学位論文要旨



No 119310
著者(漢字) 城,大祐
著者(英字)
著者(カナ) ジョウ,タイスケ
標題(和) 培養ヒト平滑筋細胞に発現する電位依存性Na+チャネルに関する検討
標題(洋)
報告番号 119310
報告番号 甲19310
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2284号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 石井,彰
 東京大学 講師 寺本,信嗣
内容要旨 要旨を表示する

電位依存性Na+チャネル(INa)は神経、心筋、骨格筋など種々の興奮性細胞に存在し、脱分極刺激に反応してチャネルが開き活動電位の立ち上がり相の形成に必須の役割を演じている。これは刺激の生成と伝導に重要である。INaはαサブユニットと補助的なβサブユニットからなる膜蛋白であり、複数のαサブユニットがクローニングされ機能解析がなされている。INaはTTXの感受性によりTTX感受性と非感受性の2種類に分けられる。現在までにSCN1Aから11Aまでの10種類のαサブユニット遺伝子が同定されており、これらは様々な哺乳類に分布している。INaは一般的には平滑筋での発現は認められず、血管、尿路、消化管などの平滑筋を含む一部の平滑筋でのみ報告されている。空腸の平滑筋には、心筋に発現しているSCN5Aと考えられるTTX非感受性のINaが発現している。一方、ヒト食道平滑筋にはTTX感受性のSCN4Aとされる骨格筋型のINaが発現している。ヒト気管支、冠動脈、肺動脈平滑筋などの培養ヒト平滑筋細胞においてもINaの発現が報告されているがその種類及び生理的意義については依然として不明である。そこで、我々はこれらの培養ヒト平滑筋に発現するINaの生理学的,薬理学的及び分子生物学的特徴につき検討した。

パッチクランプ法を用いた検討では、ヒト気管支平滑筋においては-40mVより脱分極側で一過性の内向き電流が見られた。電流のピークより得られた電流電圧関係で、この電流は-10〜+0mVで最大となり、不活性化は、単一の指数でプロットされた。不活性化の時定数は1.1±0.2ms(n=5)であった。同様の一過性内向き電流は hPASMCs と hCASMCs でも認められた。細胞外液のNa+を膜非透過性の陽イオンのNMDG+に置換すると、この電流は完全に消失した。ニフェジピン (10μM) はこの電流を阻害しなかった。同様のことが hPASMCs、hCASMCs でも確認された。それに対し、TTX(1μM)は、この一過性の内向き電流を完全に阻害した。よって、この電流はINaであることが示された。抗不整脈薬であるリドカイン (300μM) は、ほぼ完全にINaを消失させた (n=4)。次に hBSMCs において、INaに対する TTX の濃度依存性の効果を検討した。TTX (1-1000nM) は濃度依存性にINaを抑制し、その50%抑制濃度は7nM(n=5)であった。これらの結果は hBSMCs に発現するINaがTTX感受性であることを示す。同様に hCASMCs に発現するINaも TTXにより抑制され、その50%抑制濃度は9nMであった。さらにNa+チャネル電流のキネティックスの解析をおこなった。INaの定常状態の活性化、不活性化をボルツマン方程式でプロットした。50%不活性化電位は-37±5mVであり、50%活性化電位は-16±5mVあった。定常状態の活性化と不活性化により決定されるウィンドウ・カレントは-40mVより脱分極側に見られた。不活性化からの回復は単一の指数関数で近似され、その回復の時定数は24±5ms(n=4)であった。クロラミンTとベラトリジンはINaの不活性化を遅延させることが報告されているため、hBSMCS における効果について検討した。クロラミンT(0.3mM)はINa電流のピークを著明に増大させるとともに、INaの不活性化を有意に遅延し、その結果、内向きの総電流は増加した。不活性化の時定数は、コントロールで1±0.2msであり、クロラミンT存在下では32.0±2.3ms(n=4)であった。ベラトリジン(100μM) も不活性化を著明に遅延した。TTX (1μM)は遅延した内向き電流を完全に抑制した。

