No | 119306 | |
著者(漢字) | 鈴木,健司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,ケンジ | |
標題(和) | 抗環状シトルリン化ペプチド抗体、及び抗シトルリン化フィラグリン抗体の関節リウマチにおける臨床的意義について | |
標題(洋) | High diagnostic performance of ELISA detection of antibodies to citrullinated antigens in rheumatoid arthritis | |
報告番号 | 119306 | |
報告番号 | 甲19306 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2280号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (緒言) 関節リウマチ(rheumatoid arthritis : RA)は、多関節炎を特徴とする原因不明の自己免疫性疾患であり、その診断は、身体所見、骨レントゲン所見、そして血清リウマトイド因子(rheumatoid factor : RF)などで構成される診断基準に基づいて行われる。RFはRA以外の疾患でも陽性になりうるが、総合的にRFを上回る血清マーカーはこれまでに報告されていない。 これに対して近年、シトルリン(citrulline)を含むエピトープを認識する抗体のRA診断的有用性が注目されている。当初この抗体は、上皮細胞中の成分を認識するRA血清に特異的な抗体、antiperinuclear factor として、1964年に免疫染色で発見されていた。高いRAの特異性が注目されたが、RAでの陽性率がRFよりも低かったことや、組織染色という手法ゆえの操作の煩雑さや再現性などの問題のため、一般のRA診断に用いられることはなかった。その後、上皮細胞中のフィラグリン(filaggrin)という蛋白質にこの抗体が反応していること、更にフィラグリン内のアルギニン残基が peptidylarginine deiminase (PADI) による翻訳後修飾の結果シトルリン残基に変化(シトルリン化、citrullinated)した部分がエピトープであることが解明されると、recombinant filaggrin をシトルリン化して固相化した antifilaggrin antibody (AFA) ELISA や、合成環状シトルリン化ペプチドを固相化した anti-cyclic citrullinated peptide antibody (anti-CCP) ELISA が開発され、再現性のある抗体測定が容易となった。 過去の recombinant filaggrin を用いたAFA ELISAは、rabbit PADIで rat filaggrin をシトルリン化したものであるが、RA診断性能のRFとの直接比較は報告がない。また、2000年に開発されたanti-CCPのRA診断能は、RFを上回る特異度を示すものの感度は劣ると報告されており、両者の優劣関係は明らかにされていない。2002年以降の anti-CCP は第2世代(CCP2)と呼ばれており、以前と異なるペプチドを固相化してRA診断能が向上したと開発者は学会報告しているものの、CCP2とRFのRA診断能の比較はこれまで医学論文上に報告されていない。更に、日本人を対象とした報告はこれまでにない。そこで本てAFA ELISAを独自に作成し、anti-CCPの測定にCCP2を用い、これらのRA診断能を含めた臨床的有用性について日本人で初めての検討を試みた。 (方法)AFA ELISAは以下のように作成した。human skin cDNAをテンプレートとしてRT-PCRによって filaggrin 遺伝子を増幅し、これをベクターに組み込み大腸菌に導入することでrecombinant human filaggrinを発現させた。His-tagカラムでこれを精製した後human PADIでシトルリン化し、これを各ウェルに固相化した。その後、陽性/陰性スタンダード血清またはサンプル血清を反応させ、ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体を用いて発色させた。450nm波長での吸光度(A450)を測定し、以下の計算式にて抗体価を定量化した。(]サンプル血清A450-陰性スタンダード血清A450]/]陽性スタンダード血清A450-陰性スタンダード血清A450])×100 (index)。anti-CCP ELISA は、Axis-Shield 社(U. K.)のCCP2を用いた。比較対照として、RF]latex-enhanced immunonephelometric assay](Dede Behring 社、Germany)とmatrix metalloproteinase 3(MMP-3)]ELISA](The Binding Site 社、U. K.)を測定した。 anti-CCPやAFAとRA疾患活動性との相関関係に関する報告はこれまでに無く、今回検討を試みた。