学位論文要旨



No 119311
著者(漢字) 田中,康雄
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヤスオ
標題(和) B型肝炎ウイルスX蛋白と相互作用する宿主因子の同定および機能解析
標題(洋)
報告番号 119311
報告番号 甲19311
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2285号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus, HBV)は慢性肝炎、肝硬変、肝癌の主要な病原因子である。HBV はヘパドナウイルス科に属する約3,200塩基からなる不完全二重鎖環状DNAウイルスで、HBVゲノムには4つの open reading frame (ORF)が存在する。そのひとつHBV X蛋白(Hepatitis B virus X protein, HBx)は全長154アミノ酸からなる蛋白質である。HBx のウイルス内での役割は必ずしも明らかではないが、ウイルスの感染や増殖に重要な蛋白と考えられている。また肝細胞において、ウイルス蛋白及び宿主蛋白の転写活性化に関与していることが知られている。同時に HBx のトランスジェニックマウスなどによる解析より、HBx が肝発癌へ直接関与している可能性も示唆されている。従来HBxの生体内での機能を調べるために宿主側の結合因子の探索が行われてきたが、その細胞内での役割は依然として不明な点が多い。

今回 affinity purification の手法と質量分析計を用いて HBx の新規結合蛋白の同定を行い、その機能解析を行った。前半では結合蛋白の同定として、ヒト正常培養肝細胞の lysate を組換え HBx を固相化したビーズとインキュベーションし、結合分子の affinity purify を行った。そして特異的に結合した蛋白を質量分析計にて解析した。その結果、新規の宿主側の結合因子としてheat shock protein 60(Hsp60)を見出した。後半では、この HBx と Hsp60 について、細胞内での結合、結合の責任領域、細胞内での局在を調べ、両者の細胞内での機能的な役割をアポトーシスの系を用いて検討した。

[方法]

結合蛋白の同定として、大腸菌を用いて GST-HBx、及び GST を作成し、ビーズに固層化した。それらとヒト正常培養肝細胞の lysate をインキュベーションし、結合分子の affinity purify を行った。結合してきた蛋白は SDS-PAGE にて展開後、銀染色しGST-HBxに特異的なバンドを切り出して、ゲル内プロテアーゼ消化を行いペプチド断片として抽出した後、質量分析計 Nanoflow liquid chromatography (nanoLC)-nanoelectrospray ionization (nanoESI)-MS/MS (nanoLC/nanoESI/MS/MS)にてプロテイン・シークエンスを行った。その結果をデータベース検索エンジンMASCOTTMを用いてMSDBデータベースに対して検索し、蛋白質を同定した。

同定した蛋白は、HBx との細胞内での結合を確認するために293細胞を用いて免疫沈降およびウエスタンブロットを行った。またHBxのHsp60との結合の責任領域も、HBxの欠失変異体を用いた免疫沈降にて解析した。細胞内での局在はHuh7を用いて免疫蛍光染色を行い、蛍光像は共焦点顕微鏡を使い観察した。アポトーシスの評価はHuh7を用いた TUNEL assay にて行った。

[結果]

HBx と相互作用する新規蛋白を同定するために、GST-HBx を用いて affinity purification を行った。約 56kDa の蛋白が HBx に特異的に結合したため、このバンドを切り出して、ゲル内プロテアーゼ消化を行い、抽出されたペプチド断片を質量分析計にて解析した。このバンドからは human chaperonin GroEL (Hsp60, PIR Accession #A32800)が同定された。

HBxとHsp60の細胞内での結合を確認するために、免疫沈降、及びウエスタンブロットを行った。GFP-HBxとHsp60-HAを293細胞にトランスフェクション後免疫沈降を行ったところ、両者の細胞内での結合が確認された。また、GFP-HBx を細胞内にトランスフェクションし内在性のHsp60との結合も確認された。

HBx の Hsp60 との結合の責任領域を決定するためにHBxの欠失変異体を用いて免疫沈降、及びウエスタンブロットを行った。pEGFP-X および、その欠失変異体 pEGFP-X△(5-87)、pEGFP-X(1-117)、pEGFP-X(1-87)、pEGFP-X(68-117)を用いて同様の免疫沈降を行い、内在性の Hsp60 との結合を調べたところ、X(1-87)のみ Hsp60 との結合が認められなかった。従って HBx が Hsp60 と結合するにはアミノ酸88-117の領域が必要と考えられた。

HBx と Hsp60 の細胞内での局在を調べるために、Huh7 を用いて免疫細胞染色を行った。GFF-HBx を発現させ、内在性の Hsp60 及びミトコンドリアを免疫染色した結果、HBx と Hsp60 はミトコンドリアで共局在することが示された。

最後にHBx及びHsp60のアポトーシスに対する影響を調べた。Huh7にHBxをトランスフェクション後、TUNEL 染色とHBxの免疫染色を行い、HBx が発現している細胞のうち、TUNEL 陽性の細胞の数を計測した。HBx, X(1-87), Hsp60 それぞれ単独のアポトーシス誘導能を比較した。HBx 単独の場合約40%の細胞がTUNEL陽性となった。またHsp60と結合できない変異体 X(1-87)では約33%の細胞がTUNEL陽性であり、この両者は有意差を認めなかった。また Hsp60 単独の場合は約10%の細胞にしかアポトーシスの誘導は認められず、これは空ベクターのコントロールとほぼ同程度であった。以上よりHBx、及びX(1-87)はアポトーシス誘導能をもち、Hsp60 は単独ではアポトーシス誘導能を持たないことが示された。

