学位論文要旨



No 119309
著者(漢字) 大島,信治
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,ノブハル
標題(和) ヒト好酸球におけるロイコトリエンレセプター (CysLT1) の機能に関する研究 : 気管支喘息の好酸球性炎症の成立におけるシステイニルロイコトリエンの役割について
標題(洋)
報告番号 119309
報告番号 甲19309
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2283号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 石井,彰
内容要旨 要旨を表示する

背景:日本国内における成人の気管支喘息患者数は人口の約3%ともいわれ、その病態の解明および、効果的な治療法の確立が待たれるところである。気管支喘息の病態については、最近の研究を通じて持続性の好酸球を主体とした気道炎症に本態があると考えられるようになってきている。この好酸球を主体とした気道炎症には、サイトカインやケモカイン等の様々な物質の関わりが論じられているが、ロイコトリエン(LT)も気道炎症成立のメカニズムに関わっていると考えられるようになってきている。LTはアラキドン酸の5-リポキシゲナーゼ系の代謝産物の総称であり、LTB4とペプチドの結合した Cysteinyl leukotrienes (CysLTs) の二つに大別される。特に CysLTs は古くより SRS-A (slow reacting substance of anaphylaxis) と呼ばれており、緩徐に強く長く平滑筋を収縮させる作用を持ち、気道粘液の分泌亢進作用も併せ持つことから気管支喘息の病態生理に関与する重要なメディエーターとして注目されている。この CysLTs には薬理学的にCysLT1とCysLT2の2つの受容体の存在が知られている。CysLTsはCysLT1を介して気道平滑筋収縮作用、気道分泌促進作用、血管透過性亢進作用等を有しており、アレルギーを含めた炎症時において、病態生理学的に重要な役割を果たしている。一方、もう一つの受容体であるCysLT2を介してのCysLTsの作用については今のところ、あまり明らかにはなっていない。このCysLTsと、気管支喘息の病態である好酸球を主体とした気道炎症との関わりに関しては、抗原を吸入させ喘息を誘発する実験や、特異的CysLT1拮抗薬を用いた臨床試験から、喘息患者に観察される好酸球の気道組織への浸潤にCysLTsが重要な役割を果たしていると考えられるようになってきている。しかし、In vitroのおいては、培養細胞である、好酸球分化HL-60細胞において、LTD4受容体が存在し機能的な役割を演じていることが報告されているが、ヒト好酸球に関しては末梢血から十分な数の好酸球を得ることが容易でないこともあり、CysLT1が発現しているか否か不明であり、CysLT1を介するCysLTsの直接作用を検討した成績もほとんど知られていないのが現状である。

目的:本研究の目的はCysLT1に焦点を合わせ、RT-PCR、フローサイトメトリー、Ca2+流入反応、遊走および脱顆粒などの方法を用いて、ヒト好酸球上のCysLT1の発現の有無、およびCysLTsがCysLT1を介して、ヒト好酸球に対して直接作用を示すかどうかの解明を試みることである。

方法:アレルギーの病歴のない健常志願者の静脈血から、比重 1.088g/ml のPercoll液による比重遠沈法、続いて抗CD16 micro magnetic beadsを用いたMACS法によるnegative selectionにより、好酸球を分離した(純度>99%、生存率>95%)。それらを用いてCysLT1について逆転写-PCR分析およびフローサイトメトリー分析を行った。結合測定には[3H]LTD4を用いた。Fura-2AMと反応させた精製好酸球を CysLTs で刺激し、細胞内Ca2+流入をF-2500分光蛍光光度計を用いて計測した。96 wellのマルチウェルボイデンチャンバーおよび直径 5μm の ポリカーボネイトフィルター膜を用いてCysLTsに反応した好酸球遊走活性を測定した。この測定にはTris-HCl溶液を用いた好酸球のEPO活性の定量にて行い、Bio Rad Lab製のELISAリーダーを用いて測定した。脱顆粒の実験としては、好酸球を10-6MのLTD4で60分間処理した後、IL-5の存在下または非存在下において、37℃で4時間インキュベートし、EDN放出を評価した。

結果:ヒト好酸球におけるCysLT1のmRNAおよびタンパク質の発現、ならびに好酸球への[3H]LTD4-特異的結合が観察された。なおこの特異的結合はCysLT1拮抗薬であるプランルカストにて阻害された。CysLTsはヒト好酸球におけるCa2+流入反応を誘発した。CysLTsがCa2+流入反応を引き起こす効力は、LTD4、LTC4、およびLTE4の順であることおよび、このCa2+流入反応はCysLT1拮抗薬であるプランルカストにて抑制されることも示された。CysLTs は好酸球遊走反応を誘導し、その活性が最も高いのはLTD4であった。LTD4に対する遊走反応をCysLT1拮抗薬であるプランルカストが抑制した。なお、Th1サイトカイン (IFN-γ) およびTh2サイトカイン(IL-4またはIL-5)のいずれも好酸球におけるCysLT1の発現に影響しないこともわかった。LTD4はCysLT1を介してIL-5によって誘発される脱穎粒を増大させた。