次に、これらの細胞に発現する SCN チャネルの種類について、SCN6A と同一であるとされる SCN7A を除くSCN1A〜11Aの検討を RT-PCR 法で行った。SCN8Aは hBSMCs と hPASMCs で見られたが、hCASMCs では見られなかった。SCN5A、3Aは hCASMCs でのみ見られ、SCN1A、2A、4A、6Aと10A、11Aはいずれの hSMCs でも見られなかった。これに対し、SCN9Aはいずれの hSMCs においても発現がみられ、その濃度は他の SCN より著明に高かった。定量RT-PCR法でSCN5A、SCN9Aの発現量を検討した結果は、通常のRT-PCR法で得られた結果に矛盾の無いものであった。免疫細胞染色ではいずれもαサブユニットの共通抗体であるanti-Pan Navで染色された。また更に SCN8A、SCN9A に対する抗体を用いて染色を行い比較したところ、SCN9A は染色されたが、SCN8A は染まらなかった。これはRT-PCRの結果を支持し、いずれの細胞でも主に、SCN9A がINaを形成していると考えられた。一方、事前に抗原ペプチドで処理された抗体を用いたコントロールでは染色が見られなかった。

ネイティブな気管・気管支におけるINaの発現を anti-Pan Navを用いた免疫組織染色で検討したところ、染色は見られなかった。このことからネイティブな気管・気管支平滑筋にはINaが存在しない可能性が示唆された。また肺腺癌及び肺小細胞癌の、anti-Pan Navを用いた免疫組織染色ではいずれも染色が見られ、肺の悪性腫瘍にもINaが存在する可能性が示唆された。

さらにhBSMCsを細胞の分化を誘導することで知られるレチノイド酸の投与下で培養し、平滑筋細胞の分化の指標となるα-アクチンと SCN9A に対する抗体で免疫細胞染色を行った。この結果、レチノイド酸の投与はα-アクチンの発現を増強する一方で、SCN9A の発現を抑制する可能性が示唆された。

今回の研究により、培養ヒト平滑筋細胞にINaが存在することが示された。INaは、調べられた hBSMCs の約38%、約 hPASMCs の25%、hCASMCs の約20%に存在した。しかしながら、anti-Pan Nav を用いた免疫染色ではほとんどの細胞で濃淡の差はあるものの、び慢性の染色が見られたことから、INaはこれらの細胞に広く分布していると考えられた。また、TTX は hBSMCs、hCASMCs に発現するINaを濃度依存性に抑制し、その50%抑制濃度はそれぞれ7nMと9nMであった。これはヒトの脳や骨格筋で発見されたTTX感受性のINaに類似し、ヒトの心臓で発見されたものとは異なる。似たようなTTX感受性のINaは組織から単離された新鮮な血管平滑筋細胞や培養された血管平滑筋細胞など幾つかの種類の平滑筋細胞で報告されている。今回の RT-PCR を用いた検討では,培養ヒト平滑筋細胞に発現するINaは、主としてSCN9Aが構成していると考えられた。また特異的抗体を用いた免疫細胞染色では、SCN9Aの著明な発現が見られ、これはRT-PCRの結果と合致していた。hSMCs で発現する INaは、-40 mV より脱分極側で活性化され、50%不活性化電位であり、一般的には、これらの値は、筋、神経やネイティブな平滑筋に発現したINaで報告されている値よりも脱分極側であった。しかし、今回用いた培養平滑筋細胞は、いずれも静止膜電位は約-40 mVであることより、hSMCs に発現するINaはこれらの細胞での膜電位形成と興奮に関与することが示唆された。細胞が脱分極するとINaが活性化され、それによりNa+が流入し細胞内Na+濃度([Na+]i)が増加する。[Na+]iの増加は、Na+/K+ポンプやNa+/Ca2+交換を介して細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)を変化させ、平滑筋のトーヌスに影響すると考えられる。以上より、これらの細胞で発現したINaは平滑筋の興奮性に影響する可能性が示唆された。さらに、クロラミンTとベラトリジンはINaを介し、多量のNa+流入を誘発し[Na+]iを増加させ、[Ca2+]iをも増加させると考えられる。

