学位論文要旨



No 119315
著者(漢字) 大野,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,ヒデキ
標題(和) 上皮細胞膜裏打ち蛋白質Caromの同定と性状解析
標題(洋)
報告番号 119315
報告番号 甲19315
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2289号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 講師 中尾,彰秀
内容要旨 要旨を表示する

生体において上皮細胞は腸管、腎臓などでの物質の分泌吸収作用に関与している。細胞は極性と呼ばれる方向性を有し、上皮細胞では管腔側に面した部位を頂端面、細胞同士が接着した面から頂端面の反対側までを基底側面と呼び、頂端面と基底側面という縦軸の極性が認められる。そして、頂端面と基底側面にそれぞれ異なった分子が局在するため、方向性を有する物質の分泌吸収が可能となっている。また、癌ではこの細胞極性が失われることが知られている。このように、細胞極性は生体の正常状態と病態を考える上での重要な概念といえる。

上皮細胞の基底側面には細胞間結合が発達し、この細胞極性の維持に関与している。細胞間結合部には細胞接着分子が存在し、細胞接着分子は細胞質内において細胞膜裏打ち蛋白質を介し細胞骨格と連結している。細胞膜裏打ち蛋白質の中にMembrane-associated guanylate kinases (MAGUK) 蛋白質と呼ばれる蛋白質群がある。MAGUK蛋白質とは酵母のグアニル酸キナーゼに類似した配列を共通してもつ分子群の総称である。MAGUK蛋白質は、グアニル酸キナーゼ領域の他に、PDZ領域、SH3領域またはWW領域をもつ。これらの領域は蛋白質相互作用を介在するモジュールとして機能している。つまり、MAGUK蛋白質は複数の分子と相互作用することにより、ある機能に関連した分子群を集積させることを可能にしている。

私は以下の研究において、タイトジャンクションに局在するMAGUK蛋白質であるmembrane-associated guanylate kinase with inverted domain structure-1 (MAGI-1、またはbrain angiogenesis inhibitor-associated protein 1とも呼ばれる)に結合する新規蛋白質を検索した。その結果、新規細胞膜裏打ち蛋白質Caromを同定し、CaromがさらにMAGUK蛋白質の一つであるCASKとも相互作用することを見出した。

まず、MAGI-1と結合する新規蛋白質を同定するために、MAGI-1をベイトとしてヒト肺cDNAライブラリーの酵母ツーハイブリッド法によるスクリーニングを行った。得られた陽性クローンの中から未知のクローンであったpPrey 10474に関する解析を今回行った。pPrey 10474の配列についてGenBankデータベースを用い検索したところ、そのアミノ酸配列はKIAA0769と対応していた。KIAA0769は細胞質内蛋白質と推定され、SH3領域を2ヶ所と、C末端にPDZ領域に対する結合モチーフを有していた。私はこの蛋白質をCaromと命名した。

Caromの組織分布を調べるために、ヒト組織RNAを用いノザンブロッティングを行った。その結果心臓、脳、肝臓、膵臓、肺、腎臓などに5.5kbの転写産物を認めた。次にCaromのC末端に対するポリクローナル抗体を作成し、Madine Darby canine kidney (MDCK)細胞など各種細胞系を用いウエスタンブロッティングを行ったところ、分子量100kDaの蛋白質を認識した。

CaromとMAGI-1との相互作用を検討するために、MDCK細胞を用い免疫沈降を行ったところ、MAGI-1はCaromにより共沈された。次にCaromのMAGI-1結合領域を決定するため、COS-7細胞にMAGI-1とCaromの各領域を発現させ免疫沈降を行った。その結果、CaromのPDZ結合モチーフがMAGI-1との相互作用に必要であることが示された。続いてMAGI-1のCarom結合領域を決定するために、試験管内転写翻訳により作成した35S-methionine標識CaromをMAGI-1の各PDZ領域でプルダウンした。その結果、MAGI-1にはPDZ領域が6ヶ所あるが、その中のPDZ4領域によりCaromがプルダウンされた。以上より、Carom のPDZ結合モチーフがMAGI-1のPDZ4に直接結合することが示された。