結論:CysLTsはCysLT1を介して好酸球におけるCa2+流入反応や遊走を誘発するほか、IL-5 による脱顆粒を増大させるといった、機能的な役割を担っている。つまり、CysLTsがヒト好酸球におけるCysLT1を介して直接作用することにより好酸球を主体とした気道炎症における炎症増悪の機序を担っていることが示唆された。また、Ca2+流入反応や遊走などの直接作用を特異的CysLT1拮抗薬であるプランルカストが抑制したことから、特異的CysLT1拮抗薬における新しい抗炎症作用としてCysLTsの好酸球への直接作用を阻害する機序が認められた。したがって、好酸球に対するCysLTsとCysLT1の相互作用は喘息の病態生理において著明な役割を果たす可能性がある。

キーワード:気管支喘息、好酸球、システイニルロイコトリエン、CysLT1、IL-5、遊走、Ca2+流入、EDN

審査要旨 要旨を表示する

気管支喘息の病態は持続性の好酸球を主体とした気道炎症に本態があると考えられている。その好酸球に対し様々なサイトカインやケモカインなどが働きかけていると考えられているが、システイニルロイコトリエン (CysLTs) も喘息患者の気道および末梢血における好酸球浸潤誘起作用において重要な役割を演じていると考えられている。現在システイニルロイコトリエンレセプターにはCysLT1およびCysLT2の存在が認められているが、ヒト好酸球におけるロイコトリエンレセプターの機能に関しては完全には解明されていない。本研究は、ヒト好酸球におけるCysLT1の発現の有無、CysLT1を介するCysLTsの好酸球への直接作用等を検討し、気管支喘息におけるCysLTsおよびCysLT1の重要性を明らかにするべく下記の結果を得ている。

健常人末梢血より精製分離した好酸球(純度 99%以上)を用いてRT-PCRによりCysLT1の転写産物の発現を認めた。また、抗CysLT1ポリクローナル抗体を用いたフローサイトメトリー法により好酸球におけるCysLT1タンパク質の発現も認めた。つまり、ヒト好酸球にはCysLT1のmRNAおよびタンパク質の発現がみられることが証明された。

健常人末梢血より精製分離した好酸球(純度 99%以上)を用いて[3H]LTD4結合試験を行った。その結果好酸球への[3H]LTD4の特異的結合が観察された。また、その結合は特異的CysLT1拮抗薬であるプランルカストにて抑制されることもわかった。

健常人末梢血より精製分離した好酸球(純度 99%以上)を用いてCysLTsによるCa2+流入反応の有無を検討した。その結果CysLTsはヒト好酸球におけるCa2+流入反応を誘発することが確認された。また、その効力はLTD4、LTC4、LTE4の順に低下し、これは、CysLT1の結合親和性の順序と一致していることがわかった。このCa2+流入反応を特異的CysLT1拮抗薬であるプランルカストが抑制することからも、ヒト好酸球におけるCa2+流入反応がCysLT1を介しているといえる。なお、PTXによりCa2+流入反応が阻害されることから、ヒト好酸球におけるCysLTsによるCa2+流入反応はGiクラスのタンパク質が共役していることもわかった。

健常人末梢血より精製分離した好酸球(純度 99%以上)を用いてCysLTsによる遊走反応を検討したところ、CysLTsは好酸球遊走反応を誘導することが確認できた。この遊走を最も強く誘発するのはLTD4であることもわかった。なお、LTD4による好酸球遊走を特異的CysLT1拮抗薬であるプランルカストが抑制することも確認できたことから、CysLTsによる好酸球遊走反応はCysLT1を介して行われることもわかった。

ヒト好酸球におけるIL-5による脱顆粒をLTD4はプライミングする作用を有することも確認できた。また、このプライミング作用を特異的CysLT1拮抗薬であるプランルカストが抑制することも確認できた。つまり、LTD4によるIL-5 の脱顆粒をプライミングする作用はCysLT1を介していることがわかった。

以上,本論文はヒト好酸球においてCysLTsがCysLT1を介して、好酸球を直接活性化することがわかった。また、この作用がアレルギー性炎症増悪の一機序を担っていることを明らかにした。加えて、特異的CysLT1拮抗薬の新しい抗炎症作用としてCysLTsによる好酸球活性化を阻害する作用も認められた。これらの知見は気管支喘息における好酸球性炎症の成立を証明すること、および特異的CysLT1拮抗薬の気管支喘息に対する臨床効果をさらに引き出す上で、重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる.

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