学位論文要旨



No 119308
著者(漢字) 王,岳
著者(英字) WANG,YUE
著者(カナ) オウ,ガク
標題(和) C型肝炎における肝発癌の高危険群とIL-1β遺伝子多型
標題(洋)
報告番号 119308
報告番号 甲19308
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2282号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 幕内,雅敏
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

WHOの報告によると、世界中のC型肝炎患者は約1.7億人いると推定されている。C型肝炎ウイルス感染は、慢性肝炎を経て、肝硬変、肝癌へ高率に進展する。わが国の肝癌死亡者数は,年間3万人をゆうに超え,なお増えている.臨床的にはその感染から肝癌への進展に著しい個人差が認められる.感染から50年以上を経ても軽度の慢性肝炎にとどまる症例が認められる一方,20年程度で肝硬変へと進展,肝癌を合併する症例も多い.このような肝病態進展速度の個人差には,sinle nucleotide polymorphisms (SNP)に代表される宿主遺伝要因が寄与していると考えられる.また肝線維化の進展は肝の炎症の程度に大きく影響される.サイトカインはウイルス感染刺激に反応して体細胞から分泌され、炎症に密接に関与する。実際、インターロイキン−1 (IL-1)βと腫瘍壊死因子 (TNF)αは代表的な炎症性サイトカインとして肝炎患者血中では上昇するが,その濃度には著しい個人差が認められる.最近、IL-1β promoter 領域-31、-511, 及びIL-1RN(encodes interleukin-1 receptor antagonist)の遺伝子多型がインターロイキン−1の産生に影響し、胃癌と関連する (El-Omar EM. Nature 2001)、またTNFα promoter領域遺伝子多型(計6ヶ所)と炎症の重篤度が関連することが報告された (Knight JC. Nat Genet 1999 ; Negoro K. Gastroenterology 1999) 一方、肝病態の進展、特に肝発癌は肝の繊維化の程度と良く相関する。炎症に関わるサイトカインの発現調節に関わる遺伝子多型 (SNP) がサイトカイン発現の個人差に影響し,ひいては炎症・線維化を規定する可能性が高い.本研究では,宿主側因子,特に炎症、癌に関わるサイトカイン遺伝子の調節領域に存在するSNPの解析により,肝病態進展,特に肝発癌リスクの個人差を解明し,実際の治療に貢献することを目的としている.肝病態進展,すなわち肝線維化の進展に関わるサイトカインの発現調節領域のSNPを明らかにし,SNPがサイトカイン遺伝子の転写に及ぼす影響を明らかにすることで,肝硬変への進展の高危険群を設定可能となる.肝線維化の程度は肝発癌と密接に関連することから,ひいては肝発癌の高危険群が設定可能となる.肝線維化進展に関わるサイトカインの働きを阻害する薬剤の開発により,新たな肝線維化抑止治療の開発が期待される.

【方法】

インフォームドコンセントが得られたC型肝炎患者274例、および健常者55例において、1) 血液中の白血球を収集、DNAを抽出し、匿名化する。2) 炎症性サイトカインであるIL-1β (-31、-511)、IL-1ra (allele 1-5)、TNFα (-1031、-863、-857、-376、-308、-238) の遺伝子多型につき、PCRにて増幅されたサイトカイン発現調節領域を直接シークエンスし、SNP解析を行う。3) allele の頻度を Hardy-weinberg Equilibrium にて評価し、alleles 間の関連を Linkage Disequilibrium にで評価する、4) 14種の臨床背景因子及び宿主側因子(サイトカインSNP型)と臨床病態との関連を t-test, Mann-Whitney U-test, χ2, 及び多変量解析にて検討する。

【結果】

HCC群の平均年齢、男性の比率、肝硬変合併率、血中総ビリルビン、血中ALT、血中AFPは非HCC群に比し有意に高かった。HCC群の血中アルブミン、プロトロンビン時間、血小板数は非HCC群に比し有意に低かった。輸血歴の有無、輸血からの期間、HCV genotype、HCV load、アルコール多飲歴については両群に差がなかった。

