No | 119314 | |
著者(漢字) | 里中,弘志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトナカ,ヒロシ | |
標題(和) | 血管炎症におけるcalcineurinの役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119314 | |
報告番号 | 甲19314 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2288号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景・目的 最近serine/threonine protein phosphataseであるcalcineurinが心肥大の形成に重要な役割を果たすことが明らかにされた。心肥大の促進因子によりcalcineurinはCa2+/calmodullin依存性に活性化され、心肥大形成に関わる各種遺伝子の転写を促すことが報告されている。一方calcineurinの血管での役割についてはまだ十分には知られていないが、血管平滑筋細胞でcalcineurinの強制発現により形質変換の重要なマーカーであるnon-muscle myosin heavy chain B (NMMHCB) 遺伝子の発現が促されること、またcalcineurinの経路はangiotensin IIによるNMMHCB発現の活性化にも関与することが示されている。これよりcalcineurinは血管でも重要な役割を果たしている可能性が示唆される。本研究ではcalcineurin血管平滑筋細胞でのMCP-1の発現および血管炎症へのcalcineurinの関与について検討した。 方法 ヒトcalcineurin AのC末端calmodulin結合部立を欠失したconstitutively active mutant (CalAΔC) を発現するアデノウイルス (AdCalAΔC) を作成した。 ラット培養血管平滑筋細胞にAdCalAΔCを感染させreal time PCR法でMCP-1 mRNAの発現を、ELISA法でMCP-1蛋白の発現を検討した。angiotensin II (AngII) 刺激下でcyclosporin A (CyA) 投与のMCP-1発現に及ぼす影響についても同様に検討した。 CalAΔC発現下でのMCP-1 promoter (2.6kb) 活性をluciferase assayにより評価した。AdCalAΔC感染時のMCP-1 mRNAの安定性をactinomycin D投与により検討した。 ラット大腿動脈の内腔をwireで損傷し、血管壁でのMCP-1 mRNA発現、新生内膜形成、マクロファージ浸潤へのCyA投与の効果を検討した。 結果 calcineurinの血管平滑筋MCP-1 mRNA発現への影響 calcineurin Aのconstitutively active mutantを発現するアデノウイルスベクターAdCalAΔCをラット培養平滑筋細胞に感染させ、MCP-1 mRNAの発現をreal time PCR法にて評価した。AdCalAΔC 10 MOIの感染によりMCP-1 mRNAの発現は、AdGFPによるコントロール感染に比べ有意に増加した。CyA 10-6mol/Lの24時間前投与で、AdCalAΔC感染による発現の増加は有意に抑制された。 AngII刺激下での血管平滑筋MCP-1 mRNA発現へのCyAの影響 血管平滑筋細胞をAngII (2x10-7M)で8時間刺激するとMCP-1 mRNAの発現は有意に増加し、CyAの24時間前投与によりこの増加は有意に抑制された。AdMEK6AA感染およびvalsartan 10-7mol/Lの前投与でもAngII刺激でのMCP-1 mRNA発現増加は有意に抑制された。以上よりAngIIによるMCP-1 mRNA発現活性化へのcalcineurinの関与の可能性が示された。 calcineurin の血管平滑筋MCP-1 promoter活性への影響 ルシフェラーゼ遺伝子の上流に2644bpのMCP-1 promoterを組み込んだレポータープラスミドを血管平滑筋細胞へtransfectionした。CalAΔCを発現するプラスミドを同時にcontransfectionしてもpromoter活性の増加は認められなかった。AngII刺激でもpromoter 活性は有意に増加し、valsartanの前投与およびMEK6AAを発現するプラスミドのcotransfectionによって増加は有意に抑制された。一方AngII刺激下でCyAの前投与によってもpromoter活性は抑制されなかった。これらの結果からcalcineurinは少なくとも一部はmRNA安定化によりMCP-1の発現を増加させる可能性が考えられた。 血管平滑筋MCP-1 mRNAの安定性へのcalcineurinの影響 AdCalAΔCおよびAdGFP感染3日後の血管平滑筋細胞にactinomycin Dを投与しMCP-1 mRNAの安定性を評価した。MCP-1 mRNAの半減期はAdGFP感染時の0.7時間に比べAdCalAΔC感染時には1.8時間へと延長がみられた。AdCalAΔC感染細胞にCyAを前投与するとMCP-1 mRNAの安定化は抑制された。またAngII刺激によってもMCP-1 mRNAは安定化され、CyA前投与により安定化の効果は抑制された。これらの結果からcalcineurinは少なくとも一部はmRNA安定化によりMCP-1の発現を増加させることが示唆された。 