次に細胞間結合が成熟した状態のMDCK細胞におけるCaromの局在を調べた。Caromは細胞間結合部の基底側面にみられ、E-cadherinと局在が一致し、タイトジャンクションマーカーであるZO-1とは局在が一致しなかった。そこで、MAGI-1とCaromの局在を直接比較するためGFP標識Caromを恒常発現するMDCK細胞を作成した。その結果GFP-CaromはMAGI-1と局在が一致しなかった。以上より、細胞間結合が成熟した上皮細胞では、CaromがMAGI-1と相互作用する可能性は低いと考えた。

Caromの細胞内局在を決定する領域を同定するため、Caromの各領域を含む各種GFP-CaromをMDCK細胞に発現させた。C末端領域を欠損しているGFP-Caromは内在性Caromとは異なり細胞質内に存在した。それに対しC末端領域のみのGFP-Caromは、内在性Caromと同様に細胞間結合部に局在した。

Caromの細胞内局在はC末端領域によって決定されていた。そこで、成熟した細胞間結合ではCaromとMAGI-1の局在は一致しなかったことから、C末端領域にMAGI-1以外の蛋白質が結合し、Caromを細胞間結合部へ集積させている可能性を考えた。CaromのC末端領域にはPDZ結合モチーフが含まれるので、細胞間結合部に存在しPDZ領域を有する蛋白質であるCASK、SAP97、Lin-7、ERBINをCaromと結合する可能性のある分子として考えた。CaromのPDZ領域を含むGST-Caromを用いプルダウンを行ったところ、CASKのみが結合した。同様に免疫沈降でもCASKが共沈された。

次に、CASKのCarom結合領域について検討した。その結果は予想に反し、CaromのC末端領域はCASKのカルモデュリンキナーゼ領域と結合し、この結合にCaromのC末端領域のPDZ結合モチーフは関与していなかった。以上より、CASKとMAGI-1はCaromのC末端の異なった領域にそれぞれ結合することが明らかとなった。

CaromにおけるMAGI-1とCASKの結合領域が異なることは、MAGI-1とCASKが同時にCaromに結合し、3者複合体を形成する可能性を示唆した。そこで、アフィニティーカラムクロマトグラフィーを行った。まずGST-Caromを吸着したビーズとGST-MAGI-1をインキュベーションすると、GST-MAGI-1はGST-Caromビーズと結合した。しかし、さらにGST-CASKを加えた場合、用量依存性にGST-MAGI-1とGST-Caromビーズの結合が阻害され、GST-CaromビーズにはGST-CASKが結合していった。以上より、Caromに対するMAGI-1とCASKの結合は競合的であると言えた。

成熟した細胞間結合部ではCaromはMAGI-1と局在が一致しなかった。しかし、細胞間結合が未成熟な状態では、CaromとMAGI-1の局在が一致している可能性があった。そこでカルシウムスイッチ実験を行った。細胞間結合が成熟した状態で培地を低カルシウム状態に変えると細胞同士が離れ始めるが、この状態でGFP-CaromとMAGI-1は局在が一致した。さらに時間が経過すると、GFP-CaromとMAGI-1の細胞表面への集積は消失した。続いて、細胞の培地を正常のカルシウム濃度に戻した場合、細胞同士が再び接着し始めるが、この時GFP-CaromとMAGI-1は再び局在が一致した。しかし、さらに時間が経過し細胞間結合が成熟した状態では、GFP-CaromとMAGI-1の局在は一致せず、GFP-CaromとMAGI-1が分離したことを示唆していた。

また、GFP-Carom、MAGI-1、CASKが同一部位に局在するのかという疑問があった。カルシウムスイッチ実験で内在性CASKの局在の観察も試みたが、CASKの明瞭な像を得ることはできなかった。そこで、分裂中の細胞でのGFP-Carom、MAGI-1、CASKの局在を比較した。その結果、GFP-CaromとCASKの局在が一致している状態ではMAGI-1は分離しており、この3者の局在が一致した像は認められなかった。

これまでの実験の際に、CaromがTriton X-100に不溶性であることが明らかとなっていた。そこでCaromとCASKを共発現させ、可溶性の変化を検討した。CASKは単独ではTriton X-100可溶性であるが、Caromと共発現させることにより、Triton X-100不溶性へと変化した。この結果は、CaromがCASKをTriton X-100不溶性構造物へと結びつける作用を有することを示唆した。