IL-1β-31遺伝子型がT/Tである比率は、HCC患者において36%(45/125) と、非HCC患者の25% (37/149) に比し、有意に高率であった。C型肝炎患者において癌を有する率は、IL-1β-31 の genotypes C/C(35%)、C/T(44%)、T/T(55%)とT alleleの存在と共に高くなった。また、IL-1β-31と-511にはほぼ完全なリンケージが認められた。一方、IL-1raとTNFαの遺伝子多型にはHCCとの関連がなかった。

多変量解析により、IL-1β遺伝子型[オッズ比2.17 (C/T vs. C/C)、3.73 (T/T vs. C/C)]、AFP[オッズ比4.12(20μg/L以上vs.20μg/L未満)],肝硬変を有すること[オッズ比4.03(肝硬変ありvs.なし)]、男性[オッズ比3.89(男性vs.女性)]年令60才以上[オッズ比3.27(60才以上vs.60才未満)]、の五つが独立した因子として肝癌に関連していることが明らかとなった。

【結語】

IL-1β-31の遺伝子多型はC型肝炎患者における肝発癌と密接に関連していた。IL-1β遺伝子型を決定することにより、肝発癌の高危険群の設定が可能となる。

審査要旨 要旨を表示する

C型肝炎ウイルス感染から肝癌への進展には著しい個人差がある。感染から50年以上を経ても軽度の慢性肝炎にとどまる症例が認められる一方,20年程度で肝硬変へと進展,肝癌を合併する症例も多い。このような肝病態進展速度の個人差には、ウイルスの塩基、アミノ酸配列の違いに代表されるウイルス側因子、およびSNPに代表される宿主遺伝要因の両因子が寄与していると考えられる。炎症・線維化に関わるサイトカインの発現調節に関わる遺伝子多型 (SNP) はサイトカイン発現の個人差に影響し、ひいては炎症・線維化を規定する可能性があると考えられる。実際にサイトカイン発現調節領域の遺伝子多型は、胃癌発症、マラリアの重症度、Crohn 病の発症などに関与すると報告されている。本研究は interleukin-1β receptor antagonist (IL-1RA), interleukin-1β (IL-1β), tumor necrosis factor α (TNFα)という代表的な炎症性サイトカインの調節領域に存在するSNPについて、274例のC型慢性肝炎患者(肝癌合併125例、肝癌非合併149例)の白血球由来DNAを用いてそれぞれのサイトカインのSNP genotypeの頻度分布を始めとした解析を行ったものである。すなわち本研究は、遺伝的要因から肝病態進展の個人差の分子病態を総合的に解明しようとする試みである。

274例C型慢性肝炎患者の解析から、IL-1β-31遺伝子型がT/Tである比率は、HCC患者において36% (45/125) と、非HCC患者の25% (37/149) に比し、有意に高率であった。C型肝炎患者において癌を有する率は、IL-1β-31の genotypes C/C(35%)、C/T(44%)、T/T(55%)とT allele の存在と共に高くなった。一方、IL-1RAとTNFαの遺伝子多型にはHCCとの関連がなかった。多変量解析により、IL-1β遺伝子型[オッズ比2.17 (C/T vs.C/C)、3.73 (T/T vs.C/C)]が独立した因子として肝癌に関連していることが明らかとなった。IL-1β-31の遺伝子多型はC型肝炎患者における肝発癌と密接に関連していた。IL-1β遺伝子型を決定することにより、肝発癌の高危険群の設定が可能となる。

なお、本研究は、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の定めたヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針を遵守し、行われた。実際に、「肝臓病における炎症・線維化・発癌に関与する遺伝子の探索に関する研究」として、平成13年8月に東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認をすでに得ている。

以上、本論文は、宿主側因子、特に炎症・線維化に関わるサイトカイン遺伝子多型の解析により、肝病態進展、特に肝発癌リスクの個人差を解明したものである。将来的に実際のC型肝炎診療に貢献することが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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