SCN9Aの発現は末梢神経や神経内分泌細胞で認められ、細胞の興奮性、分泌に関与すると考えられている。最近ではラットやヒトの前立腺癌や褐色細胞腫、甲状腺髄様癌で報告されている。前立腺癌に発現するINaの生理的意義は依然としてはっきりしないが、腫瘍の浸潤や転移、増殖に関与している可能性がある。今回の検討では肺癌細胞にもINaが発現している可能性が示唆され、今後その分子的本体や役割についての検討が必要と考えられた。また、INaは活動電位を発生する幾つかの種類のフェージックな平滑筋で見つかっている。一方、トニックな平滑筋では、一般的には発現はみられない。実際に、ヒトのネイティブな肺動脈や気管支平滑筋ではINaの発現は報告がなく、今回の免疫組織染色の結果からもヒトのネイティブな気管・気管支の平滑筋ではINaが発現していないと考えられた。また、レチノイド酸処理を行った hBSMCs でα-アクチンとは対照的にSCN9Aの発現は減少したと考えられ、これは SCN9A が分化・脱分化に関与している可能性を示唆する。したがって、このようにhSMCsにおけるINaの発現は培養された条件下に限定され、細胞の脱分化などが関与しているかもしれない。このような病態は、動脈硬化や気管支喘息など様々な病的な状態でみられるため、各種病態でのINa発現の検討、その生理的、病的意義について、さらなる検討が必要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、種々の興奮性細胞に存在し、脱分極刺激に反応して開口し活動電位の立ち上がり相の形成に必須の役割を演じている、電位依存性 Na+チャネル (INa) の培養ヒト平滑筋(培養ヒト気管支平滑筋、肺動脈平滑筋、冠動脈平滑筋)における発現とその生理学的、薬理学的、分子的生物学的特徴を検討し、下記の結果を得ている。

パッチクランプ法による検討では、培養ヒト平滑筋にはテトロドトキシン (TTX) 感受性のINaが発現することが確認された。このチャネルはTTXにより濃度依存性に抑制された。培養ヒト気管支平滑筋細胞における、50%抑制濃度は9nMであった。定常状態の活性化、不活性化をボルツマン方程式でプロットすると、50%不活性化電位は-37±5 mV、50%活性化電位は-16±5 mVあった。定常状態の活性化と不活性化により決定されるウィンドウ・カレントは-40 mVより脱分極側に見られた。不活性化からの回復は単一の指数関数で近似され、その回復の時定数は24±5ms (n=4)であった。クロラミンTとベラトリジンによりこのチャネルの不活性化が遅延することが確認された。培養ヒト肺動脈平滑筋、冠動脈平滑筋でも同様の結果が得られた。

RT-PCR 法によりINaのαサブユニット遺伝子である SCN1A からSCN11A の mRNA の発現が検討された結果、SCN9A がいずれの培養ヒト平滑筋細胞においても、最も強く発現していることが示された。培養ヒト気管支平滑筋細胞における定量 RT-PCR 法では、SCN5A と比較し SCN9A の mRNA が1852倍量発現していることが示された。

免疫細胞染色による検討ではいずれの培養ヒト気管支平滑筋もαサブユニット の共通抗体である anti-Pan Nav 及び SCN9A で染色されたが、SCN8A は染色されなかった。これは RT-PCR の結果を支持し、いずれの細胞でも主に、SCN9A がINaを形成している事を示した。

ネイティブな気管・気管支におけるINaの発現が anti-Pan Nav を用いた免疫組織染色により検討されているが、いずれも染色は見られていない。このことはネイティブな気管・気管支平滑筋にはINaが存在しない可能性を示唆している。一方、肺腺癌及び肺小細胞癌組織は、anti-Pan Nav による染色が見られ、肺の悪性腫瘍にはINaが存在する可能性が示唆された。

細胞の分化を誘導することで知られるレチノイド酸の投与下で培養ヒト気管支平滑筋細胞を培養し、平滑筋細胞の分化の指標となるα-アクチンと SCN9A に対する抗体で免疫細胞染色を行ったところ、レチノイド酸の投与はα-アクチンの発現を増強する一方で、SCN9A の発現を抑制する可能性が示された。

以上、本論文はパッチクランプ法及びRT-PCR法、免疫染色法を用いて培養ヒト平滑筋細胞発現するINaの生理学的、薬理学的、分子的生物学的特徴を明らかにした。本研究は、検討された培養ヒト平滑筋細胞に発現するINaと、これまで他の平滑筋で報告されてきたINaとの異同を示した。また神経内分泌細胞や一部の腫瘍細胞でのみ発現が報告されていた SCN9A が培養などの条件下では平滑筋細胞にも発現することを示し、さらに SCN9A が分化・脱分化に関与する可能性を示した。このことは、SCN9A が動脈硬化、気管支喘息や腫瘍など、増殖や分化・脱分化を生じる病的状態で発現する可能性を示唆することから、これらの病因や病態の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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