疾患活動性を反映する因子としてCRP(mg/dl)と血沈(mm/時)を測定し、これらと各血清マーカーとの相関関係をSpearan順位相関で検定した。 健常者血清は 320 名から収集した。患者血清は、国内5病院から収集した。RAはアメリカリウマチ学会の分類基準を満たす症例549名であり、他のリウマチ性疾患(208名)と共にリウマチ科医師により診断された患者を対象とした。 (結果) 健常者でのCCP2、AFAの陽性率 健常者でのCCP2、AFAの陽性率はそれぞれ2.5%、2.2%であり、RF(3.1%)よりも若干低値であった。健常者において性別及び年齢別に関する測定値、陽性率には有意差が認められなかった。なお、カットオフ値はRAと他のリウマチ性疾患についてのreceiver operating characteristic(ROC)曲線から定まる値を用いた。 各血清マーカー測定値の患者群間の比較 RA と他のリウマチ性疾患の2群について、CCP2、AFA、RF、MMP-3の測定値分布を比較した(図1)。Mann-Whitney 検定によると全ての血清マーカーで2群の分布に有意差が認められたが、CCP2やAFAは、RFやMMP-3と比較して2群の測定値分布がより明瞭に分離されていた。 各血清マーカーの感度・特異度の比較 RA と他のリウマチ性疾患についての感度・特異度を図2に示した。CCP2とAFAのカットオフ値はRAと他のリウマチ性疾患のROC曲線から定まる値を用い、RFとMMP-3については推奨値を使用した。CCP2は感度・特異度ともにRFやMMP-3を有意に上回っており、これらを上回るRA診断性能を持つことが明らかになった。AFAの特異度はRF、MMP-3を有意に上回るものの感度は逆に劣っており、感度・特異度の比較ではAFAとRFやMMP-3との優劣関係の判断は困難であった。CCP2とAFA間の比較では、感度はCCP2が有意に優れるものの特異度はAFAが有意に優れており、両者の優劣関係は明らかにならなかった。なお、発症1年以内の早期RA患者に限定して検討した場合にも同様の結果が得られた。 ROC曲線の比較 感度・特異度の比較で明らかにされなかった血清マーカー間のRA診断性能の優劣関係を更に検討するために、RAと他のリウマチ性疾患についてのROC曲線を作成した(図3)。MMP-3については、男女で基準値が異なるために別々に曲線を作成し、女性の曲線のみを示した。一般的に、X軸:1-特異度、Y軸:感度としてROC曲線を描いた場合には、左上の頂点(感度・特異度とも 100%の点)のより近くを通過するほど優れた検査と解釈できる。ROC曲線の比較からは、CCP2 のみならず AFAも、RFやMMP-3を凌ぐRA診断能を持つことが明らかとなった。また、CCP2とAFAの比較ではCCP2が優れることが明らかとなった。 RA疾患活動性との相関関係 何れの血清マーカーもRA疾患活動性(CRP、血沈)との間に有意な正の相関関係が認められた。MMP-3と疾患活動性との相関係数は0.48〜0.61であり、最も強い相関関係を示した。CCP2やAFAは、疾患活動性との相関係数が0.21〜0.27と小さく、RFと疾患活動性との相関係数(0.27〜0.28)と同程度であり、これらMMP-3以外の血清マーカーは疾患活動性との相関関係が弱いと考えられた。この結果、CCP2やAFAは疾患活動性の指標には適さない可能性が示唆された。 (考察) recombinant human filaggrin を human PADI でシトルリン化して独自に作成したAFA ELISA、及びanti-CCPの測定にCCP2を用いた、日本人を対象とする今回の研究では、これらがRFなどの既存の血清マーカーを凌ぐRA診断能を持つことを、世界で初めて、それも大規模な多施設研究で明らかにできた。今回、RFを凌ぐRA診断性能が示された理由として、まず非常にRA特異的であったことが挙げられる。健常者での陽性率はRFよりも更に低値であった。また、RA以外のリウマチ性疾患に関しても、RFでのシェーグレン症候群(陽性率43%)や、MMP-3での全身性エリテマトーデス(陽性率73%)のような、陽性率の高い特定の疾患がこの抗体では認められなかった。今回、anti-CCPやAFAの卓越性を示すことのできた2つ目の理由としては、異なる母集団であり単純な比較は出来ないものの、過去の報告に比べてこれらのRAでの陽性率がRFと同等かそれ以上の値を示すほどに高かったことが挙げられる。独自に作成したAFA ELISAについては、human由来のfilaggrin及びPADIを用いたことがRAでの陽性率向上に寄与した可能性が考えられる。一方anti-CCP ELISAについては、開発者の主張どおりに、今回使用したCCP2が第1世代よりもRA診断性能が向上しているものと考えられる。このように、固相化するペプチド/蛋白質の改良によって、anti-CCPやAFAは既存の血清マーカーよりも優れたRA診断性能を獲得したものと考えられる。 シトルリンを含むエピトープを認識する抗体は上皮細胞のフィラグリンへの反応を契機に発見された自己抗体であるが、RA 患者における実際の対応抗原はフィラグリンではないことを支持する以下のような報告がある。