本研究において、私は細胞膜裏打ち蛋白質MAGI-1とCASKに結合する新規蛋白質Caromを見出した。Caromに対するMAGI-1とCASKの結合は競合的であり、細胞間結合が未成熟な状態ではCaromはMAGI-1と局在が一致したが、CaromとCASKの局在が一致した状態ではMAGI-1が分離していることが示された。また、Caromは細胞骨格との相互作用を有することが示唆され、CASKを細胞骨格につなぐアダプター分子である可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、上皮細胞の細胞膜裏打ち蛋白質membrane-associated guanylate kinase with inverted domain structure-1(MAGI-1)とCASKに結合する新規細胞膜裏打ち蛋白質Caromを同定したものであり、下記の結果を得ている。

タイトジャンクションに局在する細胞膜裏打ち蛋白質であるMAGI-1に結合する新規蛋白質を酵母ツーハイブリッド法により検索した。その結果、SH3領域を2ヶ所と、C末端にPDZ領域結合モチーフを有する新規蛋白質を同定しCaromと命名した。ノザンブロッティングでは心臓、脳、肝臓、膵臓、肺、腎臓などに転写産物を認めた。Carom対するポリクローナル抗体によるウエスタンブロッティングでは、Madine Darby canine kidney (MDCK)細胞などに分子量100kDaの蛋白質の発現を認めた。

MDCK細胞を用いた免疫沈降では、内在性MAGI-1がCaromにより共沈された。また、CaromとMAGI-1のそれぞれの結合領域を免疫沈降およびプルダウンにて検討した。その結果、CaromのPDZ結合モチーフがMAGI-1のPDZ4領域に結合することが示された。

細胞間結合が成熟した状態のMDCK細胞におけるCaromの局在を細胞染色により調べた。Caromは細胞間結合部の基底側面にみられたが、予想に反しCaromとMAGI-1は局在が一致しなかった。また、Caromの細胞間結合部への局在にはCaromのC末端領域が必要であることが示された。

細胞間結合が成熟した状態ではCaromとMAGI-1の局在は一致しなかったことから、CaromのC末端領域にMAGI-1以外の蛋白質が結合し、Caromを細胞間結合部へ集積させている可能性があった。CaromのC末端領域にはPDZ結合モチーフが含まれるので、細胞間結合部に存在しPDZ領域を有する蛋白質であるCASK、SAP97、Lin-7、ERBINとの結合を検討した。その結果、CASKのみがCaromに結合した。次にCASKのCarom結合領域について検討したが、予想に反しCaromのPDZ結合モチーフを含まないC末端領域がCASKのカルモデュリンキナーゼ領域と結合していた。以上より、CASKとMAGI-1は Carom のC末端の異なった領域にそれぞれ結合することが示された。

Caromに対するMAGI-1とCASKの結合様式を検討した。アフィニティーカラムクロマトグラフィーを行った結果、Caromに対するMAGI-1とCASKの結合は競合的であることが示された。

CaromとMAGI-1は細胞間結合部が成熟した状態では局在が一致しなかったため、未成熟な状態での局在を検討した。カルシウムスイッチ実験を行ったところ、細胞間結合が未成熟な状態でのみCaromとMAGI-1は局在が一致することが示された。また細胞分裂の過程でも、CaromとMAGI-1の局在が一致している状態が認められたが、CaromとCASKの局在が一致した状態ではMAGI-1は分離していた。以上より、細胞間結合が未成熟な状態ではCaromはMAGI-1と結合しているが、細胞間結合が成熟しCaromにCASKが結合するようなると、MAGI-1が分離していく可能性が考えられた。

CaromはTriton X-100に不溶性であった。そこでCaromとCASKを共発現させ、CASKの可溶性の変化を検討した。CASKは単独ではTriton X-100可溶性であるが、Caromと共発現させることにより、Triton X-100不溶性へと変化した。この結果は、CaromがCASKをTriton X-100不溶性構造物へと結びつける作用を有することを示唆した。

以上、本論文は上皮細胞において新規の細胞膜裏打ち蛋白質Caromを同定した。Caromは他の細胞膜裏打ち蛋白質と相互作用することが示され、細胞間結合部の形成、維持の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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