学位論文要旨



No 119312
著者(漢字) 藤城,光弘
著者(英字)
著者(カナ) フジシロ,ミツヒロ
標題(和) 内視鏡的粘膜切除術における各種局注剤の検討
標題(洋)
報告番号 119312
報告番号 甲19312
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2286号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

近年、内視鏡的粘膜切除術 (EMR) の技術革新に伴い、従来では外科的切除が行われていた病変も EMR の適応として内視鏡的に切除されるようになった。しかし、大型病変や瘢痕形成を伴う病変、切除困難部位に存在する病変などは治療に難渋することも多く、これらに対しては未だに確立した手技として広く普及するには至っていない。EMR を容易とし、重篤な合併症である穿孔を回避するためには、粘膜下層に局注剤を打ち込み、腫瘍を固有筋層から十分に挙上させる粘膜下膨隆を形成することが非常に重要である。現在に至るまで様々な局注剤が臨床使用されているものの、各種局注剤についての横断的な検討は行われておらず、臨床においてその選択に苦慮することが多い。また、私の臨床経験においては、ヒアルロン酸 (HA) 溶液の膨隆形成が生理食塩液より良好で EMR の安全性を高めている印象を持っているが、その科学的根拠はない。そこで、既存の局注剤を比較検討し、それぞれの特徴を明らかにするとともに、臨床使用上、有用と考えられる HA 溶液の更なる改良を探索するための以下の検討を行った。

【材料と方法】

実験1:切除臓器を用いた各種局注剤の隆起形成・保持能の検討

コルク板上に伸展固定した新鮮ブタ切除胃に、生理食塩液(0、9%NaCl液)、高張食塩液(3.8%NaCl液)、高張ブドウ糖液(20%、50%ブドウ糖液)、グリセリン製剤 (GLY) (グリセオール〓、中外製薬)、2種類の HA 溶液(0.5% 800 KDa HA 溶液、0.25% 1900 KDa HA 溶液(いずれも 1%HA 製剤(アルツ〓、科研、もしくは、スベニール〓、中外製薬)と生理食塩液を混合して作製))を、それぞれ1mlずつ注入し粘膜下膨隆を形成した。上記の HA 溶液の希釈率は、2種類の製剤において、局注針を介して粘膜下注入でき、ほぼ同様の注入圧と粘弾性を示す濃度として臨床使用されている希釈率を用いた。粘膜下膨隆の経時的変化を、側面から5分毎に30分間、以後、45分、60分と観察を行い、局注剤間の平均膨隆高を比較検討した。

実験2:生体ミニブタを用いた各種局注剤の隆起形成・保持能、組織傷害性の検討

生理食塩液、3.8%NaCl液、高張ブドウ糖液(20%、50%ブドウ糖液)、GLY、2種類の HA 溶液(0.5% 800 KDa HA 溶液、0.25% 1900 KDa HA 溶液)を、それぞれ2mlずつ、内視鏡を用いて生体ミニブタの胃粘膜下層に注入し、粘膜性状の変化を、5分毎に局注後30分間、および、局注1日後、1週間後に内視鏡下観察した。さらに、1週間後の内視鏡下観察終了時に屠殺し、組織学的な検討も行った。比較対照液として、5%、10%、15%、30%、40%ブドウ糖液においても同様の検討を行った。

実験3:各種 HA 溶液における粘弾性の検討

HA 溶液の改良を目的に、2種類の1%HA製剤(800 KDa HA および 1900 KDa HA)の混合液として、生理食塩液、3.8%NaCl液、5%ブドウ糖液、20%ブドウ糖液、GLYを用いて、800 KDa HA は 0.25%、0.5%の、1900 KDa HA は 0.5%、0.25%、0.125%の溶液を作製し分子量と混合液の複素弾性率(粘弾性)に与える影響を検討した。粘弾性の測定には、レオメーター (RheoStress 300、Thermo HAAKE GmbH、Germany)を使用した。

実験4:切除臓器を用いた各種 HA 溶液の隆起形成・保持能の検討

実験1と同様の実験方法、検討方法によって、生理食塩液を対照に、生理食塩液、3.8%NaCl液、20%ブドウ糖液、GLY を用いて作製した各種0.125%、0.25% 1900 KDa HA溶液の隆起形成・保持能を検討した。