血管平滑筋MCP-1蛋白発現へのcalcineurinの影響 血管平滑筋細胞にAdCalAΔCおよびAdGFPを感染させ3日後に新たに培養液を交換し、incubateされた培養液中のMCP-1蛋白量をELISA法で測定した。AdCalAΔCを感染した細胞では、incubation開始8時間後よりAdGFP感染に比べてMCP-1蛋白量の有意な増加がみられ16時後も増加が持続した。CyAの24時間前投与によりAdCalAΔC感染によるMCP-1蛋白発現の増加は完全に抑制された。またAngIIの12時間刺激でも培養液中MCP-1蛋白量は有意に増加し、この増加はCyAの24時間前投与で完全に抑制された。 CyAによるwire傷害後新生内膜形成の抑制 ラットの大腿動脈内腔をワイヤで傷害したモデルでCyAの効果を検討した。傷害から3日後、血管壁でMCP-1 mRNA発現量は傷害していないコントロールに比べ有意に増加しており、CyA (10mg/kg/日) の投与は増加を有意に抑制した。傷害から14日後の新生内膜形成はCyA投与群で非投与群に比べ有意に抑制された。マクロファージの浸潤は主に新生内膜にみとめられ、浸潤マクロファージ数はCyA投与群で有意に抑制された。 考察 本研究ではcalcineurinの強制発現により血管平滑筋細胞でMCP-1のmRNAおよび蛋白の発現が増加することを示した。またAngIIによるMCP-1発現の増加がCyA投与で抑制されたことから、AngIIなどの内因性agonistがcalcineurin依存性の経路によりMCP-1発現を活性化する可能性が示された。血管平滑筋でのcalcineurinの強制発現によりMCP-1 promoter活性は増加せず、少なくとも一部はmRNAの安定化の機序を介すると考えられる。またラット大腿動脈内腔をwireで傷害したモデルで、CyA投与により血管壁でのMCP-1 mRNAの発現、マクロファージの浸潤、新生内膜の形成が抑制され、in vivoの系でcalcineurinがMCP-1の発現を介して血管炎症を促進する可能性が示された。calcineurinが動脈硬化やangioplasty後再狭窄など血管炎症性疾患を制御する上で新たな標的となる可能性が示された。 | |
審査要旨 | 本研究は、血管炎症における脱リン酸化酵素calcineurinの役割を明らかにするため、血管平滑筋細胞でのmonocyte chemoattractant protein-1 (MCP-1) 発現へのcalcineurin強制発現の影響、および血管内腔傷害後の新生内膜形成におけるcalcineurinの経路の役割を検討したものであり、下記の結果を得ている。 calcineurin Aのconstitutively active mutantを発現するアデノウイルスベクターAdCalAΔCのラット培養平滑筋細胞に感染により、MCP-1 mRNAの発現は、AdGFP によるコントロール感染に比べ有意に増加した。 angiotensin II刺激により血管平滑筋MCP-1 mRNAの発現は有意に増加し、cyclosporin A (CyA) の投与によりこの増加は有意に抑制された。 2644bpのMCP-1 promoter領域を組み込んだレポータープラスミドの血管平滑筋細胞へのtransfectionによりpromoter活性を検討したところ、CalAΔCの同時発現によってもMCP-1 promoter活性は変化しなかった。 actinomycin D投与によりMCP-1 mRNA安定性を検討したところ、AdCalAΔC感染下でのmRNAの半減期はAdGFP感染下に比べ延長がみられた。またangiotensin II刺激によってもMCP-1 mRNAは安定化され、CyA前投与により安定化の効果は抑制された。 AdCalAΔCまたはAdGFPを感染させた血管平滑筋細胞の培養液中のMCP-1蛋白濃度を測定したところ、AdCalAΔC 感染した細胞でAdGFP感染に比べMCP-1蛋白発現の有意な増加がみられた。angiotensin II刺激でもMCP-1蛋白発現は有意に増加し、この増加はCyAの前投与で完全に抑制された。 ラットの大腿動脈内腔をワイヤで傷害したモデルを用いてcalcineurin依存性の経路のin vivoにおける役割を検討したところ、血管壁でのMCP-1 mRNA発現、新生内膜形成、マクロファージの浸潤はCyA(10mg/kg/日)の投与により有意に抑制された。 以上、本研究ではcalcineurinの強制発現により血管平滑筋細胞でMCP-1のmRNAおよび蛋白の発現が増加することを明らかにした。また内因性agonistであるangiotensin IIによってもcalcineurinを介する経路によりMCP-1発現が活性化されることを示した。そしてその機序として、calcineurinは少なくとも一部はmRNA安定化の機序を介してMCP-1の発現を増加させる可能性を示した。またin vivoにおいても、calcineurin依存性の血管壁MCP-1 mRNAの発現増加、およびマクロファージの浸潤を介して血管内腔傷害後の新生内膜形成が促進される可能性を示唆した。本研究は、これまで未知であった血管平滑筋細胞におけるMCP-1発現促進という機序を介して、calcineurinが動脈硬化やangioplasty後再狭窄など血管炎症性疾患の発症・進展に寄与する可能性を示すものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |