマ患者血清尿由来モノクローナルIgG1、IgG2、IgG3、IgG4と反応させたイヌFcγRIに対し、抗ヒトIgGでの架橋を試み、Ca2+応答と脱顯粒を定量した。

結果

RT-PCRでは予想された340塩基対のDNA断片の増幅が観察された。イヌFcγRIα鎖の全cDNA配列は1119塩基対(遺伝子バンク登録番号AB101519)でヒト、マウスFcγRIα鎖のcDNAに対し84、78%の相同性を持っていた。予想された一次アミノ酸配列はそれぞれ72、63%の相同性を有していた。種間での高度な保存が確認された六つのシステイン残基はイヌFcγRIα鎖の細胞外部位に、FcγRIα鎖に特徴的とされる三つの免疫グロブリン類似構造を形作っていた。イヌFcγRIはモノマーイヌIgG、モノマーヒトIgG双方との高い親和性(結合反応平衡定数=1x108M-1)を示し、細胞表面上の受容体数はヒトマクロファージ等と同程度に十分量の発現(8x104/cell)が認められた。FACS解析によってもモノマーイヌIgG、モノマーヒトIgG双方とイヌFcγRIとの結合性は明らかであった。イヌFcγRIを介した細胞内蛋白質チロシンリン酸化では、イヌFcγRIの架橋後1〜5分で38、62、70、80kDaの細胞内蛋白質チロシンリン酸化反応亢進が観察され、そのすべてがスタウロスポリンによって阻害された。Syk特異的阻害剤によって70、38kDaの蛋白のチロシンリン酸化が阻害された。70kDaは抗Syk抗体との交叉反応性が認められた。イヌFcγRIを介した細胞内Ca2+濃度上昇は抗イヌIgGによる架橋直後より認められ、数十秒間の急速上昇(初期相)の後、緩徐な増加(後期相)に転じ、二相性の上昇パターンを示した。安静時20〜30nMであった細胞内Ca2+濃度は、架橋後150秒間で200〜300nMまで上昇した。細胞外Ca2+非存在下においてイヌFcγRIを架橋した場合の細胞内Ca2+濃度上昇は架橋後約40秒でピークを迎える一過性の応答であった。細胞外Ca2+非存在下でイヌFcγRI架橋後に外液にBa2+を加えると、Ba2+は急速かつ持続的に細胞内に取り込まれた。イヌFcγRIを介した脱顆粒に最適な細胞外Ca2濃度は1mMであり、細胞外Ca2+非存在下では脱顆粒は認められなかった。ヒトIgGサブタイプを介した肥満細胞活性化試験において、Ca2+応答、脱顆粒反応共に、ヒトIgG1、IgG4で感作し、抗ヒトIgGで架橋した場合、最も顕著に細胞が活性化された。

考察と結論

モノマーIgGを介して活性化されるイヌ肥満細胞株(CM-MC)にヒト、マウスのFcγRIに相当する高親和性IgG受容体(イヌFcγRI)の発現が確認され、ヒトFcγRIα鎖と72%と高いホモロジーを認めた。種間での高度な保存が確認されている六つのシステイン残基はイヌFcγRIα鎖の細胞外部位に三つの免疫グロブリン類似構造を形作り、FcγRIα鎖に特徴的な構造を示した。結合実験によりイヌFcγRIはイヌIgGのみならずヒトIgGをも高親和性に結合することが示された。イヌFcγRIを架橋することにより、細胞内に活性化シグナルが伝達され、速やかに4種の細胞内蛋白質のチロシンリン酸化反応が惹起され、Syk等の関与が推測された。イヌFcγRIの架橋はさらに、小胞体などの細胞内のCa2+貯蔵器官からのCa2+動員とそれに引き続いたStore Operated Ca2+ Channelを介した細胞外からのCa2+流入現象を引き起こした。イヌFcγRIの架橋が引き金となり細胞内に活性化シグナルが伝達され最終的に細胞外Ca2+依存的な脱顆粒を呈した。FcεRIとFcγRIはいずれも分子内に2つのγサブユニットを持ち、それを通じて細胞内に情報伝達することが知られている。CM-MC内のチロシンリン酸化反応とCa2+応答、脱顆粒現象は、既に知られている肥満細胞内のFcεRIを介した情報伝達と相似するものであり、γサブユニット以降の細胞内経路は共有される部分が多いことが示唆された。4種のヒトIgGサブタイプの中でヒトIgG1とIgG4はイヌ肥満細胞を強く活性化し、レアギン抗体として作用する可能性が示された。CM-MC細胞は培養法が簡便で実験再現性に優れた肥満細胞株であり、モノマーIgGを高親和性に結合し得ることから、今後IgGを介したアレルギーを研究する基礎的な培養細胞系を提供できるものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、即時型アレルギー発症に決定的な役割を果たしている肥満細胞に於いて、最近、新たに発見された活性化経路である高親和性IgG受容体を介した細胞内情報伝達の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

実用化されたヒト肥満細胞株が得られていない現況下で、ヒトに近い遺伝子、体型、寿命を持ち、ヒト類似のアレルギー症状を呈し、多くのアレルギー疾患のモデル動物として既に採用されているイヌに着目し、イヌの肥満細胞株(CM-MC)におけるイヌ高親和性IgG受容体(イヌFcγRI)の構造と機能の解析及びイヌFcγRIを介した細胞内情報伝達の検討を行った。CM-MCから抽出されたmRNAに対して、ヒト、マウスFcγRIα鎖のcDNA配列の中で相同性の高い部分をプライマーにしRT-PCRを行った結果、予想された340塩基対の長さのDNA断片の増幅が観察された。3'-RACE、5'-RACEにより決定されたイヌFcγRIα鎖の全cDNA配列は1119塩基対(遺伝子バンク登録番号AB101519)から成り、ヒト、マウスFcγRIα鎖cDNAに対し、84、78%の相同性を有していた。塩基配列から予想されたイヌFCγRIα鎖一次アミノ酸配列は372アミノ酸から構成され、ヒト、マウスFcγRIα鎖と72、63%のホモロジーを認めた。種間での高度な保存が確認された六つのシステイン残基はイヌFcγRIα鎖の細胞外部位に三つの免疫グロブリン類似構造を形作っていた。これはFcγRIα鎖に特徴的な構造である。125I標識IgGのイヌFcγRIへの結合試験の結果を Scatchard 解析した所、モノマーイヌIgG、モノマーヒトIgG双方との高い親和性(結合反応平衡定数=1x108M-1)が証明され、細胞表面上の受容体数はヒトマクロファージ等と同程度に十分量の発現(8x104/cell)が認められた。FACS解析によってもモノマーイヌIgG、モノマーヒトIgG双方とイヌFcγRIとの結合性が証明された。

イヌIgGを結合させたイヌFcγRIを抗イヌIgGで架橋することにより、38、62、70、80kDaの細胞内蛋白質のチロシンリン酸化反応の上昇が観察され、70、38kDaがSyk特異的阻害剤によって阻害された。抗Syk抗体との交叉反応性の認められた70kDaはSyk、38kDaはSykの下流に位置するMAPKと推測された。イヌIgGを結合させたイヌFcγRIを抗イヌIgGで架橋することにより、急速で持続的な細胞内カルシウム濃度上昇が惹起され、初期急速上昇相と後期漸増相が観察された。細胞外液中のカルシウムイオンを完全にキレートすることで、後期漸増相が消失し、Store Operated Ca2+ Channel (SOCC)を介した細胞外から内へのCa2+流入現象が示唆された。Ba2+の細胞内への取り込み実験によりSOCCの関与が証明された。イヌIgGを結合させたイヌFcγRIを抗イヌIgGで架橋することにより引き起こされる脱顆粒現象は、細胞外Ca2+のキレートで完全に消失し、SOCCを介したCa2+流入現象は肥満細胞脱顆粒にとって必要条件であることが判明した。

ヒトIgGサブタイプ(IgG1〜IgG4)と反応させたイヌFcγRIに対して、洗浄後、抗ヒトIgGでの架橋によるCM-MCの活性化試験を行った結果、細胞内カルシウム応答、脱顆粒共に、ヒトIgG1、IgG4と反応させた場合、最も顕著に細胞が活性化され、両者は高親和性IgG受容体を発現する肥満細胞にとってレアギン抗体として作用する可能性が新たに示された。

以上、本論文はイヌ肥満細胞株(CM-MC)を用いて、高親和性IgG受容体を介した肥満細胞内情報伝達に於けるkey moleculeであるイヌFcγRIα鎖の構造を決定し、機能を明らかにしたものである。又、イヌFcγRIを介した細胞内情報伝達経路に存在する分子群と細胞内カルシウム応答を解明した。さらに、ヒトIgG1、IgG4を介した肥満細胞の活性化を示し、IgG依存的な肥満細胞の興奮現象に関する新事実を明らかにした。本研究は未知の部分が多く残されている高親和性IgG受容体を介した肥満細胞内情報伝達に新知見を提供し得たと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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