実験5:生体ミニブタを用いた各種HA溶液の隆起形成・保持能、組織傷害性の検討

実験2と同様の実験方法、検討方法によって、20%ブドウ糖液、GLY を用いて作製した各種0.125%、0.25% 1900 KDa HA溶液の生体ミニブタでの隆起形成・保持能、組織傷害性を検討した。

【結果】

実験1:切除臓器を用いた各種局注剤の隆起形成・保持能の検討

2種類のHA溶液が、ほぼ同様の隆起形成・保持能を示し、他の局注剤に比し、明らかに良好であった。一方、高張液の生理食塩液に対する明らかな優位性は認められなかった。高張液間の比較では、GLY において初期の隆起形成が良好な傾向にあった。

実験2:生体ミニブタを用いた各種局注剤の隆起形成・保持能、組織傷害性の検討

隆起形成・保持能においては、2種類の HA 溶液が30分経過しても隆起は平坦化することなく存在した一方で、生理食塩液では10分程度で平坦化した。組織傷害性においては、生理食塩液、5%ブドウ糖液、GLY、2種類の HA 溶液では、内視鏡的にも組織学的にも明らかな傷害性は認められなかったが、20%、30%ブドウ糖液、3.8%NaCl 液では、局注部全体に粘膜性状の変化が観察され、翌日には同部は発赤したびらん面を形成し、1週間後にもびらんが残存した。40%、50%ブドウ糖液では、粘膜性状の変化はさらに顕著であり、翌日には同部は浅い潰瘍となり、1週間後にも Ul-II の潰瘍が認められた。組織傷害性が許容されるブドウ糖液の濃度は、15%ブドウ糖液であると考えられた。

実験3:各種 HA 溶液における粘弾性の検討

生理食塩液で作製した各濃度での比較では、0.5%、0.25% 1900 KDa HA 溶液と1%、0.5%800 KDa HA 溶液が、それぞれ、ほぼ同等の粘弾性を示した。混合液間の比較では、生理食塩液、3.8%NaCl 液に比し含糖溶液の使用により粘弾性は向上した。特に、20%ブドウ糖液を用いることにより粘弾性は著しく向上し、20%ブドウ糖液による 0.125% 1900 KDa HA 溶液と生理食塩液による 0.25% 1900 KDa HA 溶液がほぼ同様の粘弾性を示した。

実験4:切除臓器を用いた各種 HA 溶液の隆起形成・保持能の検討

実験3で粘弾性の向上がみられた20%ブドウ糖液および GLY による 0.125% 1900 KDa HA 溶液では生理食塩液による 0.25% 1900 KDa HA 溶液と遜色ない隆起形成・保持能を示した。

実験5:生体ミニブタを用いた各種 HA 溶液の隆起形成・保持能、組織傷害性の検討

実験3で粘弾性の向上がみられた20%ブドウ糖液および GLY による0.125% 1900 KDa HA 溶液では局注後30分経過しても良好な隆起は保持され、また、内視鏡的にも組織学的にも明らかな組織傷害性は認められなかった。

【結論】

実際に臨床使用されている各種局注剤の、切除臓器を用いた隆起形成・保持能の検討より、HA 溶液が他の局注剤に比べ有意に優れている一方で、高張液の生理食塩液に対する明らかな優位性は認められないことが判明した。また、生体ミニブタ胃を用いた組織傷害性の検討より、安全に使用可能な局注剤は、生理食塩液、GLY、HA 溶液であり、組織傷害性を考慮した場合、局注剤の生理的浸透圧比は生理食塩液の3倍以下に抑える方が安全であることが判明した。安全性、有用性に優れている HA 溶液の粘弾性の検討により、高分子量の HA の方が粘弾性が高く、また、通常用いられている生理食塩液による混合希釈ではなく含糖溶液で混合することで、粘弾性が増加することが判明した。この粘弾性の増加した局注剤を用いて、実際の切除臓器、生体ミニブタ胃で隆起形成・保持能、組織傷害性を検討すると、実際に隆起形成・保持能が向上する傾向が確認され、安全性にも問題ないことから、HA を用いた新しい局注剤の開発・改良の可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、消化器腫瘍に対する内視鏡的粘膜切除術の際に、合併症軽減に非常に重要な役割を演じている各種局注剤についての隆起形成・保持能、および、組織傷害性の比較検討、さらに、臨床使用経験上、有用と考えられるヒアルロン酸 (HA) 溶液の新たな改良の可能性を探索するための検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