次に HBx 単独の場合と、同量の HBx に約3倍量の Hsp60 を共発現させた場合で TUNEL 陽性細胞の割合を検討した。この系では HBx 単独の場合で約18%の細胞が TUNEL 陽性細胞であったが、Hsp60を加えたことにより TUNEL 陽性細胞の割合は約42%と有意に増加した(p<0.05)。逆にHsp60と結合できないHBxの変異体X(1-87)では、単独でのアポトーシス誘導能はあるものの(約15%)、Hsp60 を共発現させても TUNEL 陽性細胞の増加は認められなかった(約10%)。以上よりHsp60はHBxと結合することにより、そのアポトーシス誘導能を増強することが示された。

[考察]

Hsp60 は大腸菌のGroELと約60%の相同性がある。GroELの基質には疎水性のαまたはβヘリックスが2つ以上存在し、両者は疎水結合を利用して結合すると言われている。HBxにはαヘリックスの部位が2箇所(アミノ酸75-88, 109-131)あるという報告もあり、HBxアミノ酸1-87の変異体ではその片方が欠失するため、Hsp60との結合能が弱くなる可能性が考えられる。

今までの報告では、HBx の局在は主に細胞質で、一部が核に存在するといわれている。そのうち、小池ら、また Siddiqui らは HBx がミトコンドリアヘ局在すると報告している。同時に Hsp60 はその大部分がミトコンドリアに存在することが報告されている。以上より HBx と Hsp60 の相互作用は、過剰発現の系によるアーチファクトというよりは、生理的なものと考えられる。

HBx のアポトーシス作用に関しては、HBx はアポトーシスを誘導するという報告と、逆に抗アポトーシス作用を持つという相反したデータが報告されている。その中で前述のように HBx がミトコンドリアに局在することを示している二つのグループは、ミトコンドリアが HBx によるアポトーシス誘導の直接の標的であることも報告している。小池らは、HBx がミトコンドリアに存在し、ミトコンドリアの凝集、膜電位の低下、チトクロームCの放出を引き起こし、それが細胞死を誘導することを報告している。Siddiqui らも HBx がミトコンドリアの HVDAC と結合し、ミトコンドリアの膜電位の低下を引き起こすことを報告している。

また本研究中、HBx によるアポトーシス誘導機序に二種類の新しい知見が報告があった。ひとつは HBx が c-FLIP (cellular FADD-like ICE inhibitory proteins) と結合し、そのアポトーシスの抑制機能を阻害しアポトーシスを誘導するという報告である。また、別のグループは HBx が引き起こす細胞内のカルシウムシグナルの変化がアポトーシスに強く関係していることを示している。

逆に HBx は抗アポトーシス作用を有するという報告もあり、その働きに関してはいまだはっきりとした結論がでていない。しかしこれらの結果を合わせて考えると、HBx はこの相反する両者の働きを微妙に調節していることで、HBV の慢性感染の維持に働いている可能性も考えられる。

Hsp60 の相互作用がどのような機序で HBx のアポトーシス誘導能を高めているかは現時点では不明である。しかし仮説を立てるならば、Hsp60 は HBx と細胞内で結合することにより、その構造を安定化し、アポトーシスをはじめとする様々な細胞内機能を増強するのではないかと考える。その詳細に関しては、今後検討する必要があると思われる。

今回、HBx の宿主側の結合因子のひとつとして、Hsp60 を見出し、その機能解析を行った。今後このようなウイルス蛋白と宿主蛋白との相互作用と機能の検討をひとつひとつ積み重ねていくことで、B型ウイルス肝炎の病態生理の全貌を明らかにしていくことが重要と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、affinity purification の手法と質量分析計を用いて HBx の新規結合蛋白の同定を行い、その機能について解析したものであり、以下の結果を得ている。

GST-pull down の手法と質量分析計(nanoLC/nanoESI/MS/MS)を用いて HBx に結合する新たな宿主蛋白、Heat shock protein 60 (Hsp60)を見出した。

HBx と Hsp60 について、両者の細胞レベルでの結合の確認、結合に必要な領域の同定、両者の細胞内での局在を検討した。また、両者の結合の生物学的な意義としてアポトーシスの系を用いて検討し、Hsp60 が HBx と結合することによりそのアポトーシス誘導能を増強することを明らかにした。

以上、本研究は、HBx の新規結合蛋白、Hsp60 を同定し、その HBx との結合に関する生物学的意義について解析したものであることから、学位の授与に値すると考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

今回実験に用いた銀染色のプロトコールを記載した。

免疫沈降実験データに input の量がわかるようなレーンを加えた。

今回の実験では両者の in vitro での結合の検討は行っていない点、HBx の強制発現系でしか両者の結合は確認していない点、また Hsp60 はシャペロン分子であるため HBx との結合には問題点を内在しているという点を踏まえ、考察にその旨記載を加えた。

Hsp60 とミトコンドリアの免疫染色の図をさしかえた。

図に TUNEL assay のコントロールとなる空ベクターのデータを追加した。

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