RA の滑膜抽出液中の総免疫グロブリンに占めるAFAの比率は血清中のそれよりも大きく、この抗体の滑膜での産生が推測されるものの、フィラグリンは滑膜では発現していない。その代わりに、RA 以外での滑膜には存在しないシトルリン化蛋白質がRA滑膜には存在し、シトルリン化に必須なPADIも発現している。特に、RA滑膜での存在が既に同定されているシトルリン化フィブリンについては、AFA陽性RA患者の血清中の抗体がこれに反応するという。これらの報告は、RA の滑膜に出現したフィラグリン以外のシトルリン化蛋白質がこの抗体の真の抗原であり、RA ではこれに対する自己免疫反応が何らかの機序で惹起されているという可能性を示唆するものとして注目される。 CCP2やAFAのエピトープで重要なシトルリン残基は、アルギニン残基のPADIによるシトルリン化によって出現することから、PADIはシトルリン化抗原の出現に、そしてこの抗体の産生に重要である可能性がある。4種類のPADIのうち、type4の遺伝子はRAの発症を規定することが近年明らかにされており、PADI type4がRAの病因に何らかの形で関与する可能性を示唆するものとして注目されている。 今回の研究はシトルリンを含むエピトープを認識する抗体、CCP2、AFAのRAにおける臨床的有用性についての検討を国内で初めて行い、そのRFを凌ぐRA診断的有用性を初めて明らかにした。この抗体と、その産生に関与すると考えられるPADIやシトルリン化蛋白質などのRAの病因・病態形成への関与を更に解明することが今後の課題であろう。 RAと他のリウマチ性疾患のCCP2(A)、AFA(B)、RF(C)、MMP-3(D)の測定値分布の比較。箱の中の線は中間値。箱の上下の線は五位25%と下位25%。ヒゲの部分は上位10%と下位10%。それより外側の実測値は点で示した。 各血清マーカーのRA診断に於ける、感度(A)と特異度(B)の比較 (McNemar's test)。n.s. : not significant RAと他のリウマチ性疾患についてのROC曲線の比較 | |
審査要旨 | 本研究はシトルリン化抗原を認識する抗体の関節リウマチにおける臨床的有用性についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 関節リウマチ診断における血清検査として高い有用性が注目されつつも、関節リウマチの診断基準に採用されているリウマトイド因子を凌ぐほどには評価されていなかったシトルリン化抗原を認識する抗体について、過去に試みられていない検出手法を独自に開発して、その診断的有用性を大規模集団で検討した。そして、human peptidylarginine deiminaseでシトルリン化したrecombinant human filaggrinを用いて独自に開発した測定系である antifilaggrin antibody ELISA はリウマトイド因子よりも優れた診断的有用性を持つことを、初めて、それも大規模な母集団において明確に示した。 関節リウマチ診断における有用性について、リウマトイド因子を上回るほどの評価が得られていなかったシトルリン化抗原を認識する抗体の検出手法であるanti-cyclic citrullinated peptide antibody ELISAは、ごく近年、使用ペプチドに改良を施した第2世代の検出手法、CCP2が発表され、リウマトイド因子を凌ぐ診断的有用性を持つことが学会発表されたものの、開発者以外の客観的な立場からの評価はこれまでに無く、今回いち早くその診断的有用性の評価を行った。そして、CCP2が、リウマトイド因子を凌ぐ関節リウマチの診断的有用性を持つことを示した。 これまでのところ、シトルリン化抗原を認識する抗体に関する研究報告は欧米の研究者によってのみ行われており、その関節リウマチ診断における有用性の評価も、日本人を対象とした報告は一切無かった。海外の一部でのみ注目されていたこの抗体の有用性に国内でいち早く着目し、その関節リウマチ診断における有用性の検討を初めて日本人を対象に行い、欧米と同様に高い関節リウマチ診断的有用性を持つことを示した。 シトルリン化抗原を認識する抗体は、関節リウマチの診断的有用性が最も注目されてきたが、今回、これまでに報告の少ない、この抗体と疾患活動性との関連性について検討を試みた。そして、抗体と疾患活動性には弱い関連性は認められるものの、既存の血清検査よりも弱い関連性が認められるに過ぎないことを示した。 以上、本論文は、シトルリン化抗原を認識する抗体が、これを検出する手法の改良によって、既知の血清検査よりも関節リウマチ診断における高い有用性を持ちうることを2つの検出手法で明確に示した。更に、その研究成果を英文の医学雑誌、国内外の医学学会において発表することで、日本国内でのこの抗体に対する関心を高めることにも大きく寄与している。本研究は、今後の関節リウマチの適切な診断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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