切除臓器を用いて、臨床使用されている各種局注剤(生理食塩液(0.9%NaCl液)、高張食塩液(3.8%NaCl液)、高張ブドウ糖液(20%、50%ブドウ糖液)、グリセリン製剤 (GLY)(グリセオール〓、中外製薬)、2種類の HA 溶液(0.5% 800 KDa HA 溶液、0.25% 1900 KDa HA 溶液(いずれも 1%HA 製剤(アルツ〓、科研、もしくは、スベニール〓、中外製薬)と生理食塩液を混合して作製))の隆起形成・保持能を検討した結果、2種類の HA 溶液がほぼ同様の隆起形成・保持能を示し他の局注剤に比し明らかに良好であること、高張液間の比較では、GLY において初期の隆起形成が良好な傾向にあることが示された。

生体ミニブタを用いて、前述の各種局注剤および各種濃度のブドウ糖液における隆起形成・保持能、組織傷害性を検討した結果、隆起形成・保持能では、2種類の HA 溶液が他の局注剤に比較し良好であることが明らかとなった。組織傷害性の検討においては、生理食塩液、5%ブドウ糖液、GLY、2種類の HA 溶液の組織傷害性が認められなかった一方で、20%以上の濃度のブドウ糖液、3.8%NaCl液では、傷害性が認められ、組織傷害性が許容されるブドウ糖液の濃度は、15%ブドウ糖液であることが示された。

有用性が確認された HA 溶液の新たな改良を目的に、2種類の 1%HA 製剤(800 KDa HA および 1900 KDa HA)を用いて、分子量とその混合液の違いが複素弾性率(粘弾性)に与える影響を検討したところ、分子量の違いによる検討では、0.5% 1900 KDa HA 溶液と 1% 800 KDa HA 溶液、および、0.25% 1900 KDa HA 溶液と 0.5% 800 KDa HA 溶液がほぼ同等の粘弾性を示すこと、また、混合液の違いによる検討では、含糖溶液(5%ブドウ糖液、20%ブドウ糖液、GLY)で食塩液(生理食塩液、3.8%NaCl液)より粘弾性が向上することが示された。特に、20%ブドウ糖液を用いることにより粘弾性は著しく向上し、20%ブドウ糖液で作製した0.125% 1900 KDa HA 溶液と生理食塩液で作製した 0.25% 1900 KDa HA 溶液(通常臨床使用溶液)がほぼ同等の粘弾性を示すことが示された。

粘弾性の向上が隆起形成・保持能の向上を意味するか否かを検討するため、切除臓器を用いた各種 HA 溶液の隆起形成・保持能の検討を行ったところ、粘弾性の向上がみられた20%ブドウ糖液および GLY で作製した 0.125% 1900 KDa HA 溶液では、生理食塩液で作製した 0.25% 1900 KDa HA 溶液と遜色ない隆起形成・保持能を有することが示された。

生体ミニブタを用いた各種 HA 溶液の隆起形成・保持能、組織傷害性を検討したところ、20%ブドウ糖液および GLY で作製した 0.125% 1900 KDa HA 溶液では局注後30分経過しても良好な隆起は保持され、また、内視鏡的にも組織学的にも明らかな組織傷害性が認められないことが示された。

以上、本論文は、臨床使用されているにも関わらず、いままで十分検討がなされていなかった、各種局注剤の隆起形成・保持能および組織傷害性の違いを明らかにし、さらに、臨床上有用と考えられる HA を用いた新規局注剤の開発・改良の可能性を明らかにした。本研究は、内視鏡治療学の発展および新たな内視鏡治療の確立において多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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